美術館の所蔵作品や
常設展示を拝見する不定期シリーズ、
第8弾は、DIC川村記念美術館さん。
専用の部屋にただ1点だけ飾られた
レンブラントの静かな迫力。
マーク・ロスコの7点の壁画に
囲まれるように鑑賞できる
通称ロスコ・ルームの、ドキドキ感。
モネ、シャガール、ピカソ‥‥から、
ポロック、コーネル、
フランク・ステラなどの現代美術も
たっぷり楽しめます。
都内からは少し距離があるので、
小旅行の気分で訪れてみてください。
庭園などもすばらしいし、
心が新しくなる感じが、するんです。
前田希世子さん、中村萌恵さん、
海谷紀衣さんに話をうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
- ──
- このあたりは、この人って感じの絵ですね。
- 中村
- はい、マルク・シャガールですね。
まず《赤い太陽》は、
アメリカからフランスに戻った時期の作品。 - 南フランスにアトリエを構えるんですけど、
この作品は、
そこのマントルピースとして飾られていて。
- ──
- そんないわれのある作品が、
さまざまな巡り合わせで、いまここにある。 - この作品が旅してきた場所や時間を思うと、
はるかなる気持ちになります。
- 中村
- こちらは、日本国内では、
シャガールの油彩としては最大のものです。 - 作品名を、《ダヴィデ王の夢》と言います。
旧約聖書で、ゴリアテを倒したり、
イスラエルの民を救った英雄なんですけど。
- ──
- ダヴィデ王‥‥という人は。
- 中村
- イタリアのフィレンツェに
《ダヴィデ像》って、あるじゃないですか。
- ──
- はい、ミケランジェロの、あの。
教科書に載ってるからみんな知ってる彫刻。 - 実際に見ると高さが5メートル以上あって、
ものすごく巨大なんですよね。
- 中村
- あの人です。
- ──
- えっ、あの人ですか!
全裸だった人が、お洋服を着ていますね!
- 中村
- はい(笑)。
- この作品は、ユダヤ式の結婚式のシーンで、
にぎやかで盛大な祝祭の場面、
ダヴィデ王の思い描く
理想的な平和な光景とされています。
有名なパリのオペラ座の天井画が完成した
2年後の作品なんですね。
- ──
- ああ、はい。あの、まん丸い絵。
- 中村
- 楽器を弾いてる人や踊っている人、
サーカス団の人たち‥‥というモチーフ、
さらには
エッフェル塔なども描きこまれていて
オペラ座の天井画と重なる要素があります。 - 純粋に「旧約聖書」に出てくる
ダヴィデ王の物語と考えるには、
少々難しいモチーフが描きこまれているので、
シャガールの人生も重ね合わせたような
作品ではないか‥‥と、
解釈することもできるのかなと思います。
- ──
- なるほど‥‥おもしろいです。
- これは有名な絵ですね。あ、版画ですね。
ピカソの版画。
どこかで観た記憶があるけど‥‥。
- 中村
- 東京都現代美術館さんも、お持ちです。
- ──
- ああ、そうだ、そうでした。
《ミノトーロマシー》、でしたっけ。
都現美さんの
武者小路実篤コレクションにありました。 - 武者小路さんが、
直接、ピカソをたずねて譲ってもらって、
当時はまだ船旅で、
「くるくる丸めて」持ち帰ってきたっていう。
- 中村
- あ、そうなんですね(笑)。
- ──
- らしいですよ。びっくりしました。
- 海谷
- ふたつめの‥‥この、ちっちゃな空間も、
じつは「ひとつの部屋」なんです。
- ──
- いかにも有名そうな絵がかかってます。
- 中村
- はい、これはレンブラントの
《広つば帽を被った男》という作品で、
17世紀に描かれたものです。
- ──
- ああ、レンブラント・ファン・レイン。
- 絵もすばらしいですけれど、
