美しくもかわいい《シロクマ》で知られる、
彫刻家フランソワ・ポンポン。
日本最多のコレクションを有する
群馬県立館林美術館で、
動物彫刻をはじめとしたポンポンの作品を、
たっぷり拝見してきました。
ちょうど、2022年1月26日まで
日本ではじめての
ポンポン展の巡回展も同館で開催中。
オルセー美術館や、ディジョン美術館など
フランスからの作品も見られます!
ポンポンが《シロクマ》で
一躍有名になったのは、なんと67歳。
人生についても、たくさん聞きました。
お話くださったのは学芸員の松下和美さん。
担当は、ほぼ日の奥野です。
- ──
- 伝統的な彫刻に親しんできた人たちに
「何で、ツルッとさせたの?」
と聞かれたときに、
ポンポンさんは、どう答えたんですか。
- 松下
- なぜ、ツルッとさせたのかについては、
ひとつ、大きな経験があるんです。 - ある朝ポンポンが、農家の庭先で
一羽のガチョウを観察していたんです。
- ──
- はい。ガチョウ。
- 松下
- 10メートルくらい離れたところから、
そのガチョウを眺めていたんですが、
朝の光が、
そのガチョウの身体の「輪郭線」を、
とても美しく描いていたそうなんです。
- ──
- 逆光で、シルエットに見えた‥‥?
- 松下
- おそらく。
- その経験がひとつの「啓示」となって、
「ああ、このかたちだ」と。
以降ポンポンは、
美しい輪郭線を目指すようになります。
- ──
- それで、なめらかな表面の動物彫刻を。
まわりに、いろいろ言われながらも。
- 松下
- ポンポンの作品の革新的な特徴である
動物の身体の美しい輪郭、
シルエットそれじたいの美しさ‥‥を、
ポンポンは、
田舎の農家の庭先で発見したんですね。
- ──
- なるほど、なるほど‥‥あ、カバさん。
- 松下
- はい、カバです。
- ──
- すばらしい瞬間を、とらえていますね。
- 松下
- あ、本当ですか(笑)。
- こんなに口をあんぐりあけている場面、
どれくらいの頻度で
見かけるのかなと思ったりしますけど。
- ──
- たしかに。
カバと言えばのイメージではあるけど。
- 松下
- ポンポンは、口を開けていないカバも
スケッチしているんですが、
当時の新聞に載っていた
「大きな口を開けたカバの写真」を、
切り抜いて保存していたりするんです。 - こういった写真資料を参考にしながら、
つくったんだと思います。
- ──
- 本当に研究熱心っていうか‥‥。
- 松下
- 当時は、なかなか個人では
写真1枚も撮れなかったでしょうから、
毎日の新聞などから得られる
視覚的イメージは、
非常に貴重だっただろうと思います。
- ──
- それで、さっきの品評会的な絵葉書も
たくさん集めてたんですね。 - ちなみにですが、
カバがスイカを丸ごと食べる動画って、
ご存知ですか、YouTubeの。
- 松下
- いえ、知らないです。
- ──
- どこかの動物園の飼育員さんが、
カバに、大きなスイカを
丸ごとあげている場面なんです。 - 大きな口の中に、
大きなスイカを丸ごとポンと入れると
カバがバクッと食べる動画で、
ただそれだけなんですが、
なぜだか理由はわからないんですけど、
どうしても繰り返し見ちゃうんです。
- 松下
- そうなんですか(笑)。
- ──
- で、その動画を何度も何度も見てたら、
カバという動物は、
大きな口をあんぐり開けてるところが、
最大の魅力なんだなあ‥‥と。
- 松下
- なるほど。ようするに、ポンポンも、
いちばん魅力的なポーズを
彫刻としてかたちにしているのかも。
- ──
- なんですかねえ‥‥絵本なんかでも、
カバさんって、
だいたい大きく口を開けていますし。
写真でも、シャッターチャンスだし。 - ポンポンさんの動物観察のたまもの、
なのかも知れないですね。
- 松下
- ちなみに、当時のパリには
何頭かカバがいたらしいんですけど、
そのうちの1頭が、
ものすごく凶暴な性格だったそうで。 - 飼育員さんを、
2人くらい殺しちゃってるんですよ。
- ──
- カっ、カバさ、ん‥‥!
- 松下
- この口を開けている作品は、
そのカバをモデルにしたのかなって、
いろいろ調べたんですが、
いまだに、わからないままなんです。
- ──
- 松下さんが興味もたれるポイントも、
いいと思います(笑)。
- 松下
- そうでしょうか(笑)。
カバって暴れると怖いみたいで‥‥。
- ──
- カバとサイは最強説ありますもんね。
- 松下
- そうそう、そうみたいですよね!
