アメリカにわたり、9年をかけて
「歌を歌う人」を撮影し続けてきた
写真家の兼子裕代さん。
その「歌っている人の写真」には、
なんとも、ふしぎな魅力があります。
自分には何ができるのだろう‥‥と
自問自答した日々を経て、
「キラキラしたものを撮りたいんだ」
ということに気づいた兼子さん。
歌を歌う人の顔も、
やっぱり、キラキラしていました。
そんな兼子さんに
写真とは、歌とは、うかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
協力|POETIC SCAPE
兼子裕代(かねこひろよ)
1963年、青森県青森市生まれ。1987年明治学院大学フランス
- ──
- みんながどういう歌を歌ったかって、
ひとりひとり覚えているものですか。
- 兼子
- はい、覚えていますし、
歌を歌ってほしいとお願いしたのに、
現場で、
歌じゃない何かだった人もいました。 - たとえば彼女は
声帯模写のパフォーマーなんですね。
だから、これは、
変わった音を出しているところです。
- ──
- 変わった音(笑)。
でも言われてみれば、そんな顔かも。
- 兼子
- はい(笑)。
こっちの人も歌っているんじゃなく。
- ──
- いい顔!
- 兼子
- オリジナルの何かをしゃべってます。
- ──
- オリジナルの‥‥詩吟のような?
- 兼子
- あれは‥‥何だったんだろう(笑)。
- 歌というより、しゃべっていました。
とにかく、ずーっと。
- ──
- この方は、何を歌っていたんですか。
- 兼子
- 教会のゴスペルです。
- ──
- そう言われると、
そんな感じがするのが不思議ですね。
ゴスペル感あります。 - この人の顔も素敵だなあ。
気持ち良さそうな表情をしています。
- 兼子
- 彼女は、ポップス。
クリスティーナ・アギレラの曲です。
- ──
- そもそもなんですけど、
どうやってお願いしていたんですか。 - 歌を歌ってくださいって。
- 兼子
- かたっぱしとまではいきませんけど、
けっこうな割合で、
偶然出会った人に声をかけています。 - 歌を歌っているところを、
写真に撮らせていただけませんかと。
- ──
- へえ‥‥通りすがりの人とか?
- 兼子
- いや、そこまでじゃないんですけど。
- 同じアパートに住んでるご近所さん、
友だちの集まりに来ていた人、
学校や職場、
ボランティア活動の場で出会った人。
- ──
- たどっていけば、
つながるつながりのある人たちに。 - この人に歌ってほしいなって、
じゃあ、密かに思っていたりとか。
- 兼子
- そうですね(笑)。
- この人、どうだろう‥‥って思ったら
声をかけるんです、思い切って。
誰かよさそう人がいたら教えてねって、
友だちに頼んでおいたり。
- ──
- みんな、歌ってくれるものですか。
- 兼子
- 歌ってくれない人もいましたよ、もちろん。
でも、声をかけた人のうち、
6割から7割くらいは、歌ってくれました。
- ──
- へえ‥‥すごい。そんなに。
撮影は、さすがに「後日」なわけですよね。
- 兼子
- はい、また撮影の日を約束するんです。
連絡先を交換していついつの日に‥‥って。
- ──
- 何を歌うか考えてきてね、と。
- 兼子
- そうです。そうやってふたたび落ち合って。
- ──
- どれくらい、シャッターを切るものですか。
- 兼子
- 中判のカメラなので、
1ロールで10カットぐらい撮れるんです。 - だいたい5本は撮ったから、
ひとりにつき、おおよそ50カットですね。
- ──
- どうしてこんなに‥‥9年も、
写真集ができるほど、続けられたんですか。
- 兼子
- 何で‥‥ですかね(笑)。
どうして続けたんだろう。
- ──
- そもそもは、子どもを撮っていて‥‥。
- 兼子
- ひとつ覚えているのは、
アメリカで、友だちの展覧会へ行ったとき、
日も暮れかけて、
だんだん人もいなくなってきた時間に、
ひとりの若者が、
ふとベンチに座って
すーっとアカペラで歌いはじめたんですよ。
- ──
- へえ‥‥!
