糸井重里がこれまでにやってきた仕事には
いろんなジャンルがありますが、
やっぱり、いちばんの根っこには
コピーライターとしての経験が活きています。
「ほぼ日」の社内でもあまり語ってこなかった
自身の手がけた広告コピーについて、
糸井重里本人がたっぷり10本分を語りました。
訊き手は東京コピーライターズクラブの会長で、
糸井のコピー直撃世代でもある谷山雅計さん。
どんな状況でそのコピーが生まれたのかを、
なによりも大切にしたい糸井のコピー解説です。

※宣伝会議『アドバタイムズ』の企画記事を
「ほぼ日」編集バージョンでお届けします。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。この対談の動画は後日「ほぼ日の學校」で
ご覧いただけます。

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(9)「くうねるあそぶ。」

谷山
日産自動車の広告は
ずいぶん大きな仕事ですよね。
糸井
これはすっかり大人になってからですよ。
谷山
かなり大人になってからのお仕事。
「くうねるあそぶ。」でございます。

1989 くうねるあそぶ。(日産自動車/セフィーロ)

糸井
この仕事はもう、ほんとに大変だった。
谷山
大変でしたか。
糸井
やっぱり大きいお金が動く仕事だから、
競合が何してくるかを気にしながら、
プレゼンしなきゃならないわけですよね。
そこをよーくわかってる営業の人とかは
どうしたら点数が取れるか、
「ムーンサルトだから何点です!」
みたいなことをずっと考えているわけで。
「こういう資料ないかな」って言うと、
本当に出てくるんですよ、代理店って。
谷山
特に、こういう大きな仕事を
やっているようなチームはそうでしょうね。
まさに背負ってるお金が違いますから。
糸井
ぼくは今まで、こういう人抜きで
よくやってきたなと思いましたね。
谷山
そうなんですか(笑)。
糸井
これまで、キリンビールの仕事でも
小さい代理店と一緒に組んだりしてさ、
一所懸命やってくれるんだけど、
組織の力で考えると、アメリカの野球と戦う
インドの野球っていうぐらいの差があって。
谷山
いやいや(笑)。
糸井
この時期になってくると、代理店の仕事の全体量が、
広告のいいの悪いのを超えて
決めちゃうところがありましたね。
この仕事では電通の側にいるんだけど、
ぼくは電通の外の人じゃないですか。
谷山
はいはい。
糸井
だから、電通の中でできることなら
中でやっているわけですよね。
そこを一緒にやっているってことは、
ぼくはランナーがいるところで
ヒットを打たないといけない役だし、
打点をあげなきゃいけない役なんですよ。
どうやっても、答えではあるんですよ。
谷山
難しいですねえ。
糸井
当時、のちに重役になった古川英昭さんっていう
クリエイティブディレクターがいたんですよ。
いつも酔っ払っててさ、コピーの締切の日に
「イトイちゃん、できたー?」って
ほんとに酔っ払いの寿司折りみたいなのを持って
顔を真っ赤にして会社に来るんですよ。
うーんって唸りながらコピーを見せると、
「いいね!」と言ってくれはするんです。
「だけど、もっといいのがありそうだな」って。
谷山
わはははは!
糸井
まあ、その通りなんだよ。
ぼくは苦しんでいたんだけど、
その古川さんは結局のところ
「おいしい生活。」が欲しいって
言い出したんだよ(笑)。
谷山
そういうことを言われると、やっぱり大変ですよね。
糸井
だってさあ、違うんだからね(笑)。
それで、先に「33歳のセダン」っていう
コンセプトのコピーを作れていたんで、
それを押しちゃいましょうと思ったんです。
でも、枠付けみたいなコピーができた分、
上がもっと自由になっちゃった。
そこで苦しみながら思いついたのが、
「ああ、クルマっていうのは遊びなんだな」
という考えなんです。
クルマを遊びだって言っていいときが
もうとっくに来てたんだなって思ったんです。
「33歳のセダン」というコンセプトを軸に、
遊びでやりたいなぁと考えていったときに、
「そうだ! このクルマを買った人がみんな、
会員になればおもしろい」と思ったの。
谷山
ああ、なるほど。
糸井
セフィーロっていう新車を買った人が、
ゴルフの会員権みたいに、
自動的にセフィーロクラブみたいなものに入って、
いろんなおたのしみが交換できたら
いいなって思ったんですよ。
その頃はまだインターネットのない時代なんだけど、
いろんなプレゼントがあったり、
いろんな情報のやりとりがあるクラブを作ると
いいなと思って、コピーにしちゃった。
「くうねるあそぶ倶楽部。」って書いたんです。
谷山
あ、そういう考えから。
糸井
くうねるあそ「ぶ」くら「ぶ」っていうので、
ブブっと、2つおならをしてるわけ(笑)。
これで、とりあえずできたかもねと思いました。
これはコピーじゃなくて、
「くうねるあそぶ倶楽部。」っていう、
新しい広告の形を作ったんですよって
古川さんに見せたんですよ。
その場で「いいね!」って言ってくれたんだけど、
翌日にまたやってきて、
「あれだけどさ、倶楽部とっちゃったらどうかな」
って言われたんですよ。
谷山
へえー!
糸井
ぼくからすると、コピーを書いたつもりよりも、
クラブのセッティングを
考えたつもりだったんですよ。
「それで成り立つと思う?」って訊いたら、
「自信を持っておれは思う」って言うんです。
谷山
大胆ですね。
糸井
ぼくは古川さんのことを信頼してたんで、
もうちょっと自分なりに考えてみて、
クラブの仕組みをとっちゃっても
できるって思えたんです。

