- 谷山
- さて、「不思議、大好き。」の翌年に
西武百貨店から出されたコピーがこちら、
「おいしい生活。」ですね。
- 谷山
- 広告に関わってきた人間からすると、
このコピーはすごいなと思うんですけど、
いまの若い人たちからすると、
これがなぜ名コピーと言われたかが
わかりにくいと言われがちなコピーでもあります。
- 糸井
- まあ、なんでもわかりにくいんですよ。
- 谷山
- その頃とは価値観が変わってますからね。
またぼくが自分なりの解説をはじめそうになるので、
糸井さんお願いします。
- 糸井
- これも、状況から語ったほうがいいですね。
前年の「不思議、大好き。」が当たったんです。
おかげで、翌年のキャンペーンも
「イトイがやるに決まってる」になっちゃった。
- 谷山
- もちろん、そうなりますよね。
- 糸井
- もう当たり前のように、
来年どうするって話になるわけですよ。
「不思議、大好き。」でキャンペーンをしながら
そのムードになったんで、プレッシャーはありました。
「不思議、大好き。」の後って言われても、
わかんないんですよ、ほんとに。
どうやってこのコピーが生まれたかは
何度か話したことがあるんだけど、
いろんなロケに行っていると、
中にはおもしろくないロケもあって、
1人で飛行機に乗って帰ってきちゃったんです。
まあ、そういうことしちゃダメだよね。
- 谷山
- あんまりすすめられたことではないかなぁ(笑)。
- 糸井
- スコットランドのロケで食べていたものが、
同じものばっかりでおいしくなかったんですよね。
でも、1人で帰るときに乗った
JALの機内食が和食系だったんですよ。
それを食べたときに、おいしいなぁと思って。
アイツは海外のロケでたのしんでいるとか
他人からは言われるんだけどさ、
そんなこと、たのしくもなんともないの。
ぼくが一番やりたいことっていうのは
「おいしく暮らすことなんだ!」と思って、
紙ナプキンに「おいしい生活。」って書いた。
それがこのコピーなんです。
- 谷山
- はあー、そうだったんですか。
それ、聞いたことなかったです。
- 糸井
- じつは「おいしい生活。」の前に考えていた
コピーの候補は「犬と星」って言うんですよ。
- 谷山
- あっ、そっちは聞いたことがあります。
おそらく、ぼくが大学生の頃の広告学校で
お話しされたんじゃないかと思います。
- 糸井
- これは何度か話してるんじゃないかな。
「犬と星」っていう、
簡単な漢字が2つ並んでるのが好きだったんです。
幼稚園ぐらいの子が、家描いて、花描いて、
犬描いて、星や太陽を描くみたいな絵があるでしょ?
そんな絵みたいに「犬と星」って書くだけで、
心がなごむくらい、いいなぁと思って。
- 谷山
- ああ、いいですねえ。
- 糸井
- 翌年の西武百貨店のキャンペーンを
「犬と星」でできないかなと思っていたんです。
それがダメだってわかるときは
もっといいコピーができたときだ、って思いながら
仮のコピーを頭に貼り付けて暮らしてたんですよ。 - でも、「おいしい生活。」ができたら、
「これ、いいなあ」って思えたんです。
ただ、この言葉でどう企画するかは、
まだ考えられていなかった。 - 当時、ロラン・バルトの本を読んでいたら、
日本のものについてフランス人が書くと、
こんなふうに見えるんだなって、
その皮肉っぽい見方がおもしろかったんです。
もっと前に「ディスカバー・ジャパン」という
キャンペーンがあったけれど、
「おいしい生活。」っていうキーワードで、
日本をもう一回見直すような旅を
ウッディ・アレンでやったらどうかなって考えました。
- 谷山
- あれ? でも実際の広告に
「旅」というイメージは、
そんなにはなかったですね。
- 糸井
- ウッディ・アレンは日本に来ないからね。
- 谷山
- あっ、来ない!
