さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。

前へ目次ページへ次へ

第12回 ガッレン=カッレラとストリンドベリ。

山枡
まだまだいろいろあるんですけど、
時間も迫ってきているので‥‥。
ここからはすみません、駆け足で。
──
はい。うわ、すでに4時間近い!
山枡
もうそんなに! 急ぎましょう。
こちらが、先ほどお話しに出た
フランク・ブラングィンによる
松方幸次郎の肖像画になります。

フランク・ブラングィン《松方幸次郎の肖像》松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション) フランク・ブラングィン《松方幸次郎の肖像》松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション)

──
はい、ブラングィンさん。
幻の「共楽美術館」の構想を練った人。
山枡
こちらがセガンティーニ‥‥
そして、こちらが印象派のピサロです。
──
ああ、8回開かれた印象派展に
すべて参加したのが、ピサロですよね。

カミーユ・ピサロ《収穫》 カミーユ・ピサロ《収穫》

山枡
そうですね。
そして、1872年くらいから10年近く、
セザンヌと一緒に制作していました。
これらの作品も、
おたがい、ごく近い場所を描いています。
セザンヌのほうは、
オワーズ川という川を挟んで
向こうにポントワーズという
パリ郊外の風景をのぞむ視点なんですが、
ピサロはそのポントワーズ側から描いています。

ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》 ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》

──
セザンヌって「近代絵画の父」であると、
よく言われるじゃないですか。
山枡
はい。
──
たとえば絵の中に視点がいくつもあって、
それが20世紀以降、
ピカソの「キュビスム」なんかに
影響を与えたからだとかって聞きますが、
はずかしながら自分は、
だいぶ長いこと、
セザンヌの魅力がわかんなかったんです。
山枡
ああ、そうですか。
──
正直、最近になってからなんです。
あ、セザンヌいいなと思いはじめたのは。
でも、何がいいんだかが、わからなくて。
こんな質問どうかと思いますが、
セザンヌって、「何がいい」んですかね。
山枡
そうですね‥‥
筆の置きかたのひとつひとつだとか、
色彩とか、
さまざまな要素はあると思うんですけど、
セザンヌが
「Sensation(サンサシオン)」
という言葉で表現している概念があって。
日本語では「感覚」という意味ですけど。
──
ええ。
山枡
生の自然を体感して得られる「感覚」を
キャンバスに、
絵画として定着させようとしていた、
それが、セザンヌという画家なんですね。
先ほどの視点の話にしても、
人間の実際の「感覚」により近づくこと。
わたしたちは、何かモノを見るときに、
ひとつの視点から見ているわけではなく、
いろんな角度から見た画像を
頭のなかで1枚に総合しているわけです。
その過程を、ある種「極端」な‥‥
誰もやらなかったやり方で表現していた。
──
それが、セザンヌ。でも、そのせいで、
腕が長かったりするわけじゃないですか。
つまりその、「登場人物の腕」が。
山枡
ええ。《赤いチョッキの少年》ですよね。
空間的には破綻しているようだけれども、
ふしぎと、そこまでの違和感を感じない。
セザンヌの静物画に顕著ですが、
そういったおもしろさもあると思います。
新藤さんは、どう思われますか。
新藤
セザンヌの「Sensation」という概念の捉えかたは、
とてもむずかしいですが、
ぼくは絵のなかで生起してくる
Sensationだと思うんですね。
たんに自然を模倣するということではなくて。
セザンヌという人は
絵画のなかでできること、その可能性を、
疑いようもなく一挙に押し広げたと思います。
その可能性は、たとえばキュビスムだけじゃなく、
その以降の抽象絵画の諸実験なんかにも、
連綿とつながっていくようなものだった。
──
なるほど。
新藤
セザンヌが「Sensation」というとき、
それは、絵によってしか実現しえない感覚‥‥
つまり自然の外観を
そのまま絵に落とし込むというよりも、
いわば絵画のうちで
自然の感覚を組織化していくことを、
セザンヌは追い求めていたのだろうと。
そういう意味でやはり、
実験性の高い作家だと思いますね。
──
その自らの絵の実験性に、
セザンヌは、意識的だったんですかね。
新藤
少なくとも印象派の方法論からの脱却、
その意識は、はっきりありますね。
山枡
はい、セザンヌ自身には、
新しいことをやっているという自負は、
おそらくあったと思います。
自身の絵に対しては、
自信は当然あったとは思うんですけど、
同時に、別の場面では、
まったくの自信のなさを露呈させたり。
──
なるほど‥‥いまのお話を聞いて、
もっともっと見てみたいと思いました。
新藤
こちらは、最近、購入した作品ですね。
ガッレン゠カッレラって、
たぶん聞きなじみのない名前ですよね。
──
わかんないです。はい。

