美術館の所蔵作品や
常設展示を拝見する不定期シリーズ、
第8弾は、DIC川村記念美術館さん。
専用の部屋にただ1点だけ飾られた
レンブラントの静かな迫力。
マーク・ロスコの7点の壁画に
囲まれるように鑑賞できる
通称ロスコ・ルームの、ドキドキ感。
モネ、シャガール、ピカソ‥‥から、
ポロック、コーネル、
フランク・ステラなどの現代美術も
たっぷり楽しめます。
都内からは少し距離があるので、
小旅行の気分で訪れてみてください。
庭園などもすばらしいし、
心が新しくなる感じが、するんです。
前田希世子さん、中村萌恵さん、
海谷紀衣さんに話をうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

前へ目次ページへ次へ

第2回 レンブラントのための部屋。

──
このあたりは、この人って感じの絵ですね。
中村
はい、マルク・シャガールですね。
まず《赤い太陽》は、
アメリカからフランスに戻った時期の作品。
南フランスにアトリエを構えるんですけど、
この作品は、
そこのマントルピースとして飾られていて。
──
そんないわれのある作品が、
さまざまな巡り合わせで、いまここにある。
この作品が旅してきた場所や時間を思うと、
はるかなる気持ちになります。
中村
こちらは、日本国内では、
シャガールの油彩としては最大のものです。
作品名を、《ダヴィデ王の夢》と言います。
旧約聖書で、ゴリアテを倒したり、
イスラエルの民を救った英雄なんですけど。

マルク・シャガール        《ダヴィデ王の夢》        1966年        油彩、カンヴァス        207.0 × 275.0cm
 © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall®   G2839 マルク・シャガール 《ダヴィデ王の夢》 1966年 油彩、カンヴァス 207.0 × 275.0cm  © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall® G2839

──
ダヴィデ王‥‥という人は。
中村
イタリアのフィレンツェに
《ダヴィデ像》って、あるじゃないですか。
──
はい、ミケランジェロの、あの。
教科書に載ってるからみんな知ってる彫刻。
実際に見ると高さが5メートル以上あって、
ものすごく巨大なんですよね。
中村
あの人です。
──
えっ、あの人ですか!
全裸だった人が、お洋服を着ていますね!
中村
はい(笑)。
この作品は、ユダヤ式の結婚式のシーンで、
にぎやかで盛大な祝祭の場面、
ダヴィデ王の思い描く
理想的な平和な光景とされています。
有名なパリのオペラ座の天井画が完成した
2年後の作品なんですね。
──
ああ、はい。あの、まん丸い絵。
中村
楽器を弾いてる人や踊っている人、
サーカス団の人たち‥‥というモチーフ、
さらには
エッフェル塔なども描きこまれていて
オペラ座の天井画と重なる要素があります。
純粋に「旧約聖書」に出てくる
ダヴィデ王の物語と考えるには、
少々難しいモチーフが描きこまれているので、
シャガールの人生も重ね合わせたような
作品ではないか‥‥と、
解釈することもできるのかなと思います。
──
なるほど‥‥おもしろいです。
これは有名な絵ですね。あ、版画ですね。
ピカソの版画。
どこかで観た記憶があるけど‥‥。
中村
東京都現代美術館さんも、お持ちです。
──
ああ、そうだ、そうでした。
《ミノトーロマシー》、でしたっけ。
都現美さんの
武者小路実篤コレクションにありました。
武者小路さんが、
直接、ピカソをたずねて譲ってもらって、
当時はまだ船旅で、
「くるくる丸めて」持ち帰ってきたっていう。
中村
あ、そうなんですね(笑)。
──
らしいですよ。びっくりしました。
海谷
ふたつめの‥‥この、ちっちゃな空間も、
じつは「ひとつの部屋」なんです。
──
いかにも有名そうな絵がかかってます。
中村
はい、これはレンブラントの
《広つば帽を被った男》という作品で、
17世紀に描かれたものです。

撮影:渡邉修 撮影:渡邉修

──
ああ、レンブラント・ファン・レイン。
絵もすばらしいですけれど、
額縁もこれ、ものすごく立派ですね。
中村
もともとは「板絵」だったんですけど、
17世紀末から18世紀にかけて
楕円形の絵が流行ったとき、
こうして、
丸く切られてしまったそうなんですね。

