日本の西洋美術館としては最古参、
このシリーズで
いつか訪問したいと思っていた
大原美術館に、ついに行ってきました!
倉敷の美観地区に建つ西洋建築に
一歩足を踏み入れれば、そこには
エル・グレコの《受胎告知》から
モネ、セザンヌ、ピカソ、マティス、
モディリアーニ、藤田、ポロック‥‥。
日本における
西洋美術との出会いの歴史でも
いちはやく収集され、
紹介されてきた
名だたる傑作がズラリと並びます!
学芸課長の
吉川あゆみさんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

撮影:ERIC

前へ目次ページへ次へ

第5回 大原美術館の「役割」とは。

──
この展示室には、
画家としての児島虎次郎さんの絵が。
吉川
そうなんです。
──
すみません、はなはだ不勉強でして、
虎次郎さんの作品を
ほとんど存じ上げなかったんですが、
すごくいいなと思いました。
この《朝顔》とか、すごくいいです。

吉川
ありがとうございます。
児島虎次郎という人が
果たして作家として有名かというと、
決してそうではないと思います。
彼は大原家の支援を受けていたので、
作品を売る必要が、なかった。
──
ああ‥‥なるほど。
吉川
逆に言えば、虎次郎の絵は、
世の中にほぼ出回っていないんです。
──
そうか。
吉川
であるからこそ、
人目に触れることも、あまりない。
帝展など当時の有名な展覧会には、
作品を出品してはいるんですけど、
彼が主戦場と考えていたのは
フランスのサロンなんです。
日本国内で作品を公開する機会は、
かなり限られていました。
──
それで、
日本での知名度も上がらなかった。
吉川
とはいえ、
フランスでも評価された作家です。
当然、力量がありますから、
実際彼の作品を目にした方からは、
よい感想をいただいています。
──
印象派の歴史の本なんかを読むと、
この年は
ピサロはサロンに入選したけど
モネは落ちた、
みたいな話をえんえんしてますが、
そこに日本人の存在は
まったく感じていなかったんです。
虎次郎さんは、つまり、
あの場所で戦っていたわけですか。
吉川
そうなんです。
印象派とは時代は少しずれてますが。
サロンにも当然、出品していますよ。
日本人ではじめて、
サロンの正会員になった人ですので。
──
わあ、すごい。
作風的に、変遷などもあるんですか。
吉川
ええ、かなり変わっていきますけど、
「光をどう描くか」については、
一貫した問題意識としてあったように感じます。
これぞ児島作品と思える作品はみな、
光の表現が美しい。
これなどもまさにそういう作品です。
──
光をとじこめてるくらいな感じですね。
吉川
まさに、光が画面からあふれて、
キラキラ輝いていますよね。
ここから車で15分ほどの高梁川に面した
小高い丘に大原家の別邸があるんです。
この絵に描かれた
虎次郎のアトリエと住居もそこにありました。
モネがジヴェルニーのお庭を丹精して、
そこで
《睡蓮》を描いていたようなものですよね。
──
なるほど、なるほど。自分ちのお庭ですか。
で、どうしてここに、古代エジプトの‥‥?

吉川
これも虎次郎が収集してきたものなんです。
彼は、家具や調度品にこだわりのある人で、
大原コレクションとは別に、
個人的にも、
中国やエジプトやオリエント等の美術品を、
楽しんでいたようです。
──
古い美術に対するリスペクトを、お持ちで。
エジプトというと、具体的な年代って‥‥。
吉川
紀元前です。
──
めちゃくちゃ古い!
それらの古代エジプト美術も、
虎次郎さんが買ってきたということですか。
吉川
はい、1920年代に
絵画作品と同じ時期に買い付けてきました。
日本に入ってきた
古代エジプトのコレクションのなかでも、
最初期のものだと思います。
──
虎次郎さん、あらためてすごいです。

吉川
さて、ここからは、アンフォルメルの作品。
アンフォルメルとは
戦後のヨーロッパの美術の動きで、
形がない、定まらない‥‥という意味です。
当館では同時代的に購入していて、
非常に貴重なコレクションとなっています。
──
おお‥‥。
吉川
アンフォルメル運動は、
ただ単にヨーロッパだけの動きではなくて、
似たような傾向を持った作家たちの動きが、
世界中で生起していきました。
日本人の作家たちもその潮流に加わります。
白髪一雄はじめ、このあたりにあるものは、
そういう系列の作家の作品ですね。

