美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
- ──
- いよいよ、この展示室にやってきました。
シャガールの舞台背景画《アレコ》が、
全4幕すべて展示されているアレコホール。 - 正直、
ここまで大きいとは思ってませんでした。
- 工藤
- 大きいんです(笑)。
- ──
- ちょっと言葉を失いますね。
- 工藤
- 描いたのは、メキシコ。
ほうきみたいなもので描いているんです。
- ──
- 藤田嗣治さんも、メキシコで
オロスコの巨大壁画を見て刺激を受けて、
秋田の平野政吉さんのところで
《秋田の行事》という
めちゃくちゃ大きな絵を描いてますよね。 - たしか《明日の神話》もメキシコですし、
これは舞台背景画だけど、
さすが壁画といえばの国だと思いました。
- 工藤
- しかもシャガールは、
全4幕を「1ヵ月」で仕上げてるんです。
- ──
- ええぇえ?
- 工藤
- はい。
- ──
- これぜんぶを、1ヵ月で!?
- 工藤
- そうなんです。
- ──
- つまり急ぎの仕事だったってことですか。
- 工藤
- ご存知のように、
《アレコ》はバレエの舞台背景画なので、
「初日」が決まってたんです。
- ──
- だから、のんびりやってられなかったと。
- 他の作品や仕事との兼ね合いで、
1ヵ月でバーっと描く必要があった‥‥。
- 工藤
- 自由な創作活動というより、
つまりは、締め切りのある仕事なんです。 - 「アレコ」というバレエの演目は、
全4幕の舞台なので、
こちらから1幕、2幕、3幕、4幕、と。
- ──
- 具体的には何に描いているんですか?
- 工藤
- 綿布です。舞台背景画なので、
持ち運びできなければいけないわけです。 - ひとつの公演を終えたらくるくる巻いて、
次の劇場へ‥‥という感じで。
- ──
- は‥‥こんな大きなシャガールの作品を、
くるくる巻いて。
- 工藤
- シャガールはユダヤ人なので、
戦争のときに
迫害を逃れアメリカに亡命するんです。 - そのときアメリカのバレエシアターが
亡命してきたシャガールに、
ロシアをモチーフにした舞台だからと声をかけた。
音楽はチャイコフスキーなんです。
- ──
- なるほど。
- 工藤
- シャガールにしてみれば、
祖国を思うような感覚で描いたのかな、
なんて想像したりします。
- ──
- あらためてですけど、
こんな大きな絵を、1ヵ月で描いたとは。
とんでもない偉業ですね‥‥。 - この展示室自体も、
この作品のためにつくられてるんですか。
- 工藤
- そうなんです。
- 青森県立美術館をつくろうと決めたとき、
シンボルとなる作品を‥‥
ということで、まだ学芸員が入る前に、
この《アレコ》は収蔵されているんです。
- ──
- そうなんですか。
- 工藤
- なぜかというと、
当時は「単なる美術館」を建設するのは、
いかがなものかという議論があって。 - そこで、さまざまな芸術を鑑賞できる、
多機能的なミュージアムが、
美術館のコンセプトとして上がりました。
- ──
- なるほど。
- 工藤
- つまり、バレエは総合芸術と言われますよね。
- 音楽があり、美術があり、そして舞踏がある。
新しくできる美術館では
そういう総合芸術的な活動を目指しますよと、
その象徴として、
この4幕のうちの3幕を、収蔵したんですね。
- ──
- いま、ここにある全4幕のうち、
ひとつは、よそからお借りしているんですね。
- 工藤
- はい、第3幕《ある夏の午後の麦畑》は、
フィラデルフィア美術館のコレクションです。 - 第3幕は、長らく同館の西側エントランスに
展示されていたのですが、
このたび同館の改修工事にともなって
まず2017年4月から、
弊館にて4年間の長期借用が認められました。
- ──
- なるほど。
- 工藤
- 2021年4月には、
さらに2年間の期間延長が認められています。
- ──
- ということで現在は、この青森県立美術館で、
シャガール《アレコ》全4幕が、
一気に見られる大チャンスというわけですね。
- 工藤
- そうなんです。
- 話を戻しますと、当館の建築にあたっては、
《アレコ》を展示できるスペースをつくる、
という要件を付して、コンペを行いました。
- ──
- なるほど。
- 工藤
- というか《アレコ》をどう見せるか‥‥が、
コンペにおける最重要課題でした。 - 最終的に、青木淳さんの案が通ったんです。
- ──
- この大空間で全4幕を見上げるのって、
なんだか‥‥ものすごい気持ちになります。
- 工藤
- このアレコホールは、
建築全体からすると「中央広場」なんです。 - この広場のまわりに、
