さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第6回 ふたりの女性作家。

新藤
このあたりはロココと呼ばれる時代の絵画です。
18世紀フランスの宮廷文化を背景にした
優美な世界が描かれているものが多いです。
いっぽう、
マリー゠ガブリエル・カペという女性画家は
主にフランス革命期に活動したアーティストで、
この作品は自画像ですが、
右手にチョークを持っていますよね。
──
ええ。
新藤
鏡に映る自分の姿を表わすのであれば、
左手にチョークを持ってないとおかしいと
思われるかもしれませんが、
19世紀のある時期までは、こうして
絵のなかの右手に絵筆などを握った自画像を描くのが
一般的でした。
そういう一種の「演出」がふつうだったのですね。

マリー=ガブリエル・カペ《自画像》 マリー=ガブリエル・カペ《自画像》

──
このカペさんの絵のグッズが、
めちゃくちゃ売れると聞いたことが‥‥。
新藤
はい、よく売れますと聞いています(笑)。
17世紀から18世紀には、遺跡をはじめ、
古代の事物に対する画家たちの関心が強まります。
ジョヴァンニ・パオロ・パニーニという画家は、
まさに古代遺跡をたくさん描いた人です。
こちらのユベール・ロベールの絵画は
ローマのさまざまな古代の遺物をコラージュするように、
つまり別々の場所にある彫像や遺構などを
ひとつの画面内に複合的に描いているんです。
パニーニの作品も同様に、
複数の遺物が一枚の絵画のなかで組み合わされています。
「カプリッチョ」といって、
現実と空想が入り混じった絵画ですね。
──
カプリッチョ。1枚の画面のなかに? へええ。
チューブ式の絵の具が発明されたのって
印象派の時代だし、
この時代ってまだ、
屋内で絵を描いていたんでしょうけど。

ユベール・ロベール《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》 ユベール・ロベール《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》

新藤
そうですね、いわば外の現実の光景を
断片的に拾い集めてきて、
それらを事後的に室内で混合したという感じですね。
さて、ここでつぎの
「コレクション・イン・フォーカス」を
担当の浅野に解説してもらいます。
浅野
はい、よろしくお願いいたします。
──
こちらこそ。よろしくお願いいたします!
ロイヤルアカデミーにおける先駆者たち、
カウフマンとナイト‥‥というテーマ。
浅野
ふたりの女性作家にフォーカスしました。
すでに説明があったかもしれませんけど、
女性作家という存在は、
美術館のなか、
ひいては美術界全体を見渡しても、
圧倒的に少数なんです。
美術という分野では、
ジェンダーのアンバランスが非常に顕著で。
──
はい。これまでに訪れてきた美術館でも、
その問題意識については、
たびたび、おうかがいしています。
浅野
歴史的に見た場合、女性に対しては、
そもそも美術の教育機会や展示の機会が、
かなり制限されていたんです。
ゆえに各館の所蔵作品にも
女性作家の割合が低いという事実がある。
当館も例外ではなく、
女性作家の作品の数は決して多くなくて。
──
いま、カペさんの作品を拝見しましたが、
めずらしいわけですね、つまり。
そして、カウフマンさんとナイトさんは、
ともに女性作家であると。
浅野
はい。カウフマンは新古典主義の作家で、
時代的にも、
女性作家のさきがけと言っていい人です。
美術教育の機会からは排除されていましたが、
画家だったお父さんのもとで
絵画の研鑽を積んだんですね。
幼いころから、すばらしい画才を発揮し、
当時のヨーロッパでは、
非常に名前の知られた画家だったんです。
──
なるほど。
浅野
その実力が認められるかたちで彼女は、
イギリスの王立美術院、
ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの
創立メンバーに選出されます。
もともとスイスの人だったんですけれど、
イギリスで活躍していたので
選ばれたわけですが、
それ以降1世紀以上もの間、
女性が正会員に選出されることはなくて。
──
なんと。
浅野
カウフマンから170年後、
次なる女性の正会員として選ばれたのが、
ローラ・ナイトなんです、
この時空を超えた二作家の結びつきを起点に、
今回こうした展示を企画しました。
──
カウフマンさんの新古典主義っていうと、
ダヴィッドやアングルとかで有名な。
浅野
はい、タイトルからも、
描かれている内容を
お察しいただけるかなとは思うんですが。
──
《パリスを戦場へと誘うヘクトール》。

