美術館の所蔵作品や
常設展示を拝見する不定期シリーズ、
第8弾は、DIC川村記念美術館さん。
専用の部屋にただ1点だけ飾られた
レンブラントの静かな迫力。
マーク・ロスコの7点の壁画に
囲まれるように鑑賞できる
通称ロスコ・ルームの、ドキドキ感。
モネ、シャガール、ピカソ‥‥から、
ポロック、コーネル、
フランク・ステラなどの現代美術も
たっぷり楽しめます。
都内からは少し距離があるので、
小旅行の気分で訪れてみてください。
庭園などもすばらしいし、
心が新しくなる感じが、するんです。
前田希世子さん、中村萌恵さん、
海谷紀衣さんに話をうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
- ──
- あ、素敵な喫茶室があります。
- 前田
- はい、じっくり美術に向き合うと
このあたりで
少し休憩したくなりそうだということで、
お茶席をご用意しております。 - 少しだけ、お抹茶など召し上がりますか。
よろしかったら。
- ──
- いいんですか!
遠慮なく、すすんでいただきます(笑)。
- 海谷
- どうぞ、お座りになってください。
- ──
- 何だか、もう‥‥素晴らしいです。
- モネやルノワールやピカソやシャガール、
フジタやレンブラントを見たあと、
ここで、お茶とお菓子で一服‥‥なんて。
目の前の景色も、気持ちがいいし。
- 前田
- もともとは、初代館長の川村勝巳が、
お客さまや社員と話したり、
お茶を飲んで団欒する空間として設えた、
プライベートな空間だったんです。
- 海谷
- それを、一般利用もできるよう開放して。
- 前田
- おっしゃっていただいたように、
この美術館からの外の眺めが、
もっとも良い場所なので。 - 勝巳さんが亡くなられたあとに、
少し手を入れて、
お客さまにお抹茶を飲んでいただいたり、
ゆっくりしていただく場としました。
- ──
- 居心地最高です。
- 海谷
- いまは揺れるススキが見えていますけど、
5月の連休くらいになると、
池の向こうで、
弊社研究所のクルメツツジが
濃いピンク色のお花をワーッと咲かせるんですね。 - 新緑とマゼンタピンクのコントラストで、
またちょっとおもしろい景色になります。
- 前田
- その少し前には、桜も楽しめますし。
- ──
- 季節ごとに来たくなりますね。
- 海谷
- 当館には、
プライベートなミュージアムという趣が、
あるかなと思っているんです。
- ──
- はい、そんな感じがします。
- 都会から離れたひっそりした佇まいだし、
最寄りの鉄道の駅からも遠いし、
コレクションも
もともとプライベートな性格のものだし。
- 海谷
- おひとりでいらして、この茶席で
本をお読みになっている方も見かけます。 - 庭のほうにも‥‥睡蓮の池のほど近くに、
わたしたちが「テラス」と呼ぶ、
少し休憩のできる場所があるんですけど、
そこでも、
みなさん本を読んだり、デートをしたり‥‥。
プライベートな時間を
ゆっくり静かに過ごせる場というふうに、
思っていただけているのかなと。
- ──
- 親しい人と、親密な雰囲気の中で、
アートに接することができる場ですよね。
- 前田
- 最近は、テラスでPCを広げた
テレワーク風の方も、ちらほら。
- ──
- えええ、それは、うらやましい。
はかどるのかどうかわかんないけど‥‥。
- 前田
- 建物自体も、
大人数をいちどきにお迎えするような
設計をしておらず、
廊下なども、おふたりくらいが通れる幅。 - ですから、オープンした当初は、
一日あたり、何十人‥‥のイメージで、
お客さま数を想定していました。
- 海谷
- はじめの建築家である
海老原一郎さんの右腕となって支え、
2008年の増改築を担当された
根本浩さんもおっしゃっていますが、
「個人が静かに作品と向き合える場所を」
というコンセプトだったそうです。
- ──
- いやあ、その創立当初の「想い」って、
確実に引き継がれてますよね。 - 美術館全体から伝わってきますし、
このお部屋にも、現れていると思います。
- 前田
- いまでこそ、お客さま同士が話しながら
作品の観方を深めるような対話型鑑賞を、
当館でも催しておりますけれども、
オープン当初の90年代はじめは、
「美術作品とは、1対1で向き合うもの」
という考えが主流だったんです。 - 美術館とは作品とじっくり向き合う場所、
‥‥という考えを、
当館では、いまも大事にしています。
- ──
- 近代現代の美術のミュージアムとしては、
こちら、かなり早いですよね。 - 中でも「私設」では倉敷の大原美術館が
突出して古いとは思いますが、
こちらに先行するのは、
以前ブリヂストン美術館だった
アーティゾン美術館さんくらい、ですか?
