糸井重里がこれまでにやってきた仕事には
いろんなジャンルがありますが、
やっぱり、いちばんの根っこには
コピーライターとしての経験が活きています。
「ほぼ日」の社内でもあまり語ってこなかった
自身の手がけた広告コピーについて、
糸井重里本人がたっぷり10本分を語りました。
訊き手は東京コピーライターズクラブの会長で、
糸井のコピー直撃世代でもある谷山雅計さん。
どんな状況でそのコピーが生まれたのかを、
なによりも大切にしたい糸井のコピー解説です。

※宣伝会議『アドバタイムズ』の企画記事を
「ほぼ日」編集バージョンでお届けします。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。この対談の動画は後日「ほぼ日の學校」で
ご覧いただけます。

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(4)「おいしい生活。」

谷山
さて、「不思議、大好き。」の翌年に
西武百貨店から出されたコピーがこちら、
「おいしい生活。」ですね。

1982 おいしい生活。(西武百貨店)

谷山
広告に関わってきた人間からすると、
このコピーはすごいなと思うんですけど、
いまの若い人たちからすると、
これがなぜ名コピーと言われたかが
わかりにくいと言われがちなコピーでもあります。
糸井
まあ、なんでもわかりにくいんですよ。
谷山
その頃とは価値観が変わってますからね。
またぼくが自分なりの解説をはじめそうになるので、
糸井さんお願いします。
糸井
これも、状況から語ったほうがいいですね。
前年の「不思議、大好き。」が当たったんです。
おかげで、翌年のキャンペーンも
「イトイがやるに決まってる」になっちゃった。
谷山
もちろん、そうなりますよね。
糸井
もう当たり前のように、
来年どうするって話になるわけですよ。
「不思議、大好き。」でキャンペーンをしながら
そのムードになったんで、プレッシャーはありました。
「不思議、大好き。」の後って言われても、
わかんないんですよ、ほんとに。
どうやってこのコピーが生まれたかは
何度か話したことがあるんだけど、
いろんなロケに行っていると、
中にはおもしろくないロケもあって、
1人で飛行機に乗って帰ってきちゃったんです。
まあ、そういうことしちゃダメだよね。
谷山
あんまりすすめられたことではないかなぁ(笑)。
糸井
スコットランドのロケで食べていたものが、
同じものばっかりでおいしくなかったんですよね。
でも、1人で帰るときに乗った
JALの機内食が和食系だったんですよ。
それを食べたときに、おいしいなぁと思って。
アイツは海外のロケでたのしんでいるとか
他人からは言われるんだけどさ、
そんなこと、たのしくもなんともないの。
ぼくが一番やりたいことっていうのは
「おいしく暮らすことなんだ!」と思って、
紙ナプキンに「おいしい生活。」って書いた。
それがこのコピーなんです。

谷山
はあー、そうだったんですか。
それ、聞いたことなかったです。
糸井
じつは「おいしい生活。」の前に考えていた
コピーの候補は「犬と星」って言うんですよ。
谷山
あっ、そっちは聞いたことがあります。
おそらく、ぼくが大学生の頃の広告学校で
お話しされたんじゃないかと思います。
糸井
これは何度か話してるんじゃないかな。
「犬と星」っていう、
簡単な漢字が2つ並んでるのが好きだったんです。
幼稚園ぐらいの子が、家描いて、花描いて、
犬描いて、星や太陽を描くみたいな絵があるでしょ?
そんな絵みたいに「犬と星」って書くだけで、
心がなごむくらい、いいなぁと思って。
谷山
ああ、いいですねえ。
糸井
翌年の西武百貨店のキャンペーンを
「犬と星」でできないかなと思っていたんです。
それがダメだってわかるときは
もっといいコピーができたときだ、って思いながら
仮のコピーを頭に貼り付けて暮らしてたんですよ。
でも、「おいしい生活。」ができたら、
「これ、いいなあ」って思えたんです。
ただ、この言葉でどう企画するかは、
まだ考えられていなかった。
当時、ロラン・バルトの本を読んでいたら、
日本のものについてフランス人が書くと、
こんなふうに見えるんだなって、
その皮肉っぽい見方がおもしろかったんです。
もっと前に「ディスカバー・ジャパン」という
キャンペーンがあったけれど、
「おいしい生活。」っていうキーワードで、
日本をもう一回見直すような旅を
ウッディ・アレンでやったらどうかなって考えました。
谷山
あれ? でも実際の広告に
「旅」というイメージは、
そんなにはなかったですね。
糸井
ウッディ・アレンは日本に来ないからね。
谷山
あっ、来ない!
糸井
ウッディ・アレンが見るものを撮るだけで
キャンペーンができると思ったけれど、
次は日本に来ないならどうするかを考えるんです。
で、どうしたかって言うと、
これも川崎徹さんに相談するわけですよ。
谷山
はいはい(笑)。
糸井
川崎さんはきっぱりと言いました。
「イトイさん。ないよ、何も!」
「これはもう言葉だよ!」って。
書き初めのように「おいしい生活」って書いたり、
「おいしい生活相談員」としてウッディ・アレンがいたり、
ウッディ・アレンの顔と「おいしい生活。」っていう
言葉だけがあれば成り立つんですよね。
そうやって、川崎さん流の調整をして
成り立たせたのがこのキャンペーンでした。
それに耐えうるだけの言葉だったっていうのが、
ぼくも見ていて、やった! って思いました。
谷山
ああ、なるほど。
糸井
で、解説的に谷山くんが言わなきゃいけないことを、
ぼくが言ってみようかな(笑)。
これは単純な話で、価値観を高いだの安いだの、
大きいだの小さいだの、いいだの悪いだのじゃなくて、
「おいしい」っていう主観の価値観にもう一回戻すと、
世界が楽しくなるよっていう話なんですよね。
谷山
まさしくそうですね。
糸井
すぐに思いついたコピーが、
当時できた西武食品館にちなんだもので。
食品館とスポーツ館っていうのが
池袋西武の地下とすぐ横にできて、
見学に行ったらおもしろかったんですよ。
地下で売ってる数の子や梅干しと、
8階にある何百万円もする宝石。
デパートでは両方を売ってるんですから。
梅干しを買いに来た人も、
「宝石もいいな」って思うときがあるかもしれない。
それを「ホールデパート」と
言えるんじゃないかなと思ったんですよね。

