- 谷山
- このコピーを選んだ後に、
こんなに古かったんだって
じつはちょっと驚いちゃったのがこちらです。
『魔女の宅急便』のコピーで、
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」が
1989年のコピーだったんですね。
- 糸井
- ああ、たしかにね。
- 谷山
- つまり、これって「くうねるあそぶ。」と
同じ年じゃないかと驚いたんですよね。
というのも、糸井さんは
自分はもうコピーライターではないと
おっしゃるようになってからも、
スタジオジブリのコピーは
けっこう書いてらっしゃったから。
- 糸井
- はいはい。
- 谷山
- それもあって、自分の頭の中では、
ジブリのコピーはもっと後だと思ってました。
世の中でも好きな人が多いと思うんですけど、
これはぼく、すごく好きなコピーです。
- 糸井
- ぼくも好きです。
- 谷山
- 好きな理由は後で言いますけど、
まず糸井さんから、よろしくお願いします。
- 糸井
- そんな、なんか‥‥(笑)。
では前座をやらせていただきます。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- えーっと、まずジブリの広告については、
新潮文庫の広告をやっていたおかげで
はじまった仕事なんですよ。
- 谷山
- ああ、なるほど。
- 糸井
- 新潮社から出ていたのが『火垂るの墓』で、
映画は高畑勲さんが監督でしたね。
そして、『アニメージュ』を出していた徳間書店で、
後にジブリでプロデューサーになる鈴木敏夫さんは、
まだ徳間書店の人だったわけです。
2つの出版社でお金を出しあって
『となりのトトロ』は徳間書店が作り、
『火垂るの墓』は新潮社が作るという
同時上映をすることになりました。
その宣伝をどうするかっていう話になって、
新潮社と徳間書店、どっちがイニシアチブを取るか、
お互いに譲り合ったのか、火花を散らしたのか、
それはわからないですけどね。
- 谷山
- はあー。
- 糸井
- で、新潮文庫の広告をぼくがやってたんで、
「糸井さん、全然違う話なんですけどね」って、
『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の
それぞれのコピーと、
両方に共通するコピーを頼まれたんです。
まず、2つの作品に共通するコピーが、
「忘れものを、届けにきました。」です。
- 谷山
- ああ、それもありましたねえ。
- 糸井
- 『火垂るの墓』では、
「4歳と14歳で、生きようと思った。」
『となりのトトロ』の方は、
「このへんないきものは、
まだ日本にいるのです。たぶん。」で、
3本作って丸く収まったんです。
それが最初にあったんで、そのあとの作品でも
ぼくが作ることになったんですよね。
たしか、この次が『魔女の宅急便』になるのかな。
まずは、宮崎駿さんがこの映画を作るにあたって
考えていたことを聞いたんですよ。
当時、ハウスマヌカンって言葉がありましたよね。
- 谷山
- ハウスマヌカン、流行としては
もうちょっと早い気もしますね。
- 糸井
- 東京のブティックで販売員をする女性たちが
ハウスマヌカンと呼ばれてもてはやされましたが、
お昼にはほかほか弁当を買ってきて、
急いで食べるようなことをしていたわけです。
で、地方出身の彼女たちは
故郷にはお父さんとお母さんがいて、
その子たちにもいろんなことがあった。
そんな彼女たちを励ますような
映画を作りたいっていう話を聞いていたんですよ。
- 谷山
- へえーっ!
- 糸井
- 『魔女の宅急便』って、実はそういう映画なんです。
その話を聞いていたおかげで、
ああ、そういうのを作ればいいんだなと思って
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
というコピーができました。
これに関しては、ものすごく早く作れたケースです。
- 谷山
- ものすごく早かったんですね。
- 糸井
- ほら、自分でも言いたいじゃない?
