さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。
- ──
- このあたりは、ルネサンスの絵画ですかね。
- 新藤
- ええ、14世紀、15世紀とお考えください。
こちらの壁がイタリアで、
反対側の壁が「北方」と呼ばれる地域です。 - ルネサンス前後の西洋美術史では、
アルプス山脈によって隔てられた
「南」と「北」との区分が、
非常に重要になってくるんです。
- ──
- 南のイタリアでは「ルネサンス」ですよね。
- 新藤
- はい、簡単に言えば、
古代ギリシア・ローマの文化的記憶を
再生しようという運動がルネサンスですが、
それを後追いするようなかたちで、
アルプスの北側で、北方ルネサンスや
ドイツ・ルネサンスと呼ばれる動きが起こる。 - さっきのクラーナハなども、北方ルネサンス、
ドイツ・ルネサンスを体現する画家です。
- ──
- ヤン・ファン・エイクとかも、でしたっけ。
《アルノルフィーニ夫妻の肖像》を描いた。
- 新藤
- はい、「北方ルネサンス」という概念自体が、
とても問題含みなのですが、
ヤン・ファン・エイクらの作品は
「初期ネーデルラント絵画」と呼ばれます。
イタリアのルネサンスとはまた少し異なる、
刷新的な芸術運動なんですが、
ともあれ、アルプス山脈を挟んだ南と北の
美術の交流や接点、もしくはちがいへの理解が、
この時期の西洋美術を考えるうえで、
とても重要になってきます。
- ──
- なるほど。北方については
何となく名前を知ってるくらいだったので、
ちょっと勉強してみます。
- 新藤
- こちらのアンドレア・デル・サルトは、
フィレンツェの
盛期ルネサンスを代表する画家です。
《聖母子》ということで、
聖母マリアとキリストを描いています。
幼いキリストの筋肉質な身体は、
当時の彫刻的表現と共通しています。 - で‥‥この絵がまた、おもしろくて。
- ──
- はい、見るたびにハッとする絵ですけど、
おもしろい‥‥とおっしゃいますと。
- 新藤
- はい、向かって右側のキリスト像は
1980年度に購入しているんですが、
マリアを描いた左側の絵は、
だいぶあとの2007年度に購入したんです。
- ──
- 右と左で、30年近くの隔たりが。
- 新藤
- この作品って、
もともとディーリック・バウツという
現在のベルギーで主に活動した画家が描いた原作の、
いわば「コピー」なんですね。 - これに類する作品が、
ルーヴル美術館にも、シカゴ美術館にも、
ロンドンのナショナル・ギャラリーにも、
もう何十枚と存在するんです。
キリストの「受難」の痛みと、
それに対するマリアの「悲しみ」を描いた
両方とも祈念像と呼ばれる形式の絵画なんですが、
この「対」が、
20世紀にバラバラになっていたんですね。
- ──
- それで、キリスト側だけ先に、こちらに。
- 新藤
- そうなんです。
でも、あるときに、あるところから
「これ、おたくの美術館のあのキリストの、
対のマリアじゃないですか?」
ってお話が来て、購入に至ったんです。 - わたしが美術館に入ってすぐのころでしたが、
当時の上司に、
「もともと一緒だったんだから、
並べて展示するんじゃなく、
蝶番でもともとのようにつなぎませんか?」
と提案し、いろいろ相談してこうなりました。
- ──
- おお、すばらしい。
- でも、そんなに何十枚も同じ絵があるのに、
よく「対」だとわかりましたね、その人。
- 新藤
- 裏に書かれた銘文を調べると
同じスペインの修道院にあったことがわかり、
様式も共通していたので
「対である」ことはあきらかでした。
- ──
- でも、いつか何かの理由でバラバラになって、
別々の場所で、長らく保管されていた。 - それがここで出会って、ふたたび、ひとつに。
すごいことですね‥‥!
