さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第8回 ルノワール、ドガ、モリゾ。

──
あ、この絵はコローの有名な作品ですよね。
《ナポリの浜の思い出》っていうんだ。

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《ナポリの浜の思い出》 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《ナポリの浜の思い出》

山枡
ええ、当館のハイライトのひとつです。
このルノワールなども、初期の代表作。
大戦後の
松方コレクションの返還交渉のさいに、
争点になった作品のひとつです。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》松方コレクション ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》松方コレクション

──
つまり「返す返さない」で?
山枡
ええ、オルセーにある
ゴッホの《アルルの寝室》をはじめ、
フランス側が返還できないと主張した作品が
いくつかあったのですが、
この作品は、返したくないフランスに対して、
日本側の交渉の甲斐あって、
いま、こうやってここで見ることができます。
──
こっちは返ってきたけど。ゴッホは‥‥。
山枡
返ってきませんでした。
この作品も、フランスが固執しただけあって、
本当にすばらしい作品。
ルノワールの初期の様式をよく示しています。
──
初期の様式‥‥と言いますと。
山枡
この作品は、1872年に制作されたのですが、
ルノワールという人は、
後年になるにつれ評価も定まって、
多作になっていくんです。
だから、1890年代以降の作品は、
日本でもたくさんの美術館に所蔵されていますが、
70年代前半の作品で
しかもこれだけの大作というのは、
国内では、ちょっと見ることができません。
──
そうだったんですか‥‥貴重!
山枡
ルノワールは、この作品で
1872年のサロンに出品したんですけれども、
落選しているんですね。
主題自体は、ルーヴル美術館にある
ドラクロワの《アルジェの女たち》という絵を
参考にしてはいるんですが、
真ん中の女性が、どう見たって
アルジェリアの人ではないんですよね。
フランス人なんです。
実際には、当時のルノワールの恋人だった
フランス人女性をモデルに、描いているんです。
──
おおお、なるほど。
山枡
このころはまだ、ルノワールは
アルジェリアに行ったことがないですし、
パリの一室に、こういった
異国ふうの装飾や小道具やらを敷き詰めて、
アルジェふうに仕立てて描いた。
で、当時のパリの人たちにとっては、
おそらくそのことが
官能性とあいまって「下品」に写ったんですね。
たとえば、画家のシニャックは、
この絵のことを
まるで売春宿のようだと言っています。
──
人々をざわつかせるような絵だったわけですね。
山枡
ええ、ルノワール本人が
それを意図したかどうかは別として。
もうひとつ落選した要因を挙げるとすれば、
この様式の大胆さ、です。
ぜひ近くでごらんいただきたいんですけれども、
非常に色彩豊かで、
自由な筆触で描かれています。
1870年くらいまでのルノワールって、
クールベ風の、
しっかりと堅固な肉体を描いているんですけど、
このころになると、
見るからに柔らかいタッチに変化します。
中央の女性が身に着けている、
ほのかに肌を透かす衣服の表現なんかも、
いかにも軽やかに描かれていると思いませんか。
──
ピカソも描いてますよね。このモチーフ。
山枡
そうですね、ドラクロワの作品をもとにして。
過去の巨匠の作品をオマージュして、
いくつも連作で描くのが、
後年のピカソの、ひとつのスタイルでしたから。
次のマネも、松方コレクションです。
先ほど当館のヴァン・ダイクの作品の前で、
このように大きな全身像の肖像画を
「西洋美術館らしい」
というふうにおっしゃってくださいましたが。
──
ええ、なんとなくですけど。はい。
山枡
この作品も同じくらいの大きさで、
同じ全身肖像画ですが、表現はまったく違う。
──
ほんとですね。

エドゥアール・マネ《ブラン氏の肖像》松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション) エドゥアール・マネ《ブラン氏の肖像》松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション)

