- 糸井
- さて、「僕の君は世界一。」がどうできたか。
自分でコピーも書けちゃう川崎徹さんにしてみれば、
本来コピーライターを必要としてないんですよ。
それなのに、ぼくに頼んでくれたっていうのは、
なんだろうな、ラブレターじゃないけど、
おたよりを受け取った感じがするわけです。
- 谷山
- なるほど、おたより。
- 糸井
- へぇーと思って、うれしかったの。
川崎さんが「糸井さんがいい」って
言ってくれたような話が聞こえてきたんで、
ぼくとしてはうれしいんですよ。
甲子園球児で、ほかの学校のよく打つ選手から、
「おまえちょっと、うちのチームとやらないか」って
言われたみたいなところがあって。
- 谷山
- それはどの時代でも、
制作者にはそういう喜びはありますよね。
ほかで活躍しているプランナーや
アートディレクターから頼まれるっていうのは、
クライアントから頼まれるより
うれしくなるっていうことはあります。
- 糸井
- それで電通に行って
打ち合わせをしたんだけど‥‥、
たしかそのとき、
川崎さんは来てなかったんじゃないかな。
- 谷山
- えっ! 声をかけてくれた川崎さんが
いらっしゃらなかったんですか。
- 糸井
- しかも、CMの絵コンテどころか、
もうアメリカでロケまでして
フィルムは撮っちゃってあったんですよ。
- 谷山
- ああっ、先に映像ができあがっていた!
前時代的な作り方だったんですね。
- 糸井
- うん、その方法はけっこう多かったんですよ。
浅葉克己さんとの仕事でも、
もうポスターのアイデアができていて、
「この写真で一句お願いしたいんだよね」
っていうことはよくあったから。
- 谷山
- 1970年代ぐらいまではそういう仕事が多かったと
話は聞いたことがありましたが、
意外と1980年代でもそうでしたか。
- 糸井
- ものすごく多かったんじゃないかな。
考えようによっては、
ポスターにコピーを入れる必要もないわけだし。
- 谷山
- 商品の写真とか、商品名とかが入っていれば、
成立はするわけですから、たしかに。
- 糸井
- 当時だったら、水着の女の人で
すごく良く撮れている写真があって、
商品名が入れば、それでもうポスターだから。
そこにコピーを入れるっていうのは、
ある時代にコピーライターが努力して
肩からねじ込んで作っていった
仕事のような気がするんですよ。 - で、川崎さんの撮ったフィルムが
どういうものかって言うと、
アメリカの片田舎でオーバーオールを着た
少女と少年がいるんですね。
16、17歳ぐらいかな、
ちょっとこう粗い画像の中で、
ふたりがお互いに向かい合って、
相手の名前を呼ぶんだよ。
- 谷山
- ああ、そうでしたね。
- 糸井
- 「タニヤマ~?」「イトイ~?」みたいに。
- 谷山
- ぼくたちの名前だと変ですけど(笑)。
- 糸井
- ほら、ちょっとおもしろくしないとさ。
ぼくは責任感が強いから(笑)。
で、ふたりが呼び合っているのを見て
「いいな!」と思うわけ、やっぱり。 - この広告ではスターでもない、
無名の誰かを撮っているわけです。
それまでのパルコの広告といえば、
チャック・ベリーが出るだとか、
フェイ・ダナウェイが卵を食べるCMみたいな
スターが出てくるイメージだったから。
- 谷山
- はいはい、そうですよね。
実はぼくも、このコピーを選んだ理由に、
それまでのパルコとは
ずいぶん変わったなって改めて思ったんですよ。
- 糸井
- この少年少女はオーディションで選んだ
普通の人なわけですよ。
そのふたりが名前を呼び合うだけで、
古びた印画紙のような粗い映像で、
素人臭くしているわけ。
そこに、川崎さんが作った
家系図のメモを渡されるんですよ。
映ってるのはふたりしかいないのに、
その子たちの家系図があるんです。
- 谷山
- はあー! 設定としてバックストーリーを
書いてこられる演出家はそれなりにいますけど、
家系図まで用意なさるっていうのは
あんまり聞いたことがないですね。
- 糸井
- お父さんはどういう人で、
なんの仕事をしているかとか全部書いてるの。
CMにその情報は何も映ってないんだけど、
ぼく自身は半分できているものに出会ってるから、
もう、そこで軽く感動してるの。
すでに川崎さんが作った脚本があって、
さあ、ぼくは何すればいいの?
- 谷山
- もう、コピーなくていいんじゃないですかって、
言いたくなるかもしれませんね。
- 糸井
- そういうときって、一番楽しいわけだよ。
「いや、でもやるんだ!」って思うんです。
そのときのパルコって勢いのある場所だったから、
仕事を頼まれてうれしかったんですよね。
川崎さんから頼まれたこともおもしろかったし、
名前を呼び合うだけの田舎の少年少女もよかった。
ぼくは、その状況の全部が気に入ったんですよ。
で、ニコリとも笑わないと噂の川崎さんに、
「糸井さん、そういうの書くんだ‥‥」って
言われたくないじゃない?