白髪一雄《赤壁》 白髪一雄《赤壁》

──
この絵も、足でお描きに?
吉川
はい。ロープにつかまって、足で、ですね。
──
具体美術協会の方では、
なかでも、
田中敦子さんの作品が忘れられないんです。
吉川
ああ、わかります。あの強烈な色が、
ぐるぐる渦巻くような感覚がありますよね。
──
こうして美術館さんを回って思うのが、
それぞれに特徴があって、
それに応じて、
何か役割を担っているように感じます。
かつて東博にはモナリザも来たわけで、
そうやって、
人類にとってたいへん価値ある作品を
おたがいに貸し合っているってことも、
すごいなあと思うんですが。
吉川
ええ。
──
大原美術館さんとして、
ご自身の「役割」は何かみたいなこと、
あったりしますか。
吉川
大原美術館のコレクションは、
西洋の近代絵画からはじまりましたが、
それ以外にも、日本の近代絵画、
民藝藝運動ゆかりの作家の作品もあり、
中国、東アジアの古い美術品、
オリエントもあり‥‥エジプトもあり。
──
ええ。
吉川
美術館というものは、
自分とは違う価値観のアーティストや、
異なる文化、遠い国、過去の時代、
そういったもの出会って「理解」する、
あるいは、
自分の世界観を拡張するためにあると、
わたしたちは、思っているんですね。
──
なるほど。
吉川
そう考えたときに、
わたしたち大原美術館の「役割」は、
そのような
「多文化理解の装置」としての
守備範囲の広さかな‥‥と思います。
コンパクトなコレクションの中でも、
多様な文化、
多様な価値観を提供していますので。

──
ぼくは、大原美術館さんが、
90年もまえにここ倉敷で生まれて、
いまもずっとここにある、
ということが、いいなあと思います。
吉川
ああ、そうですね。
──
岡山県の出身の人に、
「こんど
大原美術館さんへ取材へ行くんです」
と言うと、
必ず、100パーセントの確率で、
「あの美術館は、本当にいいですよ」
と誇らしげにおっしゃるんです。
吉川
それは、とてもうれしいですし、
日々わたしたちも感じるところです。
地域の人々に愛されて、支えられて、
わたしたち自身も、
この場所でなければ存立できないと、
強く感じています。
──
写真家の田附勝さんが、
地方に残された古い蔵の中の写真を、
撮影して全国をめぐる‥‥
ってことをやってらっしゃるんです。
蔵には、ありとあらゆるものが、
ぐちゃぐちゃに入っているんですが、
それらを蔵から出して、
どこかの博物館のガラスケースに
収めてしまった時点で、
ぜんぜん違うものになる気がすると。
吉川
なるほど。
──
つまり、その場で時間を重ねてきた
説得力みたいなものが、
蔵の中にはあるって話なんですけど、
この大原美術館にも、
似たような「場の力」を感じました。
ここにあること、
ここで見ることの意味‥‥というか。
吉川
はい。コレクションのはじまりから、
わたしたちは、
ストーリーを持っているんだなあと、
強く思っています。
──
ええ。
吉川
それは、90年をかけて育ってきた
地域と、ここに住むみなさんと、
わたしたちの間の、ストーリーです。
そして、そのストーリーこそが、
当館の、最大の財産かもしれません。
──
なるほど‥‥なるほど。
ちなみに、話はガラリと変わりますけど、
ゴッホ研究の大阪大学の圀府寺司先生に
「大原さんの《アルピーユの道》を見て、
ゴッホ研究を志した」
という話をおうかがいしたことがあって。

伝ゴッホ《アルピーユの道》 伝ゴッホ《アルピーユの道》

吉川
ああ‥‥はい(笑)。
──
ようするに、ゴッホの作とされていた
《アルピーユの道》を見て感動し、
日本一のゴッホ研究者になった
国府寺先生ですが、
のちに、その《アルピーユの道》が
「贋作だった」と判明したんですよね。
吉川
そうなんです。
──
すごい話だなあと思いました。
国府寺先生は、
作品そのものは贋作だったわけだけど、
その作品から受けた感動は本物だった、
あの感動があったからこそ
いまのわたしがあると、おっしゃって。
その話自体に感動したんですけれども。
吉川
ええ。
──
大原美術館にある《アルピーユの道》は
ゴッホの贋作であるという話を、
国府寺先生が、ここから目と鼻の先の
倉敷市立美術館の講演でその話をしたら、
後日、
大原美術館から、お電話があった‥‥と。
吉川
はい。
──
怒られるのかなと思いきや、
「その絵の横で、
贋作であるというお話をしてください」
と依頼だったそうです。
大原さんの懐、めっちゃ深いな‥‥と。
吉川
ふふふ、あの作品がなぜここに来たか。
いろんな思いと、いろんなつながりと、
いろんな偶然を経てやってきたんです。
──
そこにも、ストーリーがあるんですね。
吉川
はい。そして、当館にやってきてから、
また新しいストーリーをつくりだす。
国府寺先生のエピソードの場合ですと、
贋物であればこその展開で、
怒るどころか、
作品に愛おしささえ感じますね(笑)。
──
愛おしさ! いいですねえ(笑)。
吉川
未だにお問い合わせがあったりします。
「あのゴッホは‥‥」って。
──
ふだんは出てないんですか。
吉川
はい。福田美蘭さんの展覧会のときに、
たびたび展示されていますが。
福田さんって、
あの絵にちなんだ作品を描いてるので。
──
ゴッホらしさを強調して描いた、
《ゴッホをもっとゴッホらしくするには》
という作品ですよね。
吉川
そうですね。
その文脈で、日の目を見ることはあります。
──
じゃあ、今後も、展示されるかもしれない。
吉川
あると思いますよ。
──
そのときには、必ず見に来たいと思います!
吉川
ぜひ(笑)。

(おわります)

2022-02-20-SUN

前へ目次ページへ次へ
  • 常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002  東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

     004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