- 谷山
- 次のコピーが新潮社の
「想像力と数百円」でございます。
以前、TCC60周年イベントのゲストで
来ていただいたときにこのコピーについて、
「最初から不朽の名作を書こうと思って書いた」
と糸井さん自らおっしゃっていました。
いやあ、かっこいいですよね。
- 糸井
- そんなこと言ったんだ(笑)。
- 谷山
- 実際、ぼくのコピーの授業を受けに来るような
コピーライターやコピーライター志望の人に、
「好きなコピーは何ですか?」って聞いてみると、
40年前の「想像力と数百円」って書く人が、
まだまだたくさんいるんですよ。
ホントに不朽の名作になったなあって
思うんですけど、いかがでしょうか。
- 糸井
- そんなこと言ったんだね(笑)。
まずこれは、キャッチフレーズじゃないんですよ。
- 谷山
- ああ、そうですよね。
- 糸井
- ロゴの上にあるショルダーコピーと呼ばれてるやつで、
企業スローガンに近いようなものですね。
「新潮文庫って、なあに?」って言われたときに、
これを上に乗せておくのが「想像力と数百円」。
ショートケーキで言うイチゴみたいな場所にあるやつで、
不朽の名作を書こうと思ったんですよ(笑)。
- 谷山
- いや、そのお話を聞いたときに、
ほんと「かっこいい‥‥」と思いましたから。
- 糸井
- その頃からわかっていた問題があってさ、
文庫本が数百円じゃなくなる時代が
いつかくるだろうなと思っていました。
- 谷山
- もうすでにちょっと1000円を超えるものも‥‥。
まだ数百円の方が多いですかね。
- 糸井
- これも環境の話から説明すると、
それまで新潮文庫のコピーは、
仲畑くんのやっていた仕事だったんです。
- 谷山
- はいはいはい、知ってますとも。
仲畑さんの作っていた広告にも、
名作と言われるコピーがありますよね。
「知性の差が顔に出るらしいよ…困ったね。」
とか、ちゃんと覚えています。
- 糸井
- 桃井かおりさんがタレントで、
仲畑くんがずっとやってた仕事でした。
でも、なぜかサン・アドから、
コピーをお願いしたいって頼まれたんです。
- 谷山
- あら、何かあったんですかね。
- 糸井
- その頃はもう仲畑くんと友達になってるから、
仲畑くんが言ったのかもしれないなあ。
でも、仲畑くんの仕事だったわけだから、
これもまたプレッシャーなんですよ。
つまり、上手じゃないと
バカにされるタイプの仕事じゃないですか。
- 谷山
- まあ、そうですよね。
- 糸井
- 満塁でバッターボックス! みたいな話です。
逆に言うと、フリーの仕事をしてると
そんな話しか来ないんですよね。
でも、サン・アドとできるっていうのは、
おもしろいなと思った。
アートディレクターが副田高行さんで、
しつらえも全部サン・アドがやってくれました。
フリーのぼくとしては、
サン・アドのチームと仕事できるのがうれしくて、
けっこう気張ってはじまったんですよね。
この「想像力と数百円」については、
すぐにはできなかったかもしれない。
でも、タレントから決めていかなきゃならなくて。
- 谷山
- はいはい。
- 糸井
- どうしたかっていうと、
井上陽水さんがタレントとして
引き受けてくれたらいいなあって考えたんです。
あの詞の要素は、ちょっと文学的だから。
出演OKになったんで実現することになって、
サン・アドのチームと一緒に、
どうやろうかって考えていたんです。
コピーができるよりも先に、
最初から、1月にあったかいプールの
広告を出そうよって話をしたんです。
冬に夏をやって、夏に真冬をやるっていう。
- 谷山
- そういうCM、ありましたね。
- 糸井
- CMも全部ロケして撮ってましたね。
年間で引き受けた人ならではの作り方をしたくて、
正月広告をサイパンかグアムで作って、
夏の広告を然別湖(しかりべつこ)で作る。
夏に雪景色を出したかったんです。
「100冊ぜんぶ読むと、
とんでもないことになると思う。」や、
「自慢ではありませんが井上君もダザイでした。」
というコピーでスタートしたのが、
ぼくの新潮文庫デビューだったんじゃないかな。 - そういう設定がないと、ぼくも、
一所懸命やる動機みたいなものを保つのが
難しかったんだと思いますね。
