さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第4回 ユディトと、サロメ。

──
基本的なことを知らなかったのですが、
松方コレクションが返還されたときって、
すべて「近代」の作品だったんですね。
いや、こちらの常設展では、
古い時代の絵も、たくさん見ていたので、
昔の絵もあったんだと思ってました。
新藤
ええ、簡単に説明しますと、フランス政府から
寄贈返還されたコレクションは、
基本的に近代の作品ばかりでした。
それも、ほぼすべてがフランスの近代美術です。
でもじつは、こちらの作品なんかも、
松方が購入していたもの。
クリヴェッリというイタリアの画家です。
1963年に購入されているんですが、
旧松方コレクションといって、
もともと松方の所蔵品だったということで、
1960年から当館に寄託されていたんです。
──
このコーナーで見ることが多い絵ですね。
クリヴェッリ。

カルロ・クリヴェッリ《聖アウグスティヌス》旧松方コレクション カルロ・クリヴェッリ《聖アウグスティヌス》旧松方コレクション

新藤
15世紀のルネサンスの画家で、
つまり古い時代の作品も
松方は集めていたんです。
ただ、1963年の収蔵の時点では、
オールドマスターとしては、
この絵画やその他の旧松方の寄託作品だけが
ポツンとある感じだったんですけれども、
先ほど話した第2代館長の山田智三郎が、
1968年に、こちらの絵を買います。
──
ああ、さっきのクラーナハの。
新藤
そうです、《ゲッセマネの祈り》ですね。
出張中にヨーロッパで見つけて、
この絵がほしい‥‥ということになったようで。
残された資料を見ると、
山田はこのクラーナハの絵画に
あきらかに並々ならぬ情熱をもって、
みずから購入業務を主導したことがわかります。
それと並行して、
あと2点、古い時代の絵が買われたんです。
つまり、1968年度に
合計3点のオールドマスターの作品が加わって、
そこから、古い時代の絵が、
徐々に増えてゆくことになります。
──
なるほど。いまは出ていないようですが、
ここのコーナーでは、
ドラゴンを踏んづけているような作品が、
よくかかってると思うんです。
あれも、いかにも古そうな絵ですけれど。
新藤
そうですそうです、あの作品も。
《聖ミカエルと龍》という絵ですけれど、
そのときに買ったものです。
14世紀のシエナ派の画家の作品であると
考えられている絵です。

14世紀シエナ派《聖ミカエルと龍》 14世紀シエナ派《聖ミカエルと龍》

──
国立西洋美術館のオールドマスターの
コレクション形成史は、
ここからはじまっている。
新藤
旧松方コレクションの作品を買い集めたり、
寄託していただくことはありましたが、
1968年度以降、
これらの作品が起点となって、
コレクションの幅が広がっていく。
何百年もの時をまたいで、
古い時代のヨーロッパの作品が、
日本の国立美術館に収められていったわけです。
──
コレクションに、厚みが増していった。
新藤
最近で言えば、先ほどの
起点となったクラーナハを買ってから
ちょうど半世紀後の2018年に、
もう1枚、クラーナハを購入したんです。
それが、こちらです。
──
あ、《ユディト》。敵の総大将の首を
掻き切ったユダヤの英雄的な女性。
カラヴァッジョをはじめ、
いろんな画家が描いてる場面ですよね。
新藤
そう、ユディトって、クラーナハにとって
最重要な主題のひとつですが、
この絵は、最小サイズのうちのひとつ。
世界的に見たら、
「ちっちゃいクラーナハしかないよね、
東京の国立西洋美術館は」って
言われてしまうかもしれないんですが、
こんにち入手しうる限りでは、
最上の絵のひとつだろうと思います。
──
ええ、ええ。そうでしょうね。
ずいぶん古い時代の絵ですし。
新藤
2016年にクラーナハ展をやったとき、
ウィーン美術史美術館から、
大きなユディトの絵を借りたんですね。
ウィーン美術史美術館って、
ハプスブルク家のコレクションをベースに
成り立っています。
その大きなユディトの絵って
1530年頃に描かれてから100年以内には
そのハプスブルク家のコレクションに
入ったと考えられているんです。
──
はい。何かもうようするに
「すごい絵」ってことですね。
新藤
つまり、21世紀にもなったいま、
かりに何十億円のお金があったとしても
けっして手に入れることはできない。
──
すでに美術館に収蔵されている絵だから。
超大金持ちが
タイムマシンに乗って行かない限り、
そういった絵は、買うことができないと。
新藤
他方で、この美術館のひとつの使命としては、
そういった超一級の作品でなくても、
現在望みうる最良の作品を集めることで、
西洋美術の展開を
多元的に示してゆくことだと思うんです。
ですから、クラーナハならクラーナハ、
その画家にとって
特徴的な要素を有する作品をなんとか探してゆく、
そうやって
コレクションを豊かに拡げていくことが、
重要だと思っています。