- 海谷
- そうですね、当館がうまれた90年には、
まだ東京都現代美術館もなく、
あとは昨年、群馬の別館と統合した
原美術館さんくらいでしょうか。 - 千葉県の美術館というくくりのなかでも、
開館2例目と早いですね。
県立美術館の次に出来たのが、当館。
- ──
- なるほど。
- ただ、たくさん人が来ちゃった展覧会も、
ありましたよね、長い歴史の中では。
- 前田
- 1995年のモネの展覧会のときなどは、
たしか、1日に
3000人くらいいらっしゃったようで、
大変だったようですね。 - あまりに会場が大混雑してしまっては、
お客さまや作品にとって
決して「ベストな状況」ではない、
「ゆっくり観てもらえる展覧会がいいね」
という方向性で、
基本的には、企画を考えているんです。
- ──
- なるほど‥‥お茶、おいしかったです。
- 海谷
- では、会場に戻りましょう。
- ──
- ごちそうさまでした!
- 前田
- ここからはシュルレアリスムと、
その周辺の作品が、展示されています。 - 具体的には、マックス・エルンストや
ルネ・マグリット、シュヴィッタース‥‥。
- ──
- あ、エルンストさんは
グラッタージュをやっていた人ですね。
以前、横浜美術館で見ました。 - デュビュッフェさんのチョコレート氏。
こっちも先日、アーティゾン美術館で。
本当にチョコレートみたいな質感です。
- 海谷
- この部屋は、展示されている
シュルレアリスムの雰囲気に合わせて、
天井を低く、壁と床はグレーにしています。 - もし、これらの作品が、
体育館のように煌々と明るく広い部屋に
展示されていたら、どうでしょう。
作品と、仲良くなれない気がしませんか。
- ──
- たしかに。
- 海谷
- 作品と親密な関係性を築くための空間を、
ということで、
部屋の大きさと色が選ばれているんです。
- 前田
- 作品が制作されたのも、
第一次世界大戦と第二次世界大戦の間で、
決して明るい時代とは言えなかった。
そういう時代背景も考慮して、
トーンを抑えめにしていたりするんです。 - こちら、ジョゼフ・コーネルの作品です。
当館でも、とても人気が高い作家です。
- ──
- あ、箱の中にひとつの世界が広がってる、
アッサンブラージュというやつ。
この人の作品も、
アーティゾンさんの取材のときに拝見して、
ちょっと不思議な感じがしました。
- 前田
- 不思議、ですか。たしかに作家ご本人も、
謎に包まれた人なんです。 - アメリカの抽象表現の作家で、
シュルレアリスムに影響を受けていて、
自ら描いたり彫ったりはせず、
こういった箱のなかに、
気に入った雑誌の切り抜きや物を組み合わせて、
神秘的な世界をつくりだしています。
- ──
- はい。
- 前田
- 当館は、箱作品とコラージュ作品を合わせると
16点所蔵しており、
おそらく、日本で最多なのではないかと。
- ──
- あ、そうなんですね。
何度か企画展もやってらしゃいますしね。
- 前田
- これまで3回、
「コーネル展」を開催しているのですが、
ものすごい人気で、
どんどんファンが増えている感じです。 - コーネル作品をめあてに、
当館へいらっしゃる方も非常に多いです。
- ──
- もうしわけございません‥‥この箱は、
ひとことで言うと、
どういった魅力のものなんでしょうか。 - もちろん素晴らしい作品であることは
重々承知なのですが、
絵でもなく彫刻でもない作品だし、
いまいち、
どう捉えたらいいのかがわからなくて。
- 前田
- なるほど。
- ──
- 芸術性の高さを抜きにして言えば、
子どものころ、
ダンボールか何かで
こういう物体をつくった記憶もあるし。 - こんなこと言ったら怒られそうですが。
- 前田
- いえいえ(笑)、
たしかに、実際に使われている素材も、
古い木箱や、
その表面に貼られた古い書物からの切り抜き、
放っておいて錆びた釘、
壊れかけのグラスみたいなもの。 - そのあたりに、打ち捨てられていても、
おかしくないようなものばかりです。
- ──
- ええ。
- 前田
- でも、作家がそれらに
ある種の「美」を見いだし、
それらを集め、そして組み合わせることで、
ひとつの世界として提示している。 - この小さな箱のなかに、
