JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第2回 他の芸術家を採点した表!

──
こちらも何かのシリーズの作品ですか?
石澤
はい、全25枚の一連の版画作品で、
『パンタグリュエルのおかしな夢』
という小説をもとにしています。

──
またちょっと、タッチがちがう‥‥。
あ、こっちも別のシリーズの作品なんですね。
『哲学者の錬金術』全10点。
ゴヤの『戦争の惨禍』という版画の連作を
国立西洋美術館で全場面展示していましたが、
版画というのは、
シリーズで表現できる作品の形式なんですね。
石澤
ゴヤも、いろいろとつくっている印象ですね。
こちらは
『サド侯爵の3つの戯曲』全25点から。
さらにこちらは
『カルメン』の場面を描いた作品です。

──
本当にいろんな作品があるんだなあ。
デ・キリコっぽい
未来の荒野みたいな風景の作品もあるし。
石澤
ジョルジョ・デ・キリコの形而上絵画は、
ダリやマグリットなど
シュルレアリスムの画家たちに、
大きな影響を与えていて、
デ・キリコを、シュルレアリスムの始祖と
とらえる見方もあるんです。
ちょっとずつ作風がちがいますが、
このあたり変なカタチの岩みたいな物体は、
よく登場するモチーフですね。
先ほど久納も言っていましたけど、
同一のモチーフを繰り返し描くところが、
ダリの特徴のひとつです。
──
そうみたいですね。
ここへ来る前、ダリと言えばのイメージが
わりとしっかりあっただけに、
こんなにいろんなテイストの絵を
描いていたんだって、びっくりしています。
久納
石澤が修復を担当したダリ作品については、
ダリが10代のとき描いたもので、
当時は、印象派の影響を受けていたんです。
キュビスムの影響が見られる作品もあるし、
ミレーの《晩鐘》など、
アカデミックの作品への敬意もあった人で。
──
幅広い! グニャ〜っとした時計の人、
というような印象ばかりでしたが、へええ。
久納
抽象芸術家への評価は辛いんですが(笑)。
──
あ、そうなんですか。
久納
はい、画家の採点表があるんです。
ダリが、レオナルド・ダ・ヴィンチから
ラファエロ、フェルメール、アングル、
ベラスケス、マネ、ピカソなどの
芸術家を自分なりに採点した表があって。
『天才の日記』という本に載っています。
「ダリ的分析に基づく諸価値比較一覧表」
というものなんですけど。
──
つまり、昔の歴史上の人物から、
ダリとほとんど同時代の作家までを採点。
石澤
技術や色彩、主題、構成などの項目別に
点数をつけているんですが、
モンドリアンは、ほとんど0点なんです。
──
えっ! 
ぼくは《ブロードウェイ・ブギウギ》が、
とても好きなんですが‥‥作品名含めて。
石澤
フェルメールは高評価でした。
たしか、ラファエロも。
──
そのあたりは納得ですが‥‥
えええ、モンドリアン‥‥元気を出して。
ちなみに
こちらの大きな作品は『孔雀』ですかね。
石澤
ダリの版画をもとにしたタペストリーで、
『神話』シリーズの中の
《アルゴス(孔雀)》という作品ですね。
──
タペストリーということは、つまり織物。
版画の作品を糸で表現している、と。
石澤
非常に細かい仕事です。
もちろん織ったのは職人さんですけれど。
──
近くでまじまじ見ると凄みさえ感じます。
まるで絵みたいだし。
群馬県立近代美術館が
ピカソの《ゲルニカ》のタペストリーを
所蔵してるんです。
本物と同じサイズでかなり大きいですが、
たまにしか出ないんです。
この作品は、けっこう出ているんですか。
石澤
この作品も、あまり長期間は出せません。
光もそんなに当てられないですし。
ごらんのように一壁を占めてしまうので、
そもそも当館の規模では
なかなか展示する機会のない作品ですね。
こちらは、ダンテの『神曲』のシリーズ。

