- 谷山
- 日産自動車の広告は
ずいぶん大きな仕事ですよね。
- 糸井
- これはすっかり大人になってからですよ。
- 谷山
- かなり大人になってからのお仕事。
「くうねるあそぶ。」でございます。
- 糸井
- この仕事はもう、ほんとに大変だった。
- 谷山
- 大変でしたか。
- 糸井
- やっぱり大きいお金が動く仕事だから、
競合が何してくるかを気にしながら、
プレゼンしなきゃならないわけですよね。
そこをよーくわかってる営業の人とかは
どうしたら点数が取れるか、
「ムーンサルトだから何点です!」
みたいなことをずっと考えているわけで。
「こういう資料ないかな」って言うと、
本当に出てくるんですよ、代理店って。
- 谷山
- 特に、こういう大きな仕事を
やっているようなチームはそうでしょうね。
まさに背負ってるお金が違いますから。
- 糸井
- ぼくは今まで、こういう人抜きで
よくやってきたなと思いましたね。
- 谷山
- そうなんですか(笑)。
- 糸井
- これまで、キリンビールの仕事でも
小さい代理店と一緒に組んだりしてさ、
一所懸命やってくれるんだけど、
組織の力で考えると、アメリカの野球と戦う
インドの野球っていうぐらいの差があって。
- 谷山
- いやいや(笑)。
- 糸井
- この時期になってくると、代理店の仕事の全体量が、
広告のいいの悪いのを超えて
決めちゃうところがありましたね。
この仕事では電通の側にいるんだけど、
ぼくは電通の外の人じゃないですか。
- 谷山
- はいはい。
- 糸井
- だから、電通の中でできることなら
中でやっているわけですよね。
そこを一緒にやっているってことは、
ぼくはランナーがいるところで
ヒットを打たないといけない役だし、
打点をあげなきゃいけない役なんですよ。
どうやっても、答えではあるんですよ。
- 谷山
- 難しいですねえ。
- 糸井
- 当時、のちに重役になった古川英昭さんっていう
クリエイティブディレクターがいたんですよ。
いつも酔っ払っててさ、コピーの締切の日に
「イトイちゃん、できたー?」って
ほんとに酔っ払いの寿司折りみたいなのを持って
顔を真っ赤にして会社に来るんですよ。
うーんって唸りながらコピーを見せると、
「いいね!」と言ってくれはするんです。
「だけど、もっといいのがありそうだな」って。
- 谷山
- わはははは!
- 糸井
- まあ、その通りなんだよ。
ぼくは苦しんでいたんだけど、
その古川さんは結局のところ
「おいしい生活。」が欲しいって
言い出したんだよ(笑)。
- 谷山
- そういうことを言われると、やっぱり大変ですよね。
- 糸井
- だってさあ、違うんだからね(笑)。
それで、先に「33歳のセダン」っていう
コンセプトのコピーを作れていたんで、
それを押しちゃいましょうと思ったんです。
でも、枠付けみたいなコピーができた分、
上がもっと自由になっちゃった。
そこで苦しみながら思いついたのが、
「ああ、クルマっていうのは遊びなんだな」
という考えなんです。
クルマを遊びだって言っていいときが
もうとっくに来てたんだなって思ったんです。
「33歳のセダン」というコンセプトを軸に、
遊びでやりたいなぁと考えていったときに、
「そうだ! このクルマを買った人がみんな、
会員になればおもしろい」と思ったの。
- 谷山
- ああ、なるほど。
- 糸井
- セフィーロっていう新車を買った人が、
ゴルフの会員権みたいに、
自動的にセフィーロクラブみたいなものに入って、
いろんなおたのしみが交換できたら
いいなって思ったんですよ。
その頃はまだインターネットのない時代なんだけど、
いろんなプレゼントがあったり、
いろんな情報のやりとりがあるクラブを作ると
いいなと思って、コピーにしちゃった。
「くうねるあそぶ倶楽部。」って書いたんです。
- 谷山
- あ、そういう考えから。
- 糸井
- くうねるあそ「ぶ」くら「ぶ」っていうので、
ブブっと、2つおならをしてるわけ(笑)。
これで、とりあえずできたかもねと思いました。
これはコピーじゃなくて、
「くうねるあそぶ倶楽部。」っていう、
新しい広告の形を作ったんですよって
古川さんに見せたんですよ。
その場で「いいね!」って言ってくれたんだけど、
翌日にまたやってきて、
「あれだけどさ、倶楽部とっちゃったらどうかな」
って言われたんですよ。
- 谷山
- へえー!
- 糸井
- ぼくからすると、コピーを書いたつもりよりも、
クラブのセッティングを
考えたつもりだったんですよ。
「それで成り立つと思う?」って訊いたら、
「自信を持っておれは思う」って言うんです。
- 谷山
- 大胆ですね。
- 糸井
- ぼくは古川さんのことを信頼してたんで、
もうちょっと自分なりに考えてみて、
クラブの仕組みをとっちゃっても
できるって思えたんです。
- 谷山
- はぁー、その話は初耳でした。
このコピーを見たときに、
クルマのコピーとしてこれで成立するんだ!
