女性向けのビジネス書や自己啓発書をはじめ、
たくさんのベストセラーを世に出してきた
ディスカヴァー・トゥエンティワンの前社長、
干場弓子さんにお越しいただきました
(現在は出版レーベルBOW BOOKSの代表)。
出版業界では珍しい女性社長として、
35年間にわたって会社を育ててきた干場さんは、
からっと明るく、エネルギッシュでありながら、
同時にチャーミングな魅力をお持ちの方。
今回は干場さんが2019年に書いた本
『楽しくなければ仕事じゃない』を読んだ糸井が
「これは社内のみんなにすすめたい!」と
思ったことをきっかけに、対談が実現しました。
業界での慣習や前例の無さをものともせず、
さまざまな挑戦を成し遂げてきた干場さんの、
元気の出る発想の数々をどうぞ。

>干場弓子さんプロフィール

干場弓子(ほしば・ゆみこ)

愛知県出身。
世界文化社「家庭画報」編集部等を経て
1984年、株式会社ディスカヴァー・
トゥエンティワン
設立に参画。
以来、取締役社長として、経営全般に携わり、
書店との直取引で業界随一の出版社に育て上げた。
2011年には『超訳ニーチェの言葉』
同社初の100万部突破。
自ら編集者としても、勝間和代氏他、
多くのビジネス系著者を発掘、
さまざまなシリーズを立ち上げてきた。
そのほか、グローバル展開にも積極的に取り組み、
世界の出版界における日本コンテンツの
プレゼンスの向上に務める。
2019年12月末日をもって任期を終え、独立。
現在は、BOW BOOKS代表。
執筆、講演、出版プロデュース、
一般企業のコンサルタンツなどをおこなう。
テレビ、雑誌、ネットメディアに多数登場、
大学での単発講義のほか、
社会人向け・出版人向けの講演多数。

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「BOWBOOKS」ウェブサイト

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7.冗談っぽいなかに真実はあって。

干場
そういえばずいぶん前に、
糸井さんがTwitterかなにかで
「ぼくがコピーライターを辞めた理由は
『売れています』のひとことに
勝てないとわかったから」と
おっしゃられていたかと思うんですが。
糸井
そういう言い方もできますよね。
干場
じゃあ、誰か別の人が書いたんでしょうか?
糸井
いや、ぼくが言っているんですけど。
だけど辞めた理由なんてやまほどあるので、
いろんなことのひとつではありますね。
「◯◯部売れています」という言葉と、
考え抜いたコピーみたいなものを比べたら、
「◯◯部売れています」のほうが
効果がありますよね。
干場
ディスカヴァーでトップ営業だった女性がいて、
彼女が書店に行くと、本がちゃんと売れるんです。
そのテクニックのひとつが、
「その場でPOPを書いて本にベタベタ貼る」
というもので。
編集者としては、あんなに苦労した
オビのコピーの上から
「売れています」ってPOPをベタベタ貼られる(笑)。
でも、そのほうが売れるんです。
糸井
「売れています」という言葉は、
言ってみれば暫定的な正義なんですよ。
「みんなが認めてる」ってことなので。
それを買っておけば間違いないと。
干場
そうなんです。

糸井
とくに日本ってそうだと思うんだけど、
みんなのベースに
「損したくない」気持ちがあるわけで。
干場
たしかに日本は「損したくない」ですね。
「得したい」が先だと思うかもしれないけど、
「損したくない」のほうが強いんです。
糸井
そう、違いますよね。
「得したい」は、どちらかというと
狩猟民族なんじゃないですか。
稲を植えているのに台風がきちゃったとかは
「損する」ですから。
干場
そういえば、コピーライティングの本って、
ありそうでないですよね?
糸井
結構あるんですよ。
干場
ありますか。
糸井
でも、基本的にコピーライティングの本って、
「お役に立つための本」になっちゃうんです。
つまり、
「こういうコピーを書くとウケるぞ」とか、
「このボディコピーはいいよね。
なぜかっていうとね」とか。
そこをすごく丁寧にやっている本は
結構あるんですよ。
でもそれは
「コピーライティングがおもしろい」
という本というよりも、
「君が役に立つ人物になるよ」
って本になっちゃうんです。
だからコピーライティングのことって、
もっと川柳とか詩とかに近いものとして
考えていくほうが、
三次元化すると思いますね。
そのほうが
「このコピーのおかげで計画全体ができた」
「売り方もわかったね」
「俺、自分で書いたものに影響されて、
そう生きてみたくなったよ」
みたいなことがあり得るので。
本のタイトルでも、そうだと思いますけど。
干場
そういうことはありますね。
タイトルが先にできることで、
全体の売り方が見えてくる、とかって。
糸井
だからやっぱり、テクニックとかより、
コンセプトを考える話とかのほうが、
近いんじゃないかな。
でもそういう方向から考えるにしても、
楽しさがないとダメですよね。