- 谷山
- 言われたくないですねえ(笑)。
- 糸井
- 拍手が欲しいとまでは言わないけどさ、
「ああ、あるでしょうね、そういうのね」
みたいなことを言われたくないの。
そこまで脚本ができているところに
どう入っていくんだろうっていう、
「どうする、おれ?」がありました。
それは、仕事としていちばんたのしいね。
- 谷山
- うんうんうん。
- 糸井
- そんな仕事を引き受けちゃったわけだけど、
苦しいときほど早く書けたりしない?
- 谷山
- あ、そうかもしれないです。
「もう、これしかないんじゃないか」ってなると、
スピードが出るのはわかります。
- 糸井
- まわりができちゃっているところで、
穴が1個開いているだけなんですよね。
早めにこのコピーができて、
あとはこれを漢字にするかどうかだけが、
ぼくの悩みになったんです。
「僕の君は世界一。」って一見、
漢字の多いカチンカチンカチンとした
コピーではあるんですよ。
- 谷山
- そう、そうなんです。漢字が多い!
広告を見て受ける印象とか、記憶に比べると、
たしかに漢字が多いコピーですよね。
- 糸井
- そう、じつは多いんですよ。
だけど、見慣れてる漢字だけでしょ?
ちょっと素人っぽい映像みたいに見せてる映像に、
ひらがなで「ぼくのきみは世界一。」だと、
受け取り方がまた違いますよね。
- 谷山
- ああ、そうですよね。
- 糸井
- ロゴを作るようにコピーを作っていって、
最後にこの形になりました。
あとは川崎さんがなんて言おうが
構わないっていうところに収まって、
自分としては、できたからオッケー。
- 谷山
- 糸井さんが過去に書いた本かなにかで
読んだ記憶があるんですが、
ちょっと確認してもいいですか? - 「僕の君」って書いたところでは、
ものすごくパーソナルでプライベートなことなんだけど、
それに「世界一」がつながることによって、
それが一気に普遍と繋がるような、
なにか開けていくようなところが気に入っている、
というようなことをおっしゃっていました。
- 糸井
- その解釈はもう、そうに決まってるわけです。
ぼくはね、名も無い誰かの恋みたいなものに対して、
ものすごく応援したい気持ちがあるわけ。
電車の中で見つめ合う高校生とかいるじゃない?
今はスマホ見てるから少なくなったけど、
冬にほっぺを赤くした若い高校生とかが
見つめ合ってるのを見ると、
がんばれ‥‥! って思うんだよ。
- 谷山
- わははは!
- 糸井
- ほんっとに思うの。
他に何も見えてないんだなって人たちを見るのは、
ぼくはものすごく好きなんです。
- 谷山
- このコピーについて過去に書かれた本を読んでも、
川崎さんが先にストーリーを作っていたとか、
そこに至る事情までは書いてませんよね。
今日は意外と生々しい話が聞けておもしろいです。
- 糸井
- おもしろいでしょ。
- 谷山
- 結果的にできあがった「僕の君は世界一。」の
言葉や考え方っていうのは、
糸井さんがいま「ほぼ日」で
やってらっしゃることとも、
どこか通じているような気もするんですよ。
パーソナルなものと、普遍なものを
繋げていくみたいなことですから。
- 糸井
- それはずっとそうですよ。
- 谷山
- 糸井さんが気に入ってるというのもあって、
最初にこのコピーを選ばせてもらいました。
- 糸井
- ‥‥これさあ、10本もあるのに
こんなに長くしゃべってていいの?
- 谷山
- あ、いやいや最初の1本なんで(笑)。
と言いつつ最後にこれはもう完全に
コピーライター的な感想なんですけど、
「僕」を漢字にするのってすごいですよね。
なかなか「僕」って漢字にできないので。
- 糸井
- そうだよね、「しもべ」って字だから。
- 谷山
- そうなんです、漢字はそれぞれに意味を持っていて、
違う意味に受け取られかねないんですよね。
「僕」を「下僕(げぼく)」と思われたくないから、
できれば漢字で使いたくないんですよ。
だけど、このコピーは漢字だからいいんだよなあって。
かなり狭い世界の話をしているかもしれませんが、
思った以上に漢字だらけだなぁと思いました。
- 糸井
- 「君」と対応させれば、
「僕」は活きるんですよね。
もうね、趣味のコピー講座だよ(笑)。
- 谷山
- 7文字中の5文字が漢字か‥‥。
いや、ちょっとマニアックすぎますね。
つぎに行きましょうか。
- 糸井
- ああ、こうやって10本も
紹介していくんだね。
(次回は西武百貨店の
「不思議、大好き。」につづきます)
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