こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。
かつて、読者のおだやかな日常に、
静かなつむじ風を巻き起こした
「巴山くんの蘇鉄」
というコンテンツがありました。
ウンともスンとも言わない蘇鉄の種に
数ヶ月も水をやり続けた青年が、
もの言わぬ蘇鉄の種に導かれるように、
人生を切り拓く‥‥そんな実話です。
あれから数年。
巴山くんから、連絡が来ました。
人生の転機が訪れているようすです。
そこで、取材とも決めず、
久しぶりに、会いに行ってきました。
思いもよらない展開が、
ぼくを待ち受けているとも知らずに。

>巴山くんのプロフィール

巴山将来(はやま・まさき)

1985年生まれ。
和田ラヂヲ先生をはじめ
そうそうたるギャグ漫画家を集めた
「ギャグ漫画家大喜利バトル」
を開催してみたり、
尊敬するロビン西先生の
『ソウル・フラワー・トレイン』を
映画化すべく奔走したり、
線の細い見た目や
後ろへ後ろへと引き下がる物腰とは
うらはらに、
大変、思い切りのいいことをする人。
2015年、ハヤマックス名義で、
ギャグマンガ家として鮮烈デビュー。
ヤングアニマルで
「ハヤマックスのスキマックス」を
今でもスキマ連載中。

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第4回 レーシックして英語留学。

──
今まで聞いたの「前置き」ですか。
ハヤマ
そうなんです。
──
では「本題」をお願いいたします。
電車の時間もありますので。
ハヤマ
彼女とは1年おつきあいしたあと、
結婚しようという話になりました。
──
よかったですよね、本当に。
ハヤマ
でも、その当時は仕事が超忙しくて。
ぼくは音響の会社で、
土日もイベントで出ていたりしてて、
次の休みがいつとかも、
なかなかわからなかったりしまして。
──
ハヤマックス先生としての、
マンガの連載もあったわけですしね。
ハヤマ
そうなんです。
──
他方で、奥さまも編集者だから。
ハヤマ
ハイ、彼女も入稿校了の前なんかは
缶詰状態になっていました。
結婚は決めたけれども、
この状態じゃ絶対よくないよねって、
ふたりで話してたんです。

──
なるほど。
ハヤマ
こうして馬車馬のように働きながら、
いつか来るかもしれない「幸せ」を
じっと待つより、
先に幸せになっちゃうほうがいいと、
思うようになったんです。
──
ほー‥‥。
ハヤマ
本当にちっちゃなものでもいいので、
まずは、
幸せだと思える場所をつくって、
それを、少しずつ、
ふたりで膨らませていけたら‥‥と。
──
ハヤマくん。素敵だ。
ハヤマ
そんなわけで、
ふたりでスッパリと仕事を辞めまして、
ぼくはマンガ1本に、
妻は、
神社仏閣の観光ガイドになったんです。
──
それが、今の状態。
ハヤマ
でも、そのまえに、仕事をやめた直後、
少しばかりの蓄えもあったんで、
新婚旅行がてら、
ふたりで英会話留学に行ったんですよ。
──
あ‥‥それFacebookで見た。
ハヤマックス先生、
なんでフィリピンにいるんだろうって。
英会話留学だったんだ。
ハヤマ
ぼくは、英語に対して、
ずっとコンプレックスを持ってまして、
今のタイミングしかないと思い、
東京の家を払い、
家財道具は、運送屋をやってた
じいちゃん家のガレージに放り込んで。
──
ちなみに、そのときはまだメガネ?
ハヤマ
留学にあたり、レーシックにしました。
でも、どうしてそのことを?

──
いや単純に、いつメガネ辞めたのかなと。
ハヤマ
そのことも、じつは関係があるんです。
ぼく、タイでプロポーズしたんですが、
現地ですごくナメられてしまいまして。
──
あちらの人に?
ハヤマ
ホテルで荷物運んでもらえなかったり、
サンセットが有名なレストランで、
日没のタイミングに、
ウェイターが何度も注文を取りに来たり。
──
よりによって、その瞬間に。
ハヤマ
でも、そのときぼくは、
今は彼女とサンセットを見ているから、
注文はもう少しあとで‥‥
ということを英語で言えませんでした。
それで「早くドリンクを注文しろ」と
うるさく言われ、
挙句の果てには「舌打ち」までされて。
──
100万バーツの夕日に照らされながら。
ハヤマ
英語を身につけたいと思ったのには、
そんな経験もあったんですが、
あとひとつ、
タイでの写真を日本で見返してたら、
ぼくの写真ぜんぶ汗だくで、
低い鼻にメガネがブラ下がっていて、
首からタオルかけて‥‥猫背で。
──
何もそこまで言わなくても。
ハヤマ
そんな自分が、タイのピピ島という
リゾート地を歩いていると、
まわりは、
身体つきのいい金髪の西洋人ばかり。
こりゃナメられて当然と思いました。
──
それで‥‥レーシックをして、
メガネを捨てて、
フィリピンへ英語を習いに行ったと。
ハヤマ
そうなんです。
──
すべては「ナメられないため」に。
ハヤマ
はい、そのつもりだったんですが、
フィリピンの英会話学校でも、
やっぱりナメられてしまいました。
──
‥‥今度は何がダメでしたか。
ハヤマ
語学留学っていうと、
ハタチ前後の若い子が多いんですよ。
で、教えてる先生たちも若いんです。
──
あー。はい。
ハヤマ
若い先生と若い生徒は、
「グッド・モーニング、ヘイ!」とか
「今日は何?」とか、
食堂でハグしたり、
キャッキャッ楽しくやっているんです。
先生たちにしても、
若くてイケてる生徒が好きなんですよ。
──
なるほど。
ハヤマ
授業はすべてマンツーマンなんですが、
30過ぎのオッサン生徒にたいしては
「このペーパー、
ぜんぶ解き終わったら教えて」とか、
完全に適当なんです。
もう、スマホばっかり見てるんですよ。

