さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。
- 新藤
- さて、この先の彫刻のエリアへ向かう前に、
3つめの
「コレクション・イン・フォーカス」です。
- 酒井
- こんにちは、教育普及室の酒井と申します。
このコーナーを担当した松尾に代わって、
ご案内させていただきます。
- ──
- はい、よろしくお願いします。
今度は何が‥‥。
- 酒井
- まずはぜひ、触ってみてください。
- ──
- 触って?
あ、えっと、ここから手を入れるんですか。
- 酒井
- さて、これは何でしょう?
- ──
- んーーーー‥‥‥《考える人》、ですか?
- 酒井
- あ、正解です! すぐにわかりました?
- ──
- いえ、何だろう、何となくでしたが(笑)。
当たってうれしい自分がいます。
- 酒井
- ありがとうございます(笑)。
- こうして、見えない状態で触れて、
手から伝わる情報に集中してもらいながら
作品を感じてもらう展示なんです。
当館の教育普及室では、
これまでも、視覚障害者の方へ向けて、
こういった「触察」を行ってきたんですね。
今、ここに展示しているのは
リプロダクション(複製)ですけれど、
実際に作品に触ってもらうときには、
作品が破損しないよう、
さらに表面保護の処置をした上で行っています。 - ※通常時も表面保護しています
- ──
- なるほど。
- 酒井
- 作品に触っていただきながら
いろいろとお話をさせていただくんですが、
ふだんから見ている作品なのに、
いろいろ気づかされることがあったりして。
- ──
- 触って鑑賞している人の意見から?
- 酒井
- そうです。そうなんです。
何気ない感想にハッとさせられたりだとか、
見ているつもりで
見ていない部分に気付かされたり。 - 盲学校の生徒さんを案内するために、
事前にわたしたちも触ったりするんですが、
そうすると、
作品との心理的な距離が近くなる気もするんですね。
- ──
- なるほど、たしかに。
ちょっと親しくなれるような気がしました。
《考える人》と。
- 酒井
- そして、こちらは「触図」です。
触って絵画を鑑賞するためのものです。
職員がつくったものもありますが、
盲学校の先生に協力いただいたものもあります。
- ──
- あ、ミロだ。
- 酒井
- はい、そうなんです。
- まわりのフワフワーとしているあの感じを、
どうやって表現しようかと、
このときはフェルトを用いてつくりました。
カペの《自画像》の触図では、
ドレスの質感がわかるように工夫してます。
- ──
- 本当ですね。
- 酒井
- ただし、このような「触図」って、
作品を理解するのを助けるツールであって、
実際の作品とは別のもの。 - 手で触れていただきながら、
あくまで、いろいろお話をして
一緒に作品を鑑賞しようという試みです。
- ──
- 松濤に、ギャラリーTOMっていう‥‥。
- 酒井
- はい、存じ上げております。
- ──
- あの場所は、まさしくこのコンセプト、
つまり視覚障害者が
彫刻に触って鑑賞できるギャラリーとして
設立されたわけですけど、
少し前に
盲学校の学生さんの彫刻展をやってまして。 - 目の見えない人がつくった「夜鷹」が、
もう完全に「夜鷹」そのものだったんです。
当然ですが「鳥」のかたちをしていて、
もう、本当にみごとで。
何かを触って覚えたんだと思うんですけど、
「触るって、すごいことだなあ」と。
- 酒井
- そうなんですよね。
- ──
- 触ることで、見えている人と同じように
「見る」ことができるんだーって感動して。 - いやあ、おもしろいですね。
さわれて、当たって、よかったです(笑)。
- 酒井
- 来館されたすべての方に
実際に作品を触っていただけるというわけでは
ないのですが、
こうした取り組みを知っていただき、
さまざまな感覚を使った鑑賞の仕方があることを
ご理解いただけると嬉しいです。
- 山枡
- 彫刻のリプロダクションに触れて
ご鑑賞いただいたところで、
次はこちら、彫刻作品の展示エリアです。 - 当館に所蔵されている彫刻というと
ほとんどがロダン。
かつ、ほとんどが松方コレクションです。
なぜこれだけ多くのロダンが
松方コレクションにあるのかというと、
松方の収集アドバイザーのなかに、
レオンス・ベネディットという人がいて。
- ──
- はい。ベネディットさん。
- 山枡
- 当時のフランスの現代美術館、
つまり同時代の美術品を展示・収集する
美術館の館長でありつつ、
同時に
できたばかりのロダン美術館の初代館長、
というような方だったんです。
- ──
- その方のおすすめもあって、ロダンが。
- 山枡