- 新藤
- そういうことが起こるのが、美術館ですよね。
- さっきも同じような話をしましたけど、
配達先の異なる手紙が、
なぜだか日本の東京・上野で出会ったみたいな。
さて、このあたりからはマニエリスム、
バロックという時代へと、入ってきます。
- ──
- 目を引く絵ですね。《聖ドミニクス》。
かっこいい作品だなあ。
- 新藤
- フランシスコ・デ・スルバランという画家で、
スペイン・バロックの巨匠です。 - 非常に重要です。2019年に収蔵されました。
- ──
- ちなみに
このカルロ・ドルチの《悲しみの聖母》の青、
すばらしい青ですけど、
これって、めっちゃ「高い青」なんですよね。
- 新藤
- はい(笑)、ラピスラズリですね。
実際、かなり高価な顔料でしたね。
- ──
- ラピスラズリばっかり使ったフェルメールは、
借金をたくさんつくっちゃったそうで。
- 新藤
- 明と暗をはっきりさせた表現が、
典型的なバロック絵画の在り方です。 - こちらは、ルーベンス。
- ──
- はい、赤ちゃんふたり。記憶に残る作品です。
- 新藤
- ルーベンスって、この赤ちゃんふたりの顔を、
ほぼこのまま、
宗教画で天使の顔にして使っているんですね。 - ほんとうに、この表情を活かしています。
かなりぴったり当てはまる。
お兄さんの子どもだったと言われていますが、
ルーベンスは、そうやってひとつの絵を、
他の作品に転用するということもやっていた。
隣は、アンソニー・ヴァン・ダイクの肖像画。
- ──
- こういう巨大な全身肖像画を見ると、
国立西洋美術館の常設に来たな、
という満足感に満たされます。
- 新藤
- ああ、ありがとうございます(笑)。
たしかに、当館ならではの作品かもしれない。
全身肖像画はそれ以前にもありましたが、
17世紀くらいから、
たとえば「静物画」が出てきます。 - それまでは、
登場人物をとりまく物語を描いた絵のほうが
重要だったわけですが、
物語画の付随的な存在に過ぎなかった
植物や花、本や楽器などが、
それだけで絵になる時代になってくるんです。
宗教性や物語性を後退させて、
モノだけを見せる作品が出てくるんですね。
- ──
- でも、ただの「モノ」じゃない。
- 新藤
- たいていメッセージが込められていますね。
- この作品などは「ヴァニタス」と言って
17世紀の静物画の典型的な主題。
「死を忘れるな(メメント・モリ)」
という言葉がありますが、
「儚さ」を暗示するモノばかりなんです。
頭蓋骨、火の消えた蝋燭、砂時計、
壊れやすいガラス‥‥
楽器は笛ですが、
音というのもすぐ消えてしまうものですよね。
- ──
- いろんなモノで「儚さ」を暗示している。
- 新藤
- ヴァニタス画を得意としていた、
エドワールト・コリールという作家の絵です。
- ──
- 現代の人‥‥少なくとも自分は
説明されないとわからなかったんですけれど、
当時の人たちって、
この作品を見て「死を想った」わけですかね。
- 新藤
- そういう知識を持っていた人が
見ていたと思います。
次の作品は「ブリューゲル」です。
- ──
- はい、いろいろ(父)と(子)がいる‥‥。
- 新藤
- そう、この絵の作者はヤン・ブリューゲルで、
ピーテル・ブリューゲル(父)という、
たくさん存在する「ブリューゲル」のなかで、
もっとも有名な作家の息子の作品です。 - ただ「ヤン・ブリューゲル」にも
「父」と「子」がいて、
この森林風景は
ヤン・ブリューゲル(父)が描いたものです。
- ──
- ややこしいなあ(笑)。
- 新藤
- じつに豊かな風景画ですが、
きちんとアブラハムとイサクの物語が、
描かれています。ちいさく。 - あくまで「ちいさく」描かれていて、
森林風景のほうが主役になっているともいえます。
いわば、宗教的モチーフは
風景表現をおこなうための「口実」として
描かれているようにも見える。
このような表現が、
16世紀くらいから徐々に見られはじめます。
そして17世紀のオランダにいたると、
風景画がひとつのジャンルとして成立する、
と一般的には言えます。
- ──
- 風景画の誕生。
- 当時のオランダはめちゃくちゃ景気がよくて、
市民社会が発達していて
宗教画や物語画以外の絵‥‥
たとえばフェルメールの室内画みたいな絵も
どんどん描かれて売れていったと、
そういうような説明を、よく聞くんですけど。
- 新藤
- 王侯貴族とはちがう、
市民の価値観というものがうまれたんですよね。 - このヤーコプ・ファン・ロイスダールの絵では、
ちいさく羊飼いが描かれてはいますが、
風景そのものが対象にされていますよね。
- ──
- いまの感覚でいうと、風景画や風景写真って
ふつうに撮ったり描いたりしますけど、
この時代は、それが「新しかった」んですか。
- 新藤
- それまでは
伝統的なキリスト教の価値観のなかで、
宗教的なモチーフを描く‥‥ということが、
西洋の絵画のスタンダードでしたから。 - でも、
プロテスタンティズムの台頭とも関係しますが、
新たな市民の価値観が育ってきたことにより、
宗教主題から解放された風景画や、
ひとびとの生活の場面を描いた風俗画などが
絵の主題になっていったわけです。
同じ17世紀に、
フランスにはクロード・ロランのような
繊細に大気の移ろいをとらえつつ、
理想風景をつきつめる画家もいました。
(つづきます)
※作品の保存・貸出等の状況により、
展示作品は変更となる場合がございます。
2023-08-13-SUN
-
2016年、世界遺産に指定された
ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
この「常設展へ行こう!」の連載が
はじまる直前、地下にある
企画展示館の屋上防水更新の機会に、
創建当初の姿へ近づけるための
リニューアル工事がはじまったのですが、
その一部始終を描いた
ドキュメンタリー映画が公開中です。
で、これがですね、おもしろかった。
ふだんは、見上げるように鑑賞している
巨大な全身肖像画‥‥たとえば
スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
展示室の壁から外されて、
慎重に寝かされて、
美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
ふつう見られないわけです。
それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
もっと言えば「非常事態」です。
見てて、めちゃくちゃドキドキします。
重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
見応えたっぷりで、
歴史的な名画を描いたり、
彫刻をつくったりする人もすごいけど、
それを保存したり修復したり
移動したり展示する人も同じくすごい!
全体に「人間ってすごい」と思わせる、
そんなドキュメンタリーでした。
詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
また、その国立西洋美術館の
現在開催中の企画展は、
「スペインのイメージ:
版画を通じて写し伝わるすがた」です。
展覧会のリリースによると
「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
巨匠たちの仕事を含んだ
スペイン版画の系譜をたどることに加え、
ドラクロワやマネなど
19世紀の英仏で制作された
スペイン趣味の作品を多数紹介します」
とのこと。まだ見に行ってないのですが、
こちらも、じつにおもしろそう。
常設展ともども、夏やすみにぜひです。