アメリカにわたり、9年をかけて
「歌を歌う人」を撮影し続けてきた
写真家の兼子裕代さん。
その「歌っている人の写真」には、
なんとも、ふしぎな魅力があります。
自分には何ができるのだろう‥‥と
自問自答した日々を経て、
「キラキラしたものを撮りたいんだ」
ということに気づいた兼子さん。
歌を歌う人の顔も、
やっぱり、キラキラしていました。
そんな兼子さんに
写真とは、歌とは、うかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
協力|POETIC SCAPE
兼子裕代(かねこひろよ)
1963年、青森県青森市生まれ。1987年明治学院大学フランス
- ──
- ぼくは、何でもいいんですけど、
何かを創り出している人の話を聞くのが
好きなんです。
- 兼子
- ええ。
- ──
- たとえば自分は絵を描く才能がないので、
絵の描ける人に憧れがあります。 - それでよくインタビューするんですけど、
お話をうかがっていると、
みなさん言い方はそれぞれながら、
いかに自分のタッチにたどりつけるかが、
ひとつ、絵を描く人としては、
重要なことなんだっておっしゃっていて。
- 兼子
- なるほど。
- ──
- その点、写真やカメラの場合って、
ぼくのような素人でも、
押せば何かが写りはするじゃないですか。 - だから「自分らしさ」というものを、
写真のプロの人は、
どういうふうに思っているんだろうかと。
- 兼子
- そうですね‥‥わからないなあ。
- ──
- わからないですか。
- 兼子
- だいぶ前に、複数のフォトグラファーが
同じ被写体を撮るという
ワークショップに参加したことがあって。
- ──
- ええ。
- 兼子
- 目の前のものを撮るだけなのに、
みんな‥‥本当に、ちがう写真になった。
- ──
- 何を撮ったんですか。
- 兼子
- ふたりの舞踏家の踊るシーンでした。
- 目黒にあったアスベスト館の主催で、
コルプスという
ワークショップがあったんですけど。
お亡くなりになってしまいましたが、
土方巽さんの舞踏のカンパニーです。
- ──
- ええ、ええ。
- 兼子
- 当時、まだお元気でいらした
大野一雄さんもいらっしゃってました。 - そのようすを撮影したんですけど、
みんながみんな‥‥ちがうんですよね。
こんなにもちがうものかあ‥‥と。
- ──
- ちがったんだけど、理由はわからない。
何なんだろう、そこにあるものって。
- 兼子
- 本当に。プロかアマチュアか関係なく、
写真には‥‥出るんですよね。
- ──
- 出る。その人らしさが。
- 兼子
- 出ます。ふしぎと。
- お父さんが家族を撮ったスナップでも、
どこかにその人の感じは出ますし。
- ──
- 視線‥‥ということなのかなあ。
- そういうようなことって、
写真の学校でも教わることなんですか。
- 兼子
- いや、学校では教わらないと思います。
- アメリカの大学院で学んだんですけど、
そこで経験した写真の授業では、
撮影した写真を前に、
みんなで
ああでもないこうでもないと言い合う、
というものがメインでしたし。
- ──
- なるほど。
- 兼子
- 褒めてもらえることもあれば、
けっこうキツイことも言われたりする。 - そういう機会に、
自分では気づかなかった自分らしさや視点に、
気づかされることはありましたが。
ああ、わたしの写真ってそうなんだ‥‥って。
- ──
- 自分の写真の、特徴?
