谷川俊太郎さんは
「ほぼ日の學校」の用務員さんの役を
かって出てくださいました。
用務員さんのいるところは、糸井重里が
ひと休みしたくなったときに立ち寄る場所です。
きっと学ぶみなさんも訪れていい場所です。
ほら、おしゃべりが聞こえてきます。
なんだか今回はふたりして、
「勉強してこなかった自慢」をしているようです。
もれ聞こえる90歳と73歳の声に耳をかたむけ、
みなさんもどうぞすこし、休憩していってください。
*
このおしゃべりの
動画編集バージョンを見たい方は、ぜひ
「ほぼ日の學校」でごらんください。
このテキストバージョンには
入り切らなかったものも収録されています。
絵:早瀬とび
谷川俊太郎さん(たにかわ しゅんたろう)
1931年生まれ。詩人。
「朝のリレー」「二十億光年の孤独」
「いるか」「みみをすます」「生きる」など、
数千篇におよぶ詩作品や、レオ・レオニ作『スイミー』、
スヌーピーでおなじみ「ピーナツブックス」シリーズ、
『マザー・グースのうた』などの翻訳、
そして、テレビアニメの「鉄腕アトム」主題歌や
「月火水木金土日のうた」などの作詞も手がける。
現代を代表する詩人のひとり。
- 谷川
- うちの父親、
大学の学長なんかやってたでしょう、
だから「家庭教育もすごかったんだ」みたいに
みんなは思うわけです。
でも父はぜんぜん子どもに関心がなかった。
詩を見てはじめて、
「こいつは俺の息子だ」みたいなことに
なったわけです。
それまで動物だと思ってたんですね。
それまでぼくは母親べったりでした。
だから教育については、ぜんぜん
筋道立てて語れないね。
- 糸井
- そのタイプの「教育の話」は
あまり聞かないですね。
みんな苦学をしたとか、
遊んでばっかりいたといっても、
「ドストエフスキーだけは肌身離さず」とか、
どこかに土台になる書庫があるものです。
- 谷川
- たいていそういう感じですよね。
- 糸井
- ぼくも人に言うときには
そういうところがあるふりをしてますけど、
ひじょうに怪しいです(笑)。
- 谷川
- じゃ、お仲間ですね(笑)。
- 糸井
- いや、谷川さんより、書庫は
もっと少ないかもしれないですよ。
- 谷川
- それはでも、
実際に比べてみないとわからないでしょ。
『源氏物語』は読みました?
- 糸井
- もちろん読んでないです。
- 谷川
- ぼくも読んでないです。
- 糸井
- しかし『源氏物語』はどうおもしろいか、
語る人々とはたくさん会ってます。
- 谷川
- そこはちょっとぼくと違いますね、はい。
そういうのは、
耳学問っていうんでしょうね。
- 糸井
- よく言えば「門前の小僧」です。
でも何かを知ってるわけではありません。
- 谷川
- そこで自然に教養が身についちゃうんじゃない?
ぼくは若い頃、ラジオを作るのに夢中だった。
人に会って何か聞くことなんて
知らなかったわけです。
はんだづけを一所懸命、毎日毎日。
- 糸井
- ラジオってのは、
答えとして「聞こえる」がある、
わかりやすい「進化する学問」ですね。
- 谷川
- そうです、だからうれしかった。
詩を書いて人に認められるなんていうのは、
目に見えないでしょう。
ラジオはとにかく、置くと、
「あ、聞こえた」となって、すごくうれしい。
- 糸井
- そのラジオの物体の実感は、
谷川少年にとってはすごいものだったでしょうね。
- 谷川
- もうほんとにはっきり記憶に残ってるんですよ、
ほかのことはぜんぜん
記憶に残ってないんだけどさ(笑)。
- 糸井
- でもお家に「本」は、あったんですよね。
- 谷川
- はい、ありました。
だから家の本を抜いて、
読むことはしましたけどね。
- 糸井
- おっと、そこで教養の礎がちょっと
顔を出してますね。
- 谷川
- いやいや(笑)、そこでぼくが
いちばんよく覚えてるのは
『脂肪の塊』ですよ。
小学生で風邪ひいて寝こんでて、
父親の本棚見てるうちに見つけたわけ。
- 糸井
- ああ、モーパッサンか。
- 谷川
- その頃はもうぼくは
色気づいてきてたわけだから、
「これ何だろう?」と思って
寝床へ持ってって読んだわけですよ。
そしたら母親が来て取りあげるわけね。
ま、そういう読み方だから。
- 糸井
- いや、とてもなんだか、
いいんじゃないでしょうか。
- 谷川
- 宮沢賢治の本も家に
いっぱいあったはずなんだけど、
その頃は目に入ってこなかったんですね。 - 【編集部註】
谷川俊太郎さんの父である
谷川徹三さんは哲学者。法政大学総長。
宮沢賢治の研究者としても知られる。
- 糸井
- 急に『脂肪の塊』ですね。
- 谷川
- あと、まぁ、アンデルセンは
読んでたかもしれない。
アンデルセンの童話に、
ぼくはすごく影響受けてると思うんですよ。
- 糸井
- 「このくらいは読んどくべきだ」的なものが、
出てこないですね。
- 谷川
- それがないんですね。
うちの父親が
もうちょっとそんなこと
言ってくれりゃいいのにさ、
ぜんぜん言わないんですよね。
- 糸井
- 大学の先生なのにね。
- 谷川
- そう。あの人は息子に
「俺、大学行かない」って言われて、
それ、認めているわけでしょ?
すごいことだと思う。
「大学行けば友達できるよ、
あとは嫌でも語学をやるから、
そのふたつはいいと思うけど」
って、いちおう言われただけ。
「ちゃんとしたものを読め」とか、
そういうことも言いませんでした。
- 糸井
- お父さんご自身は
どうだったかというと、
きっとやったんですよね。
- 谷川
- 彼は明治の人だから、
ちゃんと勉強してますよ。
- 糸井
- 「命の種」ぐらいにやってるでしょうね。
- 谷川
- そうだと思う。
- 糸井
- 明治のインテリはすごいです。
- 谷川
- ええ、すごいですよ。
- 糸井
- 漢文だって何だって、
全部やってたわけでしょう。
( 次回につづきます)
2022-07-06-WED