JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- さてお次は、諸橋近代美術館さんの
「2本めの柱」である
西洋近代美術を拝見いたしましょう。
- 石澤
- はい、当館は創立者の諸橋廷蔵が
ダリを集めるところからはじまったのですが、
その奥さま、現名誉理事長の助言で、
印象派をはじめとする
西洋近代美術もあった方がよいでしょう、と。 - そこで、19世紀から20世紀の画家の作品を、
幅広く収集するに至りました。
- ──
- あ、セザンヌ。
- 石澤
- はい、こちらの作品につきましては、
先ごろ詳しく調査したので、
その結果もいっしょに展示しています。
- ──
- どういった調査を?
- 石澤
- 作品の状態や描かれた技法を調べることで、
たとえばここに補彩があるとか、
過去の修復について知ることができます。 - それらの情報を、
今後の作品の保全に生かそうという意図で、
いろいろと調査したんです。
- ──
- 《林間の空地》。はじめて見た気がします。
- 石澤
- セザンヌの中でも、
いわゆるセザンヌらしい作風にいたる前の、
初期の重要作品です。 - 続きまして、ルノワール。
廷蔵がこの作品をいちばん気に入っており、
額も特別に誂えたものです。
- ──
- おお、この額を。ひときわ立派です!
- ちなみに《ドニ夫人》って、
ナビ派のモーリス・ドニさんの奥さま?
この作品を気に入ってらっしゃったんだ。
- 石澤
- そうなんです。こちらはゴッホです。
- ──
- あー、素朴な農民シリーズ。
- 1884年というと、
まだパリとかアルルとかへ移るまえに、
オランダで
《ジャガイモを食べる人びと》とかの
茶色っぽい絵を描いてた時期ですね。
けっこう好きです、この時期のゴッホ。
- 石澤
- オランダ・ニューネン時代のゴッホは
同じような
農民たちの作品を描いているんですが、
そのなかの1枚ですね。
- ──
- なんか土の色っぽい絵っていうか‥‥あ、
「ミレーは土で描いた‥‥という表現を意識した」
って説明が書いてあります。 - やっぱり、そうだったんですか。
たしかゴッホはミレーを尊敬してましたもんね。
- 石澤
- ミレーが農民を描いたときの精神性を、
ゴッホなりに意識して描いたようです。
- ──
- そしてピサロ。《ポントワーズ丘陵、牛飼いの少女》。
- ピサロって印象派の「まとめ役」っぽい人で、
「いい人」みたいなイメージが
勝手にあります。
全8回の印象派展にすべて出展していたのは、
この人だけなんですよね。
- 石澤
- そうなんです。印象派の中でも年嵩でしたし。
正面には、シスレーの《積み藁》です。
- ──
- あ、モネではなく。
- 積み藁ってフランスの田園風景だから、
日本ではそこまでなじみがないけど、
あちらの芸術家は、
こういう
カップケーキみたいな積み藁の絵、
けっこうみなさん、描いていますよね。
- 石澤
- そうですね。
おっしゃったようにモネは有名ですね。
- ──
- 連作で描いてますもんね。
- でも、シスレーも描いていたんですか。
ルノワールとかも描いてますよね。
- 石澤
- そうですね、印象派の人たちは、
みなさん描いているモチーフですよね。
- ──
- そして、ルオー。
- この人の絵って一発でわかりますよね。
この輪郭の太い線で「ルオーだ」って。
- 石澤
- そうですね。太い線と、
表面がポコボコしているのが特徴です。
- ──
- 凹凸がある。
- 石澤
- 絵の具を、大胆に塗っているんですね。
- 科学的な調査で判明したんですが、
紙の上に、絵の具を塗り固めるように。
- ──
- 紙?
