美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
- ──
- さて、青森県立美術館さんといえば、
シャガールと並んで、
奈良美智さんの作品でも有名ですね。
- 工藤
- コレクションとしては、
国内でも、
質量ともに、おそらくトップですね。 - 奈良さんの作品は、
だいたいこの展示室にお見せしています。
なぜかというと、
あちらに《あおもり犬》がいるから。
- ──
- おおー、いる。はじめまして!
- 工藤
- 1年に1回は展示を変えているんですが、
現在は
奈良さんご本人からお預かりした作品も、
展示しています。
- ──
- いつくらいの作品が多いんですか?
- 工藤
- 当館のコレクションは、
奈良さんが
それまでの作風を変えた90年代なかば、
女の子や動物など
いわゆる奈良さんらしいモチーフが
確立してきた時期の作品が多いです。 - つまり、作家のスタイルが変わっていく、
見ごたえのある時期のコレクションです。
- ──
- おおー。90年代のなかば当時というと、
奈良さんは、
すでに、人気の作家さんだったんですか。
- 工藤
- 一般に広く知られているわけでは
ありませんでしたが、
すでに一部では、熱狂的な人気でしたね。
- ──
- 奈良さんといえば、2000年代初頭に
横浜美術館で個展を開催されてますよね。
- 工藤
- あのときはもう、すごい人気でしたね。
青森にも巡回してきましたし。 - 弘前にあるレンガ倉庫を会場にしていて、
そのことが経緯となって、
弘前れんが倉庫美術館ができてるんです。
- ──
- ああ、あちらにも、
エントランスを入ったすぐのところに、
奈良さんの大きな犬
《A to Z Memorial Dog》がありますが、
でも、そうなんですか。 - 奈良さんの展覧会がきっかけになって。
- 工藤
- 弘前は奈良さんの地元なんですが、
奈良さんのプロジェクトを、
その後も何度かやっているんです。 - そのなかで、
美術館開館への気運が、高まってきた。
かつ、ちょうどその地に、
レンガ倉庫という
歴史的空間的にもおもしろい建造物が
残されていて‥‥。
- ──
- あの素敵な美術館がうまれた、と。
- 工藤
- そうなんです。
- ──
- 弘前の《A to Z Memorial Dog》も
大きな作品でしたが、
こちらの《あおもり犬》、
はじめて見ましたがさらに大きいですね。
- 工藤
- 雪に埋もれてなくてよかった(笑)。
- ──
- あ、タイミングによっては?
- 工藤
- 2週間くらい前かな、朝、来てみたら
「あ、いない」って(笑)。 - どんなに積もっても、
ガラスの向こうは除雪できないんです。
- ──
- じゃあ、溶けるのを待つと。
いろんなことが、ダイナミックな展示。
- 工藤
- もう、自然のなすがままですね。
- だから《あおもり犬》を見ると、
同時に青森の冬を体感できたりします。
頭の上の雪の積もり方で、
ああ、今日はこれくらいの積雪量かと。
- ──
- なるほど(笑)。
- なんだかかわいいベンチもありますし、
このあたりのスペースって、
のんびり、時間を過ごせそうですよね。
- 工藤
- そう、コロナの前までは、
奈良さんの絵本なんかも置いてあって、
自由に読んでいただいてました。 - いずれまた、復活させたいと思います。
すごくみなさん、ここで、
いい時間を過ごしていただいてたので。
- ──
- 《あおもり犬》の前で、子どもと絵本。
いやあ、それは「いい時間」です。
- 工藤
- こちらが
奈良さんのインスタレーションルームです。 - 今日は閉館しているので、
すみません、電気が消えていますけど。
- ──
- 失礼します‥‥おお。
比較的、新しい作品を展示してますね。
- 工藤
- そうですね。
- 先ほどもちょっと話に出ましたけれど、
奈良さんは
マチエールをつくる、
ものとしての「画」をつくる、
その意識の強い作家だと思うんです。
- ──
- そうなんですね。
その印象は、あまりありませんでした。
- 工藤
- とくに、当館が所蔵している
90年代なかばの作品なんかを見ると、
よくわかります。 - この作品なんかにしても、
間近で、肉眼で直に見ていただいたら、
背景に、
すごく微妙な陰影がつけられていたり。
- ──
- おお‥‥ああ、本当ですね。
- 工藤
- 印刷によって再現することが、
非常に難しい作家さんのひとりですね。
- ──
- そうだったんですね。なるほど。
- あの印象的な目をしたキャラクターが
パッと目に入って来るけど、じつは。
- 工藤
- あるいはキャンバスに綿布を貼り込んで、
そこに白を塗っていたりもします。 - それを印刷すると白ベタになるんですが、
実際の絵の表面を肉眼で見てみると、
綿布の重なりが、
独特のマチエールをつくっているんです。
- ──
- やっぱり「情報量」がちがいますね。
- 作品の前に立って、
自分の目で、直に作品を見るのって。
- 工藤
- 次、どこかで
奈良さんの作品を見るチャンスがあれば、