──
あからさまですね。
ハヤマ
最初の2週間くらいは、
ちょっと他と対応ちがうみたいだし、
おかしいな、こんなもんなのかなと
思ってたんですが、
「‥‥これは、ナメられてるな」と。
──
ようやく確信して。
ハヤマ
妻とも相談のうえ、
これはどうにかしなきゃならないと。
──
どうされたんですか。
ハヤマ
はい、ある授業を受けているときに、
「じつはぼく、日本では
コミック・アーティストなんです」
と打ち明けてみたんです。
いちかばちか、
少しは興味を持ってくれたらいいと。
──
そしたら‥‥。
ハヤマ
めちゃくちゃ食いついてきたんです。
「マジかよ」とか、
「はやく言えよ」とか、
「すげぇじゃねぇか」とか、
「どんなの描いてるんだ」
「ナルトか? ドラゴンボールか?」
とか‥‥。
──
急に。スマホそっちのけで。
ハヤマ
「残念ながらナルトでもないし、
ドラゴンボールでもない」
と答えたら
「じゃあ、ドラえもんか?」と。
「悪いが、ドラえもんでもない」
「だったら、
おまえのマンガを見せてくれよ」
という展開になりまして。
──
おお。
ハヤマ
「明日、必ず、おまえのマンガを
英語に翻訳して、持ってくること。
それが今日の宿題だ」と。
で、たまたまその先生は、
先生の中のイケてる女子グループの
ボス的な人だったんです。
──
ええ。
ハヤマ
なので、その日のうちに
「ハヤマって、マンガ家らしいよ」
というウワサが、
先生中に知れ渡ってしまいまして。
──
マンガの力は偉大だなあ!
ハヤマ
ただ‥‥ナメられたくない一心で
明かした事実なので、
ここで
自分のマンガでスベって、
マンガまでつまんねえヤツと思われたら
金輪際、
絶対に這い上がることはできない。
ナメられたまま留学が終わります。
──
最悪のシナリオですね。
ハヤマ
まだ留学期間はたっぷりあるのに、
それだけは避けたい。
でも、フィリピンの人たちに、
どんなマンガがウケるか、わからない。

──
たしかに。どうしたんですか。
ハヤマ
ここがぼくのズルいところなんですが‥‥
まずは、別の方のマンガを
持っていくことにしたんです。
スベッても「ぼくのじゃないんだ」と、
言いわけができるように‥‥。
──
保険をかけたわけですね。
ハヤマ
そうなんです。
あくる日の授業では
「これは、ジャパニーズ・フェイマス・
コミック・アーティストの作品だ」
と言って、
尊敬する大先生のマンガを英訳して、
見せたんです。
──
どの大先生ですか。
ハヤマ
一部、伏せ字にしてもいいですか。
「W田Rヂヲ先生」です。
──
伏せ字にした意味がないですよね。
「ヂヲ」の部分を丸見えにしたら。
ハヤマ
さすがはW田先生、
フィリピンの人にも大ウケでした。
──
わー、すごい。
ラヂヲ先生のギャグは海を越える!
ハヤマ
最初の2回だけ、
敬愛するラヂヲ先生のお力を借りて
ウケるネタの傾向を探らせてもらい、
それから
自分のマンガを見せるようにしました。
そうやってぼくは、
フィリピン人たちの笑いのツボを
学んでいったんです。
──
なるほど。
ハヤマ
もともと先生と生徒という関係なので
ぼくの英訳を
「あ、そういう意味なら、
こっちの表現のほうが、おもしろいよ」
とか教えてもらったりして。
──
そこは、ちゃんとした授業ですね。
ハヤマ
「これって、何がおもしろいの?」
「こうこう、こういうふうに」
「だったら英語に翻訳するときは
こういう表現にしないと
おもしろさが伝わらないよ」とか。
──
っていうか、
すごく実のある授業になってない?

ハヤマ
そうですね。
しかも、その先生はボス級なので、
ぼくのマンガを写メに撮って、
他の先生にも見せたみたいなんです。
──
ええ。
ハヤマ
そしたら、別の先生の授業でも
「ハヤマ、お前はマンガを描いてこい」
となっちゃいまして‥‥。
──
なんと。
ハヤマ
それからというもの、すべての授業が、
自分のマンガを英訳しては
添削してもらう‥‥というものになりました。
そんな授業が、まるで修行か何かのように、
えんえん続くことになったんです。

(その修行、いつか何かに実を結ぶのか。
あとすこしだけ続きます)

2019-08-29-THU

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