JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第5回 PJクルックさん。

PJクルック《常緑樹》2001年 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 90.5cm✕90.5cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《常緑樹》2001年 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 90.5cm✕90.5cm ©︎PJ Crook 2024

──
さて、次なる登場はPJ クルックさん。
諸橋近代美術館さんの3本目の柱となる
イギリスの現代アーティストですね。
そして申し訳ございません、
不勉強でお名前を存じ上げませんでした。
石澤
もともとは織物のデザイナーだった方で、
子育てを機に、
その合間に絵を描きはじめたそうですね。
イギリスの有名プログレッシブバンドの
キング・クリムゾンの
CDジャケットを描いたりもしています。
──
えっ、そうなんですか。すごい。
どのアルバムだろう‥‥
時代的にいうと、いつくらいからですか。
石澤
1990年代の後半以降、
けっこうたくさん描かれているようです。
──
フクロウが飛んでるジャケットとかかな。
こんなタッチだった記憶が。
好きなバンドなんで、
いきなりめっちゃ気になり出しました。

PJクルック《グリーンドア》1995年 油彩/カンヴァス・木製フレーム 162.0cm✕71.0cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《グリーンドア》1995年 油彩/カンヴァス・木製フレーム 162.0cm✕71.0cm ©︎PJ Crook 2024

石澤
こちらの作品は、ドアを開けた風景を
描いたシリーズなんですが、
額縁にまで拡張して描く手法ですとか、
特殊な形状のキャンバスに描いたり、
とにかく
既成概念にとらわれない作風の方です。
このあたりは
「新聞」をモチーフにしている作品で、
絵の中のどこかに、
かならず新聞が描かれているんですよ。
──
この絵、キャンバスが「波々」してる。
描きにくくないのかなあ。

PJクルック《紙帽子》1995年 アクリル/波型木枠に貼ったカンヴァス 34.0.5cm✕89.0cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《紙帽子》1995年 アクリル/波型木枠に貼ったカンヴァス 34.0.5cm✕89.0cm ©︎PJ Crook 2024

石澤
ちょっと描きにくそうですよね(笑)。
水の感じを表現しようとしたようです。
──
真正面から見ると気づきにくいけど、
壁に落ちている影がおもしろいですね。
うねうね波うってる。

石澤
こうして斜めの方から鑑賞したりなど、
作品に相対する角度によって、
エフェクトがかかったように見えます。
──
わー、本当だ。おもしろい。
ホルバインの作品で、ありましたよね。
足元によくわかんない何かが
描かれてるんだけど、
斜め下からだとドクロに見えるという。
石澤
はい、ありましたね。
──
ロンドン・ナショナル・ギャラリーにある
本物は見たことないんですけど、
徳島の大塚国際美術館で
陶板でつくった複製画を見ました。
たしかにドクロに見えて
「おおー!」と思った覚えがあります。
石澤
ちなみに、この絵のなかの「新聞」は、
右下の人が被っている、新聞の帽子。
ちいさいころに、新聞でできた帽子を
お父さんがつくってくれたそうで、
彼女にとっての思い出の品だそうです。
──
子育てをきっかけに絵をはじめる前は、
絵は描いてなかったんですか。
石澤
もともと芸術系の大学の出身で、
デザインの仕事をなさっていたんです。
デザインのための絵は描いていたと思いますが、
本格的な作家活動は、
子育てがきっかけだったと聞いてます。
──
この方の作品を収集するきっかけって、
何だったんですか。
石澤
1995年に、創立者の諸橋廷蔵が、
パリのギャラリーで
新聞シリーズの個展を偶然見かけて。
いたく気に入りまして、
パリ滞在中に何度かギャラリーを訪れ、
最終的位に全点、購入してきたんです。
──
そういうお客さんがいるんだ‥‥現実に。
「ぜんぶ買います」って(笑)、
映画とかドラマに出てきそうな展開です。
石澤
そのころ、クルックさんは
なかなか作家としてうまくいって
いなかったんですけれど、
そのできごとが、
画家人生の追い風になったそうです。
そんなこともあって、当館では、
現在でも
クルックさんと交流があるんですよ。
──
いやあ‥‥うれしかったでしょうね。
まだまだ無名の画家は、
勇気を得たと思います。
一気にぜんぶ買ってもらえたなんて。
よく見ると‥‥
新聞の活字もちゃんと書いてるんだ。
少なくとも、見出しは書いてますね。
細かい本文までは‥‥
さすがに書いてないか。
北方ルネサンスの人でもないですし。
石澤
こちらは、
イギリスの料理としてよく知られる
フィッシュアンドチップスを
新聞でくるんで食べている人ですね。
ブリテン諸島では、
金曜日に魚を食べる習慣があります。
今日のような
衛生意識が確立していなかった時代、
フィッシュアンドチップスは、
多くの店で
古い新聞紙に包まれて売ってました。

PJクルック《フード オン ザ ストリート》1995年 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 91.0cm✕70.5cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《フード オン ザ ストリート》1995年 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 91.0cm✕70.5cm ©︎PJ Crook 2024