- ちょうど、このふるい新聞記事にも、
カバとサイが
動物界の二大巨頭だと書いてあって。
- ──
- 二大巨頭。どういう記事なんだろう。
内容が気になる‥‥(笑)。
- 松下
- さて、お次の
《休んでいる冠鶴》や《ペリカン》は、
時代的には、
《シロクマ》より後の時代の作品です。
- ──
- えっと、つまり、
ポンポンさんが有名人になってからの。
- 松下
- はい、《シロクマ》で一躍有名となり、
展覧会でも、
大きな作品を発表できるようになって。 - この《休んでいる冠鶴》は、
何パターンかが残されているんですが、
かたちが、どんどん進化していく。
ポンポンは、
ひとつつくったら終わり‥‥ではなく、
いったん完成させた動物を、
何年もかけて進化させているんですね。
あくなき探究心を、持っていたんです。
- ──
- こっちの《ペリカン》も、ですか。
- 松下
- はい、こちらの作品は、
とある大きな博覧会に出品されたもの。 - 最初は、首のカーブが
もう少しペチャッと潰れてたんですが、
だんだん頭が上に引き上げられて、
最終的には、このように、
堂々としたモダンなS字になりました。
- ──
- だいぶ大きいですが‥‥等身大くらい?
- 松下
- ほぼ、等身大だと思います。
- ──
- ペリカンってかなり大きいですもんね。
動物園とかで遭遇すると、驚くほど。
- 松下
- ポンポンには、
等身大で動物彫刻をつくるという夢が、
あったんです。 - なので、この《ペリカン》だけでなく、
代表作の《シロクマ》や
先ほどの《カバ》、
当館の別館にもあります《大鹿》など、
みんな、
等身大のサイズでつくっているんです。
- ──
- へええ‥‥。
- 松下
- 晩年「次は、これ」と言っていたのが、
《ライオン》です。 - 残念ながら
塑像でしか残されていないんですけど、
「3年後には、大きくするんだ」
と意気込んでいたようです。
ただ、ライオンは大きくなることなく、
ポンポンは亡くなってしまうのですが。
- ──
- 大きくする‥‥のに、3年もかかる?
- 松下
- かたちを整えながら
最終的な作品として仕上げるまでに、
それくらいかかるだろう、
ということなんだろうと思いますが。
- ──
- どこか、やさしげな顔のライオン‥‥。
- で、その隣は‥‥(笑)何でしょうか。
オランウータンの「顔だけ」?
- 松下
- おもしろいですよね(笑)。
- ──
- 顔だけの動物彫刻って、
ちょっとめずらしく‥‥ないですか?
- 松下
- めずらしいです。
- ちなみに、この作品は「石膏」です。
まるでブロンズみたいに見えますけど、
緑の色を着けているんです。
しかも、ブロンズっぽく輝くように、
拡大鏡で見ると、
黄金のパウダーがちりばめられていて。
- ──
- そんな細かい技を効かせてるんですか。
ポンポンさん。
- 松下
- とある修復家のかたがごらんになって、
「すごい腕前だ」って。
- ──
- さすがロダンやサン=マルソーの間で
ひっぱりダコになるだけある。
- 松下
- で、こういう動物の頭部だけの彫刻も、
ポンポンは、いくつかつくっています。 - それは、まさしく
エジプト美術の影響じゃないか‥‥と
言われています。
エジプトの人たちも、
動物の頭部だけを彫刻にしていたので。
- ──
- なるほど。
- 松下
- ポンポンは、動物彫刻のパーツの中で、
「頭」を重要視していたんですね。
なかでも重要なのが、目なんだ‥‥と。 - そのために、
目は、最後につくっていたそうですよ。
- ──
- いやあ、でも、
ひとりの作家ということだけじゃなく、
彫刻の作品を
これだけたくさん見た経験って
あまりなかったので、おもしろいです。 - いろいろと。
- 松下
- とくにポンポンの場合、
絵画のように、カンバスに向き合って
塗り重ねていくのではなく、
いくつもの作品にわたって
トライアルを繰り返し、
少しずつ「進化」させていく‥‥
という、重層的なところもありますし。
- ──
- 少し前に行った
舟越桂さんの個展でも思ったんですが、
彫刻って、
あらゆる方向から「見られ」ますよね。 - 真っ正面から、斜め横から、背後から。
- 松下
- はい、はい。
- ──
- その全方向から視線に耐えうるような、
破綻のないかたちを整えるのって、
大変なことだろうなあと思ったんです。 - いわゆる「つじつま」のようなものを、
すべての方向から
合わせなきゃならないんだ‥‥と。
- 松下
- そうですね。
- ポンポンは、友人やお客さんたちに、
アトリエで作品を見せるとき、
蝋燭の光で見せていたそうなんです。
- ──
- そうなんですか。
- 松下
- 昼間の時間帯に訪れた人にも、
「また、夜に来てください」と言って。 - 蝋燭のやわらかな光で、
作品表面のなめらかさをじっくり‥‥
手の中でまわしながら、
いろんな方向から見せてくれた‥‥と。
- ──
- へえ‥‥。
- 松下
- おっしゃるように、全方向から、
自ら「完璧にこうだ」と思うかたちを、
突き詰めていたんだと思います。
(つづきます)
2022-01-19-WED
-
あの《シロクマ》の彫刻家、
フランソワ・ポンポン日本初の個展が、
日本最多のコレクションを持つ
群馬県立館林美術館にただいま巡回中。
4種類の《シロクマ》はじめ、
カンムリヅル、ブタ、ペリカン‥‥等、
ポンポンと言えばの動物彫刻の数々を
たっぷり楽しむことができます。
オルセー美術館をはじめ、
フランスからきた作品にも会えますよ。
展示会場をまわっていくほどに、
動物たちに向けられた
ポンポンの愛あるまなざしを感じる、
うれしい展覧会。
館林のあとも各地を巡回する予定とか。
詳しくは、公式サイトでチェックを。