- そうなんです。ロダン美術館は、
ロダンの死後の作品のブロンズ鋳造を
すべて管轄していたところ。 - ですので、当館のロダンのなかには
松方のために鋳造された、
そういう作品も多く存在しています。
- ──
- あの、ぼくらふつうの人にしてみると、
ロダンって、彫刻家のなかでは、
突出して有名な感じがするんですよね。 - ブールデルとかマイヨールとか、
そのほかの偉大な彫刻家もいますけど、
やっぱり
彫刻と言えば「ロダン」ですよ。
で‥‥それって何でなんでしょうかね。
- 山枡
- 日本での評価に関して言えば、
明治・大正期に西洋の美術が輸入された過程で、
ロダンがことのほか神格化されたという
歴史があります。 - でも、フランス本国でも同じくらい
19世紀の彫刻の歴史の中では
突出した存在であるとされています。
- ──
- 何がすごかったんでしょうか。
- 山枡
- ロダンが彫刻界に最初に登場したときは、
裸体の写実的な表現が、
大きなインパクトをもたらしました。 - 当館の前庭にも《地獄の門》から
《考える人》《カレーの市民》‥‥と
ロダンの作品がズラッと並んでいますが、
人間の肉体を表わすということにかけては
やはり傑出した作家でした。
- ──
- フワンソワ・ポンポンも、
ロダンのところにいたとかいう話だし、
ブランクーシも、
一瞬ロダンのもとにいたそうですよね。
- 山枡
- そうですね。
- ブランクーシについては
「大樹の陰では何も育たない」と言って
そうそうに
ロダンのアトリエから出ていますけど。
- ──
- ああ、そうなんですか。
- 山枡
- 他にも、まさしくブールデルもそうです。
そうそうたる彫刻家が、
ロダンのアトリエから出てます。 - ちなみに、ここにあるロダンは
《地獄の門》から派生した作品なんです。
- ──
- つまり、最初に《地獄の門》があった。
- 山枡
- はい、《地獄の門》には
200体ほどの人体がうごめいていますが、
そこから部分的に外へ飛び出して、
独立した作品になったり、
同じ人体を並べてひとつの作品にしたり、
ひっくり返して、
他のものとくっつけたり‥‥。
- ──
- 《考える人》が《地獄の門》から出た、
というのは知ってましたが、
それ以外のロダンの作品も出てるんだ。 - そう考えると、おそろしい作品ですね。
《地獄の門》って。
- 山枡
- そうなんです。
(つづきます)
※作品の保存・貸出等の状況により、
展示作品は変更となる場合がございます。
2023-08-18-FRI
-
2016年、世界遺産に指定された
ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
この「常設展へ行こう!」の連載が
はじまる直前、地下にある
企画展示館の屋上防水更新の機会に、
創建当初の姿へ近づけるための
リニューアル工事がはじまったのですが、
その一部始終を描いた
ドキュメンタリー映画が公開中です。
で、これがですね、おもしろかった。
ふだんは、見上げるように鑑賞している
巨大な全身肖像画‥‥たとえば
スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
展示室の壁から外されて、
慎重に寝かされて、
美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
ふつう見られないわけです。
それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
もっと言えば「非常事態」です。
見てて、めちゃくちゃドキドキします。
重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
見応えたっぷりで、
歴史的な名画を描いたり、
彫刻をつくったりする人もすごいけど、
それを保存したり修復したり
移動したり展示する人も同じくすごい!
全体に「人間ってすごい」と思わせる、
そんなドキュメンタリーでした。
詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
また、その国立西洋美術館の
現在開催中の企画展は、
「スペインのイメージ:
版画を通じて写し伝わるすがた」です。
展覧会のリリースによると
「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
巨匠たちの仕事を含んだ
スペイン版画の系譜をたどることに加え、
ドラクロワやマネなど
19世紀の英仏で制作された
スペイン趣味の作品を多数紹介します」
とのこと。まだ見に行ってないのですが、
こちらも、じつにおもしろそう。
常設展ともども、夏やすみにぜひです。