JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- あらためて、サルバトール・ダリという人は、
どういった芸術家だったんでしょう。 - 生い立ちだとか、美術史上の立ち位置だとか。
- 石澤
- スペインでうまれ、一般的には
シュルレアリスムの芸術家として有名ですね。 - いまから100年前の1924年に
シュルレアリスムのグループがパリで発足し、
そこへ合流していくのですが。
- ──
- つまり、アンドレ・ブルトンによる
シュルレアリスム宣言が出たのが、1924年。
- 石澤
- しばらくグループで活動するのですが、
中心人物のブルトンと意見対立して、決裂し、
グループを脱退してしまいます。 - ただ、ダリはその後も
シュルレアリスムから離れるわけではなくて、
ブルトンとは袂をわかったけれども、
独自のシュルレアリスムを追求していきます。
- ──
- ブルトンさんと決別してる人って多くないですか。
- 石澤
- そうですね。
- ──
- マックス・エルンストとか
いろんなシュルレアリスム的技法を編み出した
重要人物も「除名」されてるし。
何ていったらいいのか、
いわゆる押し出しの強い人だったんですか。 - アンドレ・ブルトンという「親分さん」は。
- 石澤
- そうかもしれません。政治的でもあったし。
- ──
- たくさんの有名人が、
シュルレアリストに名を連ねていますよね。
それだけ魅力があったんでしょうけど、
ダリやエルンストの他にも、
マグリットとか、マン・レイとか。 - シュルレアリストと自称してなかったけど
シャガールもいて、
ブルトンのグループには入らなかったけど
ミロもいて、
ピカソにも
シュルレアリスム期って、ありますもんね。
- 石澤
- はい。錚々たる作家が、画家以外にも。
- 久納
- ダリについては、あとから参加したんです。
立ち上げのときにはいませんでした。 - でも「きみの表現はシュルレアリスムだね」
と引き抜かれて、
でも、そのうち意見対立して、
ブルトンに「おまえ出て行け」と言われて。
- ──
- そうですか。芸術上の意見の対立といっても、
いろいろあるんでしょうけど‥‥。 - つまりケンカ別れしちゃったってことですか。
- 久納
- ダリはニューヨークに渡って以降、
商業的な成功を収めていくんですけれども、
そういう部分を、
ブルトンたちに
「ドルの亡者め」なんて言われてしまったり。 - 富豪の肖像画を描いたりもしていましたし。
- ──
- なるほど。
- 久納
- ダリはダリで、ブルトンの政治的な側面に
興味を持てなかった、
嫌だったということもあったようです。
- ──
- ブルトンが共産主義に傾倒していたという
背景もあって、
経済的に成功していったダリのことを
「拝金主義者め」だなんて言ったのかなあ。
- 久納
- そういう作品を、このあとに出てくる
写真家のハルスマンと撮ってます。
批判や揶揄を逆手に取った写真‥‥
つまり
ドル札に溺れているみたいな作品です。 - 妻のガラの存在も、大きいと思います。
- ──
- というと?
- 久納
- ガラは、年齢がひとまわり上の奥さんで、
もともとダリとは不倫関係だったために、
生真面目な父親の
大反対を押し切って出て行ったんですね。 - そのガラが、
プロデュース力に長けた人だったんです。
- ──
- プロデュース‥‥っていうと。
ダリをプロデュースしていた?
- 久納
- 頭が良くて、緻密で、繊細で、
優れた絵の技術も持っている‥‥という
ダリの資質を活かそうと、
いろいろ指導などもしているんですよね。
- ──
- ガラが、ダリに。
- あのアイコニックなダリのイメージって、
本人の意識だけでなく、
ガラのプロデュースもあったんですかね。
- 久納
- どこまであったかはわかりませんが、
少なくとも
「こういう絵を描くと売れる」とか。
- ──
- なるほど! アドバイス力がすごかった。
「もっとヒゲを立てた方がいいよ」とか。
- 久納
- そこまでは、わからないです(笑)。
- ──
- 初期と比べてヒゲが長くなってるわけで、
ガラが「プロデュース」した可能性も
あるかもですね。
- 久納
- たしか、偉人は必ずヒゲが生やしている、
だからダリも生やしていた‥‥
みたいな話は、聞いたことはあります。
- ──
- そういう部分も含めて、ダリという人は
自分あるいはガラから
「プロデュースされていた」ような面も
あったってことなんだ。へええ‥‥。
- 久納
- アメリカで商業的な成功を収めたことも、
大きくは
自己プロデュースの産物だと思います。 - アメリカで有名になったら、
世界的に認知される可能性も高いですし、
ピカソなんかは、
アメリカで活動していたとしても、
フランスに戻ったりしてますよね。
- ──
- その点ダリは、
長くアメリカで活動していたんですよね。
- 久納
- 1939年には、
ニューヨーク万国博覧会へと参加して
絵画やオブジェ、
音楽とダンスを複合させたパビリオン
「ヴィーナスの夢」を制作してますし、
最晩年こそスペインで活動しましたが、
長きにわたって
アメリカとスペインを行ったり来たりしながら
活躍していました。
- ──
- ちなみにですけど、
あのチュッパチャプスのデザインなんかも
ダリの仕事なんですよね。
- 久納
- 現在のパッケージは
ダリのデザインと少し変わってますが、
そうですね。
- ──
- ガラの手腕もあったんでしょうか。
そういうところにも。
- 久納
- それについては、
スペインのお菓子会社の社長が、
チュッパチャプスのパッケージを依頼しようと
ダリをランチに招待したら、
その場でダリが紙ナプキンに描いた‥‥と
聞いたことがあります。 - でも、ダリが描いた肖像画の
《ジャック・ウォーナー夫人の肖像》は、
富豪の奥さんを描いた作品ですけど、