もうはじめからハガキにそうやって書いておきたいね。
そういえば昔ね、
ハガキに最初から言葉を印刷しておいて
どんな時でも役に立つのを作ったことあります。
一行目に「ぼくも元気です。」って印刷してあるの。
それに近いような発想ですね。
- 谷山
- これはすごく好きなコピーなんですけども、
じつは自分がこれを書けたとしても、
「これでできた!」とは確信できないなって、
ちょっと思っちゃうんですよ。 - ものすごく普遍的だけど、ある意味では、
普通のことでもあるじゃないですか。
おちこんだりもしたけれど、私はげんきって、
たくさんの人に共通して必ずあることで、
すごいなあって思う一方で、
「あれ? こんなに普通すぎていいのかな?」
「どこかにちょっと癖をつけなくていいのか?」
と、このままでいいんだろうかって思って、
変えちゃいそうな気がするんです。
書き手としては、すっと書いて、
これでいいって思えたのがすごいなって感じたんです。
- 糸井
- それはやっぱり、勇気でしょうね。
- 谷山
- 受け手だったらそう思わないんですかね。
このコピーが好きな人って多いと思うんですよ。
- 糸井
- 平凡そうだって思うこと自体が、
もうコピーライターの病気なんですよ。
- 谷山
- それも、わかるんです。
スタジオジブリのコピーを例に出しますと、
ぼくが実際に書けるかどうかわからないけれど、
たとえば『もののけ姫』の「生きろ。」だったら、
コピーライターとしての“書けた感”があるんです。
いや、みなさんごめんなさいね、へんな解説で。
- 糸井
- (笑)
- 谷山
- ところが、『魔女の宅急便』では
その“書けた感”が抜けきっていて、
これでいいって思えたのがすごいなあっていう気持ちが、
ぼくにはあるんです。
ずっとそういう仕事ばかりやってるのもあって、
コピーオタクとも言われちゃっていますけど。
- 糸井
- それはさあ、谷山くんの中で
お金が取れないんじゃないかなって
思ってるんじゃないの?
- 谷山
- それもちょっとあるかもしれません。
ずいぶん普通のことを書いてきましたねって
思われたら嫌だっていうのもあって。
- 糸井
- 「拳骨で読め。乳房で読め。」
みたいなのを書くと、
お金が取りやすいわけでしょ?
- 谷山
- はいはいはい、それはわかります。
拳骨と乳房に原価がかかってる感じ(笑)。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- 提案されたクライアントからも、
「きましたね!」みたいなね。
- 谷山
- 「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」って、
ほんとにすごいコピーだと思うんです。
こういうのがいちばんすごいんじゃないかって
思うんですけど、なんか‥‥、うん‥‥、でも。
- 糸井
- ははは。
- 谷山
- この前の4月に、糸井さんと仲畑さんのコピーを
他のコピーライターが選んで展示する
展覧会がありましたよね。
ぼくは糸井さんが新人賞を獲ったウェルジンの
「このジャンパーの良さがわからないなんて、
とうさん、あんたは不幸な人だ!」にするか、
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」か、
どっちにしようって迷って、ウェルジンを選びました。
「おちこんだりも~」を選ぶ人も
いるだろうなと思っていたら誰もいなかったんです。
もしかして、プロのコピーライターほど
このコピーをズバッと選ばないんだなってところが
ちょっとあるかもしれないなあと。
- 糸井
- 役者が「上手い」って言われる役を
演じることってありますよね。
「さすが、あの役者さんは上手かったですね!」
という演技と、
「あれは、やれるようでやれないんだよ」
という演技があるじゃないですか。
それだと思うんですよ。
- 谷山
- ああ、そうですね。
書けるようで書けない。
- 糸井
- そんな大袈裟なもんじゃないけどね。
- 一同
- (笑)
- 谷山
- いやっ、ほんと、ほんと、ほんとに!
ぼくは、「生きろ。」なら
ひょっとしたら書けるかもしれないけど、
これはちょっと無理だ‥‥と思って
今日の10本に選ばせてもらいました。
- 糸井
- 普通のことを、
その場に置けば機能するっていうのは、
クリエイティブディレクターを
兼ねてるからですよね。
- 谷山
- ぼくもクリエイティブディレクターを
兼ねている仕事は多いんですよ。
うーん、それでもやっぱりなんか、
これでいいんだって思えるかって言われたら、
なかなか、うーん。
- 糸井
- だってさ、ウケるのわかるじゃん。
そしたらオッケーでしょ?
- 谷山
- そうですけど‥‥。
- 糸井
- これは普通だなぁって思うより先に、
「わかる」ってなるじゃん。
- 谷山
- いや、だからぼくも不思議なんですよ。
世の中に出す前にウケるウケないは
かなり正確に判断できるんです。
このコピーが世の中に出たら、
もうこれはみんな
好きになるだろうってわかるんだけど、
でも、出す前になんかね‥‥。
- 糸井
- ぷぷぷっ。
- 谷山
- いやあ、ここであんまり
ぼく自身の悩みを言うのもちがいますもんね。
さあ、次が最後です。
(次が最終回、ラストはほぼ日の
「夢に手足を。」へとつづきます)
2024-10-20-SUN