美術館の所蔵作品や
常設展示を拝見する不定期シリーズ、
第8弾は、DIC川村記念美術館さん。
専用の部屋にただ1点だけ飾られた
レンブラントの静かな迫力。
マーク・ロスコの7点の壁画に
囲まれるように鑑賞できる
通称ロスコ・ルームの、ドキドキ感。
モネ、シャガール、ピカソ‥‥から、
ポロック、コーネル、
フランク・ステラなどの現代美術も
たっぷり楽しめます。
都内からは少し距離があるので、
小旅行の気分で訪れてみてください。
庭園などもすばらしいし、
心が新しくなる感じが、するんです。
前田希世子さん、中村萌恵さん、
海谷紀衣さんに話をうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第1回 印象派、エコール・ド・パリ。

撮影:高橋マナミ 撮影:高橋マナミ

──
DIC川村記念美術館さんといえば、
マーク・ロスコの専用の展示室で有名ですが、
入り口からして静謐という趣きです。
海谷
どちらかというと暗めというか、
はい、あえてそういう光の設計をしています。
いまから美術作品と出会っていくための‥‥、
非日常的な空間へ
入っていくためのご準備をしていただこうと。

アリスティード・マイヨール《ヴィーナス》1918-28年 ブロンズ 177.5 × 60.0 × 38.0cm 撮影:高橋マナミ アリスティード・マイヨール《ヴィーナス》1918-28年 ブロンズ 177.5 × 60.0 × 38.0cm 撮影:高橋マナミ

──
お出迎えくださっている、この方は‥‥。
海谷
アリスティード・マイヨールという彫刻家の
《ヴィーナス》です。
みなさん、ようこそお越しくださいましたと、
こうして、
いつでもエントランスでお待ちしています。
1990年5月に
当館がオープンしたときからここにいまして、
玄関口のシンボルのような作品なんです。
──
なるほど。
海谷
ちなみに、この美術館の大きな特徴は、
コレクションがほとんど出来上がった段階で、
建物が設計されたということなんです。

撮影:高橋マナミ 撮影:高橋マナミ

──
つまり‥‥所蔵するコレクションに合わせて
建物が造られている‥‥と。
海谷
はい。
──
それは、ぜいたくというか‥‥
作品たちも、さぞかし、うれしいでしょうね。
ちなみに、それまで、コレクションは
どこか別の場所に、保管されていたんですか。
海谷
ええ、保管庫に。
──
誰に見せるというわけでもなく?
海谷
もともと、プライベートコレクションなので、
公開はしていませんでした。
前田
当社の二代目社長であり、
初代館長でもあった川村勝巳が、
個人的に収集していたものです。
はじめから美術館を建てようと思って
作品を購入していたわけではなかったようです。
当館は、
ヨーロッパや戦後アメリカの美術で
知られているのですが、
購入第1作目は、じつは日本画でした。
新社屋の落成に合わせて、
そこに飾るために購入したようです。
──
それは、いつごろの、何という‥‥。
前田
時期は、60年代の終わりごろです。
残念ながら
すでに手放してしまったのですが、
重要文化財となっている
長谷川等伯の《烏鷺図屏風》です。
──
あーーーーーたしか、
何年か前、前澤友作さんが所蔵されたという。
ニュースで見ました。
あの作品がDICさんの社屋に飾られていた。
前田
実際に飾っていたのかどうか、わからなくて。
──
えっ、そのへんのこともわからないんですか。
ミステリアスですね‥‥。
前田
はい。
当時は、まだ美術館ではなかったので、
どういった経緯で購入したかという記録や、
写真資料なども残っていないのです。
──
では、口伝というか、言い伝えのようにして。
ともあれ、その《烏鷺図屏風》を嚆矢として、
収蔵作品が増えていったんですね。
前田
はい、ただ、申し上げたように
最初は個人的収集という色が強かったため、
公開前提のコレクションではなく、
気に入ったものを集めていたのだと思います。
70年代のはじめには、
アメリカの美術なども購入しはじめています。
──
公開しようという機運が高まったきっかけは、
何かあったんですか。
前田
80年代の取材記事を読むと、
「いつの日か、自分の持っている美術作品を、
多くの人と共有できたらいいと思っている」
という趣旨の発言をしていますので、
そのころには、
ある程度「将来の美術館構想」というものを、
具体的に描いていたようです。
──
そして、1990年に、
それまでのコレクションに合わせて設計した
この美術館をオープンされた。
東京都現代美術館でもそうだったんですけど、
記念すべき
最初の収蔵作品の記録が残っていないのって、
ミステリアスでおもしろいです。
海谷
ではさっそく最初の部屋へご案内しましょう。
当館にはぜんぶで11の部屋があるんです。
──
そんなに。
海谷
各部屋の天井高や、壁や床の材質や色などを、
展示作品に合わせて変えているんです。
たとえば、この最初のお部屋でしたら、
19世紀の終わりから
20世紀初頭にかけてのヨーロッパ美術に
ふさわしい空間とは‥‥
という観点からデザインされているんです。