アクセリ・ガッレン=カッレラ《ケイテレ湖》 アクセリ・ガッレン=カッレラ《ケイテレ湖》

山枡
フィンランドでは、
国民的と言えるほど有名な作家ですね。
これはケイテレ湖という湖を描いた絵。
彼の代表作といってよい作品です。
同じ構図の作品が4点あるんですけど、
そのうちの1点が、こちら。
──
代表作がやって来た!
新藤
この絵を買えたのは、すごいことです。
ロンドンのナショナル・ギャラリーで
世界的にとても大きな話題になった
絵画の別ヴァージョン、
あれと同じ構図の作品が、
まさか、当館に入ることになろうとは。
──
そこまでの作家でしたか。
何にも知らずに、大変、失礼しました。
山枡
とくに有名なのは「カレワラ」という、
フィンランド民族叙事詩を描いた作品。
──
あー、アラビアが一年に一枚、
イヤープレートを出してたやつですね。
カレワラって、たしか。
山枡
ええ、この絵も、一見したところでは
風景画、自然の表現なんですけれども、
湖面のジグザグのさざ波、
これが自然現象の描写であると同時に、
「カレワラ」という民族叙事詩、
物語に登場する英雄の漕ぐ船の航跡を
表現しているとも言えます。
直接『カレワラ』の物語を描いた絵に、
こういった
ジグザグのさざ波が描かれていたりも、
するんですが‥‥。
──
ええ。
山枡
新館の冒頭でお話したように、
これからは
フランスの作家以外にも注目しようと、
そういった収集方針の変化が、
今回の収蔵につながりました。
次も同じく北欧・スウェーデンの人で、
アウグスト・ストリンドベリ。
画家というより劇作家で小説家ですが。
──
こちらで北欧といえば、ハンマースホイも。
山枡
はい。ちょうど現在は、
ポーラ美術館さんにお貸出ししていて、
ここには出ていませんが。
──
国内に2枚しかないんですよね。
ハンマースホイ。
山枡
ポーラさんと、当館と。2点だけですね。
ガッレン=カッレラとストリンドベリは、
日本国内では、当館だけです!(笑)
──
ここに来ないと、見れませんよと。
山枡
はい、そうなります(笑)。

(つづきます)

※作品の保存・貸出等の状況により、
 展示作品は変更となる場合がございます。

2023-08-20-SUN

前へ目次ページへ次へ
  • 国立西洋美術館の リニューアルプロジェクトを記録した ドキュメンタリーがおもしろい!

    2016年、世界遺産に指定された
    ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
    この「常設展へ行こう!」の連載が
    はじまる直前、地下にある
    企画展示館の屋上防水更新の機会に、
    創建当初の姿へ近づけるための
    リニューアル工事がはじまったのですが、
    その一部始終を描いた
    ドキュメンタリー映画が公開中です。
    で、これがですね、おもしろかった。
    ふだんは、見上げるように鑑賞している
    巨大な全身肖像画‥‥たとえば
    スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
    展示室の壁から外されて、
    慎重に寝かされて、
    美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
    ふつう見られないわけです。
    それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
    もっと言えば「非常事態」です。
    見てて、めちゃくちゃドキドキします。
    重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
    見応えたっぷりで、
    歴史的な名画を描いたり、
    彫刻をつくったりする人もすごいけど、
    それを保存したり修復したり
    移動したり展示する人も同じくすごい!
    全体に「人間ってすごい」と思わせる、
    そんなドキュメンタリーでした。
    詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
    また、その国立西洋美術館の
    現在開催中の企画展は、
    「スペインのイメージ:
    版画を通じて写し伝わるすがた」です。
    展覧会のリリースによると
    「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
    巨匠たちの仕事を含んだ
    スペイン版画の系譜をたどることに加え、
    ドラクロワやマネなど
    19世紀の英仏で制作された
    スペイン趣味の作品を多数紹介します」
    とのこと。まだ見に行ってないのですが、
    こちらも、じつにおもしろそう。
    常設展ともども、夏やすみにぜひです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