JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- さて、次なる登場はPJ クルックさん。
- 諸橋近代美術館さんの3本目の柱となる
イギリスの現代アーティストですね。
そして申し訳ございません、
不勉強でお名前を存じ上げませんでした。
- 石澤
- もともとは織物のデザイナーだった方で、
子育てを機に、
その合間に絵を描きはじめたそうですね。 - イギリスの有名プログレッシブバンドの
キング・クリムゾンの
CDジャケットを描いたりもしています。
- ──
- えっ、そうなんですか。すごい。
- どのアルバムだろう‥‥
時代的にいうと、いつくらいからですか。
- 石澤
- 1990年代の後半以降、
けっこうたくさん描かれているようです。
- ──
- フクロウが飛んでるジャケットとかかな。
こんなタッチだった記憶が。 - 好きなバンドなんで、
いきなりめっちゃ気になり出しました。
- 石澤
- こちらの作品は、ドアを開けた風景を
描いたシリーズなんですが、
額縁にまで拡張して描く手法ですとか、
特殊な形状のキャンバスに描いたり、
とにかく
既成概念にとらわれない作風の方です。 - このあたりは
「新聞」をモチーフにしている作品で、
絵の中のどこかに、
かならず新聞が描かれているんですよ。
- ──
- この絵、キャンバスが「波々」してる。
描きにくくないのかなあ。
- 石澤
- ちょっと描きにくそうですよね(笑)。
水の感じを表現しようとしたようです。
- ──
- 真正面から見ると気づきにくいけど、
壁に落ちている影がおもしろいですね。 - うねうね波うってる。
- 石澤
- こうして斜めの方から鑑賞したりなど、
作品に相対する角度によって、
エフェクトがかかったように見えます。
- ──
- わー、本当だ。おもしろい。
- ホルバインの作品で、ありましたよね。
足元によくわかんない何かが
描かれてるんだけど、
斜め下からだとドクロに見えるという。
- 石澤
- はい、ありましたね。
- ──
- ロンドン・ナショナル・ギャラリーにある
本物は見たことないんですけど、
徳島の大塚国際美術館で
陶板でつくった複製画を見ました。 - たしかにドクロに見えて
「おおー!」と思った覚えがあります。
- 石澤
- ちなみに、この絵のなかの「新聞」は、
右下の人が被っている、新聞の帽子。 - ちいさいころに、新聞でできた帽子を
お父さんがつくってくれたそうで、
彼女にとっての思い出の品だそうです。
- ──
- 子育てをきっかけに絵をはじめる前は、
絵は描いてなかったんですか。
- 石澤
- もともと芸術系の大学の出身で、
デザインの仕事をなさっていたんです。 - デザインのための絵は描いていたと思いますが、
本格的な作家活動は、
子育てがきっかけだったと聞いてます。
- ──
- この方の作品を収集するきっかけって、
何だったんですか。
- 石澤
- 1995年に、創立者の諸橋廷蔵が、
パリのギャラリーで
新聞シリーズの個展を偶然見かけて。 - いたく気に入りまして、
パリ滞在中に何度かギャラリーを訪れ、
最終的位に全点、購入してきたんです。
- ──
- そういうお客さんがいるんだ‥‥現実に。
「ぜんぶ買います」って(笑)、
映画とかドラマに出てきそうな展開です。
- 石澤
- そのころ、クルックさんは
なかなか作家としてうまくいって
いなかったんですけれど、
そのできごとが、
画家人生の追い風になったそうです。 - そんなこともあって、当館では、
現在でも
クルックさんと交流があるんですよ。
- ──
- いやあ‥‥うれしかったでしょうね。
まだまだ無名の画家は、
勇気を得たと思います。
一気にぜんぶ買ってもらえたなんて。 - よく見ると‥‥
新聞の活字もちゃんと書いてるんだ。
少なくとも、見出しは書いてますね。
細かい本文までは‥‥
さすがに書いてないか。
北方ルネサンスの人でもないですし。
- 石澤
- こちらは、
イギリスの料理としてよく知られる
フィッシュアンドチップスを
新聞でくるんで食べている人ですね。 - ブリテン諸島では、
金曜日に魚を食べる習慣があります。
今日のような
衛生意識が確立していなかった時代、
フィッシュアンドチップスは、
多くの店で
古い新聞紙に包まれて売ってました。
- ──
- たしかに新聞って、気になるのかも。
- 三島喜美代さんは
セラミックで新聞を表現してますし、
田附勝さんは縄文土器といっしょに
昭和の新聞を撮ってますし、
アーティストにとって、
インスピレーションの源なのかなあ。
- 石澤
- クルックさんの場合は、
新聞本来の役割とは別のものとして
使われていることに興味を持ち、
新聞をモチーフに
作品を描いているとのことです。 - そして、こちらが、
当館ととくに縁の深い作品なんです。
- ──
- あ、日本の新聞だ。スポーツ新聞?