谷山
ああ、そうですね。
糸井
で、「おいしい生活。」のインスパイアは、
『甘い生活』っていう映画のタイトルですよ。
それがなければ作らなかったんじゃないかな。
本来「生活」って言葉はダサいんです。
さっきあった「不思議」って言葉が
読めるっていうのと同じように、
「生活」っていうダサい言葉が入ることで、
何かニュアンスを与えてくれました。
「おいしい生活。」って、
80年代の軽佻浮薄なコピーライターブームに
こんなコピーがあったってよく言われますが、
ダサいんですよ、これって実は。
そのダサさが味わいです。
初めて見るような気がするけれど、
前から見たような気もするっていうものを、
ぼくはいつもやりたいんです。
「不思議っていうのは読めちゃうんですよ」っていうのと
「生活っていうのはダサいんですよ」ってことは、
みなさんが物事を考えるときに覚えておくといい、
以上、谷山教室でしたっ!
一同
(笑)
谷山
あの、「おいしい生活。」が出たときも、
ぼくはすごいなと思ったんですけど、
コピーライターとして働いたことのある人なら、
いろんな打ち合わせとかで
今回のメッセージでどういうことを言おうかって
突き詰めて話していくうちに
「それは結局『おいしい生活。』ってことじゃない?」
と、とにかく突き当たっちゃうっていう
ある種の呪いみたいなものがありまして。
デパートみたいな流通の業種だけじゃなくて、
どんな商品でも言えちゃうんですよ。
糸井
個人の主観がやっぱり大事だよっていう話は、
「僕の君は世界一。」からずっと
同じようなことをやってますからね。
谷山
同じようなことは、1990年代にあった
キリンビールの「私も大切。」でも感じました。
びっくりするような言葉で書いてるんじゃなくて、
普通の言葉で書いているから、
ついそこに行き当たっちゃうのかなあ。
糸井
苦労してるんだよ、おれも(笑)。
谷山
ぼくは「犬と星」もいいなって思うんですが、
堤清二さんにはウケなかったんですか?
糸井
いや、出してはないの。
谷山
ああ、提案されなかったんですね。
糸井
後になって見たことなんだけど、
武田百合子さんのエッセイのタイトルに
『犬が星見た』というものがありました。
ああ、同じようなこと考えてたんだなと思って、
ぼくは全然知らなかったんですよ。
「犬が星見た」もいいですよね。
谷山
「犬と星」も「おいしい生活。」と
伝えたいのことはかなり近いように思えますが。
糸井
「私の好きなもの」ですよね。
谷山
ええ、ほんとうに。
この前ちょっと「宇宙人ジョーンズ」の
CMを作っている福里真一くんと、
1980年代の広告の解説をする対談をしたんですよ。
そうすると、1980年代の最初の頃って、
「不思議、大好き。」「おいしい生活。」
あたりのが話が当然くるわけです。
そこではやっぱり、
堤清二さんの存在も大きかったはずですよね。
そんな解説をした後でもう1人、天野祐吉さんという、
広告を文化として解説する人間がいらしたのは、
日本の1980年代の広告を象徴している気がします。
その解釈はそんなに間違ってはいないですか?
糸井
間違いなんかないっ!
谷山サンがおっしゃることだもの。
一同
(笑)
糸井
紹介する人って、やっぱり大事なんですよ。
谷山
1980年代って、それがいいか悪いかは別にして、
いまよりもっと広告が文化だと思われていたんです。
作る糸井さん、選ぶ堤清二さん、
紹介する天野祐吉さんっていう、
そういった強力な存在があったっていうのは、
谷山&福里の解説として、
そういうふうになってございます(笑)。
すみません、福里くんはここにいないのにね。
2人とも解説好きなもんで。
糸井
そういう人だからねえ。
谷山
そういう人なんです(笑)。

(次回はテレビCMのコピー
「人間だったらよかったんだけどねえ。」です)

2024-10-14-MON

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