アンゲリカ・カウフマン《パリスを戦場へと誘うヘクトール》 アンゲリカ・カウフマン《パリスを戦場へと誘うヘクトール》

浅野
トロイア戦争のお話の場面を描いています。
いわゆる歴史画ですが、
こうした人物像を描くときって、
人体の造形を
十分に理解しておく必要があるがために、
ヌードデッサンが欠かせないんです。
でも、女性作家は、当時の倫理観から、
ヌードデッサンの場所へ参加することが、
ゆるされなかったんですね。
──
なるほど、そういう意味でも
美術教育の機会から排除されていた、と。
浅野
なので、画家として大成したいと思っても、
男性作家と肩を並べて
デッサンの技術を学んだり経験を積めなかった。
そこで彼女は自費でヌードモデルを雇って、
自らのアトリエでデッサンをしたんです。
ローラ・ナイトの時代に至っても、
状況は、それほど変わっていませんでした。
教育機会は多少増えたものの、
女子学生が、他の男子学生と一緒の教室で
ヌードモデルを写生する機会は、
まだまだ、ゆるされなかったそうです。
──
そのローラ・ナイトさんのこの絵は‥‥
ボクシングの試合‥‥ですよね?
浅野
そうです。ボクシングです。
女性作家としてはめずらしいんですが、
ローラ・ナイトは、第一次世界大戦中に、
カナダの実業家から
戦争画を描いてほしいと依頼されました。
「戦争のために駐屯している
軍兵士たちのようすを絵に描いてほしい」
ということなんですけれど‥‥。
──
ええ。
浅野
駐留中に、
なかなか描きたい場面に出会えなかったと。
でも、あるとき、
プロボクサーの兵士と知り合ったんです。
その人がトレーニングするようすを見て、
「あ、描きたい」と思ったそうです。
さらには、この絵をきっかけに、
ボクシングそのものに大いに興味を持って、
1930年代まで、
ボクシングという題材を頻繁に描き続けました。
──
この絵だけでなく、たくさん描いていると。
ボクシングの絵というもの自体、
そんなには目にしないような気もしますが。
浅野
そうかもしれません(笑)。
のちにナイトは
アマチュアレスリング・ウェイトトレーニング同好会の
副会長にも就任するほどになります。
──
おお、ボクシングきっかけで?
そこまでのめり込んじゃって!(笑)
浅野
彼女は、他にもサーカスとか、バレエとか、
肉体を使うエンターテインメントに
魅かれていたようで、頻繁に描いていますね。

──
ちなみに、女性作家さんが
ヌードモデルを描けるようになったのって、
いつくらいからなんですか?
浅野
ロイヤル・アカデミーでは、
1890年代に入って、ようやく容認されました。
具体的には、1893年に
陰部周辺をのぞく男性ヌードモデルを
描くことがゆるされています。
つまり「制限つき」だったわけですが。
──
アーティゾンさんでよく見るんですけど、
印象派のなかには、
女性の作家が何人かいらっしゃいますね。
ベルト・モリゾだとか、
アメリカですがメアリー・カサットとか。
新藤
そうですね。
とくにフランス印象派の女性の画家の収集では、
それこそアーティゾンさんには、
うちは、遅れをとっていますね。
はっきりそういわざるをえないと思います。
わたしたちも
これからも継続的に取り組むべき課題です。
もっとも、いま浅野が説明してくれたように、
印象派のはるか以前から、
女性の画家はさまざまに存在したわけです。
──
でも、取り上げられてこなかった。
新藤
女性作家に、どう焦点を当てていくか
ということは、日本だけでなく、
国際的にも美術館の大きな課題となっていますね。
カウフマンは、前館長の馬渕明子さんが、
当館にほとんどない新古典主義の作品で、
かつ女性画家の絵画ということで
強い意思をもって購入したものなんです。
──
国立西洋美術館には、この絵が必要なんだと。
新藤
そうですね。現在の当館に足りないもの、
ジェンダーバランスも含めて、
欠けたピースをどうやって補っていくか。
日々、われわれは、考えてつづけています。

(つづきます)

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-14-MON

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  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