──
おお~。
海谷
大きな作品は、
大きな部屋に伸び伸び飾ってあげたいですし、
小ぶりな作品は、
比較的ちいさくて暗めのお部屋で観たほうが、
親密さを感じることができます。
設計にあたっては、作品のサイズはもちろん、
作品自体の放つオーラも考慮したと、
第一期工事から関わってくださっている
建築家の根本浩さんは、おっしゃっています。
──
パッと見‥‥ですけど、こちらのお部屋には、
ぼくらでも知ってる、
有名な作家さんの絵がそろっているような。
海谷
はい、有名人が多いかもしれませんね(笑)。
それぞれの作品については、中村から。
──
お願いします。
中村
この部屋には、印象派あたりからはじまって、
「エコール・ド・パリ」
くらいまでの作家の作品が展示されています。
──
エコール・ド・パリというと、
自分は、モンマルトルの白い街並みを描いた
ユトリロの絵が好きなんですけど、
他にも
シャガールだとか、レオナール・フジタとか、
キスリング‥‥とかですか。
ロシアとか日本とかポーランドとか、
いろいろな国から、パリにやってきた人たち。
中村
はい、そうですね。
まず、印象派のルノワールから見ていきます。
初代館長の川村勝巳が気に入っていた、
《水浴する女》という作品です。
開館当初のカタログにも書いてあるんですが、
「一目惚れしてしまった」と‥‥。

ピエール・オーギュスト・ルノワール《水浴する女》1891年 油彩、カンヴァス 80.9 × 65.6cm ピエール・オーギュスト・ルノワール《水浴する女》1891年 油彩、カンヴァス 80.9 × 65.6cm

──
いかにもルノワールって感じの‥‥。
中村
人物と風景の調和を模索していた時期の
作品です。
──
と、言いますと?
中村
印象派として知られるルノワールは、
1880年代頭にイタリアへ行くのですが、
帰国後に、印象主義に限界を感じるのです。
光を描き留めることを意識しすぎて
形態がおろそかになってしまうと。
そしてラファエロやポンペイの壁画などの
古典芸術にふれるなかで、
作風が変わっていく。
「アングル風」の時代へ入っていくのです。
──
え、アングルっていうと、
女性の身体を理想化して描く、新古典主義の。
ルーヴル美術館で見た記憶のある
《グランド・オダリスク》とかで有名ですが、
だいぶ違いますよね、
印象派のルノワールが描く女性像とは。
中村
イタリアから帰国後、ルノワールは
新古典主義的な、
陶器のようなつるつるとした質感の人物を
描くようになります。
その後、大胆な筆致の風景と
人物との調和を、模索してゆくのです。
──
ルノワールにも、
そんな変遷があったんですか。
中村
先ほども申し上げた通り、
当館の作品は、風景と人物のバランスを
模索している時期の作品です。
風景は、ごらんのように印象派的。
人物は温かみのある色調で描かれ、
体の輪郭を保ちつつ
背景と溶け合うように
線が柔らかくぼかされています。
──
それでもルノワールだとすぐにわかりますが、
バリバリの印象派だったころよりは、
じゃあ、
身体が「硬い」ってことなんですね、こちら。
中村
一旦「硬く」なってから少し時代が下るので、
柔らかさが足されていますね。
アングル風の時代で
いったん硬めになるんですけど、
その少し後から晩年にかけては、
ふたたび、輪郭線が風景に溶けていくような
感じになります。
モネは、お好きですか。
──
はい。あのう、好きかどうかって言われたら、
もちろん「好き」なんですが、
でも、《睡蓮》とか《積み藁》とか
《サン=ラザール駅》とか《日傘の女》とか、
有名な作品くらいしか知りません。
いわゆる「連作」と言うのでしょうか、
同じモチーフを
たくさん描く人だなあという印象があります。
中村
はい、
なかでも《睡蓮》は300点ほどあります。
こちらの《睡蓮》も
同じ構図の作品が15点ほどあるそうです。