- 石澤
- はじめて当館で個展を開催したとき、
クルックさんが来日したんです。 - そのときスポーツ新聞を手に入れて、
それをもとに描いた作品で‥‥。
- ──
- すごい、漢字もちゃんと描けてます。
- たとえばこの「福田」の「福」とか、
知らなかったら
微妙な間違いをしそうだけど、
間違ってないですね。
ゴッホが模写した歌川広重の絵とか、
漢字の部分が
いろいろヘンだった記憶があるけど。
- 石澤
- 2001年の6月6日の新聞ですね。
- この絵は当館とのつながりが深いと
最初にご説明したのには
他にも理由があって、
2003年に
諸橋廷蔵が亡くなってしまうんです。
- ──
- そうなんですか。
- 石澤
- そのときに、クルック本人が
絵にメッセージを描き込んだうえで
当館に寄贈してくれたんです。
- ──
- えーと、どこに‥‥でしょうか。
- 石澤
- ここですね。この付箋。
左側の男性に右顎あたりの付箋です。 - この付箋は、
もともとこの絵にはなかったんです。
でも、廷蔵の死を知って、
2003年に
この付箋を加筆して寄贈されました。
- ──
- なんて書いてあるかっていうと‥‥。
- 「諸橋廷蔵氏の人生と業績を讃え、
彼への追悼としてこの作品を贈る」
- 石澤
- 美術館が開館して、4年目でした。
- ──
- そうなんですか!
- 70年代、スペインのダリ劇場美術館で
ダリの作品に感銘を受けて、
それから美術館の創設に尽力されて、
念願の開館からたったの4年、ですか。
- 石澤
- そうなんです。
- ──
- はあー、それは残念だったですね。
こちらもまた、クルックさんの作品?
- 石澤
- はい、そうです。
- キャンバスに靴がいっぱい描かれて、
そのまわりに、
本物の靴が貼り付けられた作品です。
- ──
- え、あ、これは本物の靴なんだ。
- 石澤
- はい、そうなんです。
- 靴に文字が書かれていると思いますが、
これは実際にその靴を履いて訪れた
国とか都市の名前だということですね。
- ──
- へえ、おもしろい。
この靴を履いて、その国へ行ったぞと。 - たとえば‥‥この靴は
ジャパン、東京、諸橋ミュージアム、
名古屋、京都‥‥いっぱい行ってる。
すごい。こんなヒールの高い靴で。
- 石澤
- そうですよね(笑)。
- そして、作品の上部には、
本物のカラスの剝製が載っています。
黒く塗った靴のかたちが、
カラスが似ていたからだそうですね。
- ──
- たしかに‥‥。
- 石澤
- 最後にこちらは、開館20周年のとき、
クルックさんから寄贈された作品。 - 20周年にちなんで、
20匹のチョウチョが描かれていいます。
- ──
- 作品名は《メタモルフォーゼ》。
- 石澤
- チョウチョになる前段階のイモムシが
描かれていたり、
人物に鹿の角が生えていたり、
「変身」をテーマにした作品ですね。
- ──
- なるほどー。こうして見ていると、
最初は何か気になる感じで、
そのうちに
じんわり好きになっていくような、
そんな作品だと思いました。 - クルックさんは、いまでも、お元気で。
- 石澤
- はい。70代後半ですが、
まだまだお元気で活躍なさっています。
(つづきます)
2024-11-05-TUE
-
今回の取材でくわしく紹介している展覧会
『コレクション・ストーリー
ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
11月10日(日)までの開催。
その後は、来年の春まで冬季休館です。
ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
そしてダリと共同で写真作品をつくった
フィリップ・ハルスマンと、
諸橋近代美術館さんが所蔵する
4つのカテゴリすべてから作品を展示。
ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
数々の彫刻作品は常設展示。
なお、諸橋近代美術館が所蔵している
ダリの油絵作品は、
いま、全国を巡回しているところ。
来年6月まで、
秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
大分県立美術館→横須賀美術館→
広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
諸橋近代美術館のダリが
お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
こちらのページに
くわしい巡回スケジュールがありました。本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
第12回「国立西洋美術館篇」までの
12館ぶんの内容を一冊にまとめた
書籍版『常設展へ行こう!』が、
左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
紹介されているのは、
東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
横浜美術館、アーティゾン美術館、
東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
大原美術館、DIC川村記念美術館、
青森県立美術館、富山県美術館、
ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
本という形になったとき読みやすいよう、
大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
常設展が、ますます楽しくなると思います!
Amazonでのおもとめは、こちらです。