──
たしかに新聞って、気になるのかも。
三島喜美代さんは
セラミックで新聞を表現してますし、
田附勝さんは縄文土器といっしょに
昭和の新聞を撮ってますし、
アーティストにとって、
インスピレーションの源なのかなあ。
石澤
クルックさんの場合は、
新聞本来の役割とは別のものとして
使われていることに興味を持ち、
新聞をモチーフに
作品を描いているとのことです。
そして、こちらが、
当館ととくに縁の深い作品なんです。
──
あ、日本の新聞だ。スポーツ新聞?
石澤
はじめて当館で個展を開催したとき、
クルックさんが来日したんです。
そのときスポーツ新聞を手に入れて、
それをもとに描いた作品で‥‥。

PJクルック《ジャポニカ》2001年、2003年加筆 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 55.0cm✕68.0cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《ジャポニカ》2001年、2003年加筆 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 55.0cm✕68.0cm ©︎PJ Crook 2024

──
すごい、漢字もちゃんと描けてます。
たとえばこの「福田」の「福」とか、
知らなかったら
微妙な間違いをしそうだけど、
間違ってないですね。
ゴッホが模写した歌川広重の絵とか、
漢字の部分が
いろいろヘンだった記憶があるけど。
石澤
2001年の6月6日の新聞ですね。
この絵は当館とのつながりが深いと
最初にご説明したのには
他にも理由があって、
2003年に
諸橋廷蔵が亡くなってしまうんです。
──
そうなんですか。
石澤
そのときに、クルック本人が
絵にメッセージを描き込んだうえで
当館に寄贈してくれたんです。
──
えーと、どこに‥‥でしょうか。
石澤
ここですね。この付箋。
左側の男性に右顎あたりの付箋です。
この付箋は、
もともとこの絵にはなかったんです。
でも、廷蔵の死を知って、
2003年に
この付箋を加筆して寄贈されました。
──
なんて書いてあるかっていうと‥‥。
「諸橋廷蔵氏の人生と業績を讃え、
彼への追悼としてこの作品を贈る」
石澤
美術館が開館して、4年目でした。
──
そうなんですか!
70年代、スペインのダリ劇場美術館で
ダリの作品に感銘を受けて、
それから美術館の創設に尽力されて、
念願の開館からたったの4年、ですか。
石澤
そうなんです。
──
はあー、それは残念だったですね。
こちらもまた、クルックさんの作品?
石澤
はい、そうです。
キャンバスに靴がいっぱい描かれて、
そのまわりに、
本物の靴が貼り付けられた作品です。
──
え、あ、これは本物の靴なんだ。

PJクルック《ステッピングアウト》2017年 ミクストメディア 104.14cm✕91.44cm✕15.24cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《ステッピングアウト》2017年 ミクストメディア 104.14cm✕91.44cm✕15.24cm ©︎PJ Crook 2024

石澤
はい、そうなんです。
靴に文字が書かれていると思いますが、
これは実際にその靴を履いて訪れた
国とか都市の名前だということですね。
──
へえ、おもしろい。
この靴を履いて、その国へ行ったぞと。
たとえば‥‥この靴は
ジャパン、東京、諸橋ミュージアム、
名古屋、京都‥‥いっぱい行ってる。
すごい。こんなヒールの高い靴で。
石澤
そうですよね(笑)。
そして、作品の上部には、
本物のカラスの剝製が載っています。
黒く塗った靴のかたちが、
カラスが似ていたからだそうですね。
──
たしかに‥‥。
石澤
最後にこちらは、開館20周年のとき、
クルックさんから寄贈された作品。
20周年にちなんで、
20匹のチョウチョが描かれていいます。
──
作品名は《メタモルフォーゼ》。

PJクルック《メタモルフォーゼ》2018年 色彩を混ぜたジェッソ・マットメディウム/板・木製フレーム 42.5cm✕36.5cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《メタモルフォーゼ》2018年 色彩を混ぜたジェッソ・マットメディウム/板・木製フレーム 42.5cm✕36.5cm ©︎PJ Crook 2024

石澤
チョウチョになる前段階のイモムシが
描かれていたり、
人物に鹿の角が生えていたり、
「変身」をテーマにした作品ですね。
──
なるほどー。こうして見ていると、
最初は何か気になる感じで、
そのうちに
じんわり好きになっていくような、
そんな作品だと思いました。
クルックさんは、いまでも、お元気で。
石澤
はい。70代後半ですが、
まだまだお元気で活躍なさっています。

PJクルック《ベッドでの朝食》1995年 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 132.0cm✕102.0cm ©︎PJ Crook 2024 PJクルック《ベッドでの朝食》1995年 アクリル/カンヴァス・木製フレーム 132.0cm✕102.0cm ©︎PJ Crook 2024

(つづきます)

2024-11-05-TUE

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  • 今回の取材でくわしく紹介している展覧会
    『コレクション・ストーリー
    ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
    11月10日(日)までの開催。
    その後は、来年の春まで冬季休館です。
    ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
    英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
    そしてダリと共同で写真作品をつくった
    フィリップ・ハルスマンと、
    諸橋近代美術館さんが所蔵する
    4つのカテゴリすべてから作品を展示。
    ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
    数々の彫刻作品は常設展示。
    なお、諸橋近代美術館が所蔵している
    ダリの油絵作品は、
    いま、全国を巡回しているところ。
    来年6月まで、
    秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
    大分県立美術館→横須賀美術館→
    広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
    諸橋近代美術館のダリが
    お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
    こちらのページ
    くわしい巡回スケジュールがありました。

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