- 石澤
- あ、そうです。紙なんです。
- ──
- 紙に描いてるんですか。油彩なのに。
- 紙に描いた絵が額装されてる‥‥。
そういう人なんですか、ルオーって。
- 石澤
- 本作もそうですが、
おもに紙に描かれていることが多いようです。 - 雑然としたアトリエで絵を描いていて、
1枚の紙に描いたら、
その上に新しい紙を載せて、
そこにまた別の絵を描く‥‥みたいな。
- ──
- そうなんですか。そんな描き方で
よくもまあ残りましたね、現代にまで。
- 石澤
- そうですよね、こんなにもきれいに。
- ──
- 出光美術館にルオーの部屋があるけど、
あそこにかかっている絵も、
ぜんぶ紙に描かれているのかなあ。 - 紙だと思って見てなかったです。
そういう人ってめずらしくないですか。
だって「油絵」じゃないですか。
- 石澤
- なかなかいないと思います。
- ──
- そのこともあって、
ある種、独特な雰囲気を感じるのかな。 - 紙に油絵はめずらしいぞって、
もしかしたら計算に入れてたんですか。
- 石澤
- どうなんでしょう。
とにかく、彼のアトリエ制作風景の写真は
紙に描いているものばかりだったそうです。
- ──
- 紙に描いていたことが、
調査でわかったってことなんですけど、
パッと見じゃわかんない‥‥か。
- 石澤
- ここまで厚塗りなので、調査しないと。
額から外して、作品の断面を見て、
何か層になっているのがわかりまして。
- ──
- 層。
- 石澤
- はい。作品を裏から見ると
ふつうにキャンバスの裏面が見えていて、
でも、真横から見たとき、
キャンバス表面の上に
キャンバスと違う何かが載ってたんです。
- ──
- その「何か」に絵が描かれていた、と。
で、詳しく調べたら「紙」だった。
- 石澤
- 紙の裏にキャンバスを貼って補強したと、
そういうことだろうと思います。
- ──
- とにかく、作品を知らなくても、
この人の絵だなってわかるというのは、
どえらいことだなと思います。
- 石澤
- そうですね。
- ──
- 有名な画家の場合はみんなそうですし、
逆に、何枚見ても
誰の作品なのかがわからないと、
画家としては、厳しいんでしょうかね。
- 石澤
- 誰が描いたかわかるということは、
自らの世界観、作風が確立されている、
ということですものね。
- ──
- 漫画家の和田ラヂヲ先生と
オランダでゴッホを見まくったときに、
先生がつぶやいてたんですよ。 - 絵描きというのは、どこまでいっても
自分のタッチに
たどり着けるかどうかなんだよなあと。
ファン・ゴッホ美術館で、
無数のゴッホの自画像に囲まれながら。
- 石澤
- そうなんですね(笑)。
- ──
- ひるがえって、ラヂヲ先生という人は
デビューのころから‥‥
もっといえば「最初のひとコマ」から、
たどり着いていたんですよ。 - 自分のタッチに。だから天才なんだな。
- 石澤
- その意味では、こちら、
ローランサンも相当わかりやすいです。
- ──
- たしかに。すぐにわかります。
- あ、ローランサンの描いた女性だとか、
お、ローランサンの描いた犬猫だとか。
ちなみにココ・シャネルに依頼されて
肖像画を描いたのに、
シャネル本人が気に入らなくて、
受け取りを拒否されているんですよね。
- 石澤
- はい。
- ──
- DIC川村記念美術館にあるフジタの絵、
バックが真っ白で、
金ぴかの女の人の全身の絵があって、
あれも、ご本人である伯爵夫人さんに
「わたしの目はもっと湖のようだ」
とか何とか言われたフジタが辟易して、
背景を描くのを辞めちゃったとか。
- 石澤
- お願いするほうにも、
自己イメージがあるんでしょうけれど。
- ──
- やっぱり、ちょっとよく描いてほしい、
みたいなのはあるでしょうね。
お金を出してるという気持ちもあって。 - あ、おしゃべりしていたら、
いつの間にか、ピカソの絵の前にいた。
《貧しき食事》と
《画家Ⅳ、1964年11月1日》。
- 石澤
- 初期と後期の作品を並べています。
- もともとピカソらしいピカソの油彩を
西洋近代美術収集の一環で
所蔵していたのですが、
まったく作風の異なる初期作もあると
ピカソの個性が
よりわかりやすくなるという理由から、
《貧しき食事》もお迎えしました。
- ──
- これを、同じ人が描いたんだもんなあ。
- しかも、さっきの話でいえば、
それぞれぜんぜんタッチがちがうのに、
どっちも「ピカソだ」とすぐわかる。
- 石澤
- そういうところが、
ピカソの天才性なのかもしれませんね。
(つづきます)
2024-11-04-MON
-
今回の取材でくわしく紹介している展覧会
『コレクション・ストーリー
ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
11月10日(日)までの開催。
その後は、来年の春まで冬季休館です。
ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
そしてダリと共同で写真作品をつくった
フィリップ・ハルスマンと、
諸橋近代美術館さんが所蔵する
4つのカテゴリすべてから作品を展示。
ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
数々の彫刻作品は常設展示。
なお、諸橋近代美術館が所蔵している
ダリの油絵作品は、
いま、全国を巡回しているところ。
来年6月まで、
秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
大分県立美術館→横須賀美術館→
広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
諸橋近代美術館のダリが
お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
こちらのページに
くわしい巡回スケジュールがありました。本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
第12回「国立西洋美術館篇」までの
12館ぶんの内容を一冊にまとめた
書籍版『常設展へ行こう!』が、
左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
紹介されているのは、
東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
横浜美術館、アーティゾン美術館、
東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
大原美術館、DIC川村記念美術館、
青森県立美術館、富山県美術館、
ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
本という形になったとき読みやすいよう、
大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
常設展が、ますます楽しくなると思います!
Amazonでのおもとめは、こちらです。