谷山
はぁー、その話は初耳でした。
このコピーを見たときに、
クルマのコピーとしてこれで成立するんだ!
と気になっていたんですよ。
でも、最初は「くうねるあそぶ倶楽部。」だったと
説明いただいたおかげで、すごく納得できました。
たしかにそれだったら、成立しますもんね。
クルマらしく、走るニュアンスの言葉を入れないと
成立しないんじゃないかと思ったんです。
それこそ糸井さんが作っていた
三菱自動車の「ミラージュ」、
あのエリマキトカゲのCMのコピーって
「ベイビー! 逃げるんだ。」でしたよね。
「走る」を「逃げる」にしたっていうのは、
ぼくにはすごく新鮮に思えたんです。
糸井
何かから追われて逃げてる状態ですね。
谷山
それにはちゃんと「走る」ことが入ってるから、
それは全然成立すると思ったんです。
それでも、「逃げる」はかなり攻めてますけどね。
だから、そういう経緯があったというのは驚きです。
糸井
自分が妊婦だからさ、
自分でへその緒が取れなかったの。
谷山
うーん、糸井さんでも取れないんですね。
糸井
そこがクリエイティブディレクターと
コピーライターの関係性ですよね。
古川さんっていう人は、ロケに行ってからの
クリエイティブディレクションもすごかったの。
たとえば、このまま待っても空が見えません、
っていうようなロケあるじゃない?
谷山
はいはい、ありますね。
糸井
ずーっと雨が降り続いてもう2日目みたいなときに、
コピーライターは遊んでるしかないんですけど、
古川さんが「撤収!」って言ったんだよ。
それでロケをやめるんだなと思ったら、
別の晴れてる場所にもう連絡してあって、
そっちでセット組んでたんです。
みんながぐずぐずと判断をしているときに、
でかい声で「撤収!」と言える人は
クリエイティブディレクターなんですよね。
谷山
その時代のダイナミズムを持った
クリエイティブディレクターがいた、
ということですよね。
糸井
そういうのを見ているうちに、
こういうことだよなって思ったの。
谷山
なるほど、なるほど。
糸井
今日は仕事場の話をすごくしましたよね。
それとコピーは、深く関係しているんですよ。
谷山
こんなに仕事の現場の話をされるとは、
実は予想していなかったです。
糸井
それ以外だとコピーオタクの話になっちゃうから。
谷山
すいません、
なんかぼくのこと言われてるようで。
一同
(笑)

谷山
いやいやいや、新鮮だなぁと思いながら
コピーオタク的な目線で言うならば、
「くうねるあそぶ。」に点もついてなくて、
呪文的にしてるところ、とかですよね。
糸井
これは元になっているものが寿限無ですよね。
「食う寝るところに住むところ」で、
その寿限無っていうのは意味がある言葉なんだけど、
意味がないように落語になってるわけですよね。
なんだか知らないけど、覚えてる。
それと同じようにしたんです。
谷山
「くう、ねる、あそぶ。」だと、
意味がすぐにわかっちゃいますけど、
言葉の塊を見たときに、何かな? と思って、
そのあとわかる、という構造ですよね。
糸井
ひらがなで点も丸も取っちゃって並べることって、
今でもしょっちゅうやってますけど、
ちょっとゆっくり読んでほしいときなんですよね。
谷山
なるほど、なるほど。
糸井
そうじゃないと、読んだつもりになって
サーって流れていっちゃうんです。
読みにくいっていうのは文体なんで、
あえて読みやすいことが
いいとは限らないっていうのは、
むしろ今の方がやってるくらいですね。
谷山
ちなみに余談ですが、2006年に東京ガスで
「ガス・パッ・チョ!」という、
ガスでパッと明るくチョっといい未来を
縮めたコピーを作ったことがあるんですが、
クリエイティブディレクターの澤本嘉光さんから
「谷山さん、『くうねるあそぶ。』のような
コピーを書いてください」っていう
無茶なディレクションを受けたんですよ。
糸井
電通には代々そのやりかたがあるのかな(笑)。
谷山
「くうねるあそぶ。」みたいなコピーって
何だろうとか思いながら書いた結果、
そっくりだとは思わないけれど、
言葉の並びの呪文的な感じは似てるのかなあと。
糸井
つまりアブラカタブラですよね。
谷山
なにか微妙な関係があるのやら、ないのやら。
それでは残り、あと2つですけど。
糸井
もうすぐ終わるから我慢してね。
一同
(笑)

(次回は魔女の宅急便のコピー
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」)

2024-10-19-SAT

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