マチエールにも注目してほしいです。 - それにキャラクターと言うなら、
ぼくは、
ご本人たちの持ってるキャラクター性が、
いいなよあと思っています(笑)。
- ──
- なるほど(笑)。
- 工藤
- 青森の作家ご本人のキャラクター。
棟方志功、寺山修司‥‥太宰治もですね。 - この青森の作家の系譜に、
奈良さんも、入ってくる気がするんです。
ご本人自体が、みんな「いい」んです。
- ──
- いま、お名前の挙がった人は、
みなさんお顔が「いいお顔」ですもんね。
- 工藤
- あ、そう。かならずしも
美女、イケメンという意味じゃないけど、
お顔が印象的、見ていて「いい」んです。 - 彫りが深かったりして、みなさん。
- ──
- 仲畑貴志さんにお話をうかがったときに、
土屋耕一さんのお顔を評して
「ハンコみたい」とおっしゃっていて
なるほどと思ったんですけど、
志功さんも、寺山さんも、太宰治さんも、
みんな「ハンコ」みたいです。
- 工藤
- そしてこれは悪い意味じゃないんですが、
お顔だけじゃなくて、
作家としての自意識も強いと思う。 - よってたつ「芯」がしっかりとしていて、
自分を曲げてまで
別の何ものかになろうとしない。
自分のありのままを、表出する。
そういうところがあるような気がします。
- ──
- なるほど。
- 工藤
- そして、そういった強い自意識が、
作品にも投影されている気がします。 - 冒頭でも話しましたが、
東北って日本の近代化プロセスの中でも、
いわゆる
置いてきぼりにされてしまった地域です、
歴史的に見ても、
政治とか経済とか文化などの中心地って、
だいたい西にありましたから。
- ──
- たしかに。
- 工藤
- そのなかでもいちばん奥にある青森って、
長らく「辺境の地」だった。 - そういうところだったからこそ、
中央だとか権威というものにたいする
対抗意識や反発心が、
自然に生じた場所だとも思うんですよ。
- ──
- ああ‥‥。
- 工藤
- 寺山修司なんかは、まさしくですよね。
- 中央がつくった権威や価値観に対して
アングラという方法論で対抗して、
きれいで見せかけだけの価値観を、
徹底的に壊そうとしたわけですからね。
- ──
- それぞれの作品に、強さや濃さ、
生命力やエネルギーを感じますもんね。
- 工藤
- 奈良さんがおっしゃってる
パンクやロックという言葉のなかにも、
同じものを感じたりします。
- ──
- 群れない、みたいなところも?
- 工藤
- 群れないです。青森の作家どうしでも、
変にベタベタしない。 - 志功なんて、
「先を行く人たち、邪魔だからどいて」
みたいなことを書いてます(笑)。
- ──
- 青森のイメージが、けっこう変わりました。
すごくおもしろいです、そう聞くと。
- 工藤
- 青森の作家は「クセが強い」と思いますよ。
- それは、この土地が置かれた歴史の状況と、
深く関わっているんです。
そういう土地で育まれた人間の個性が、
他に見られない表現として、
この青森でどんどん生まれているのかなと。
- ──
- いまの話を聞いたら、
もう一回、
はじめから展示を見直したいと思いました。
- 工藤
- 中央の権威や、既存の価値みたいなものに、
揺さぶりをかけていく。
そういう意味では、この青森という土地は、
表現のエネルギーが渦巻く場所なんです。 - 何せ縄文の時代から、この土地には、
想像のエネルギーが秘められていたわけで。
- ──
- 縄文時代の火焔型土器の姿なんて、まさに。
- この美術館のとなりにも、
広大な「三内丸山縄文遺跡」がありますね。
- 工藤
- そうそう。
- 縄文土器と現代の青森の美術をならべても、
系譜というのかな、
スッと納得できちゃうところがありますね。
- ──
- 他の青森の美術館も気になりはじめました。
- 工藤
- ぜひぜひ。当館だけでなく、
他の青森の美術館も
ぐるっと回って見てもらえたらと思います。
(おわります)
2022-06-24-FRI
-
現在、青森県立美術館では
「地と天と」と銘打ったコレクション展が
開催されています。
版画家の棟方志功さん、
ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
青森県立美術館ならではの作品に加えて、
展示室を大きく使って
豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
工藤甲人、阿部合成という
「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
焦点を当てています。
不勉強で存じ上げなかったのですが
みなさん、とっても魅力的な作品でした。
もちろん《あおもり犬》をはじめとした
奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
今なら、
シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
ぜひ、足をお運びください。
詳しくは、美術館のホームページで。