- 糸井
- ウッディ・アレンが見るものを撮るだけで
キャンペーンができると思ったけれど、
次は日本に来ないならどうするかを考えるんです。
で、どうしたかって言うと、
これも川崎徹さんに相談するわけですよ。
- 谷山
- はいはい(笑)。
- 糸井
- 川崎さんはきっぱりと言いました。
「イトイさん。ないよ、何も!」
「これはもう言葉だよ!」って。
書き初めのように「おいしい生活」って書いたり、
「おいしい生活相談員」としてウッディ・アレンがいたり、
ウッディ・アレンの顔と「おいしい生活。」っていう
言葉だけがあれば成り立つんですよね。
そうやって、川崎さん流の調整をして
成り立たせたのがこのキャンペーンでした。
それに耐えうるだけの言葉だったっていうのが、
ぼくも見ていて、やった! って思いました。
- 谷山
- ああ、なるほど。
- 糸井
- で、解説的に谷山くんが言わなきゃいけないことを、
ぼくが言ってみようかな(笑)。
これは単純な話で、価値観を高いだの安いだの、
大きいだの小さいだの、いいだの悪いだのじゃなくて、
「おいしい」っていう主観の価値観にもう一回戻すと、
世界が楽しくなるよっていう話なんですよね。
- 谷山
- まさしくそうですね。
- 糸井
- すぐに思いついたコピーが、
当時できた西武食品館にちなんだもので。
食品館とスポーツ館っていうのが
池袋西武の地下とすぐ横にできて、
見学に行ったらおもしろかったんですよ。
地下で売ってる数の子や梅干しと、
8階にある何百万円もする宝石。
デパートでは両方を売ってるんですから。
梅干しを買いに来た人も、
「宝石もいいな」って思うときがあるかもしれない。
それを「ホールデパート」と
言えるんじゃないかなと思ったんですよね。
- 谷山
- ああ、そうですね。
- 糸井
- で、「おいしい生活。」のインスパイアは、
『甘い生活』っていう映画のタイトルですよ。
それがなければ作らなかったんじゃないかな。
本来「生活」って言葉はダサいんです。
さっきあった「不思議」って言葉が
読めるっていうのと同じように、
「生活」っていうダサい言葉が入ることで、
何かニュアンスを与えてくれました。 - 「おいしい生活。」って、
80年代の軽佻浮薄なコピーライターブームに
こんなコピーがあったってよく言われますが、
ダサいんですよ、これって実は。
そのダサさが味わいです。
初めて見るような気がするけれど、
前から見たような気もするっていうものを、
ぼくはいつもやりたいんです。 - 「不思議っていうのは読めちゃうんですよ」っていうのと
「生活っていうのはダサいんですよ」ってことは、
みなさんが物事を考えるときに覚えておくといい、
以上、谷山教室でしたっ!
- 一同
- (笑)
- 谷山
- あの、「おいしい生活。」が出たときも、
ぼくはすごいなと思ったんですけど、
コピーライターとして働いたことのある人なら、
いろんな打ち合わせとかで
今回のメッセージでどういうことを言おうかって
突き詰めて話していくうちに
「それは結局『おいしい生活。』ってことじゃない?」
と、とにかく突き当たっちゃうっていう
ある種の呪いみたいなものがありまして。
デパートみたいな流通の業種だけじゃなくて、
どんな商品でも言えちゃうんですよ。
- 糸井
- 個人の主観がやっぱり大事だよっていう話は、
「僕の君は世界一。」からずっと
同じようなことをやってますからね。
- 谷山
- 同じようなことは、1990年代にあった
キリンビールの「私も大切。」でも感じました。
びっくりするような言葉で書いてるんじゃなくて、
普通の言葉で書いているから、
ついそこに行き当たっちゃうのかなあ。
- 糸井
- 苦労してるんだよ、おれも(笑)。
- 谷山
- ぼくは「犬と星」もいいなって思うんですが、
堤清二さんにはウケなかったんですか?
- 糸井
- いや、出してはないの。
- 谷山
- ああ、提案されなかったんですね。
- 糸井
- 後になって見たことなんだけど、
武田百合子さんのエッセイのタイトルに
『犬が星見た』というものがありました。
ああ、同じようなこと考えてたんだなと思って、
ぼくは全然知らなかったんですよ。
「犬が星見た」もいいですよね。
- 谷山
- 「犬と星」も「おいしい生活。」と
伝えたいのことはかなり近いように思えますが。
- 糸井
- 「私の好きなもの」ですよね。
- 谷山
- ええ、ほんとうに。
この前ちょっと「宇宙人ジョーンズ」の
CMを作っている福里真一くんと、
1980年代の広告の解説をする対談をしたんですよ。
そうすると、1980年代の最初の頃って、
「不思議、大好き。」「おいしい生活。」
あたりのが話が当然くるわけです。
そこではやっぱり、
堤清二さんの存在も大きかったはずですよね。
そんな解説をした後でもう1人、天野祐吉さんという、
広告を文化として解説する人間がいらしたのは、
日本の1980年代の広告を象徴している気がします。
その解釈はそんなに間違ってはいないですか?
- 糸井
- 間違いなんかないっ!
谷山サンがおっしゃることだもの。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- 紹介する人って、やっぱり大事なんですよ。
- 谷山
- 1980年代って、それがいいか悪いかは別にして、
いまよりもっと広告が文化だと思われていたんです。
作る糸井さん、選ぶ堤清二さん、
紹介する天野祐吉さんっていう、
そういった強力な存在があったっていうのは、
谷山&福里の解説として、
そういうふうになってございます(笑)。
すみません、福里くんはここにいないのにね。
2人とも解説好きなもんで。
- 糸井
- そういう人だからねえ。
- 谷山
- そういう人なんです(笑)。
(次回はテレビCMのコピー
「人間だったらよかったんだけどねえ。」です)
2024-10-14-MON