- 兼子
- 自分の写真が、見てくれる人に対して、
どういった感情や印象を与えるのか‥‥とか。 - 写真家になってからも、
まわりの人の意見を聞くことは多いですし、
そうした経験を通じて、
「自分の写真、自分らしさ」ということに、
だんだん意識が向いていくのかもしれない。
- ──
- 難しいですよね、たしかに。
そんなこと聞かれても。
- 兼子
- ただ、実際には「自分らしさ」を意識して
撮っているわけでもないので、
やっぱり、自然と
そうなっちゃうことの方が大きいのかなあ。
- ──
- にじみ出ちゃう。
- 兼子
- 何だか。
- ──
- さっき『APPEARANCE』の制作中に
行き詰まってしまったというお話が
ありましたけれど、
手を差し伸べてくれたふたりの方って、
どういう人なんですか。
- 兼子
- はい、ひとりは日本人の元編集者の方。
- 昔から写真を見てくださったり、
話を聞いてくださったりしていた方で。
- ──
- なるほど。
- 兼子
- もうひとりはアメリカ人なんですけど、
あちらで
写真のギャラリーディレクターを
やっていた方です。 - もうなくなってしまったんですけれど、
サンフランシスコにあった
フォトセンターにおられて、
わたしはそこでプリントしていたので、
わたしの作品を、初期の段階から
見てくださっていた方だったんですね。
- ──
- それぞれ個別に相談していたんですか。
- 兼子
- そうです。
- 最初、ギャラリーディレクターの方に
相談したんです。
写真をどうセレクトしていいのか、
わからなくなってしまったんですって。
- ──
- ええ。
- 兼子
- わたしは、それまで、
撮ったフィルムをすべてスキャンして、
パソコンの画面上で
確認したり、セレクトしていたんです。 - そしたら彼女は、
パソコンの画面でなんか選べないから、
まずは、ぜんぶプリントして
コンタクトシートをつくりなさいって。
- ──
- コンタクトシートというのは、
1枚の印画紙に、
何カットもの写真を並べたものですね。
- 兼子
- そう。なるほどーって思ったんですが、
それまで、
ものすごい量を撮りためていたんです。 - だからこれは大変な作業になるぞって。
- ──
- 覚悟して(笑)。
- 兼子
- だって、その時点で、
350シートくらい必要だったのかな。
- ──
- つくるのはもちろん‥‥見るのも大変。
- 兼子
- お金だってかかりますし。
- でも、フォトセンターのオーナーが
あまっていた印画紙を
気まえよく、バーンってくださって、
「これでつくったら」って!(笑)
- ──
- おお、おやさしい(笑)。
- 兼子
- ほんとうに、ほんとうに、うれしくて。
「ありがとう!」ってお礼を言って。 - それで一生懸命、
350枚コンタクトシートをつくって、
まずギャラリーディレクターの彼女に、
見てもらったんです。
- ──
- アドバイスをくださった?
- 兼子
- 実際に写真をセレクトしてくれました。
- 同時期に、日本人の元編集者の方にも
スキャンデータをメールしてたので、
その方もその方で
写真をセレクトしてくださったんです。
- ──
- 信頼するふたりが、兼子さんの写真を。
- 兼子
- そう、そしたら、
もちろん異なる意見もあったんですけど、
けっこう重なっていたんです。 - おふたりの「いい」っていう写真が。
- ──
- では、そのアドバイスを受け止めて。
- 兼子
- はい、迷いがなくなりました。
- 何を基準にセレクトしたらいいのか、
何となく見えてきたんです。
そのあとに撮影したぶんについては、
なんとか、
自分で選べるようにもなりました。
- ──
- 人の意見を聞くというのは、
つくづく大事なことだなと思います。 - 信頼している人の意見なら、なおさら。
- 兼子
- ほんとうにね、そう思いました。
- ふたりは、
写真をいっぱい見てきた専門家なので、
いま、どういう写真がおもしろいか、
どういう写真が新しいのか‥‥
いろいろな視点から、
考えてくれたんだろうと思うんですが。
- ──
- ええ。
- 兼子
- やっぱり、ふたりが、わたしのことを
よく知っていてくれていたから。 - 「たぶん、こういうことを
やろうとしてるんじゃないか‥‥?」
を理解してくれていたことが、
大きかったんじゃないかと思うんです。
- ──
- 「兼子さんらしさ」を、知ってた。
- 兼子
- あ、そうかも。
- ──
- 往々にして、自分にはわからないもの、
なのかもしれませんね。 - 自分らしさ‥‥とかっていうものは。
- 兼子
- そうですね。
- ──
- ふしぎですね。
- 兼子
- 本当に(笑)。
(つづきます)
2021-04-08-THU
-
9年以上にわたって
「歌う人」を撮り続けた兼子さんの作品集。
歌を歌っている人たちの表情は、
幸せそうであり、悲しげでもあり、
悩ましげであり、苦しげでもあり、
楽しそうであり、嬉しげでもあり。
インタビュー中、兼子さんは
「歌は、感情そのもの」と言っていますが、
まさに、そのようなことを感じます。
歌は写らない? でも、聴こえる気がする。
じっと見入ってしまう不思議さがあります。
じわじわ時間をかけて好きになってしまう、
そんな、やさしい引力を持ちます。
Amazonでのおもとめは、こちらから。