額縁もこれ、ものすごく立派ですね。
- 中村
- もともとは「板絵」だったんですけど、
17世紀末から18世紀にかけて
楕円形の絵が流行ったとき、
こうして、
丸く切られてしまったそうなんですね。
- ──
- は‥‥レンブランドの絵を‥‥切った。
- 中村
- そののちに、板の背面をうすく削って、
四角いカンヴァスに貼り付けて、
現在の、このようなかたちに至ります。 - 作品をカンヴァスに貼り付けたのは、
海を渡るときに、
板のままだと湿気で曲がってしまい、
絵が損なわれてしまうということで。
- ──
- なるほど‥‥あらためて、
ピカソの版画を、
くるくる丸めて船旅で持って帰ってきた
武者小路さんはすごいなあ(笑)。
- 中村
- ちなみに、アメリカのオハイオ州にある
クリーヴランド美術館に、
この作品と
「対」とされている絵があるんですね。 - その絵は、
この男性の妻といわれる婦人の肖像で、
1992年に、当館で
「レンブラント展」を開催したとき、
数百年ぶりにそろった、
顔を合わせた‥‥という作品なんです。
- ──
- それは、うれしかったでしょうね‥‥。
- でも、その後はまた、
別れ別れになってしまってるんですか。
- 中村
- そうなんです。
- ──
- 会わせてあげたいですね。
- 中村
- はい、そうですね。
- ──
- この部屋も、ようするに、
このレンブラントの作品を飾るためだけに
設計されているわけですよね。
- 前田
- はい。ですから、この部屋については、
展示替えもありません。
- ──
- 広つば帽を被ったこちらの方だけのお部屋。
- この作品が、そこまで特別な扱いなのって、
どういう理由があるんですか。
- 中村
- 商人として成功した人でないと、
レンブラントに肖像画を描いてもらえない。 - だからこの男性も
成功者だと想像できるわけですが、
当館をつくった2代目社長の川村勝巳が、
そうやって成功したビジネスマンと
向き合う時間を好んでいたと言われていて。
- ──
- 国も時代も違うけど、
同じビジネスマンとして、語り合っていた。
- 海谷
- この作品だけ、
描かれた時代が「17世紀」なので、
他とは並べられないということもあります。
- ──
- ああ、なるほど。
- 前田
- 当館にとってはもちろん、
美術史を振り返っても重要な作家ですから、
こうして、
重要な作品として扱っております。 - 奥まった展示室に、
ひとり鎮座しているわけですね(笑)。
- ──
- 美術に興味のない人でも、
きっと、見覚えのあるような絵でしょうし。 - ちなみに、
レンブラントって、どういう人なんですか。
小林秀雄さんも書いておられますが、
《夜警》が注文を受けた集団肖像画なのに、
大部分の人物を
暗がりに押し込めるように描いて
顰蹙を買ったというエピソードが好きです。
- 中村
- 最初のころは宗教画などを描いてましたが、
アムステルダムに移ってきて以降、
肖像画の注文も、受けはじめたようですね。
- ──
- 売れっ子だったんでしょうね。
- 中村
- そうだと思います。
- モデルとなった人物の特徴を捉える技術が、
とりわけすぐれていたと言われています。
- 前田
- あと、お話も上手だったみたいですよ。
- ──
- あ、話術的な?
- 前田
- モデルとのコミュニケーション力に
長けていたと言われていて、
モデルの人もリラックスして描かれている、
だから、
いい表情を捉えられたのではないか‥‥と。
- ──
- そういうエピソードって、
書物とか資料なんかに書いてあるんですか。 - おもしろいですね‥‥。
- 前田
- ちょっとだけ、カッコよく描いたりとか、
していたのではないでしょうか‥‥(笑)。
- ──
- ああ、なるほど!
