こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。
かつて、読者のおだやかな日常に、
静かなつむじ風を巻き起こした
「巴山くんの蘇鉄」
というコンテンツがありました。
ウンともスンとも言わない蘇鉄の種に
数ヶ月も水をやり続けた青年が、
もの言わぬ蘇鉄の種に導かれるように、
人生を切り拓く‥‥そんな実話です。
あれから数年。
巴山くんから、連絡が来ました。
人生の転機が訪れているようすです。
そこで、取材とも決めず、
久しぶりに、会いに行ってきました。
思いもよらない展開が、
ぼくを待ち受けているとも知らずに。

>巴山くんのプロフィール

巴山将来(はやま・まさき)

1985年生まれ。
和田ラヂヲ先生をはじめ
そうそうたるギャグ漫画家を集めた
「ギャグ漫画家大喜利バトル」
を開催してみたり、
尊敬するロビン西先生の
『ソウル・フラワー・トレイン』を
映画化すべく奔走したり、
線の細い見た目や
後ろへ後ろへと引き下がる物腰とは
うらはらに、
大変、思い切りのいいことをする人。
2015年、ハヤマックス名義で、
ギャグマンガ家として鮮烈デビュー。
ヤングアニマルで
「ハヤマックスのスキマックス」を
今でもスキマ連載中。

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第5回 きっと、今は幸せ。

──
ご自身のマンガを英訳していって、
「そうおもしろがらせたいなら、
こういう英語表現のほうがいいよ」
という、一風変わった授業を。
ハヤマ
ずっと受け続けました。
──
これが、ご自分の英会話力にとって、
何の役に立つのかという疑問は‥‥。
ハヤマ
自分に与えられた課題を
こなすことだけで、精一杯でした。
授業は毎日なので、かなりハードで、
疑問をさしはさむ余裕もなく‥‥。
──
なるほど。
ハヤマ
ぼくのほうを向いてくれた教師に、
見放されたくなかったし‥‥。

──
続けたと。その「マンガ英会話」を。
ハヤマ
そのまま3ヶ月間の留学は終わり、
マンガ英会話を修めて、
ぼくらは、日本に帰ってきました。
お伝えしたように、日本では、
『ヤングアニマル嵐』で
「ハヤマックスのスキマックス」
というスキマ連載を
描かせていただいていたんですが。
──
ええ。
ハヤマ
その仕事とは別に、留学のときに
英語に訳していた自分のマンガを、
InstagramとTwitterに
アップすることをはじめたんです。
──
へえ。それも留学の成果ですね。
ハヤマ
先生に「帰国しても続けろ、見てるから」
と言われてもいましたし。
はじめてみると、英語なので、
日本人より
海外のフォロワーのほうが多くて、
ロシアからメッセージが来たり。
──
キリル文字で。
ハヤマ
翻訳にかけたら「いい絵だな」と、
見知らぬロシア人に
絵柄を褒めてもらったりしながら。
──
「いい絵だな」(笑)。
ハヤマ
もちろん英語バージョンとはいえ、
版元の白泉社さんには、
許可をもらってやってたんですが、
今年の新年会のときに‥‥。
──
新年会?
ハヤマ
あ、はい、版元の白泉社さんの
新年会に呼ばれて行ったら、
社長さんが、
年頭の挨拶っていうんですかね、
やってらっしゃいまして。
──
ええ。
ハヤマ
白泉社さん独自のスマホのアプリで、
自社のマンガを配信する
「マンガPark」というのがあるんですが、
そこで、次なるビジネスの金脈を
探り当てるために、
今年は海外へ進出したいと思う‥‥って。
──
へえ、すごいですね。マンガの海外展開。
ハヤマ
そうなんです。
──
アメリカとか?
ハヤマ
アフリカです。
──
アフリカ???
ハヤマ
そうなんです。
アメリカでもヨーロッパでもなく、
アジアでもなく、
その事業をアフリカで展開すると。
──
急に、アフリカですか。
日本の次が、アフリカ。
ハヤマ
アメリカでもヨーロッパでも、
すでにマンガが根付いているけど、
アフリカという地では、
マンガは
まだまだ未開拓らしいんですよ。
日本のマンガが進出するのも、
今回はじめてだと言うことでして。
──
それにしたって。
ハヤマ
みんながスマホを持ちはじめたところに、
マンガを読む文化がほとんどない。
そこで、白泉社の社長さんとしましても、
「これからはアフリカだ!」と。
──
アフリカに出ろ‥‥と。
マンガの開拓者精神で。

ハヤマ
そこで、その肝心の「マンガ」をですね、
誰に描かせたらいいかと。
つまり、日本のマンガの翻訳だけじゃなく、
オリジナルの、アフリカ向けの
描き下ろし作品もほしいじゃないですか。
──
ですよね。でも、アフリカ向けかあ。
ハヤマ
と、いうようなタイミングのときに‥‥。
──
‥‥‥‥あっ!
ハヤマ
マンガ英会話留学から帰ってきて‥‥。
──
まさか!
ハヤマ
自分のマンガの英語版を、
InstagramとTwitter、Facebookで
発信してる奴がいるぞと。
──
それは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あなただ!
ハヤマ
そうなんです。
「ヤングアニマル嵐」の編集長からも、
「そういえばハヤマくん、
勝手に英語版やってたよね」
みたいなことで、
「アフリカ版で描いてみない?」と。
──
すごいじゃないですか!
ハヤマ
また、偶然が重なりまして。
──
じゃ、つまり、アフリカ・デビュー?
ハヤマ
そうなんです。
──
すごい! というか、おかしい!
ハヤマ
日本人で、はじめてだそうです。
アフリカ人に向けて、
アフリカ人のためのマンガを描く人。
──
日本人マンガ家初の、
アフリカデビュー。
やっててよかったマンガ英会話‥‥。
ハヤマ
主人公がアフリカ人なんです。