ポスターの上の方では自由にやってるのに、
しっかりとしたショルダーコピーがあれば、
上でのびのびとできるわけだから。
- 谷山
- ああ、そこからはじまっていたんですね。
夏冬の逆転はCMでよく覚えていましたけど、
それが最初だっていうのは意外でした。
- 糸井
- うん、たしかそうだったんじゃないかな。
- 谷山
- あ、たしかに当時のCMでも、
「想像力と数百円」と言っていましたね。
- 糸井
- 言わないとおさまらないんですよ。
ちなみに、新潮社のロケのこぼれ話としては、
然別湖に氷でホテルを作ったんですよ。
- 谷山
- また、いろんなものをつくりますねえ。
- 糸井
- 真冬の然別湖は全部結氷してるんで、
切り出した氷をブロックにしてホテルを作って、
ベッドとかバーカウンターも作って、
そこでお酒が飲めて、寝れば寝られるっていう
状況を作ったんですよ。
その前で、井上陽水さんが防寒服を着て、
文庫本を読んでるっていう広告を作ったんです。 - その頃は、案内してくれる地元の人たちと、
通行禁止の道を通って然別湖に行くぐらい
凍っているような場所だったんですよ。
でも、氷上のホテルで撮影すると決めてロケをしたら、
なんとそれが、そのまま生き延びちゃった。
然別湖は氷上にホテルを作るのが
名物の観光地になっちゃったんですよ。
たぶん、今年もまたあるんじゃないですかね。
- 谷山
- へえー、まだあるんですね!
さっき言ったように、
今でも「想像力と数百円」というコピーが
コピーライターやコピーライター志望者から
すごく人気があるというのは、
時代と関係なくわかるという意味において
突出しているんだと思います。
「不思議、大好き。」や「おいしい生活。」は、
その時代性がわかってないと、
説明されないとわからないところもありますから。
ただ、おそらく千何百円の文庫本が出てきても
あまり影響はないと思うですけど、
これからどんどん電子マネーになって、
小銭を出すような行為が一切なくなったら、
ちょっとわからなくなるのかなぁって。
- 糸井
- そうですね、コインの印象がないと。
- 谷山
- あの、ちょっと聞いておきたかったことがありまして、
前々から、このコピーのインスパイアは
「月と六ペンス」なのかなとずっと思ってて。
- 糸井
- 言ってるよ、それは。
- 谷山
- あれっ、言ってました?
- 糸井
- みんなが「おれにはわかるんですよ」みたいに
ぼくに言ってくるんだけどさ、言ってるもん。
- 谷山
- ああ、そうでしたか。
それは誰かに聞いた話ではなくて、
「月と六ペンス」かなって思ってたら、
この前、別の人と話していても
「月と六ペンス」かなって言ってまして。
- 糸井
- うん、言ったからね。
- 谷山
- 言ってたんですか!
- 糸井
- ただ、「月と六ペンス」と構造が違うのは、
月を六ペンスで買うわけじゃないってことかな。
- 谷山
- 構造は全然違いますね。
- 糸井
- あれは商品じゃなくて、詩なんですよね。
六ペンスというお金を入れているのが、
詩になってるわけですよ。
それは、読んでもいないタイトルだけど、
子ども心にかっこいいなと思いました。
- 谷山
- かっこいいですよね、「月と六ペンス」って。
- 糸井
- 六ペンスのところに数百円って入れることで、
「知は商品じゃないよ」というのと、
「知は商品だよ」っていう合間のところの
橋みたいなものをつなげてくれるんです。
- 谷山
- ちなみに「月と六ペンス」は、
サマセット・モームが
ゴーギャンをモデルに書いた小説ですけど、
その言葉自体は日本で言うところの
「月とすっぽん」らしいですね。
- 糸井
- へえー、月とすっぽん。
- 谷山
- 月も丸いし、六ペンス硬貨も丸いけれども、
こんなに違うっていう意味だそうです。
- 糸井
- もともとは、おしゃれなんじゃない?
日本がすっぽんを例に出しちゃったために
おしゃれじゃなくしちゃっただけで。
- 谷山
- すっぽんってところで、
ギャグみたいになっちゃった。
- 糸井
- タコを入れるとみんな笑っちゃうのと同じで、
「月と六ペンス」はじゅうぶん「詩」じゃないかな。
(次回も新潮文庫のコピーで、
「拳骨で読め。乳房で読め。」です)
2024-10-16-WED