さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第7回 いよいよ「フランス近代」へ。

新藤
だいたい、このあたり、
新古典主義の時代までが本館の展示です。
年代でいうと、おおよそ18世紀末まで。
19世紀以降の美術は、
開館20周年にあたる1979年に完成した
新館で扱っています。
──
前川國男さんのご事務所が設計された、
新館で。
新藤
はい、ここからは、
新館担当の山枡にバトンタッチします。
──
よろしくお願いいたします。
山枡
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
冒頭からシェフェール、ドラクロワ、
シャセリオー、ドーミエ、ミレー‥‥
と続くわけですけれども、
これらは全員、フランスの画家です。
──
ええ。

ウジェーヌ・ドラクロワ《馬を連れたシリアのアラブ人》旧松方コレクション ウジェーヌ・ドラクロワ《馬を連れたシリアのアラブ人》旧松方コレクション

山枡
西洋における「近代美術」というもの、
それは、これまで
フランスを中心に考えられていました。
結果として、フランスの作家ばかりが
並んでしまっているのですが、
当館では、
この近代美術のフランス中心主義から
意識的に脱却していこうという
収集方針をとりはじめているんですね。
──
なるほど、では今後、
徐々に変わっていくというわけですか。
ちなみにフランス中心主義というのは、
やっぱり、
そこに才能が集まっていたからですか。
山枡
そうですね、フランス国内だけでなく、
国外からも
優れた才能を持った美術家が、
パリへ集まってくるようになりました。
おそらく、そのひとつの理由としては、
当時のフランスには、
他のどの国にもましてしっかりとした
美術のシステムが確立されていたこと。
──
システム。
山枡
重要なのが「アカデミー」という組織。
さまざまな機能を担っていましたが、
まず第一に「教育機関」だったんです。
アカデミーがよしとする美術の理論を、
生徒に徹底的にたたき込んだ。
そして、
もうひとつの重要な機能が「サロン」。
──
はい。みんなが、こぞって
選ばれたいと思っていた展覧会ですね。
山枡
サロンは、日本語では「官展」などと
訳されたりしますが、
フランス革命以前は国が主催、
以降は政府が主催した伝統的な展覧会。
サロンの場で作品を発表することが、
画家や彫刻家として
認められるための第一歩だったんです。
──
印象派の歴史の本を読んだりすると、
何年には
誰々は選ばれたけれど誰々は落選した、
なんて細かく書かれてますよね。
印象派の人たちが「反旗」を翻したり、
印象派の兄貴みたいなマネは
それでも固執したり、
いろんな意味で、
大きな存在だったんだろうと思います。
山枡
ある時期までは、一般に向けた
作品発表の最大かつ唯一の場所でした。
そのサロンに展示する機会を、
アカデミーが
完全にコントロールしていたんですね。
教育から、展示の機会から、
すべてがアカデミーに左右されていた。
良くも悪くも
強大な影響力を持っていたからこそ、
他のどの国にもまして、
フランスで、美術が発展していったと。

──
アカデミーの制度って、
だいたいいつくらいに整ったんですか。
山枡
17世紀です。
──
そのころはまだ
ルーヴル美術館もない時代ですよね。
山枡
はい、ありません。
ルーヴル美術館は
フランス王室のコレクションをもとに
18世紀に開館しました。
フランス王室のコレクションのなかで、
たとえば、イタリアの
オールドマスターなどが模範とされ、
アカデミーで
理論が築かれていったということです。
──
理論。
山枡
たとえば、ジャンル間のヒエラルキー。
そこには厳然たる階層がありました。
最上位には「歴史画」と呼ばれる絵画。
カウフマンの作品を見ましたが、
神話や聖書の物語を描いたもの。
次に、人間を描いたもの。次に動物。
いちばん下に静物画つまり、
生命を持たない存在を描いた絵画作品。
──
モノの絵が、いちばん下。
山枡
フランス語では「nature morte」と
言われています。
つまりは「死んだ自然」ということで、
生きてないものを描いた絵が、
最下層に位置づけられていたんですね。
しかしながら19世紀‥‥ようするに
フランス革命以降になると、
徐々に、アカデミーは弱体化していく。
──
なるほど。
山枡
旧態依然としたアカデミーに対抗して、
画家たちが反発したんです。
自分たちは
アカデミーのよしとする作品ではない、
新しい芸術をつくっていくんだ‥‥と。
──
そんな下剋上的な動きが、
のちの印象派にまでつながっていく。
山枡
当時の新しい芸術を求める空気のなか、
画家たちは、たとえば、
17世紀のオランダ美術や
スペイン美術を着想元にしていました。
この作品を描いたボンヴァンですとか、
ファンタン=ラトゥールなども、
オランダの静物画を意識していますね。