クロード・モネ《睡蓮》1907年 油彩、カンヴァス 92.5 × 73.5cm クロード・モネ《睡蓮》1907年 油彩、カンヴァス 92.5 × 73.5cm

──
へえ‥‥そんなに。
中村
パリのデュラン=リュエル画廊で、
1909年に、48点、
「睡蓮」主題の作品を展示したことがあって、
そのときの1作なんです。
──
あ、ポーラ美術館にもあったような?
中村
構図的に同じなのは、
京橋のアーティゾン美術館さんや、
和泉市久保惣記念美術館さんが
所蔵する作品で、時間帯が別です。
──
なるほど。少し黄みがかっているから‥‥。
中村
午後の光を描いた作品だと言われています。
続きまして、ピエール・ボナール。
──
はい。ナビ派の。
オルセー美術館でたっぷり見ました。
中村
さらには、野獣派のマティス、
ピカソと一緒にキュビスムを創始した
ジョルジュ・ブラック‥‥。
──
ちなみになんですが、
もともとがプライベートコレクションだった、
ということは、
ご自宅に飾ってらした作品も‥‥?
中村
先ほどのルノワールについては、
居間に飾ってあるのを見た人がいるそうです。
──
そんな目撃談が(笑)。
中村
はい(笑)。
──
でも、一目惚れしたという絵ですものね。
あ、ピカソ。何か目を引きますね、この作品。
中村
シルヴェット・ダヴィッドさんという女性を
モデルとして描いた作品です。
当時ピカソは
南フランスにアトリエを構えていたのですが、
そのお向かいの
工房ではたらいていた職人のフィアンセで、
このように、
当時人気だったブリジット・バルドー風に、
高い位置で結ぶポニーテールが
流行っていたんだそうです。
──
へえ‥‥絵画作品から
時代の風俗がわかるのって、おもしろいです。
中村
ピカソは、シルヴェットをいたく気に入って、
彼女を主題にした作品が、
油彩はもちろん、彫刻作品などもふくめると、
70点ほど残されているんです。

──
そんなにですか。
中村
なかでも、この作品はめずらしいんです。
なぜならシルヴェットが「裸体」だから。
ピカソはヌードを描きたがったんですけど、
婚約者が「ダメ!」と言って、
ゆるしてくれなかったそうなんですよね。
──
それは、無理もなさそうな(笑)。
中村
で‥‥仕方ないのでピカソは、
身体はイマジネーションで描いたという。
首から上は
モデルを見ながら描いているんですが、
首から下は想像なんです。
──
それは‥‥OKだったんですか(笑)。
中村
逆に、ちょっと複雑ですけど(笑)。
──
たしかに(笑)。ちなみに、
このときのピカソは「何時代」なんですか。
青の時代、キュビスム時代、
シュルレアリスムの時代とかありますけど。
中村
晩年に近くなっているころです。
平和の時代ということもあるそうです。
この少し前からは、
陶芸にも取り組みはじめています。
お次は、藤田です。

藤田 嗣治(レオナール・フジタ)《アンナ・ド・ノアイユの肖像》 1926年 油彩、カンヴァス 167.1×108.4cm
© Fondation  Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 G2789 藤田 嗣治(レオナール・フジタ)《アンナ・ド・ノアイユの肖像》 1926年 油彩、カンヴァス 167.1×108.4cm
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 G2789

──
おお、レオナール・フジタさん。
中村
この作品にはサインが入っていないんです。
つまり「未完」を意味しています。
描かれているのは
当時詩人として知られていた
アンナ・ド・ノアイユ伯爵夫人ですけど、
注文の多い方で‥‥
「そうじゃないわ、フジタ!
わたしの目は湖のように広くて、
額は塔のように高いのよ」
みたいなことを言ったりしたそうです。
──
注文のスケールがすごい(笑)。
中村
そのことに辟易してしまったであろう藤田が、
背景を描かずにやめてしまったという作品。
──
ローランサンが
ココ・シャネルの肖像画を描いたんだけど、
仕上がりに不満だったシャネルが
受取を拒否したという作品を、
どこだったか‥‥で見た覚えがありますが。
いろんなことが起こるものですね。
マネはドガからもらった絵を切っちゃうし。
中村
でも、よく見ていただくと、
レースの編目などが
すごく丁寧に細かく描かれていて、
決して手を抜いた作品などではないんです。
背景が描かれなかったことによって、
かえって
不思議な雰囲気を醸し出しています。
──
はじめて見ましたが、有名な絵なんですか。
中村
貸し出し依頼をいただくこともある作品ですね。
──
竹橋の東京国立近代美術館にある戦争の絵、
あれ、いわゆるフジタさんらしい
乳白色の作品とは、
ぜんぜん雰囲気が違ってるじゃないですか。
真っ茶色ですし、あっちの絵は。
海谷
ええ。
──
そういうところが画家ってすごいです。
まったくちがうモチーフ、
まったくちがった印象を与える作品を、
同じ人が描いてるって。
中村
そうですね、本当に。

(つづきます)

2022-04-04-MON

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  • DIC川村記念美術館の冬季メンテナンス休館が終了しました。 新たな企画展を開催中です。

    首を長くして待っていたという人も
    多いと思います。
    メンテナンスのために休館していた
    DIC川村記念美術館が
    3月19日より再オープンしました。
    現在、再開ひとつめの企画展
    「Color Field カラーフィールド
    色の海を泳ぐ」が開催中。
    カラーフィールドとは、
    50〜60年代のアメリカを中心に
    展開した抽象絵画の傾向だそう。
    フランク・ステラや
    モーリス・ルイスなど9名の作家に
    焦点を当て、
    60年代以降の新しい絵画の流れに
    触れることのできる展覧会。
    事前予約制なので、
    詳しくは公式サイトでご確認を。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

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    006 群馬県立館林美術館

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    008 DIC川村記念美術館