さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第11回 作品を修復するということ。

新藤
さて、ここで4番目の
「コレクション・イン・フォーカス」。
テーマは「作品の保存修復」です。
担当したのは、こちらのふたりです。
邊牟木
はい、
保存修復室長の邊牟木(へむき)です。
本保
研究補佐員の本保です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
──
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
美術作品の「修復」って、
ずっと興味深いテーマだと思ってました。
伝説的なファッションデザイナーの
マルタン・マルジェラが、
引退後の一時期、
アートの修復をやっていたとかって
聞いたことあるんですが、
さすがは天才、
謎めく職業を選ぶなあって思ってまして。
邊牟木
いえいえ、そんなことはないんですけど、
ありがとうございます。
さっそくですが当館の保存修復について
簡単にお話しますと、
「修復」はもちろんなのですが、
まず「予防保存」を大切にしてるんです。
──
修復の前に、保存が重要。
邊牟木
美術作品というものは、
完成した途端に劣化がはじまっています。
その劣化のスピードや度合いを
極力ゆるやかにしていくのが、予防保存。
そのための環境を、まず整えます。
24時間体制で空調を制御して
「21度、53%」に温湿度を安定させる、
光を強く当てすぎない、
できるだけ虫や害虫の侵入を防ぐ‥‥。

──
いろんなことに気を配って、
まずは作品が劣化しないようにする、と。
それでも修復しなきゃならないケースも、
やっぱり、あるわけでしょうけど。
邊牟木
はい、あります。そもそも購入時に
すでに傷んでいるというケースもあって。
この、カリエールという作家の自画像も、
2008年に当館へきたときには
すでにあまり状態がよくなかったんです。
──
なんと。
本保
ともあれ、ひとつ大切なことは、
修復にあたって、
その作品がどういう状態なのかを調べて、
きちんと記録に残すこと。
さらには、今回の修復では何をしたのか、
何を使ったのかも記録しておく。
このあと20年、30年の時間が経って、
再修復しなければならなくなったときに、
前回どういう材料を用いて
どういう処置をしたのかわからなければ、
適切に修復できないかもしれないので。
──
なるほど。
本保
現在の状態を「写真で残しておく」のも、
同じように重要です。
修復家と美術館とで協議を重ねて、
どういった方針で
修復をしていくかを話し合うんですけど、
ポイントは「手を入れすぎない」こと。
──
しすぎない?
本保
はい、しすぎないことがとても大事です。
必要最低限の処置によって
作品の安全を確保するには
どうすればいいか‥‥を慎重に検討する。
今回の修復については、
この1番から9番までの工程を経ました。
──
まず絵の具の浮き上がりを接着して‥‥、
画面を洗浄し‥‥。
記録を残しておいて
何十年後かに備えているっていうことは、
以前の修復記録も残ってるんですか。
本保
ええ、残っていますよ。
──
それは、前に持っていた人のところで、
誰かが記録を取っておいてくれた。
本保
そうですね。前回の修復時に、
担当された修復家の方が残した記録を
手がかりにして、
わたしたちは修復作業をしているので。
同じように、自分たちの修復データを
きちんと残すことで、
作品を、次世代の人たちに託すんです。

──
バトンをリレーしていくんですね‥‥!
どこの誰かもわからない同業者さんと、
時空を越えて、対話して。
つまり、作品を購入したときに、
修復記録がついてくるってことですか。
新藤
基本的に、
修復家に保存状態を見てもらわないかぎりは、
われわれキュレーターは
絵画は購入しないんですね。
つまり、修復家によって
絵画の保存状態がくわしく記述された
コンディション・レポートというものなしには。
そのときに直前の修復の履歴が
ついてくる場合もなくはないんですが。
ミュージアムでさえ、
記録をきちんと残すというシステムが
きちんと整えられてきたのって、
数十年まえ、わりと最近のことじゃないですか?
邊牟木
修復しなきゃいけないってなったときに
前回修復時に使った材料がわからないと、
よけい作品を傷めてしまうかもしれない。
これは記録を残さなきゃいけないなあと
みんなが気づきはじめたんです。
いま、修復の世界のスタンダードとして、
「記録」と「最低限の修復」と
「可逆性」が、
配慮しなければならない3項目なんです。
新藤
こういう話を聞くと、
修復のイメージって、変わりませんか?
──
変わりました。
さっきの
モネの《睡蓮、柳の反映》とかにしても、
修復って、
失われた画面を描いて埋めるとか、
そういう方向だとばかり思ってました。
ちょっと前に、
スペインのおばあちゃんか誰かが、
すごい「修復」をしちゃって‥‥
ってニュースがありましたが、
あれは極端な例なんでしょうけれども。
邊牟木
ありましたねえ。
──
修復後の「変化」がすごすぎて、
グッズがすごい売れてるって話ですが、
あれは「修復」では‥‥(笑)。
邊牟木
はい、少なくとも
「最低限の修復」では‥‥ないですね。
新藤
一般論として、
われわれ学芸員は「展示したい人」で、
保存修復家は「守りたい人」なので、
ともすると、
主張が食い違うこともありうるんです。
でも、当館では今回、
こうして保存修復の専門家たちが
展示にも参加してくれているわけです。
「保存修復」を
展示活動によって紹介できるのは、
ありがたいですね。
自分たちで言うのはおこがましいですが、
美術館としてはある種、
理想的な状態だと思います。

──
展示したい人と、守りたい人が、
協力しあって展覧会をつくっていると。
最近「予防医学」という言葉を、
いろんなところで聞いたりしますけど。
邊牟木
ああ、まさに同じ考え方だと思います。
直すことよりも、
保存していくことのほうが先決なので。
それは「修理」とも微妙にちがいます。
わたしたちのイメージでいうと
機能的に回復するのが「修理」だから。
たとえば、
考古学的なバケツがあったとしますね。
で、底に穴が開いてますと。
──
はい。仮に古代ギリシャのバケツとか。
邊牟木
美術館での展示では、
その穴を埋める必要ってないんですね。
あ、こういうバケツが発掘されたんだ、
とわかればいいので。
他方そのバケツの穴をきちんと埋めて、
バケツとして
水を汲むために機能を回復することが、
「修理」のイメージ。
──
たしかに穴の空いた状態で発掘された
古代ギリシアのバケツを、
わざわざ
現代の素材で穴埋めしたら台無しですね。
邊牟木
作品を保存するという観点から、
安全に展示できるということであれば
よけいなことは、しない。
そこが修理と修復の違いだと思います。

(つづきます)

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-19-SAT

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  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