山枡
マネという画家は、
一般的な美術史の流れから言いますと、
印象派の前‥‥
クールベのレアリスムと印象派の中間に
位置づけられる作家なんです。
ポストレアリスムと言われることもあります。
この作品が描かれたのは1879年で、
つまり印象派以降の作品。
印象派の外光表現をはじめ新しい描きかたも
自分の作品に取り入れて、
新たな様式を模索していたころに描いたもの。
──
あの、マネって、
印象派の兄貴みたいなイメージなんですけど。
山枡
そうですね。はい。
──
印象派展には参加してないんですよね。
山枡
そうですね。
サロンでの成功に、あくまでこだわりました。
──
印象派の面々には慕われていたけど
自分はサロンで勝負するんだ‥‥と。
山枡
そうですね。この作品に描かれているのは、
ブランさんという人で、
お洒落な服装が、
いかにも裕福なブルジョワ階級という感じです。
じつは、ブランさんご本人には、
同じ構図のもっとちいさな作品を渡してます。
これはマネのアトリエにあったのを、
後年ドガが手に入れて、所蔵していたものです。
──
へえ~、ドガさんちにあったんだ。
山枡
はい。でも、ドガも自分の家を飾るために
持っていたわけではなくて、
彼は、自分のコレクションをもとに
美術館をつくろうとしていました。
つまり、すでに、個人のおうちに
大きな肖像画を飾る時代ではなくなりつつあったので、
描かれた本人には
ちっちゃい肖像画をあげているんですね。
でも、マネ自身はこの大きなほうを持っていた。
それはやっぱり、
大画面の、全身像の肖像画という伝統的な形式で
現代的な人物を描くという、
マネのひとつの挑戦だったんだと思います。
──
そういう気持ちが込められていたんですね。
山枡
その横に並べているのが、ドガの作品です。
これは2016年に購入したのですが、
それまで当館には、ドガの油彩がなかった。
誰もが知る印象派の重要な作家ですけれど。
そうやって、足りない部分、
欠けているピースを継続的に補っています。
──
このドガは、どういったドガなんですか?
山枡
バレエの踊り子を描いた作品のひとつです。
ご存じのように
バレエはドガにとって最も大切な主題です。
踊り子が3人、描かれていますが、
ここにシルクハットを被った男性がひとり。
──
いますね。
山枡
当時、富裕な男性が、お金を払って
踊り子と私的な関係を持つ、ということが、
オペラ座などでは行われていました。
そういった関係性も想像させる作品ですね。

エドガー・ドガ《舞台袖の3人の踊り子》 エドガー・ドガ《舞台袖の3人の踊り子》

──
ドガの絵のなかには、
端のほうにちょいちょい出てきますもんね、
身なりの良さそうな男性が。
なるほど。で、ベルト・モリゾさん、
山枡
はい。これは、2017年に購入したものです。
先ほど新藤の話にもありましたが、
当館には、印象派の女性画家の描いた油彩が
一点もなかった。
このモリゾが、最初の一点になりました。
──
マネの絵の中にも出てくる、モリゾさん。
きれいな格好をした女性を描く、
みたいなイメージが、何となくあります。
山枡
先ほど浅野の話にもありましたけれども、
当時のフランスでも、
女性たちには、
たとえば男性のヌードをはじめ
伝統的な主題を描くための教育の機会が、
非常に限られていたんですね。
描くことのできる主題が制限されるなか、
モリゾは、
自分にとってアクセスしやすく、
かつ強みになる主題を選んだわけですね。
──
それがつまり‥‥。
山枡
はい、彼女の身近にいたパリの女性たち、
とりわけ上流階級の女性たちだとか、
母子像だとか。
主題に対する女性への制限を逆手に取り、
したたかにといいますか、
たくましくといいますか、
自らの強みとして、
そういう主題を意欲的に描いてくんです。

ベルト・モリゾ《黒いドレスの女性》 ベルト・モリゾ《黒いドレスの女性》

──
マネの弟さんの奥さんですよね、たしか。
モリゾさんって。
山枡
そうですね。この、黒と無彩色を基調とする
色遣いなどは、
やはりマネから学んだものだろうと思います。
マネ自身は、
それをスペイン絵画から学んでいるんですが。
この作品が印象派展に展示された際にも、
ある批評家が
スペインのゴヤの作品と比較したりしていて。
──
笛を吹いている少年の全身像もマネですよね。
あれも、スペイン風と聞いたことがあります。
山枡
ええ、そうですね。
様式は明らかにベラスケスを意識しています。

(つづきます)

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-16-WED

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  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