ルカス・クラーナハ (父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》 ルカス・クラーナハ (父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》

──
同じ人の描いた絵が、
それぞれまったく別々の旅路を歩んできて、
何百年も経ったあとに、
この空間で出会う‥‥ってすごいことです。
新藤
まさに。クラーナハに限らず、
当時の画家たちは、
まさか日本に自分の絵が‥‥という以前に、
日本という地を知らなかったはず。
そういう作家たちの作品が、
時間と空間を超えて集うのが美術館です。
たしかにル・コルビュジエは、
19世紀以降の美術が並ぶさまを想定して
設計したかもしれませんが、
旧松方コレクションのような、
松方自身が集めていた古い時代の絵に、
当館の諸先輩方が探しあてた古い絵、
そこへ、現在のわたしたちが追加していく
さまざまな作品によって、
欠けているピースを補いながら、
複雑かつ多様にからみながら展開してきた
西洋の芸術の歴史をどう描くことができるか。
──
はい。
新藤
コロナ禍の真っ最中に、ほぼ日さんは
この常設展示の取材連載をスタートされたって
おっしゃっていましたが、
たとえ海外の美術館へ行けなくとも、
上野では一応は、
西洋の歴史的な画家たちの作品を見ることができる。
そのうえで、国外の美術館で、もっとたくさんの
芸術に触れたいと思っていただけたなら。
そういう状況をつくってゆくということが、
ひとつ、われわれにとっての
重要なミッションなのかなと思っています。
──
ちなみに「ユディト」に似ているテーマで、
「サロメ」という絵もありますよね。
新藤
そうですね。似ていますが、別の絵です。
ユディトは、故郷のベトリアという土地が
敵軍に襲われそうになったとき、
ホロフェルネスという敵将を酒に酔わせて、
首を切って倒したという勇敢な女性の話です。
クラーナハは、
そういった「女性の力」と呼ばれるテーマを
たくさん描いた画家なんです。
──
女性が男性の首を切る‥‥という点が、
まったく同じですよね。
銀のお盆に、首を乗せているのが‥‥。
新藤
そっちが、サロメです。
古代パレスチナの領主・ヘロデ王の娘で、
ある祝宴の際、
みごとな踊りを見せたご褒美として
なんでも好きなものを与えようと
王から言われて、
洗礼者ヨハネの首を所望したというお話。
──
そうなんですね! ちがう話だったんだ。
たしかオルセー美術館で見た
ギュスターブ・モローの《出現》って絵、
あれ、首が宙に浮いてますけど、
あっちはたしか、サロメのほうですよね。
新藤
ええ、そうです。クラーナハなんかは、
サロメの絵もいくつも描いているんです。
クラーナハの場合、サロメとユディトを、
コンポジション、つまり構図上でもあえて
似せて描いていますので、
ややもすると混同してしまいがちですが。
──
別の絵だったんですね‥‥。
新藤
そうなんです。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ》 ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ》

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-12-SAT

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  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