糸井重里がこれまでにやってきた仕事には
いろんなジャンルがありますが、
やっぱり、いちばんの根っこには
コピーライターとしての経験が活きています。
「ほぼ日」の社内でもあまり語ってこなかった
自身の手がけた広告コピーについて、
糸井重里本人がたっぷり10本分を語りました。
訊き手は東京コピーライターズクラブの会長で、
糸井のコピー直撃世代でもある谷山雅計さん。
どんな状況でそのコピーが生まれたのかを、
なによりも大切にしたい糸井のコピー解説です。

※宣伝会議『アドバタイムズ』の企画記事を
「ほぼ日」編集バージョンでお届けします。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。この対談の動画は後日「ほぼ日の學校」で
ご覧いただけます。

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(10)「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」

谷山
このコピーを選んだ後に、
こんなに古かったんだって
じつはちょっと驚いちゃったのがこちらです。
『魔女の宅急便』のコピーで、
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」が
1989年のコピーだったんですね。
糸井
ああ、たしかにね。

1989 おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。 (映画『魔女の宅急便』)

谷山
つまり、これって「くうねるあそぶ。」と
同じ年じゃないかと驚いたんですよね。
というのも、糸井さんは
自分はもうコピーライターではないと
おっしゃるようになってからも、
スタジオジブリのコピーは
けっこう書いてらっしゃったから。
糸井
はいはい。
谷山
それもあって、自分の頭の中では、
ジブリのコピーはもっと後だと思ってました。
世の中でも好きな人が多いと思うんですけど、
これはぼく、すごく好きなコピーです。
糸井
ぼくも好きです。
谷山
好きな理由は後で言いますけど、
まず糸井さんから、よろしくお願いします。
糸井
そんな、なんか‥‥(笑)。
では前座をやらせていただきます。
一同
(笑)

糸井
えーっと、まずジブリの広告については、
新潮文庫の広告をやっていたおかげで
はじまった仕事なんですよ。
谷山
ああ、なるほど。
糸井
新潮社から出ていたのが『火垂るの墓』で、
映画は高畑勲さんが監督でしたね。
そして、『アニメージュ』を出していた徳間書店で、
後にジブリでプロデューサーになる鈴木敏夫さんは、
まだ徳間書店の人だったわけです。
2つの出版社でお金を出しあって
『となりのトトロ』は徳間書店が作り、
『火垂るの墓』は新潮社が作るという
同時上映をすることになりました。
その宣伝をどうするかっていう話になって、
新潮社と徳間書店、どっちがイニシアチブを取るか、
お互いに譲り合ったのか、火花を散らしたのか、
それはわからないですけどね。
谷山
はあー。
糸井
で、新潮文庫の広告をぼくがやってたんで、
「糸井さん、全然違う話なんですけどね」って、
『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の
それぞれのコピーと、
両方に共通するコピーを頼まれたんです。
まず、2つの作品に共通するコピーが、
「忘れものを、届けにきました。」です。
谷山
ああ、それもありましたねえ。
糸井
『火垂るの墓』では、
「4歳と14歳で、生きようと思った。」
『となりのトトロ』の方は、
「このへんないきものは、
まだ日本にいるのです。たぶん。」で、
3本作って丸く収まったんです。
それが最初にあったんで、そのあとの作品でも
ぼくが作ることになったんですよね。
たしか、この次が『魔女の宅急便』になるのかな。
まずは、宮崎駿さんがこの映画を作るにあたって
考えていたことを聞いたんですよ。
当時、ハウスマヌカンって言葉がありましたよね。
谷山
ハウスマヌカン、流行としては
もうちょっと早い気もしますね。
糸井
東京のブティックで販売員をする女性たちが
ハウスマヌカンと呼ばれてもてはやされましたが、
お昼にはほかほか弁当を買ってきて、
急いで食べるようなことをしていたわけです。
で、地方出身の彼女たちは
故郷にはお父さんとお母さんがいて、
その子たちにもいろんなことがあった。
そんな彼女たちを励ますような
映画を作りたいっていう話を聞いていたんですよ。
谷山
へえーっ!
糸井
『魔女の宅急便』って、実はそういう映画なんです。
その話を聞いていたおかげで、
ああ、そういうのを作ればいいんだなと思って
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
というコピーができました。
これに関しては、ものすごく早く作れたケースです。
谷山
ものすごく早かったんですね。
糸井
ほら、自分でも言いたいじゃない?
もうはじめからハガキにそうやって書いておきたいね。
そういえば昔ね、
ハガキに最初から言葉を印刷しておいて
どんな時でも役に立つのを作ったことあります。
一行目に「ぼくも元気です。」って印刷してあるの。
それに近いような発想ですね。
谷山
これはすごく好きなコピーなんですけども、
じつは自分がこれを書けたとしても、
「これでできた!」とは確信できないなって、
ちょっと思っちゃうんですよ。
ものすごく普遍的だけど、ある意味では、
普通のことでもあるじゃないですか。
おちこんだりもしたけれど、私はげんきって、
たくさんの人に共通して必ずあることで、
すごいなあって思う一方で、
「あれ? こんなに普通すぎていいのかな?」
「どこかにちょっと癖をつけなくていいのか?」
と、このままでいいんだろうかって思って、
変えちゃいそうな気がするんです。
書き手としては、すっと書いて、
これでいいって思えたのがすごいなって感じたんです。
糸井
それはやっぱり、勇気でしょうね。
谷山
受け手だったらそう思わないんですかね。
このコピーが好きな人って多いと思うんですよ。
糸井
平凡そうだって思うこと自体が、
もうコピーライターの病気なんですよ。
谷山
それも、わかるんです。
スタジオジブリのコピーを例に出しますと、
ぼくが実際に書けるかどうかわからないけれど、
たとえば『もののけ姫』の「生きろ。」だったら、
コピーライターとしての“書けた感”があるんです。
いや、みなさんごめんなさいね、へんな解説で。
糸井
(笑)
谷山
ところが、『魔女の宅急便』では
その“書けた感”が抜けきっていて、
これでいいって思えたのがすごいなあっていう気持ちが、
ぼくにはあるんです。
ずっとそういう仕事ばかりやってるのもあって、
コピーオタクとも言われちゃっていますけど。
糸井
それはさあ、谷山くんの中で
お金が取れないんじゃないかなって
思ってるんじゃないの?
谷山
それもちょっとあるかもしれません。
ずいぶん普通のことを書いてきましたねって
思われたら嫌だっていうのもあって。
糸井
「拳骨で読め。乳房で読め。」
みたいなのを書くと、
お金が取りやすいわけでしょ?
谷山
はいはいはい、それはわかります。
拳骨と乳房に原価がかかってる感じ(笑)。

