なにかすっごいドラマがあったという
わけでもないのです。
とはいえ、担当のほぼ日乗組員たちが
力を合わせてがんばった。
そして海外のお客さんや社内のみんなにとって
「ほぼ日ストア」の使い勝手が、
前よりちょっとよくなった。
「これ、仲間のみんながよかったんですよ」
という話を、すこしさせてください。
いわゆる「越境EC」、つまり海外販売にまつわる
ほぼ日というチームの一側面の記録。
開発リーダーの多田さんを中心に追いかけます。
レポート担当は、ほぼ日編集部の田中です。

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4.やわらかなプレゼンテーション。

 
「ほぼ日ストア」の海外配送プロジェクトでの
韓国出張、2日めの続きです。
ソウルのホテルでのGlobal-eのイベントがはじまり、
いよいよ多田さんの出番がやってきました。
2人の方からそれぞれ英語と韓国語で、
完全にビジネスムードのプレゼンがあったあと、
ついに司会のアアロンさんから
「ホボニチ、タダヒデアキ、
エ、プレゼンテーション‥‥」
とアナウンスが。
左手から、マイクをつけた多田さんが、
てくてくと登場。そして第一声。
「アニョハセヨ?」

 
おおー、韓国語だ。
観客席からも「アニョハセヨー」と、
なんとなく声があがります。

「あ、ホボニチ エソ‥‥あ、Sorry 」
止まった。ちょっとドキッとします。
でもがんばりが伝わって、会場から
「ふふふ」という小さな息遣いが聞こえる。
多田さん、あらためて一息で、仕切り直して。

「アニョハセヨ?」
「ホボニチ エソ フロントエンド ル 
ハゴイヌン タダラゴ ハムニダ」
言い切った‥‥!
会場からは愛のある拍手。
韓国の人たちがよく言うイメージの
「おー」という声も聞こえます。

 
ですが多田さんの韓国語挨拶は、ここで終わりません。
思い出しながら、つっかえながら、さらに続けます。

「オジエ ハングゲ チャオウム オアスミダ」
「チョグン キンジャンヘッチマ 
ヨログンドゥホァ マンナルンスイソソ 
チョンマル キップンニダ」
と、そこまで言い終わったところで、
会場全体から、さっきより大きな拍手が起こりました。
パチパチパチパチ‥‥!
固かった空気がやわらぎ、一気に歓迎ムードです。すごい。
多田さんは小さく「あぁ」と
ほっとしたような声を出したあと、
日本語で「ありがとうございます」と言いました。
あとで多田さんに韓国語を教えた、ほぼ日の
さんにその訳を聞いたところ、
こういう意味だそうでした。
【こんにちは。ほぼ日でフロントエンドの
仕事をしている多田と申します。
昨日韓国に初めてやってきました。
すこし緊張しましたが、みなさまとお会いできて
とてもうれしいです】
‥‥そういうことか。
別にすごいことを話しているわけではない。
だけど相手の立場で考えることが基本の多田さん、
おそらく、最初の挨拶だけでもちょっと長めに
話したほうがいいと考えたんだと思います。
そして「すみません、ここからは日本語で」と断って、
多田さんのプレゼンがはじまりました。
会場の人たちは手元の通信機で話を聞きます。

 

「株式会社ほぼ日、日本の会社から来ました
多田秀章(ただ・ひであき)と申します。
普段は情報システム部にいて、システムを開発したり、
フロントエンドエンジニアとして
ウェブページを作ったりしています」
とはいえ多田さん、こういうときでも
いつもの感じは変わりません。
フグの写真を見せながら、自己紹介。

 

「これはぼくのお友達のフグさんで、
ぼくはその飼育員もしています。
ほぼ日の2階に水槽がありまして、
きれいにかわいく泳いでいるので、
ほぼ日に来ることがあったら、ぜひ会ってあげてください。
とてもかわいいフグさんです」
「餌をあげようとするとヒュルヒュルヒュルっと来て、
パクパクってするのでとてもかわいいです。
エサをあげるふりをしても、パクパクと来てくれます」
そう、多田さんは普段からフグたちに
エサをあげながらちょっとからかって、
ニヤニヤしているような人です。
とてもやわらかなプレゼンテーション。

