美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第5回 青森の作家の「自意識」。

──
さて、青森県立美術館さんといえば、
シャガールと並んで、
奈良美智さんの作品でも有名ですね。
工藤
コレクションとしては、
国内でも、
質量ともに、おそらくトップですね。
奈良さんの作品は、
だいたいこの展示室にお見せしています。
なぜかというと、
あちらに《あおもり犬》がいるから。
──
おおー、いる。はじめまして!

奈良美智 《あおもり犬》 2005年 © Yoshitomo Nara 奈良美智 《あおもり犬》 2005年 © Yoshitomo Nara

工藤
1年に1回は展示を変えているんですが、
現在は
奈良さんご本人からお預かりした作品も、
展示しています。
──
いつくらいの作品が多いんですか?
工藤
当館のコレクションは、
奈良さんが
それまでの作風を変えた90年代なかば、
女の子や動物など
いわゆる奈良さんらしいモチーフが
確立してきた時期の作品が多いです。
つまり、作家のスタイルが変わっていく、
見ごたえのある時期のコレクションです。
──
おおー。90年代のなかば当時というと、
奈良さんは、
すでに、人気の作家さんだったんですか。
工藤
一般に広く知られているわけでは
ありませんでしたが、
すでに一部では、熱狂的な人気でしたね。

コレクション展2022-1 奈良美智:北のまほろばを行く 展示風景 コレクション展2022-1 奈良美智:北のまほろばを行く 展示風景

──
奈良さんといえば、2000年代初頭に
横浜美術館で個展を開催されてますよね。
工藤
あのときはもう、すごい人気でしたね。
青森にも巡回してきましたし。
弘前にあるレンガ倉庫を会場にしていて、
そのことが経緯となって、
弘前れんが倉庫美術館ができてるんです。
──
ああ、あちらにも、
エントランスを入ったすぐのところに、
奈良さんの大きな犬
《A to Z Memorial Dog》がありますが、
でも、そうなんですか。
奈良さんの展覧会がきっかけになって。
工藤
弘前は奈良さんの地元なんですが、
奈良さんのプロジェクトを、
その後も何度かやっているんです。
そのなかで、
美術館開館への気運が、高まってきた。
かつ、ちょうどその地に、
レンガ倉庫という
歴史的空間的にもおもしろい建造物が
残されていて‥‥。
──
あの素敵な美術館がうまれた、と。
工藤
そうなんです。

コレクション展2022-1 奈良美智:北のまほろばを行く 展示風景 コレクション展2022-1 奈良美智:北のまほろばを行く 展示風景

──
弘前の《A to Z Memorial Dog》も
大きな作品でしたが、
こちらの《あおもり犬》、
はじめて見ましたがさらに大きいですね。
工藤
雪に埋もれてなくてよかった(笑)。
──
あ、タイミングによっては?
工藤
2週間くらい前かな、朝、来てみたら
「あ、いない」って(笑)。
どんなに積もっても、
ガラスの向こうは除雪できないんです。
──
じゃあ、溶けるのを待つと。
いろんなことが、ダイナミックな展示。
工藤
もう、自然のなすがままですね。
だから《あおもり犬》を見ると、
同時に青森の冬を体感できたりします。
頭の上の雪の積もり方で、
ああ、今日はこれくらいの積雪量かと。
──
なるほど(笑)。
なんだかかわいいベンチもありますし、
このあたりのスペースって、
のんびり、時間を過ごせそうですよね。
工藤
そう、コロナの前までは、
奈良さんの絵本なんかも置いてあって、
自由に読んでいただいてました。
いずれまた、復活させたいと思います。
すごくみなさん、ここで、
いい時間を過ごしていただいてたので。
──
《あおもり犬》の前で、子どもと絵本。
いやあ、それは「いい時間」です。
工藤
こちらが
奈良さんのインスタレーションルームです。
今日は閉館しているので、
すみません、電気が消えていますけど。
──
失礼します‥‥おお。
比較的、新しい作品を展示してますね。

コレクション展2022-1 奈良美智:北のまほろばを行く 展示風景 コレクション展2022-1 奈良美智:北のまほろばを行く 展示風景

工藤
そうですね。
先ほどもちょっと話に出ましたけれど、
奈良さんは
マチエールをつくる、
ものとしての「画」をつくる、
その意識の強い作家だと思うんです。
──
そうなんですね。
その印象は、あまりありませんでした。