お金持ちのセレブと関係を築いたりとか、
いい仕事を取ってきたりとか‥‥
ダリの「成功」に関しては、
敏腕マネージャーであるガラのおかげが、
大きかったのはたしかだと思います。
- ──
- そう聞くと「資本主義的」って言ったら
なぜか悪口に聞こえそうですが、
やっぱり現代的な感じのする人ですよね。 - ここ諸橋近代美術館さんの
ミュージアムショップのグッズを見ても、
ダリ関連のものって、
どこか商品として魅力があると思います。
つまりそれって、ダリ本人が
そういう人だったからかもしれないなと。
- 久納
- キャッチーなモチーフが多いんです。
- 蟻だったり、卵だったり、ヒゲだったり、
真っ赤なロブスターだったり。
- ──
- 真っ赤といえば、
真っ赤な唇のソファとかもつくってるし。
- 久納
- 《メイ・ウエストの唇ソファ》ですね。
- あの作品は、
そもそもインスタレーションの一部です。
部屋全体が、メイ・ウエストという
当時のスキャンダラスな
ハリウッド女優さんの顔を模していて、
その唇の部分に、置いたソファなんです。
- ──
- あ、そういうものだったんですか。
- 久納
- 鼻の穴にあたる部分は「暖炉」で、
そこには薪がくべられていて、
それが、まるで鼻毛みたいなんですよね。 - その暖炉の上の壁に、
目のように見える作品をふたつ配置して、
遠くから見ると、
部屋全体が本当に「顔」に見えるんです。
その中の唇部分だけが、
プロダクトとして売られているっていう。
- ──
- いまでも買えるんですか。
- 久納
- はい、たしか、買えるはずですよ。
「DALILIPS」という商品名で、
バルセロナ・デザインというメーカーが
製造販売していたと思います。 - ちなみに、有名な《記憶の固執》の、
あの「グニャッとした時計」については、
キッチンのカマンベールチーズが
溶けている場面から想像したそうですね。
- ──
- おもしろいなあ。
でもやっぱり相性がいい感じはしますね。 - アメリカとか、
消費文化とか、資本主義みたいなものと。
- 久納
- 現代にダリが生きていたら、
炎上系YouTuberになってたかもなんて
みんなで話したこともあります。
- ──
- なるほどー、そんな気がする。
- 久納
- とにかく、ガラのアドバイスであれ、
セルフプロデュースに長けていたことは、
やっぱり事実だったと思います。 - 横尾忠則さんの自伝によると、
かつて横尾さんが
スペイン・カタルーニャのダリの自宅を尋ねた際には、
白い頭髪は乱れ、
ダリのトレードマークのヒゲも
ドジョーのように垂れ下がっていたとか‥‥。
- ──
- ド、ドジョー! つまりカメラの前や公の場では
「ダリになっていた」‥‥と。 - ダリを演じていた‥‥とまで言ったら、
ちがうかもしれないけど、
そう言いたくなる感じはありますよね。
ダリほど顔の有名な芸術家って、
他にあんまりいないような気もするし。
- 久納
- たしかに、みんな知ってる顔ですよね。
- ──
- ダリに匹敵するのは、
ピカソやウォーホルくらいでしょうか。 - とすると、このあとに出てくる
写真家ハルスマンさんの成した功績は、
そうとう大きいですよね。
- 久納
- そうだと思います。
ダリのイメージを世界に広めましたし。
(つづきます)
2024-11-03-SUN
-
今回の取材でくわしく紹介している展覧会
『コレクション・ストーリー
ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
11月10日(日)までの開催。
その後は、来年の春まで冬季休館です。
ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
そしてダリと共同で写真作品をつくった
フィリップ・ハルスマンと、
諸橋近代美術館さんが所蔵する
4つのカテゴリすべてから作品を展示。
ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
数々の彫刻作品は常設展示。
なお、諸橋近代美術館が所蔵している
ダリの油絵作品は、
いま、全国を巡回しているところ。
来年6月まで、
秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
大分県立美術館→横須賀美術館→
広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
諸橋近代美術館のダリが
お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
こちらのページに
くわしい巡回スケジュールがありました。本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
第12回「国立西洋美術館篇」までの
12館ぶんの内容を一冊にまとめた
書籍版『常設展へ行こう!』が、
左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
紹介されているのは、
東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
横浜美術館、アーティゾン美術館、
東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
大原美術館、DIC川村記念美術館、
青森県立美術館、富山県美術館、
ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
本という形になったとき読みやすいよう、
大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
常設展が、ますます楽しくなると思います!
Amazonでのおもとめは、こちらです。