慈しむようなに、
果てしない宇宙が広がっていくような、
そんな物語が感じられます。
- ──
- あの‥‥コーネルさんって、
箱の作品を、はじめてつくったときに、
「これが、わたしの芸術です」
と言って発表したんだと思うんですが、
絵や彫刻なら芸術だとわかりやすいし、
言われなくても芸術だと思うんです。 - でも‥‥その点、
箱の作品を「写真」で見ているうちは、
もし自分が同時代に生きていて、
いきなりこの作品を見せられたときに、
すぐ芸術だと確信できるかどうか。
ちょっと自信ないなと思っていました。
- 前田
- なるほど。
- ──
- でも、こうやって現物の前に立つと、
紛れもなく、芸術ですね。
オーラのようなものを強く感じます。
- 前田
- アッサンブラージュという、
既製品、
すでにあるものを組み合わせることで、
新しい手法もまた、美術なんだ‥‥と、
作品として成り立つんだと
認識される時代になってきたんですね。 - そのことも、ひとつ、あると思います。
- ──
- 美術の概念はどんどん拡張していると。
- 前田
- この、展示されている《海ホテル》は
代表的な作品なんですが、
中央にある壊れかけのグラスの周囲に、
黄色い砂が堆積していますね。
- ──
- ええ。
- 前田
- じつは、この作品をひっくりかえすと、
黄色い砂が、
上部の白い台形の中に収まるんですよ。
- ──
- えっ、そうなんですか。
- 前田
- 知らない方も多いかもしれないですね。
コーネルの作品は動かすことができて
で、動かすと、
何かの変化が起こる作品が多いんです。
ボールが、コロコロ転がったりとか。 - この作品も、上に砂がぜんぶ収まって、
もう一回ひっくり返すと、
あの黒い穴から、黄砂がサーッ‥‥と。
- ──
- 壊れかけたグラスに、砂が落ちてくる。
砂時計みたいに。へえ‥‥。 - 作品をひっくり返してもいいんですね。
楽しい仕掛けですね。
- 海谷
- いまここに展示されていない箱の作品には、
オルゴールが仕込まれたものもあります。
- 前田
- コーネルはアメリカ人ですが、
ヨーロッパの芸術に大変興味があった。
いろいろなものを見ているうちに、
エルンストに影響を受けて、
コラージュという手法で
作品の制作をはじめてしまったんです。 - 親交のあったデュシャンの
「レディ・メイド」に通じるところも、
ありますし。
- 海谷
- 正規の美術教育を受けてはいないけど、
当時ニューヨークにできたばかりの
シュルレアリスムを紹介するギャラリーに通って、
そこで認められて作家デビューし、
ウォーホルも、彼の作品のコレクターだったとか。 - 内向的だった一方で、
最先端の人たちから一目置かれていたそうです。
- ──
- ああ、そういう人だったんですか。内向的。
- 前田
- 年老いたお母さんや、
身体の弱い弟さんの面倒をみるために、
ほとんど
ニューヨークから出なかったそうです。
- ──
- へえ‥‥。
- 前田
- でも、そうするなかでも、
お気に入りの古道具屋や古書店へ通い、
趣味に合うものを集めて、
それらをこうして組み合わせることで、
この小さな箱の中に、
どこまでも広がるような世界を見出した。 - つまり、そういう作家なんだと思います。
外で遊べない弟さんのために、
家のなかでも楽しめる作品をつくったり。
- ──
- なるほど。
- 海谷
- 純粋な心をもつ弟さんが
大好きだったそうです。 - プロの批評家にほめられるよりも、
弟さんが
作品をすごく気に入ってくれたときに
自信を持つような人だったと聞きます。
(つづきます)
2022-04-06-WED
-
首を長くして待っていたという人も
多いと思います。
メンテナンスのために休館していた
DIC川村記念美術館が
3月19日より再オープンしました。
現在、再開ひとつめの企画展
「Color Field カラーフィールド
色の海を泳ぐ」が開催中。
カラーフィールドとは、
50〜60年代のアメリカを中心に
展開した抽象絵画の傾向だそう。
フランク・ステラや
モーリス・ルイスなど9名の作家に
焦点を当て、
60年代以降の新しい絵画の流れに
触れることのできる展覧会。
事前予約制なので、
詳しくは公式サイトでご確認を。