干場
なぜいま聞いたかというと、
前に編集教室をやったときに、
タイトルや帯のコピーのつけかたについて、
みんなにおすすめしたい本がなかったんです。
糸井
そこは、コピーを上手に書いている人に限らず、
「この人おもしろいな」っていう人の話を
いっぱい聞くことだと思いますね。
ぼくの大好きなコピーライターの先輩で、
土屋耕一さんという方がいるんです。
土屋さんは若いときに病気をしたので
学校にちゃんと行けなくて、
資生堂の宣伝文化部に
アルバイトとして入ったんですね。
そして当時はお歳暮とかで
ビールやらのお酒をいっぱいもらうんで、
仕事が終わるとみんな事務所で
そのまま飲んだりしながら
だらだらしゃべってる時間があったんです。
そういうときに土屋さんはアルバイトとして、
「近所の松屋で何か買ってこい」って
頼まれる仕事を、毎日していたんです。
干場
毎日。
糸井
なぜかというと、気が利いてるから。
ちょっとつまむものとか、小腹を埋めるものとか。
状況、天気、メンツなどに応じて、
いいものを買ってくるわけです。
それがウケて、土屋さんは
コピーライターになっていくんですよ。
干場
へぇー。
糸井
つまりコピーを書くって、そういう意味なんですよ。
「これがピタッとくるよ」だとかじゃなくて、
「おつまみを買ってくること」なんです。
干場
「異質なものを組み合わせてどうだ」
とかではなく‥‥。
やっぱり難しいな。
糸井
土屋さんがよくやっていたことを
追っかけていったら、
相当データ化もできると思います。
「こういう人がいるからこれ」とか、
「きのうこれ買ったから買わない」とか。
そういう方法論化はできるんです。
だけどそれは、モテる女の子がやる
「つける耳と反対側の手でイヤリングを
持つといい」みたいなことで。
そういうことって、やられると、
マニュアルでやっていたとしても
相手は気づかないし、
それはやればいいんですよ。
だけど、逆の手でイヤリングを直す人が、
必ずしも本当にいいところにいくかは
わからない。
ルールと全部違うことをやっていても、
モテる子はモテる。
そこがおもしろいんじゃないですかね。
干場
まあね、ディスカヴァー時代、
本のオビとかタイトル、私も得意だったんで、
その感じはなんとなくわかります。
もちろん外したものもありますけれど。
糸井
方法はあるんだけど、ないんですよ。
方法があるとしたら、それはみんなが
同じものを学ぶわけですから。