展示室という街が広がっているという
コンセプトです。
だから、動線も決まってないんですよ。
どんな順番で楽しんでもらってもいい。
- ──
- ああ、街に「順路」はないように。
- 工藤
- 企画展によって常設の場所を変えたり、
柔軟な運営をすることができます。 - 同じ作品でも、
大きな展示室と小さめの展示室とでは、
印象がガラリと変わります。
空間と作品の関係性みたいなものを
自由に表現できることが、
当館の大きな強みなのかなと思います。
- ──
- そのセンターに位置しているのが、
中央広場としてのアレコホールなんですね。 - あの、学芸員さんがいらっしゃる前に、
「アレコが売りに出てる、買おう!」
と決めたのは、どういう人なんですか。
- 工藤
- 美術館建設準備を担当していた
当時の事務方が、
いろいろな専門家のアドバイスを受けながら
決めていったようです。
- ──
- タイミングも良かったんでしょうね。
- 工藤
- 90年代初頭ですから、
まだ少しバブルの余韻があったときです。 - もう絶対に買えないと思いますが、
当時の値段も、いまほどでなかったので。
- ──
- ああ、そうなんですね。
- 工藤
- 当館の構想がうまれた時点では、
この青森の地には
美術館をはじめとする「芸術の土台」が
ほぼなかったと、
今日も、冒頭でお話したと思うんですが。
- ──
- ええ。
- 工藤
- だから、開館前に
県内の4カ所で公開しているんです。
- ──
- 新しい美術館では、
こんな素晴らしい作品が見れるんですと。 - でも、こんな大きなものを、どうやって。
- 工藤
- 本来は「舞台背景画」ですから、
美術館がなくても、
舞台があれば、見ていただけるんですよ。
- ──
- ああ、なるほど‥‥そうか。
- 工藤
- で、県民のみなさんにごらんいただいて。
- ──
- 素晴らしさを理解していただいた‥‥と。
- この作品を直に体感したら伝わりますね。
この壮大さなわけですし。
- 工藤
- そのときに、ただ見せるだけではなくて、
この絵の来歴や、
すばらしさを伝える
鑑賞プログラムをつくったんです。 - そのときにつくったプログラムは、
ほぼそのままのかたちで、
いまも毎日、続けているんですよ。
- ──
- いまや地元のみなさんも
誇りにしている作品になっていますよね。
- 工藤
- 開館から15年なんですが、
みなさんに親しんでいただいていますね。 - この作品が見たいからと、
遠方からいらしてくださる方もいますし。
- ──
- しかも、いまなら、
全4作品が、ぜんぶそろっているわけで、
これは見ておいたほうがいいですよね! - 実際ぼくたちも、
今日は主にこれを見たくて来たんですが、
実際に拝見したら、
生きてるうちに見れてよかったと思いました。
- 工藤
- ありがとうございます(笑)。
- 借用期間が2022年度の末までなので、
それまでにぜひ、お越しください。
- ──
- ちなみに3枚のうち1枚だけを、
収蔵しなかった理由って、何なんですか。
- 工藤
- 単純に、すでに第3幕は
フィラデルフィアが所蔵していたんです。 - 映画の『ロッキー』で、
あのシルベスター・スタローンが
フィラデルフィア美術館の階段のうえで、
ガッツポーズするじゃないですか。
- ──
- ええ。
あのロッキーのテーマをバックに。
- 工藤
- この第3幕は、
ふだんは、あの西側エントランスの奥に
展示されているんです。
(つづきます)
2022-06-23-THU
-
現在、青森県立美術館では
「地と天と」と銘打ったコレクション展が
開催されています。
版画家の棟方志功さん、
ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
青森県立美術館ならではの作品に加えて、
展示室を大きく使って
豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
工藤甲人、阿部合成という
「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
焦点を当てています。
不勉強で存じ上げなかったのですが
みなさん、とっても魅力的な作品でした。
もちろん《あおもり犬》をはじめとした
奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
今なら、
シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
ぜひ、足をお運びください。
詳しくは、美術館のホームページで。