アンリ・ファンタン=ラトゥール《花と果物、ワイン容れのある静物》 アンリ・ファンタン=ラトゥール《花と果物、ワイン容れのある静物》

──
ああ、この人の花の絵は好きなんです。
ファンタン=ラトゥールさん。
バラの品種名にも、なっていますよね。
でもなんか、わざわざ
ヒエラルキー下層の絵を描く動機って、
やっぱり
価値観が多様化してたってことですか。
サロンをはじめ、
既成の序列なんてどうでもいいやとか。
山枡
はい。そこには、売れるものを描こう‥‥
といった経済的動機もあったはずです。
──
あー、なるほど。
山枡
市民社会の発達した17世紀オランダで
静物画が描かれたのと同じような動機です。
──
つまり絵画の顧客が一般市民になると、
自宅に巨大な歴史画なんて飾らない。
そんなんじゃなくて、
花とか動物とか、
手ごろな大きさの身近な主題がいいと。
ああ、クールベですね。
この人もひとクセありそうで好きです。
山枡
クールベは、1850年代くらいまでは
一般民衆の姿を率直に‥‥
ときにみにくいほど率直に描いて
物議を醸していたんですが、
60年代になると、
動物や風景の絵を描きはじめて人気が出ます。
──
あ、人気が出た。
山枡
そのために、クールベの動物の絵って
経済的な理由で描かれたものだと
思われがちなんですが
じつは、必ずしもそんなことはなくて。
王侯貴族が、たくさんの猟犬を使って、
大掛かりに行っていた「狩猟」を、
儀礼的に描かず、
こんなふうに、
暮らしのいち場面として描くことで、
換骨奪胎していたと考えられるんです。
──
オルセーにある《オルナンの埋葬》は
名もなき庶民のお葬式を
威厳に満ちた感じで描いた巨大な絵で、
当時「なんでわざわざ」みたいな
物議を醸したそうですけど、
そこへ連なるスピリットを感じますね。
山枡
当時、狩猟をすることの権利は、
階級闘争のひとつの争点になっていました。
クールベ自身は
地方の余裕ある地主の息子で、
自由に狩猟をすることができる
恵まれた立場にあったと言えるんです。
ですから、
挑戦的なテーマだったとは思いますが、
他方で
動物は親しみやすい画題ではあるので、
一般からの人気は高まったんですね。

──
たしか石を割っている労働者の作品が
あったじゃないですか、燃えちゃったやつ。
山枡
ええ、かつてドレスデンにあったんですが、
第二次大戦で焼失してしまいましたね。
──
あの作品のこともあって、クールベって
貧しい人の味方みたいなイメージでしたが、
本人は貧しいわけじゃなかったんですね。
山枡
当時から
そのようなイメージを持たれていましたが、
けっして貧しくはありませんでした。
この狩猟の絵は、動物を罠にかけて、
長い間、動物を苦しめる形式の猟ですよね。
動物に対する敬意を欠いたようなシーンを、
絵画の画題にすること自体、
クールベ的であるというような気がします。
──
それに対する批判めいた気持ちが、あった。
山枡
どうでしょう、
そこまで断定することはできませんけれど、
個人的には
あったかもしれないとは思います。

ギュスターヴ・クールベ《罠にかかった狐》松方コレクション ギュスターヴ・クールベ《罠にかかった狐》松方コレクション

(つづきます)

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-15-TUE

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  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