一同
(笑)
糸井
提案されたクライアントからも、
「きましたね!」みたいなね。
谷山
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」って、
ほんとにすごいコピーだと思うんです。
こういうのがいちばんすごいんじゃないかって
思うんですけど、なんか‥‥、うん‥‥、でも。
糸井
ははは。
谷山
この前の4月に、糸井さんと仲畑さんのコピーを
他のコピーライターが選んで展示する
展覧会がありましたよね。
ぼくは糸井さんが新人賞を獲ったウェルジンの
「このジャンパーの良さがわからないなんて、
とうさん、あんたは不幸な人だ!」にするか、
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」か、
どっちにしようって迷って、ウェルジンを選びました。
「おちこんだりも~」を選ぶ人も
いるだろうなと思っていたら誰もいなかったんです。
もしかして、プロのコピーライターほど
このコピーをズバッと選ばないんだなってところが
ちょっとあるかもしれないなあと。
糸井
役者が「上手い」って言われる役を
演じることってありますよね。
「さすが、あの役者さんは上手かったですね!」
という演技と、
「あれは、やれるようでやれないんだよ」
という演技があるじゃないですか。
それだと思うんですよ。
谷山
ああ、そうですね。
書けるようで書けない。
糸井
そんな大袈裟なもんじゃないけどね。
一同
(笑)
谷山
いやっ、ほんと、ほんと、ほんとに!
ぼくは、「生きろ。」なら
ひょっとしたら書けるかもしれないけど、
これはちょっと無理だ‥‥と思って
今日の10本に選ばせてもらいました。
糸井
普通のことを、
その場に置けば機能するっていうのは、
クリエイティブディレクターを
兼ねてるからですよね。
谷山
ぼくもクリエイティブディレクターを
兼ねている仕事は多いんですよ。
うーん、それでもやっぱりなんか、
これでいいんだって思えるかって言われたら、
なかなか、うーん。
糸井
だってさ、ウケるのわかるじゃん。
そしたらオッケーでしょ?
谷山
そうですけど‥‥。
糸井
これは普通だなぁって思うより先に、
「わかる」ってなるじゃん。
谷山
いや、だからぼくも不思議なんですよ。
世の中に出す前にウケるウケないは
かなり正確に判断できるんです。
このコピーが世の中に出たら、
もうこれはみんな
好きになるだろうってわかるんだけど、
でも、出す前になんかね‥‥。
糸井
ぷぷぷっ。
谷山
いやあ、ここであんまり
ぼく自身の悩みを言うのもちがいますもんね。
さあ、次が最後です。

(次が最終回、ラストはほぼ日の
「夢に手足を。」へとつづきます)

2024-10-20-SUN

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