レンブラント・ファン・レイン《広つば帽を被った男》1635年 油彩、カンヴァス 76.0 × 63.5cm(楕円形) レンブラント・ファン・レイン《広つば帽を被った男》1635年 油彩、カンヴァス 76.0 × 63.5cm(楕円形)

──
は‥‥レンブランドの絵を‥‥切った。
中村
そののちに、板の背面をうすく削って、
四角いカンヴァスに貼り付けて、
現在の、このようなかたちに至ります。
作品をカンヴァスに貼り付けたのは、
海を渡るときに、
板のままだと湿気で曲がってしまい、
絵が損なわれてしまうということで。
──
なるほど‥‥あらためて、
ピカソの版画を、
くるくる丸めて船旅で持って帰ってきた
武者小路さんはすごいなあ(笑)。
中村
ちなみに、アメリカのオハイオ州にある
クリーヴランド美術館に、
この作品と
「対」とされている絵があるんですね。
その絵は、
この男性の妻といわれる婦人の肖像で、
1992年に、当館で
「レンブラント展」を開催したとき、
数百年ぶりにそろった、
顔を合わせた‥‥という作品なんです。
──
それは、うれしかったでしょうね‥‥。
でも、その後はまた、
別れ別れになってしまってるんですか。
中村
そうなんです。
──
会わせてあげたいですね。
中村
はい、そうですね。
──
この部屋も、ようするに、
このレンブラントの作品を飾るためだけに
設計されているわけですよね。
前田
はい。ですから、この部屋については、
展示替えもありません。
──
広つば帽を被ったこちらの方だけのお部屋。
この作品が、そこまで特別な扱いなのって、
どういう理由があるんですか。
中村
商人として成功した人でないと、
レンブラントに肖像画を描いてもらえない。
だからこの男性も
成功者だと想像できるわけですが、
当館をつくった2代目社長の川村勝巳が、
そうやって成功したビジネスマンと
向き合う時間を好んでいたと言われていて。
──
国も時代も違うけど、
同じビジネスマンとして、語り合っていた。
海谷
この作品だけ、
描かれた時代が「17世紀」なので、
他とは並べられないということもあります。
──
ああ、なるほど。
前田
当館にとってはもちろん、
美術史を振り返っても重要な作家ですから、
こうして、
重要な作品として扱っております。
奥まった展示室に、
ひとり鎮座しているわけですね(笑)。
──
美術に興味のない人でも、
きっと、見覚えのあるような絵でしょうし。
ちなみに、
レンブラントって、どういう人なんですか。
小林秀雄さんも書いておられますが、
《夜警》が注文を受けた集団肖像画なのに、
大部分の人物を
暗がりに押し込めるように描いて
顰蹙を買ったというエピソードが好きです。
中村
最初のころは宗教画などを描いてましたが、
アムステルダムに移ってきて以降、
肖像画の注文も、受けはじめたようですね。
──
売れっ子だったんでしょうね。
中村
そうだと思います。
モデルとなった人物の特徴を捉える技術が、
とりわけすぐれていたと言われています。
前田
あと、お話も上手だったみたいですよ。
──
あ、話術的な?
前田
モデルとのコミュニケーション力に
長けていたと言われていて、
モデルの人もリラックスして描かれている、
だから、
いい表情を捉えられたのではないか‥‥と。
──
そういうエピソードって、
書物とか資料なんかに書いてあるんですか。
おもしろいですね‥‥。
前田
ちょっとだけ、カッコよく描いたりとか、
していたのではないでしょうか‥‥(笑)。
──
ああ、なるほど!
いい感じに描いてくれるって
お金持ちのモデルさんから気に入られたら、
また、注文が来ますもんね。
前田
単なる想像ですけど(笑)。
──
でも、大事なことですよね。
だって、それを生業にしていたわけですし。
前田
次の103部屋では、
黎明期の抽象美術の作品を展示しています。
カンディンスキーやマレーヴィッチですね。
とくにマレーヴィッチの油彩は、
日本国内では、めずらしい。

撮影:渡邉修 撮影:渡邉修

──
あ、そうなんですか。マレーヴィッチさん。
どのような作家さんなんですか。
中村
ロシアの芸術家で、もともとは、
人物なども描いていたんですけれども、
どんどん要素を削ぎ落としていって‥‥
こういった表現に到達したという作家です。
──
記号的というか、幾何学模様のような。
抽象画の世界の、すごい人‥‥ですか。
中村
はい、抽象美術の潮流は、
カンディンスキー、マレーヴィッチそして
モンドリアンあたりからはじまる、
というふうに、美術史では説明されますね。