- 兼子
- そのようす全体が、ものすごく素敵だった。
「まあ!」って。
- ──
- おお(笑)。日本で暮らしていると、
なかなか見かけないシーンかもしれません。
- 兼子
- そうなんです。
- で、その歌う若者の姿を見て、
大人もいいじゃないかって、思ったんです。
- ──
- 撮りたい、と。
- 兼子
- はい。
- 大人と子どもで、わける必要もないなって。
すぐに日が暮れて、
そのときわたしはカメラを持っていなくて。
- ──
- ええ。
- 兼子
- 彼も地元の人じゃなくて、
すぐに帰ってしまうということだったから、
撮影は叶わなかったんですけど。 - でも、そこから
大人も撮影するようになったんです。
- ──
- YouTubeの動画なんかを見ていると、
ニューヨークの地下鉄とかで
とつぜん歌いはじめる人がいたりなんかして、
アメリカって、
こういうとこなのかあって思うんです。
- 兼子
- はい(笑)。
- ──
- 人が、簡単に歌うっていうか(笑)。
- 兼子
- そうかも、もちろん人によりますけど。
- 日本でやろうと思ったら、
もう少し、むずかしいかもしれません。
- ──
- ねえ。
- 兼子
- あと、わたしが
これを続けてきた理由のひとつとして、
「人に声をかける」
ということを
自分に課していたのかなあと思います。
- ──
- というと?
- 兼子
- 撮影をさせてもらうためには、
話かけなきゃならないじゃないですか。 - でもわたし、
非常に引きこもりがちな人間というか、
社交的じゃないので‥‥。
- ──
- え、そうなんですか。それでよく‥‥。
- 兼子
- だからこそ、こうやって、
声をかける理由をつくってたのかなあ。 - 社会や人と関わらなければ、
生きている意味がないんじゃないかと、
もやもや思っていたんです。
- ──
- へええ‥‥。
- 兼子
- もちろん追いかけたいテーマだったし、
そうじゃなきゃ続かないんですが、
そうやって、
人に声をかけることをしていれば、
人に会えるし、人と話もできるし‥‥。
- ──
- 歌を歌う人を撮ることが
けっこう‥‥兼子さんの生活というか、
生き方、人生にとって、
切実な部分を含んでいた‥‥んですか。
- 兼子
- そうかもしれない。
- ──
- たしかに、これは仕事だからと思うと、
できることって広がりますよね。
- 兼子
- そうそう。
- ──
- それが「仕事」の不思議なところだなと
思うことがあります。 - これは仕事だから‥‥っていうことを、
自分への妙な言い訳みたいにして、
やりたいことをやってるフシがあって。
- 兼子
- わかります。
- ──
- 自分は「仕事だ」と思わないと、
好きなこともできないのかと思ったり。
- 兼子
- そうなんですよね。
- わたしもアメリカに来たくて来たのに、
ほっといたら、
好きだと思うことさえも躊躇していた。
だから「自分に課して」たんです。
- ──
- はい、好きなことさえも
自分に課すってこと、あると思います。 - だって、総勢何人、撮ってるんですか。
- 兼子
- 80人から90人くらい撮ったのかな。
- ──
- それだけやるには、変な話、
ただ好きってだけじゃ続かないような気も。
- 兼子
- そうですね。
- 好きで追いかけたいテーマだけど、
やってる最中は
「大変だなあ、ぜんぜん足りない」
「この先に、もっといろんな人がいるのに」
という気持ちでした。
- ──
- なるほど。
- 兼子
- 本にしなければという気持ちもあって。
- だって歌を歌ってくれた人たち全員が
一堂に会するには、
一冊の写真集にするしかなかったので。
- ──
- それは、素敵な考え。
- 兼子
- それには、たくさん撮る必要もあった。
- だから、最後の1年間は
「あとひとり、あとひとり」みたいに、
ギリギリまで撮っていました。
(つづきます)
2021-04-07-WED
-
9年以上にわたって
「歌う人」を撮り続けた兼子さんの作品集。
歌を歌っている人たちの表情は、
幸せそうであり、悲しげでもあり、
悩ましげであり、苦しげでもあり、
楽しそうであり、嬉しげでもあり。
インタビュー中、兼子さんは
「歌は、感情そのもの」と言っていますが、
まさに、そのようなことを感じます。
歌は写らない? でも、聴こえる気がする。
じっと見入ってしまう不思議さがあります。
じわじわ時間をかけて好きになってしまう、
そんな、やさしい引力を持ちます。
Amazonでのおもとめは、こちらから。