JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第4回 2本めの柱、西洋近代美術。

──
さてお次は、諸橋近代美術館さんの
「2本めの柱」である
西洋近代美術を拝見いたしましょう。
石澤
はい、当館は創立者の諸橋廷蔵が
ダリを集めるところからはじまったのですが、
その奥さま、現名誉理事長の助言で、
印象派をはじめとする
西洋近代美術もあった方がよいでしょう、と。
そこで、19世紀から20世紀の画家の作品を、
幅広く収集するに至りました。
──
あ、セザンヌ。
石澤
はい、こちらの作品につきましては、
先ごろ詳しく調査したので、
その結果もいっしょに展示しています。

ポール・セザンヌ《林間の空地》1867年 油彩/カンヴァス 64.8cm✕54.3cm ポール・セザンヌ《林間の空地》1867年 油彩/カンヴァス 64.8cm✕54.3cm

──
どういった調査を?
石澤
作品の状態や描かれた技法を調べることで、
たとえばここに補彩があるとか、
過去の修復について知ることができます。
それらの情報を、
今後の作品の保全に生かそうという意図で、
いろいろと調査したんです。
──
《林間の空地》。はじめて見た気がします。
石澤
セザンヌの中でも、
いわゆるセザンヌらしい作風にいたる前の、
初期の重要作品です。
続きまして、ルノワール。
廷蔵がこの作品をいちばん気に入っており、
額も特別に誂えたものです。

──
おお、この額を。ひときわ立派です!
ちなみに《ドニ夫人》って、
ナビ派のモーリス・ドニさんの奥さま?
この作品を気に入ってらっしゃったんだ。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ドニ夫人》1904年 油彩/カンヴァス 54.0cm✕45.0cm ピエール=オーギュスト・ルノワール《ドニ夫人》1904年 油彩/カンヴァス 54.0cm✕45.0cm

石澤
そうなんです。こちらはゴッホです。
──
あー、素朴な農民シリーズ。
1884年というと、
まだパリとかアルルとかへ移るまえに、
オランダで
《ジャガイモを食べる人びと》とかの
茶色っぽい絵を描いてた時期ですね。
けっこう好きです、この時期のゴッホ。
石澤
オランダ・ニューネン時代のゴッホは
同じような
農民たちの作品を描いているんですが、
そのなかの1枚ですね。

フィンセント・ファン・ゴッホ《座る農婦》1884-1885年 油彩/カンヴァス 40.0cm✕28.6cm フィンセント・ファン・ゴッホ《座る農婦》1884-1885年 油彩/カンヴァス 40.0cm✕28.6cm

──
なんか土の色っぽい絵っていうか‥‥あ、
「ミレーは土で描いた‥‥という表現を意識した」
って説明が書いてあります。
やっぱり、そうだったんですか。
たしかゴッホはミレーを尊敬してましたもんね。
石澤
ミレーが農民を描いたときの精神性を、
ゴッホなりに意識して描いたようです。
──
そしてピサロ。《ポントワーズ丘陵、牛飼いの少女》。
ピサロって印象派の「まとめ役」っぽい人で、
「いい人」みたいなイメージが
勝手にあります。
全8回の印象派展にすべて出展していたのは、
この人だけなんですよね。
石澤
そうなんです。印象派の中でも年嵩でしたし。
正面には、シスレーの《積み藁》です。
──
あ、モネではなく。
積み藁ってフランスの田園風景だから、
日本ではそこまでなじみがないけど、
あちらの芸術家は、
こういう
カップケーキみたいな積み藁の絵、
けっこうみなさん、描いていますよね。

アルフレッド・シスレー《積み藁》1895年 油彩/カンヴァス 60.5cm✕73.2cm アルフレッド・シスレー《積み藁》1895年 油彩/カンヴァス 60.5cm✕73.2cm

石澤
そうですね。
おっしゃったようにモネは有名ですね。
──
連作で描いてますもんね。
でも、シスレーも描いていたんですか。
ルノワールとかも描いてますよね。
石澤
そうですね、印象派の人たちは、
みなさん描いているモチーフですよね。
──
そして、ルオー。
この人の絵って一発でわかりますよね。
この輪郭の太い線で「ルオーだ」って。
石澤
そうですね。太い線と、
表面がポコボコしているのが特徴です。

ジョルジュ・ルオー《ロシアバレエ団のダンサー》1929年 油彩/紙 74.3cm✕51.3cm ©ADAGP, Paris & Jaspar, Tokyo, 2024 C4817 ジョルジュ・ルオー《ロシアバレエ団のダンサー》1929年 油彩/紙 74.3cm✕51.3cm ©ADAGP, Paris & Jaspar, Tokyo, 2024 C4817