──
おお、かの有名な。
「天国篇」とか「地獄篇」とか「煉獄篇」とか。
石澤
はい、物語の中の場面を、
ダリ的に解釈して描いた作品の版画です。
イタリア政府が
ダンテの「生誕700年」を記念して、
『神曲』の出版物を制作しようと
ダリに依頼した「挿絵の仕事」なんです。
──
あ、そうなんですか。
石澤
でも、出版計画は頓挫してしまうんです。
「ダンテ生誕700年の記念すべき出版物を、
なぜスペイン人に頼むんだ」
というイタリア世論の反発があって。
その後、ジョゼフ・フォレという
フランスの出版社が計画を引き継ぎます。
ダリの描いた水彩画をもとに
「地獄篇」「煉獄篇」「天国編」という
『神曲』三部作の版画作品集が、
数千部限定で、出版されたそうなんです。
──
おおー、よかった。
そのときに出版された版画集が、これ。
ちなみにですけど、
ダリとピカソって同じスペイン人ですが、
ふたりの間に交流はあったんでしょうか。
石澤
はい、ありました。
──
ピカソにも「シュルレアリスム期」って
ありますけど、あれも、
ダリやブルトンたちと関係あるんですか。
久納
ピカソは、いわゆるシュルレアリスムの
グループの一員ではありません。
ただ、ダリとピカソの交流はあったんです。
たしか、1930年代に渡米するときに、
お金を出してもらってたりするんですよ。
──
ダリが? ピカソに?
久納
そうなんです。
また、
『マルドロールの歌』という詩に寄せた
版画集の仕事を、
ピカソから譲ってもらったりしています。
──
へえ、同じスペインの後輩として、
かわいがられていたんでしょうか。
ピカソのほうが年齢が上‥‥でしたよね。
久納
そうですね。
ただ、お金を出してもらってはいるけど、
仲のいい師弟関係、
みたいな感じではなくて、
さっきの「評価表」でも
ちょっと微妙なんですよ、ピカソの評価。
──
そうなんですか(笑)。
久納
はい。別にひどいわけじゃないんだけど、
とりわけいいわけでもない。
少なくとも「ダリ」よりは低評価でした。
──
自分より下。お金を出してもらったのに。
でもそう聞くと、その評価表は、
かえって信頼に足るような気もしますね。
久納
ライバル視はしていたようです。
──
ダリが、ピカソを。おもしろいなあ。
ちなみに、ダンテの『神曲』なんていう
有名な作品をモチーフに描く場合も、
そこに、ダリっぽさを感じたりしますか。
石澤
ダリの要素がふんだんに。
──
ふんだんに。
石澤
はい、グニャッとした何かだったりとか、
あるいは「蟻」だったりとか。

──
あー、「蟻」もダリと言えばのモチーフ、
なんですよね、たしか。
石澤
ダリにとっての「死の象徴」です。
幼少期の体験に、さかのぼるようですね。
たしか‥‥拾ってきた蝙蝠を
バケツに入れて飼おうとしてたんですが、
翌日に見たら、
その蝙蝠がすでに死んでしまっていて、
そこに、
たくさんの蟻が群がっていた‥‥という。
──
わ、トラウマ級ですね、その光景は‥‥。
でも、それ以来、ダリにとって「蟻」は、
「死の象徴」になった、と。
この作品とかも、何だかすごいですよね。
巨人の頭部みたいな人の口から
人の足が出てる。
ゴヤの衝撃的すぎる絵
《我が子を食らうサトゥルヌス》
みたいだなと一瞬思ったけど、
脳天に、お魚みたいなのが刺さってるし。
石澤
大きな人に食べられているちいさい人と
ベロとのダブルイメージ、みたいですね。
──
ブルトンは「溶ける魚」って書いたけど、
さしずめ「刺さる魚」ですね。
これも『神曲』のどこかの場面を、
ダリが、このように解釈した結果ですか。
石澤
そうですね。自分の作風とかモチーフを
混ぜ込んで表現しているんです。
それと、ダリにおける重要なモチーフに
「引き出し」があります。
──
あ、引き出し! 知ってます!
人間が引き出しになってたりしますよね。
石澤
また「松葉杖」なども、
よく出てくる大事なモチーフとなります。
こちらの立体作品は《ベアトリーチェ》。
つまり、『神曲』に出てくる人物ですね。
──
ダリって、何年まで生きた人なんですか。
石澤
1904年に生まれ、
1989年に亡くなりました。
──
こちらの創立が1999年だから、
この美術館に
自分の作品がいっぱいあるということは。
石澤
ダリ本人は知らないです。
──
日本という国の、
森の中の池のほとりみたいなところに、
自分の作品がいっぱいあると知ったら、
どういう気持ちになるのかなあ。
石澤
本当ですね。
廷蔵との交流もありませんでしたから、
知っていたら、どう思ったでしょうね。

(つづきます)

2024-11-02-SAT

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  • 今回の取材でくわしく紹介している展覧会
    『コレクション・ストーリー
    ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
    11月10日(日)までの開催。
    その後は、来年の春まで冬季休館です。
    ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
    英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
    そしてダリと共同で写真作品をつくった
    フィリップ・ハルスマンと、
    諸橋近代美術館さんが所蔵する
    4つのカテゴリすべてから作品を展示。
    ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
    数々の彫刻作品は常設展示。
    なお、諸橋近代美術館が所蔵している
    ダリの油絵作品は、
    いま、全国を巡回しているところ。
    来年6月まで、
    秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
    大分県立美術館→横須賀美術館→
    広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
    諸橋近代美術館のダリが
    お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
    こちらのページ
    くわしい巡回スケジュールがありました。

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