カジミール・マレーヴィッチ《シュプレマティズム》1917年 油彩、カンヴァス 65.6 × 48.2cm カジミール・マレーヴィッチ《シュプレマティズム》1917年 油彩、カンヴァス 65.6 × 48.2cm

──
世の中に、こういう作品が出てきたときは、
みなさん‥‥どう思ったんでしょうか。
中村
やはり、驚いたと思いますよ。
それまでの「絵画」といえば、
人物や風景、物など
見たときに何なのかわかるモチーフが
描かれることが多かったと思うので。
──
ぼくらは、生まれたときからありますから、
とくに違和感はないですが、
よくよく見れば、不思議な絵ですもんね。
あ、この人もいらっしゃる。ブランクーシ。

コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ II》1922/76年 研磨ブロンズ 17.0 × 28.6 × 17.0cm コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ II》1922/76年 研磨ブロンズ 17.0 × 28.6 × 17.0cm

中村
はい(笑)。
──
自分は、絵画に比べて
彫刻を鑑賞した経験が圧倒的に少ないので、
彫刻の見方っていうのか、
その素晴らしさ自体、
まだわかってないかもしれないんですけど、
この方の作品は「好きだ」と感じます。
中村
あ、そうですか。
──
はい、理由はよくわからないんですけれど、
何と表現したらいいのか、この魅力‥‥。
中村
どういうタイプの作品がお好きですか?
──
んーーー、でも、やっぱり、
こうやって誰か人のお顔のような物体が、
ゴロンってしてる作品ですかね。
中村
もともとは人の顔だったんですけれども、
どんどん抽象化していって、
このようなかたちになっていったんです。
前田
いろいろ削ぎ落としていくような表現が、
お好きだったりするんですか。
──
いや、どうなんでしょう。
先日、マーク・マンダースさんの個展を、
東京都現代美術館で見たんです。
前田
ええ。
──
数年前にも愛知かどこかで観たんですが、
そのときは、
どう感じていいかわかんなかったんです。
好きかどうかさえわからなかった。
でも、今回、個展ということで、
あれだけたくさん作品をまとめて観たら、
なんとなく「わかった」んです。
前田
ああ、なるほど。
──
ああやってたくさんまとめて見ることで、
少なくとも
これは好き、これはそうでもないという、
自分の中の基準がうまれたと言うか。
前田
実際「多く観る」って重要だと思います。

──
だから、彫刻作品についても、
もっとたくさん見ようって思っています。
ちなみに、何でできてるんですか。これ。
中村
ブロンズです。
──
ブロンズ‥‥か。すごい光ってますよね。
ブロンズに、金を塗ってる?
前田
配合を少し変えて磨き込むことで、
こうやってツヤツヤになるのだそうです。
ふつう、ブロンズと言ったら、
入口にあったマイヨールの作品のように、
緑っぽい印象だと思いますが。
──
つまり、磨くと金色になるんですか?
金色の何かを塗っているんだとばっかり、
思っていたのですが‥‥。
前田
違うんです(笑)。
たまーに「金メッキですか?」という
ご質問もいただくのですけど。
──
素材の色だったんだ。はああ‥‥。
めっちゃ磨いたブロンズの色が、これ。
中村
ちなみに、照明家の方のこだわりがあって、
「この作品は、
鼻筋や、三角形の口元が見えるように
光を当てると良いんだ」とおっしゃって‥‥。
──
おお。
中村
光の当て方を、
いつもかなり細かく調整しておられます。
──
お越しの際には、そのあたり、
照明の当て具合にも注目ってことですね。
中村
はい(笑)。

(つづきます)

2022-04-05-TUE

前へ目次ページへ次へ
  • DIC川村記念美術館の冬季メンテナンス休館が終了しました。 新たな企画展を開催中です。

    首を長くして待っていたという人も
    多いと思います。
    メンテナンスのために休館していた
    DIC川村記念美術館が
    3月19日より再オープンしました。
    現在、再開ひとつめの企画展
    「Color Field カラーフィールド
    色の海を泳ぐ」が開催中。
    カラーフィールドとは、
    50〜60年代のアメリカを中心に
    展開した抽象絵画の傾向だそう。
    フランク・ステラや
    モーリス・ルイスなど9名の作家に
    焦点を当て、
    60年代以降の新しい絵画の流れに
    触れることのできる展覧会。
    事前予約制なので、
    詳しくは公式サイトでご確認を。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館