- いい感じに描いてくれるって
お金持ちのモデルさんから気に入られたら、
また、注文が来ますもんね。
- 前田
- 単なる想像ですけど(笑)。
- ──
- でも、大事なことですよね。
だって、それを生業にしていたわけですし。
- 前田
- 次の103部屋では、
黎明期の抽象美術の作品を展示しています。 - カンディンスキーやマレーヴィッチですね。
とくにマレーヴィッチの油彩は、
日本国内では、めずらしい。
- ──
- あ、そうなんですか。マレーヴィッチさん。
どのような作家さんなんですか。
- 中村
- ロシアの芸術家で、もともとは、
人物なども描いていたんですけれども、
どんどん要素を削ぎ落としていって‥‥
こういった表現に到達したという作家です。
- ──
- 記号的というか、幾何学模様のような。
抽象画の世界の、すごい人‥‥ですか。
- 中村
- はい、抽象美術の潮流は、
カンディンスキー、マレーヴィッチそして
モンドリアンあたりからはじまる、
というふうに、美術史では説明されますね。
- ──
- 世の中に、こういう作品が出てきたときは、
みなさん‥‥どう思ったんでしょうか。
- 中村
- やはり、驚いたと思いますよ。
- それまでの「絵画」といえば、
人物や風景、物など
見たときに何なのかわかるモチーフが
描かれることが多かったと思うので。
- ──
- ぼくらは、生まれたときからありますから、
とくに違和感はないですが、
よくよく見れば、不思議な絵ですもんね。 - あ、この人もいらっしゃる。ブランクーシ。
- 中村
- はい(笑)。
- ──
- 自分は、絵画に比べて
彫刻を鑑賞した経験が圧倒的に少ないので、
彫刻の見方っていうのか、
その素晴らしさ自体、
まだわかってないかもしれないんですけど、
この方の作品は「好きだ」と感じます。
- 中村
- あ、そうですか。
- ──
- はい、理由はよくわからないんですけれど、
何と表現したらいいのか、この魅力‥‥。
- 中村
- どういうタイプの作品がお好きですか?
- ──
- んーーー、でも、やっぱり、
こうやって誰か人のお顔のような物体が、
ゴロンってしてる作品ですかね。
- 中村
- もともとは人の顔だったんですけれども、
どんどん抽象化していって、
このようなかたちになっていったんです。
- 前田
- いろいろ削ぎ落としていくような表現が、
お好きだったりするんですか。
- ──
- いや、どうなんでしょう。
- 先日、マーク・マンダースさんの個展を、
東京都現代美術館で見たんです。
- 前田
- ええ。
- ──
- 数年前にも愛知かどこかで観たんですが、
そのときは、
どう感じていいかわかんなかったんです。
好きかどうかさえわからなかった。 - でも、今回、個展ということで、
あれだけたくさん作品をまとめて観たら、
なんとなく「わかった」んです。
- 前田
- ああ、なるほど。
- ──
- ああやってたくさんまとめて見ることで、
少なくとも
これは好き、これはそうでもないという、
自分の中の基準がうまれたと言うか。
- 前田
- 実際「多く観る」って重要だと思います。
- ──
- だから、彫刻作品についても、
もっとたくさん見ようって思っています。 - ちなみに、何でできてるんですか。これ。
- 中村
- ブロンズです。
- ──
- ブロンズ‥‥か。すごい光ってますよね。
ブロンズに、金を塗ってる?
- 前田
- 配合を少し変えて磨き込むことで、
こうやってツヤツヤになるのだそうです。 - ふつう、ブロンズと言ったら、
入口にあったマイヨールの作品のように、
緑っぽい印象だと思いますが。
- ──
- つまり、磨くと金色になるんですか?
- 金色の何かを塗っているんだとばっかり、
思っていたのですが‥‥。
- 前田
- 違うんです(笑)。
- たまーに「金メッキですか?」という
ご質問もいただくのですけど。
- ──
- 素材の色だったんだ。はああ‥‥。
めっちゃ磨いたブロンズの色が、これ。
- 中村
- ちなみに、照明家の方のこだわりがあって、
「この作品は、
鼻筋や、三角形の口元が見えるように
光を当てると良いんだ」とおっしゃって‥‥。
- ──
- おお。
- 中村
- 光の当て方を、
いつもかなり細かく調整しておられます。
- ──
- お越しの際には、そのあたり、
照明の当て具合にも注目ってことですね。
- 中村
- はい(笑)。
(つづきます)
2022-04-05-TUE
-
首を長くして待っていたという人も
多いと思います。
メンテナンスのために休館していた
DIC川村記念美術館が
3月19日より再オープンしました。
現在、再開ひとつめの企画展
「Color Field カラーフィールド
色の海を泳ぐ」が開催中。
カラーフィールドとは、
50〜60年代のアメリカを中心に
展開した抽象絵画の傾向だそう。
フランク・ステラや
モーリス・ルイスなど9名の作家に
焦点を当て、
60年代以降の新しい絵画の流れに
触れることのできる展覧会。
事前予約制なので、
詳しくは公式サイトでご確認を。