──
そんなマンガを、どう描くんですか。
アフリカのこと詳しいんですか。
ハヤマ
いえ‥‥ぜんぜん詳しくないです。
アフリカ人の友人もいませんし、
まず、行ったことがないですから。
──
そんな地に向けて、ギャグを描く。
編集者さんからのアドバイスは。
ハヤマ
「主人公はニッキというケニア人で、
その人が、
日本のさまざまな文化を体験する、
ギャグの、4コマで、
ハヤマックスさんっぽいやつで」と。
──
はああ‥‥。ニッキ?
ハヤマ
まず「ケニア人らしい名前」からして、
わからない状態でして。
他にもヤムーとか、ムサファリとか、
別の名前案もあったんですが、
あまりにも口びるに馴染まなすぎて。
──
ニッキにしたんだ。
ハヤマ
ええ、なかでもポップな響きだった
ニッキがいいなあ、と。
で、その名前にかけて
ニッキの日本滞在の「日記」‥‥
という具合でいこうと。
──
なるほど。
ハヤマ
ただ、1話目の原稿の締め切りの直前に、
編集さんづてのケニア人の方から
「ペンべがいいだろう」と言われまして。
──
何その神のお告げみたいなアドバイス。
ハヤマ
急きょ、タイトルが変更になったんです。
──
ニッキではなく、ペンべに。
ハヤマ
はい、アフリカ配信版は「PEMBE」に、
日本語版は
「ニッキ!-Nickey’s Diary-」にと、
別のタイトルになりました。
アフリカ配信用に英語で描いたマンガを
日本語に訳し直し、
アフリカと日本の同時連載になったんです。
──
アフリカデビューに際し、不安はありましたか。
ハヤマ
不安だらけでした。
──
でしょうね。
ハヤマ
ケニアという言葉を画像検索すると、
サバンナの夕暮れとか、
部族の踊りみたいな画像ばかりで、
この人らが笑うギャグって何だろう、
どうしたらウケるのか‥‥。
──
あー、不安な心の寄せどころさえも
わからない状態。
ハヤマ
どこのツボを押したらいいのか‥‥。
──
どこにツボがあるのかもわからない状態。
ハヤマ
とにかく留学で得た経験から、
おそらくこうじゃないかという感じで。
何となくの感覚だけを頼りにして。
だって、そもそも、
マンガを読む文化が全然ないところに、
しかも、ギャグマンガを‥‥。
──
ブチ込むわけですね、ハヤマックスを。
白泉社さんは‥‥というか「日本」は。
ハヤマ
はい。
──
ある意味、日の丸背負ってますよね。
あちらにしてみたら、
はじめて乗り込んできた日本人マンガ家、
なわけですから。
ハヤマ
やめてください。
──
奥さまの反応は、どうですか。
ハヤマ
まぁ‥‥がんばってとか、なんかまぁ。
それが、やりたいことなんでしょって。
──
なるほど。
ハヤマ
やりたいことができているわけだから、
あなたは、
いま、きっと幸せなんだと思うよって。
──
わあ、すばらしい。
ハヤマ
忙しい仕事を辞めて、東京を離れて、
念願の英語留学に行って、
奈良の実家の近くに帰ってきて‥‥。
──
レーシックもして。
ハヤマ
畑の手伝いと猫のお世話をしながら、
アフリカ人に向けて、
手探りで、ギャグマンガを描いてる。
それってきっと、幸せだよ‥‥って。
──
そして、そんなふうに言ってくれる、
素敵な奥さんもいてね。
ハヤマ
いや、ほんと、ありがとうございます。

──
奥さまも幸せなんでしょう、きっと。
ご自身に向けた言葉でもあると思う。
ハヤマ
だったら、うれしいですね。
──
ちなみに、もう配信されているんですか。
ハヤマ
はい、はじまっています。
英語で描いたマンガはアフリカからでないと
見れないんですが。
──
日本語版は、ぼくらも見れる?
ハヤマ
はい。スマホアプリの
「マンガPark」で7月から配信されました。
ちなみに「ハヤマックスのスキマックス」の
過去作品も配信されてます。
──
じゃ、こんど見てみますね。
連載、がんばってください。
ハヤマ
精一杯やります。
──
物言わぬ蘇鉄くんも、
応援してくれていることでしょう。
ハヤマ
そうですかね。
──
応援してますよ、きっと。そう思います。
ハヤマ
だったら、うれしいです。

いまやすっかり青年の面持ち、巴山くんの蘇鉄。 いまやすっかり青年の面持ち、巴山くんの蘇鉄。

(巴山くんの長い話が、ここに終わります)

2019-08-30-FRI

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