さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第9回 そのモネは、門外不出。

山枡
この部屋、
現在はおもに印象派の画家たちの風景画を
展示しているんですけれども、
少し前までは、
通称「モネ部屋」と言われていたんです。
──
モネの作品だけを展示していたから。
山枡
はい。お客さまにも、
よろこんでいただいていたんですが、
近年、とくにこの新館に
19世紀以降の作品が増えていくにつれ‥‥。
──
モネだけを展示するには、限界が?
山枡
前後の展示にもさまざま影響が出てくるので、
モネ専用の部屋でなく、
こうしていまは風景画を中心に集めています。
──
国立西洋美術館で「モネ」と言えば、
数年前に公開された、
凸版印刷さんのテクノロジーで欠損箇所を
デジタル推定復元された
《睡蓮、柳の反映》がありましたね。
山枡
はい、あの作品は、
もともとの松方コレクションに含まれていた
巨大なモネの《睡蓮、柳の反映》が、
2016年にフランスで発見されたんですけど。
──
発見された‥‥というのが驚きです。
モネの《睡蓮》ほどの有名なシリーズの絵が。
60年ぶりとかですよね。
ちなみにそれって「どこにあった」んですか。
山枡
ルーヴル美術館です。
──
えっ、そんな日の当たるところに!
田舎の倉庫の片隅とかかなと思ってました。
そうとう破損もしてましたし‥‥。
山枡
カンヴァスを巻かれた状態で、
ルーヴルの倉庫の片隅に眠っていたんですね。
ただ、見つかった時点ではボロボロ、
画面の大部分が、失われているような状態で。

クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション) クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション)

──
ええ、その「失われた部分」を
国立西洋美術館と凸版さんが
デジタルで推定復元したんでしたよね。
山枡
そのあと交渉の甲斐あって松方家に戻され、
その後、当館に寄贈されたという作品です。
残念ながら、
いま現在は展示はしていないんですけれど。
──
松方コレクションの作品だったということは、
どうやってわかったんですか。
新藤
ルーヴル側の調査で。
ある日、その《睡蓮 柳の反映》が
旧松方コレクションの作品だというしらせが、
ルーヴル側からもたらされたんです。
──
国立西洋美術館さんとしては、
ようするに「びっくり」なできごとですよね。
新藤
いやあもう、大びっくり、大ニュースですよ。
どこかにあるはずだとは、
みんな、ずーっと思ってはいたんですけれど。
山枡
写真は、残っていたんです。
新藤
第二次大戦中、松方コレクションは
パリから離れたアボンダンという村に
疎開させていたんですけど、
最終的にルーヴルに流れついたんでしょうね。
いろいろ動かしていますから、
乾燥するし、絵の具は剥げ落ちてしまうし。
でも、ああやってボロボロになった状態ごと、
松方コレクションのたどった
苦難の歴史を体現している作品だと思います。
──
疎開というのは、戦火やナチスの目を避けて。
つまり、この美術館みたいに、
温湿度が管理されているわけもないところへ。
新藤
はい。日置釭三郎という、
松方コレクションを管理していた人が、
疎開先へ移動させたりしているんですけれど、
自転車に乗せて運んだとか、
それはもう、並々ならぬご苦労をされて‥‥。

──
名画を、チャリで‥‥!
山枡
そのモネと非常に対照的に、
この上ない保存状態で当館にやってきたのが、
こちらの《睡蓮》なんです。
──
おお。こちらは傷ひとつなく、みたいな?
山枡
世界的にも、
こんなにもコンディションのいい《睡蓮》は、
なかなかないと思われるほど。
──
そこまでのレベルですか。へええ‥‥!
山枡
これは、モネが晩年になってから‥‥
具体的には
1910年代に入ってからの《睡蓮》なんですけど、
オランジュリー美術館の装飾画の習作。
縦横が2メートルの《睡蓮》が
多く描かれたんですが、そのうちのひとつ。
──
楕円形の展示室の壁の一面に、
横長の《睡蓮》がぐるーっと展示されている、
あの《睡蓮》の習作が、これ。
山枡
非常に鮮やかな睡蓮の花が、
画面の全体にまんべんなく配されている点が、
この《睡蓮》の特徴。
かつ、そこへ、池のまわりの樹木の反映と、
水中の水草のゆらめきが重ね合わされて、
言わば3層構造のようになっているんです。
──
ええ、ええ。
山枡
平面的ではあるものの、同時に
非常に重層的でもある、そんな絵画です。
保存状態についてですが、
近くで見ていただくととてもよくわかります。
画家がカンヴァスに置いた絵の具が、
とっても「よい状態」で残っているんですよ。
──
この作品も、もともと松方コレクション?
山枡
はい。モネの《睡蓮》って、
世界中の美術館で見ることができますけれども、
だいたいが、モネの死後に買われたもの。
とくに、この1914年以降に制作された
大画面の《睡蓮》は、
オランジュリーの装飾画のための習作というか、
アイデアでしたから、
モネは、人に売りたがらなかったんです。
──
なるほど。ええ。
山枡
そこへ、ときは1920年代のことですけれども、
直々にモネに会いに行った松方が
本人と直接にお話をして、
「あなたの作品が好きで、購入したいんです」
とお願いして、購入したものなんです。
──
モネと直取引!
山枡
この作品と、先ほどお話しした《睡蓮、柳の反映》、
松方が購入した2点だけが
世界でも唯一、モネの生前に
個人コレクターによって購入された
大画面の《睡蓮》なんですよ。
──
すごーい。
山枡
基本的に古い「油彩画」というものは、
裏打ち‥‥すなわち画面の裏に
ワックスを塗ったりして
画面を安定させるという処置がなされているんですね。
でも、この作品に関しては裏打ちされてない。
裏打ちすると、画面は安定する一方、
影響が裏から表に現われてきてしまうんです。
絵具がつぶれちゃって
立体感が失われてしまったりとか、たとえば。
──
堅牢にはなるけど、画面がペタッとしちゃう。
裏からにじみ出るワックスの影響で。
山枡
この作品は、そんなふうになってないんです。
よって、絵の具が‥‥
このへんなどモネが筆を置いた時点のまま、
角が立っていたりするんです。
──
わあ‥‥‥‥‥そうなんですか。
新藤
ワックス裏打ちは、
こんにちではまず行われない処置ですけれど、
昔は絵画を安定的に保存してゆく目的で
よくなされたんです。
正しい方法だと思われていたわけですね。
当館のモネも、
ほとんどの作品がワックス裏打ちされている。
でも、この《睡蓮》はされていない。
そのため、さきほど山枡が言ったように、
「絵の具のエッジが立っている状態」が、
はっきり観察できるんです。
──
じゃ、そのぶん堅牢度の点では‥‥。
新藤
フラジャイルです。
そのこともあって、このモネは門外不出なんですね。
絶対に、貸し出さない。
かりにフラジャイルでなくとも、貸せないですが。
──
国立西洋美術館に来ないと、見れない作品。
新藤
はい。たいてい、どの美術館にもたいてい
門外不出の作品ってあるものなんですけれど、
当館にとっては間違いなく、このモネです。

クロード・モネ《睡蓮》松方コレクション クロード・モネ《睡蓮》松方コレクション

(つづきます)

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-17-THU

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  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