 
そして「ほぼ日」という会社の基本情報や、
『MOTHER』の話をあげつつ
代表の糸井さんのことなどを話します。

「この中に『MOTHER』シリーズを
やったことがある人は? ‥‥あ、誰もいない。悲しい。
そしたら『スマッシュブラザーズ』は?
じゃあリュカ、ネス、どせいさんを知ってる方は?
すばらしい。プレゼントをひとつ差し上げます」
そう言って『MOTHER』のクリアファイルを
会場の方に配る多田さん。
「どれがいいですか? ネスですね。
I present to you “Ness”.
ぼくらは今日から友達です。ありがとう」

 
好きなものが一緒なら、ぼくらは友達になれる。
多田さんの普段の人付き合いの感覚が
伝わってくるようなプレゼンです。

「ぼくは今回どせいさんと一緒にやってきました。
ちょっと苦しい思いをさせてしまったんですが、
かわいいですね。ちょっと触ってみますか?
ほら、とてもいいですよ。どうですか」
そう言って、聞いている人たちに
笑顔でぬいぐるみを触らせていく多田さん。

 
観客席で聞いているぼくは、
この時点でちょっと感動しています。
なんだろう、特にすごい話をしてるわけでもなく、
多田さんがいつもと同じように、ふつうのことばで、
目の前の人たちに話をしている。
だけど、これはすごくほぼ日の人っぽい姿だし、
そのまま「ほぼ日」という会社の紹介に
なっているようにも思えます。

 
もちろん伝えるべきことはしっかり伝えながら、
説明は続きます。
「ほぼ日では手帳が一番の人気商品です」とか、
「20年以上海外発送をやってきました」とか、
「この1年で海外での売上が17.9%増えました」
みたいな話とか。
多田さんのプレゼン、わかりやすいなあ。

 
‥‥と、聞いているとスライドには、
ほぼ日の物流担当の乗組員、
さんの姿が登場しました。
お、西田さんだ。
社内でみんなに話をするときと、
雰囲気が全然変わらない。
「今日は、ほぼ日で物流を担当している
西田(NISHIDA)という人を紹介したいと思います。
20年間頑張って発送してきた人です」と多田さん。

 

「ほぼ日の海外配送は、この人がもう
すごい頑張って、頑張って、頑張って、
苦しんで、苦しんで、今日まで来ました。
海外配送の歴史には、たくさんの大変なことがありました。
最初はすごく手作業でしたし、
関税で止まって配送されなかったり、
行方不明になった商品があったり、
悪い人に盗まれたり、不正利用があったり。
現場の担当である彼は、そういったいろんな
問題に立ち向かいながら、
20年にわたって発送を続けてきました。
ただ、彼の負担が大きすぎる部分があります。
それを助けてあげたい気持ちが、ぼくにはすごくあります」

 
このあたり、ビジネスのプレゼンとしては、
どこか珍しい語り方という気がします。
一般的にはビジネスでの
「こうするといいですよ」といった話って、
もっと「効率」とか「利益」とか、
そういった側面から語られるイメージ。
だけどいま多田さんの話から伝わってくるのは
「仲間が困っているときって、
なんとかしたいですよね」
という思いの部分だったりする。
儲かるように、経費削減のために、
効率があがるように、お客さんに喜ばれるように、
そういった視点もとても大切。
そして今回「ほぼ日ストア」が
海外出荷のしくみを変える背景には、
そのあたりの意識ももちろんあります。
だけど多田さん個人としては、
「仲間が困っているなら助けたいな」
がはっきりあって、この場所で
「みなさんにもそういう気持ちってありますよね?」
と問いかけている。
仲間の力になれるのって嬉しいですよね。
だから今回、自分はこのGlobal-eのサービス導入に
とても意義を感じている、みたいな話。
それも別に感動させるように話すわけでもなく、
淡々と、すごく普通のこととして言っている。
ぼくは話を聞きながら、Global-eのみなさんが
韓国まで多田さんを呼んで話をしてもらうことにした
理由が、ちょっとわかる気がしました。
そしてまた、ほぼ日乗組員の西田さんのことも
頭に浮かびます。
基本的に苦労を全く表に出さない人ですが、
長年の膨大な量の海外出荷、そりゃあ大変な部分も
相当いろいろあっただろうなぁ‥‥。