奈良美智 ≪Mumps≫ 1996 年 © Yoshitomo Nara 奈良美智 ≪Mumps≫ 1996 年 © Yoshitomo Nara

工藤
とくに、当館が所蔵している
90年代なかばの作品なんかを見ると、
よくわかります。
この作品なんかにしても、
間近で、肉眼で直に見ていただいたら、
背景に、
すごく微妙な陰影がつけられていたり。
──
おお‥‥ああ、本当ですね。
工藤
印刷によって再現することが、
非常に難しい作家さんのひとりですね。
──
そうだったんですね。なるほど。
あの印象的な目をしたキャラクターが
パッと目に入って来るけど、じつは。
工藤
あるいはキャンバスに綿布を貼り込んで、
そこに白を塗っていたりもします。
それを印刷すると白ベタになるんですが、
実際の絵の表面を肉眼で見てみると、
綿布の重なりが、
独特のマチエールをつくっているんです。
──
やっぱり「情報量」がちがいますね。
作品の前に立って、
自分の目で、直に作品を見るのって。
工藤
次、どこかで
奈良さんの作品を見るチャンスがあれば、
マチエールにも注目してほしいです。
それにキャラクターと言うなら、
ぼくは、
ご本人たちの持ってるキャラクター性が、
いいなよあと思っています(笑)。
──
なるほど(笑)。
工藤
青森の作家ご本人のキャラクター。
棟方志功、寺山修司‥‥太宰治もですね。
この青森の作家の系譜に、
奈良さんも、入ってくる気がするんです。
ご本人自体が、みんな「いい」んです。

──
いま、お名前の挙がった人は、
みなさんお顔が「いいお顔」ですもんね。
工藤
あ、そう。かならずしも
美女、イケメンという意味じゃないけど、
お顔が印象的、見ていて「いい」んです。
彫りが深かったりして、みなさん。
──
仲畑貴志さんにお話をうかがったときに、
土屋耕一さんのお顔を評して
「ハンコみたい」とおっしゃっていて
なるほどと思ったんですけど、
志功さんも、寺山さんも、太宰治さんも、
みんな「ハンコ」みたいです。
工藤
そしてこれは悪い意味じゃないんですが、
お顔だけじゃなくて、
作家としての自意識も強いと思う。
よってたつ「芯」がしっかりとしていて、
自分を曲げてまで
別の何ものかになろうとしない。
自分のありのままを、表出する。
そういうところがあるような気がします。
──
なるほど。
工藤
そして、そういった強い自意識が、
作品にも投影されている気がします。
冒頭でも話しましたが、
東北って日本の近代化プロセスの中でも、
いわゆる
置いてきぼりにされてしまった地域です、
歴史的に見ても、
政治とか経済とか文化などの中心地って、
だいたい西にありましたから。
──
たしかに。
工藤
そのなかでもいちばん奥にある青森って、
長らく「辺境の地」だった。
そういうところだったからこそ、
中央だとか権威というものにたいする
対抗意識や反発心が、
自然に生じた場所だとも思うんですよ。
──
ああ‥‥。
工藤
寺山修司なんかは、まさしくですよね。
中央がつくった権威や価値観に対して
アングラという方法論で対抗して、
きれいで見せかけだけの価値観を、
徹底的に壊そうとしたわけですからね。
──
それぞれの作品に、強さや濃さ、
生命力やエネルギーを感じますもんね。
工藤
奈良さんがおっしゃってる
パンクやロックという言葉のなかにも、
同じものを感じたりします。
──
群れない、みたいなところも?
工藤
群れないです。青森の作家どうしでも、
変にベタベタしない。
志功なんて、
「先を行く人たち、邪魔だからどいて」
みたいなことを書いてます(笑)。
──
青森のイメージが、けっこう変わりました。
すごくおもしろいです、そう聞くと。
工藤
青森の作家は「クセが強い」と思いますよ。
それは、この土地が置かれた歴史の状況と、
深く関わっているんです。
そういう土地で育まれた人間の個性が、
他に見られない表現として、
この青森でどんどん生まれているのかなと。
──
いまの話を聞いたら、
もう一回、
はじめから展示を見直したいと思いました。
工藤
中央の権威や、既存の価値みたいなものに、
揺さぶりをかけていく。
そういう意味では、この青森という土地は、
表現のエネルギーが渦巻く場所なんです。
何せ縄文の時代から、この土地には、
想像のエネルギーが秘められていたわけで。
──
縄文時代の火焔型土器の姿なんて、まさに。
この美術館のとなりにも、
広大な「三内丸山縄文遺跡」がありますね。
工藤
そうそう。
縄文土器と現代の青森の美術をならべても、
系譜というのかな、
スッと納得できちゃうところがありますね。
──
他の青森の美術館も気になりはじめました。
工藤
ぜひぜひ。当館だけでなく、
他の青森の美術館も
ぐるっと回って見てもらえたらと思います。

(おわります)

2022-06-24-FRI

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  • コレクション展「地と天と」は、6月26日(日)まで。

    現在、青森県立美術館では
    「地と天と」と銘打ったコレクション展が
    開催されています。
    版画家の棟方志功さん、
    ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
    青森県立美術館ならではの作品に加えて、
    展示室を大きく使って
    豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
    工藤甲人、阿部合成という
    「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
    焦点を当てています。
    不勉強で存じ上げなかったのですが
    みなさん、とっても魅力的な作品でした。
    もちろん《あおもり犬》をはじめとした
    奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
    今なら、
    シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
    ぜひ、足をお運びください。
    詳しくは、美術館のホームページで。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館

    009 青森県立美術館