と気になっていたんですよ。
でも、最初は「くうねるあそぶ倶楽部。」だったと
説明いただいたおかげで、すごく納得できました。
たしかにそれだったら、成立しますもんね。
クルマらしく、走るニュアンスの言葉を入れないと
成立しないんじゃないかと思ったんです。
それこそ糸井さんが作っていた
三菱自動車の「ミラージュ」、
あのエリマキトカゲのCMのコピーって
「ベイビー! 逃げるんだ。」でしたよね。
「走る」を「逃げる」にしたっていうのは、
ぼくにはすごく新鮮に思えたんです。
- 糸井
- 何かから追われて逃げてる状態ですね。
- 谷山
- それにはちゃんと「走る」ことが入ってるから、
それは全然成立すると思ったんです。
それでも、「逃げる」はかなり攻めてますけどね。
だから、そういう経緯があったというのは驚きです。
- 糸井
- 自分が妊婦だからさ、
自分でへその緒が取れなかったの。
- 谷山
- うーん、糸井さんでも取れないんですね。
- 糸井
- そこがクリエイティブディレクターと
コピーライターの関係性ですよね。
古川さんっていう人は、ロケに行ってからの
クリエイティブディレクションもすごかったの。
たとえば、このまま待っても空が見えません、
っていうようなロケあるじゃない?
- 谷山
- はいはい、ありますね。
- 糸井
- ずーっと雨が降り続いてもう2日目みたいなときに、
コピーライターは遊んでるしかないんですけど、
古川さんが「撤収!」って言ったんだよ。
それでロケをやめるんだなと思ったら、
別の晴れてる場所にもう連絡してあって、
そっちでセット組んでたんです。
みんながぐずぐずと判断をしているときに、
でかい声で「撤収!」と言える人は
クリエイティブディレクターなんですよね。
- 谷山
- その時代のダイナミズムを持った
クリエイティブディレクターがいた、
ということですよね。
- 糸井
- そういうのを見ているうちに、
こういうことだよなって思ったの。
- 谷山
- なるほど、なるほど。
- 糸井
- 今日は仕事場の話をすごくしましたよね。
それとコピーは、深く関係しているんですよ。
- 谷山
- こんなに仕事の現場の話をされるとは、
実は予想していなかったです。
- 糸井
- それ以外だとコピーオタクの話になっちゃうから。
- 谷山
- すいません、
なんかぼくのこと言われてるようで。
- 一同
- (笑)
- 谷山
- いやいやいや、新鮮だなぁと思いながら
コピーオタク的な目線で言うならば、
「くうねるあそぶ。」に点もついてなくて、
呪文的にしてるところ、とかですよね。
- 糸井
- これは元になっているものが寿限無ですよね。
「食う寝るところに住むところ」で、
その寿限無っていうのは意味がある言葉なんだけど、
意味がないように落語になってるわけですよね。
なんだか知らないけど、覚えてる。
それと同じようにしたんです。
- 谷山
- 「くう、ねる、あそぶ。」だと、
意味がすぐにわかっちゃいますけど、
言葉の塊を見たときに、何かな? と思って、
そのあとわかる、という構造ですよね。
- 糸井
- ひらがなで点も丸も取っちゃって並べることって、
今でもしょっちゅうやってますけど、
ちょっとゆっくり読んでほしいときなんですよね。
- 谷山
- なるほど、なるほど。
- 糸井
- そうじゃないと、読んだつもりになって
サーって流れていっちゃうんです。
読みにくいっていうのは文体なんで、
あえて読みやすいことが
いいとは限らないっていうのは、
むしろ今の方がやってるくらいですね。
- 谷山
- ちなみに余談ですが、2006年に東京ガスで
「ガス・パッ・チョ!」という、
ガスでパッと明るくチョっといい未来を
縮めたコピーを作ったことがあるんですが、
クリエイティブディレクターの澤本嘉光さんから
「谷山さん、『くうねるあそぶ。』のような
コピーを書いてください」っていう
無茶なディレクションを受けたんですよ。
- 糸井
- 電通には代々そのやりかたがあるのかな(笑)。
- 谷山
- 「くうねるあそぶ。」みたいなコピーって
何だろうとか思いながら書いた結果、
そっくりだとは思わないけれど、
言葉の並びの呪文的な感じは似てるのかなあと。
- 糸井
- つまりアブラカタブラですよね。
- 谷山
- なにか微妙な関係があるのやら、ないのやら。
それでは残り、あと2つですけど。
- 糸井
- もうすぐ終わるから我慢してね。
- 一同
- (笑)
(次回は魔女の宅急便のコピー
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」)
2024-10-19-SAT