▲物流チームの西田さんも頼りになる人。いつも飄々としていて、大変さなんて微塵も見せない人ですが。 ▲物流チームの西田さんも頼りになる人。いつも飄々としていて、大変さなんて微塵も見せない人ですが。

 
それから多田さんは、
Global-eのサービス導入によるメリットや、
ほぼ日が導入作業をどう進めているかといった
具体的な話をしっかりとしたあと
(なにせプレゼン時間は45分もあるのです)、
最後に締めとして、ひとつのことばを紹介しました。

「ことし、ぼくがいちばん染みた言葉がこれです。
“Content is King, Distribution is QUEEN
& she wears the pants. ”
(「コンテンツ」は王様。
だけど「届けること」が女王様で、
彼女が大事なところを握っている。)」

▲BRUTUS元編集長の西田善太さんが、メールマガジン『ほぼ日通信WEEKLY』登場時に紹介されていたことば(Jonathan Perelman氏のことば)。多田さんはシステムチームですが、ほぼ日の読みものもいつもすごく読んでくれています。 ▲BRUTUS元編集長の西田善太さんが、メールマガジン『ほぼ日通信WEEKLY』登場時に紹介されていたことば(Jonathan Perelman氏のことば)。多田さんはシステムチームですが、ほぼ日の読みものもいつもすごく読んでくれています。

 

「『いいものを制作すること』と、
『ちゃんと届けること』の両輪が大事。
どれだけいい商品を作っても、届けられなきゃ意味がない。
それがまさにいま、システムを担う我々に
突きつけられている課題であり、
できるだけ力を尽くしていきたいと考えています」
そしてこれもまた、多田さんの思いやりを感じる言葉。
社内のみんなががんばって作ってる商品を、
ちゃんと届けられないのは悔しいので、みたいな話。
さらに、ほぼ日の窓口をしてくれている
Global-eのカンキさんについても
「いつも明るくサポートしてくれていて、
我々はとても励まされています」と紹介し、
最後に軽く質問を受けて、プレゼンは終了。
多田さんの人柄が伝わってくる話は、
あたたかな拍手のなか、とてもいい雰囲気で終わりました。

 
イベント終了後、舞台の袖に行ってみると、
だいぶぐったりした多田さんの姿が。

 
「ああー、緊張しました」と顔を歪ませる多田さん。
とはいえ聞いていた側からすると、
まったく緊張を感じさせない、見事なプレゼンでした。
多田さん、本当におつかれさまでした!

▲一息ついたあと、どせいさんといつもの笑顔。 ▲一息ついたあと、どせいさんといつもの笑顔。

 
その後は会場で交流会があったあと、
イベント関係者のみなさんと飲みに行き、
英語で自己紹介させられたり、
韓国のビジネスパーソンたちのお酒の強さに
圧倒されたりしました。

▲よくわからない横丁的な場所へ。 ▲よくわからない横丁的な場所へ。

▲韓国の飲みの定番、チキンも食べました。 ▲韓国の飲みの定番、チキンも食べました。

 
そして大勢の方との賑やかな打ち上げが終わり、
ほっと一息。
最後はGlobal-eの日本法人代表のランさんと
アアロンさん(おふたりともとてもやさしい)、
そしてカンキさんというアットホームなメンバーと、
あらためてごはんを食べに行きました。

 
その場で「すごくよかった」とねぎらわれ、
褒めたたえられる多田さん。
‥‥のはずでしたが、みんなで適当に頼んだ
料理のひとつがあまりに激辛すぎて、全員が撃沈。
「辛っ‥‥」「イタタタタタタ‥‥」
「辛さが全然止まない」「うわぁ、これも辛い」
「水‥‥」というばかりの状況に笑いつつ、
今回の出張のメインである2日目も、
無事に過ぎてゆきました。

(つづきます)

2023-12-24-SUN

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