干場
そういえば、ずいぶん昔に私が作った
本のオビのコピーで、
『ダ・ヴィンチ』という雑誌の
「今月の装丁・腰巻き大賞」というコーナーで、
仲畑貴志さん賞をもらったものがあるんです。
『お嬢さまことば速習講座』っていう、
中身がぜんぶお嬢様言葉で書いてある
「お嬢様っぽく聞こえる敬語の本」に
書いたものなんですけど。
いまでも覚えてます。
「本書で、お嬢さまことばを遊ぶうち、
あなたは、ほんとうに、
お嬢さまになってしまうかもしれない」
その言葉が、賞をもらったんです。
展覧会をやるときにも、ちゃんと置いてくれたり。
糸井
その話に、もうひとつ額縁を
つけてあげましょうか。
干場
さらに。
糸井
仲畑貴志が新人賞を獲ったのが、
英語教室のコピーなんですけど、
「この夏が過ぎれば、あなたは英語で
寝言をいうかも知れません。」
というもので。
干場
‥‥同じ構造ですね。
じゃあ、それと近いと思って
賞をくれたのでしょうか。
糸井
いや、そこは仲畑くんの考え癖だと思います。
あの人は、たとえばトレパンを買うのでも
「いっちゃんええのをくれ」
みたいに言う人ですから。
いっちゃんええのをはいているうちに、
俺もいっちゃんええ人になる。
だから仲畑君はきっとそのコピーを見て
「これが自分そのもので、ええねん」
って感じたんだと思いますね。
干場
たしかにその本は冗談っぽく書いてあるけど、
形から入るという本だったんです。
「すみません」の代わりに、
「おそれいります」と言いましょう。
もし本当にその言葉を表現していれば、
あなたは上品な行為が身につきます、という。
日本ってそうじゃないですか。形から入る。
糸井
それはそうだと思います。
そしてそういう
「冗談っぽく書いているんだけど、
やっていると本当になるかもしれない」って、
干場さんの理想の部分という気もします。
干場
そうですね。
本は冗談っぽいけど、その中に真実はあって。
実際にその本は当時、広尾の
青山ブックセンターで一番売れたんです。
要するに「お受験」の世界のような人たちが、
実用書として買ってくれたんだと思うんですね。
だから「自慢の本は?」っていわれると、
必ず5冊のうちの1冊に挙げるぐらいの本なんです。
糸井
今日うかがっていて、干場さんのお話は、
そういう構造のものが多くて。
伝えたいことや大事に思っていることが
すごくあるんだけど、そこに
トレーシングペーパーをかけたみたいに
「同時に冗談なことを感じている」
というのがあって。
干場
ああ、そうですか。
糸井
「べつに根拠はない」というのもそうで、
冗談っぽいけど、そこに真実もあって。
あと、
「追求したらもっといい当たりが
あるかもしれないけど、
ここでいったん止めておきましょう」
みたいなところを、
すごく上手にされている印象があって。
ずっと実務でアイデアを
出されてきた人だなと思いました。
干場
やっぱり実務となると、
「時間」が第1条件になるじゃないですか。
若い子とかがよく、うまくいかなかったときに
「もっと時間があれば」って言うけど、
それ絶対言っちゃいけない。
だって、時間とお金の制約がある中で
やるのがビジネスなんだから。
芸術家じゃないわけで。
糸井
そこは芸術でも止めるときがあって、
横尾忠則さんに
「完成ってどう決まるんですか?」って聞いたら、
「うーん、やめたとき」って言っていたんです。
しいては人生そのものも、そうじゃないですか。
制限のあるなかでやるしかない。
そういうことなんだと思うんですよね。
‥‥なんか人生の話に
なっちゃいましたけど(笑)。
だいぶ、喋りましたね。
干場
なんだか切れ目なく、ずっと次々に
喋っちゃってて、すみません(笑)。
糸井
いやいや、面白いです。

人生のほとんどを占める仕事の時間、
どうせやるなら、
楽しんでやったほうがよくない?
本文にも書いた通り、
楽しいかどうかを決定するのは、
起こっていることではなく、
それをどうとらえるか、であり、
その人の選択である。
同じことをしていても、笑顔でしている人もいれば、
仏頂面を崩さない人もいる。
楽しいことがあるから楽しめるのではなく、
何でも楽しむと決めているから楽しめるのだ。

すなわち、楽しむのも能力である。
それも、生まれつきの能力ではない。
練習と、ちょっとしたコツというか
視点の転換によって身につけることのできる能力
(何より、わたしがその証拠!
わたしも昔はネクラだった!?)だ。

──『楽しくなければ仕事じゃない』p5より

(つづきます)

2023-07-09-SUN

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  • 楽しくなければ仕事じゃない
    今やっていることがどんどん
    「好きで得意なこと」になる働き方の教科書

    干場弓子 著
    (東洋経済新報社刊、2019年)

    「働く人を惑わす10の言葉から自由になる」
    というテーマで書かれた干場さんの本。
    一般的にやるべき正しいことと思われている
    仕事における考え方やキーワードを
    ひとつひとつ解きほぐし、
    読む人に新しい視点をもたらしてくれます。
    干場さんの明るくて力強い言葉の数々に、
    どんどん積極的に動き出したくなります。
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