──
凹凸がある。
石澤
絵の具を、大胆に塗っているんですね。
科学的な調査で判明したんですが、
紙の上に、絵の具を塗り固めるように。
──
紙?
石澤
あ、そうです。紙なんです。
──
紙に描いてるんですか。油彩なのに。
紙に描いた絵が額装されてる‥‥。
そういう人なんですか、ルオーって。
石澤
本作もそうですが、
おもに紙に描かれていることが多いようです。
雑然としたアトリエで絵を描いていて、
1枚の紙に描いたら、
その上に新しい紙を載せて、
そこにまた別の絵を描く‥‥みたいな。
──
そうなんですか。そんな描き方で
よくもまあ残りましたね、現代にまで。
石澤
そうですよね、こんなにもきれいに。
──
出光美術館にルオーの部屋があるけど、
あそこにかかっている絵も、
ぜんぶ紙に描かれているのかなあ。
紙だと思って見てなかったです。
そういう人ってめずらしくないですか。
だって「油絵」じゃないですか。
石澤
なかなかいないと思います。
──
そのこともあって、
ある種、独特な雰囲気を感じるのかな。
紙に油絵はめずらしいぞって、
もしかしたら計算に入れてたんですか。
石澤
どうなんでしょう。
とにかく、彼のアトリエ制作風景の写真は
紙に描いているものばかりだったそうです。
──
紙に描いていたことが、
調査でわかったってことなんですけど、
パッと見じゃわかんない‥‥か。
石澤
ここまで厚塗りなので、調査しないと。
額から外して、作品の断面を見て、
何か層になっているのがわかりまして。
──
層。
石澤
はい。作品を裏から見ると
ふつうにキャンバスの裏面が見えていて、
でも、真横から見たとき、
キャンバス表面の上に
キャンバスと違う何かが載ってたんです。
──
その「何か」に絵が描かれていた、と。
で、詳しく調べたら「紙」だった。
石澤
紙の裏にキャンバスを貼って補強したと、
そういうことだろうと思います。
──
とにかく、作品を知らなくても、
この人の絵だなってわかるというのは、
どえらいことだなと思います。
石澤
そうですね。
──
有名な画家の場合はみんなそうですし、
逆に、何枚見ても
誰の作品なのかがわからないと、
画家としては、厳しいんでしょうかね。
石澤
誰が描いたかわかるということは、
自らの世界観、作風が確立されている、
ということですものね。
──
漫画家の和田ラヂヲ先生と
オランダでゴッホを見まくったときに、
先生がつぶやいてたんですよ。
絵描きというのは、どこまでいっても
自分のタッチに
たどり着けるかどうかなんだよなあと。
ファン・ゴッホ美術館で、
無数のゴッホの自画像に囲まれながら。
石澤
そうなんですね(笑)。
──
ひるがえって、ラヂヲ先生という人は
デビューのころから‥‥
もっといえば「最初のひとコマ」から、
たどり着いていたんですよ。
自分のタッチに。だから天才なんだな。
石澤
その意味では、こちら、
ローランサンも相当わかりやすいです。

マリー・ローランサン《読書》制作年不詳 油彩/カンヴァス 46.0cm✕34.0cm マリー・ローランサン《読書》制作年不詳 油彩/カンヴァス 46.0cm✕34.0cm

──
たしかに。すぐにわかります。
あ、ローランサンの描いた女性だとか、
お、ローランサンの描いた犬猫だとか。
ちなみにココ・シャネルに依頼されて
肖像画を描いたのに、
シャネル本人が気に入らなくて、
受け取りを拒否されているんですよね。
石澤
はい。
──
DIC川村記念美術館にあるフジタの絵、
バックが真っ白で、
金ぴかの女の人の全身の絵があって、
あれも、ご本人である伯爵夫人さんに
「わたしの目はもっと湖のようだ」
とか何とか言われたフジタが辟易して、
背景を描くのを辞めちゃったとか。
石澤
お願いするほうにも、
自己イメージがあるんでしょうけれど。
──
やっぱり、ちょっとよく描いてほしい、
みたいなのはあるでしょうね。
お金を出してるという気持ちもあって。
あ、おしゃべりしていたら、
いつの間にか、ピカソの絵の前にいた。
《貧しき食事》と
《画家Ⅳ、1964年11月1日》。
石澤
初期と後期の作品を並べています。
もともとピカソらしいピカソの油彩を
西洋近代美術収集の一環で
所蔵していたのですが、
まったく作風の異なる初期作もあると
ピカソの個性が
よりわかりやすくなるという理由から、
《貧しき食事》もお迎えしました。
──
これを、同じ人が描いたんだもんなあ。
しかも、さっきの話でいえば、
それぞれぜんぜんタッチがちがうのに、
どっちも「ピカソだ」とすぐわかる。
石澤
そういうところが、
ピカソの天才性なのかもしれませんね。

(つづきます)

2024-11-04-MON

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  • 今回の取材でくわしく紹介している展覧会
    『コレクション・ストーリー
    ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
    11月10日(日)までの開催。
    その後は、来年の春まで冬季休館です。
    ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
    英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
    そしてダリと共同で写真作品をつくった
    フィリップ・ハルスマンと、
    諸橋近代美術館さんが所蔵する
    4つのカテゴリすべてから作品を展示。
    ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
    数々の彫刻作品は常設展示。
    なお、諸橋近代美術館が所蔵している
    ダリの油絵作品は、
    いま、全国を巡回しているところ。
    来年6月まで、
    秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
    大分県立美術館→横須賀美術館→
    広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
    諸橋近代美術館のダリが
    お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
    こちらのページ
    くわしい巡回スケジュールがありました。

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