連載第11弾は、箱根のポーラ美術館へ。
まさにいま、
開館以来、最大規模のコレクション展が
開催されています。
モネから、ルノワール、ベルト・モリゾ、
藤田嗣治、日本の具体、そしてリヒター。
ポーラ美術館といえばの名作から、
新収蔵作品もたーっぷりと楽しめます。
チャンスがあったら是非、
訪問することをお勧めしたい展覧会です。
ご案内くださったのは、工藤弘二さん。
担当は「ほぼ日」奥野です。
個人的には、
新収蔵作品だけの藤田嗣治さんの展示室、
あれがすごかった‥‥!
- ──
- いよいよ、やってまいりました。
- 工藤
- はい、リヒターです。
- ──
- 今回の20周年記念企画のタイトルにも
モネと並んで入っている、
ゲルハルト・リヒターの目の前に、いま。
- 工藤
- お時間は大丈夫ですか。
- ──
- はい、もちろん大丈夫です。
ここで帰りますとは‥‥さすがに(笑)。
- 工藤
- そうですよね(笑)。
- 直前までは田中敦子さんや白髪一雄さん、
中西夏之さん、李禹煥さんなど、
日本の戦後の美術を観ていただきましたが、
ここからは、
ヨーロッパからアメリカの抽象美術へと
入っていきます。
- ──
- その「とば口」に、モネとリヒター。
このふたりを並べた意図‥‥というのは。
- 工藤
- はい、そこですよね。
- まず、モネをはじめ印象派の画家たちは、
西洋の伝統的な古典絵画な描き方、
すなわち筆の跡を一切残さず、
ツルツルに描きましょうというルールに
まったく縛られなかったわけです。
- ──
- なるほど。今のご説明からは、
モネでいうと、
フランス国旗で一杯のパリの街を描いた、
あの絵を思い出しました。
- 工藤
- そうした印象派の方法論が、
さまざまな「描き方」の誕生につながり、
広い意味ではリヒターのような
抽象表現につながりもするという流れがあって。 - そのような歴史的な経緯をふまえて、
ここでは、このように、
モネとリヒターを対比的に置いています。
- ──
- モネの《睡蓮》にも、
かなり抽象的なバージョンがありますね。
- 工藤
- そうですね。この《睡蓮》は
太鼓橋がしっかりと描かれていますけど、
モネも、晩年へ向かうにつれて、
どんどん、その形態を崩していきますから。 - このリヒターの作品は、
何か具体的なイメージを描いたわけでは
ないんですけど、
最下層のブルーの絵の具が、
どこか「海」や「湖」を思わせませんか。
- ──
- ホントだ。いろんな色が塗られてるけど、
柳の枝の間からのぞく水面、
みたいな感じを、なんとなく受けました。
- 工藤
- そうでしょう。
モネにも柳を描いた連作があるんですよ。 - リヒターが、そのモネの柳の作品を
念頭に置いて描いたわけではないですが、
こうして並べると、
時代もタイプもちがうふたりですけれど、
ちょっと、おもしろいですよね。
- ──
- あらためて、リヒターさんという作家は、
どういった立ち位置の方なんですか。 - ちょうどいま、10月2日まで
東京国立近代美術館の大規模個展をやってますし、
六本木の
ワコウ・ワークス・オブ・アートでも、
7月30日まで
リヒターの展覧会が行われていますけど。
- 工藤
- ドイツの作家で、現代アートの世界では
生きるレジェンド的な存在ですね。 - 何か描くか、というより、
どういうふうに描くかに問題意識があり、
たとえば、カンバスの幅と
同じくらいの広さのヘラで描いたりとか。
- ──
- へええ‥‥。
- 工藤
- 画面に、たくさんの絵の具を層をつくり、
その層と層の間で何が起こるか‥‥
というような、
抽象絵画の実験をずっとしてきた人です。 - だから「これは何ですか」と聞かれても
「抽象絵画です」と答えるしかない。
作品名も「アブストラクト」ですからね。
- ──
- あの‥‥抽象絵画の人たちって、
いきなり最初から、
こんな作風だったわけじゃないだろうと
想像するんですが、
リヒターさんの場合も、はじめは‥‥。
- 工藤
- このあとの展示室で観ていただきますが、
リヒターも初期には、
フォト・ペインティングをやってました。 - 写真をもとに絵を描く方法なんですが、
でも、当時から、
現在へつながる問題意識が垣間見れます。
手法は違えど、
画面の「層」に対する意識があるんです。
- ──
- 柳に見える‥‥のは、まったくの偶然で、
決して柳を描いたわけではない。 - でも、今回、ポーラ美術館のみなさんは
そこからモネを連想して、
こうして、20周年の記念の展覧会で
「モネからリヒターへ」として並べたと。
- 工藤
- 大きな意味で「抽象絵画のはじまり」と、
「抽象絵画の、生きるレジェンド」とを、
並べてご紹介しているという感じですね。
- ──
- なるほどー、おもしろいです。
この部屋には、
他にも現代美術っぽい作品がありますね。 - ああー、この方はホラ、あの方ですよね。
東京国立近代美術館にある、
壁にいくつもトレイをくっつけたような。
- 工藤
- ええ(笑)。ドナルド・ジャッドですね。
- よくミニマリズムと言われるんですけど、
この作品も非常に彼らしい。
削ぎ落として削ぎ落として、
残されたものだけで構成しているんです。
- ──
- 文字でつまんなく説明すると
単なる「ピンクの箱」になりますけれど、
もちろん、
ぜんぜん別の魅力があります。
- 工藤
- ピンクの素材はドイツ製アクリルである
「プレキシグラス」です。 - 構造としては、柱などの支持体でなくて、
ワイヤーで内部を突っ張っている。
で、この作品は、バラバラになるんです。
- ──
- つまり、最小の要素に還元できると。
- 内部のワイヤーが見えていることで、
全体的に静かな緊張感がみなぎってます。
ポップだけど、張りつめた感じというか。
- 工藤
- ああ、そうですね。
- そのあたりも見せようとしてるんですね。
わざわざ透明にしているわけですから。
- ──
- で、となりにある丸い作品が‥‥。
- 工藤
- ええ。アニッシュ・カプーアさん。
インド出身の有名なアーティストですね。
- ──
- 不勉強で申し訳ございません、
お名前、存じ上げなかったんですけども。
- 工藤
- おもしろいですよ。覗いてみてください。
- ──
- はい。うーわ。
- 工藤
- 自分の像がグニャってなりませんでした?(笑)
- ──
- はい、あの、なりました。
- 自分は乗り物酔いが激しくて
エレベーターとかでもよく酔うんですが、
これはダメなやつです(笑)。
- 工藤
- あ、本当ですか。大丈夫ですか?(笑)
- ──
- でも何だろう、このでっかい盃みたいな
凹んだ球面って、
どこに焦点を合わせていいかわからない。 - それに、どこを見てるのかもわからなくなる。
自分の視覚を、信じられなくなるような。
- 工藤
- 球面にうっすら写っているご自身の像が、
前後左右、逆になってるんです。 - 声も、変なふうに聞こえません?
- ──
- 聞こえる!
- 工藤
- こういう作品をずっとつくってる人です。
この作品は、世界各地にありますよ。 - 金沢21世紀美術館には、
カプーアの恒久展示室があるんですけど、
ごらんになってるんじゃないですか?
黒い楕円の作品が展示されているんです。
- ──
- あっ、あのブラックホールみたいなやつ。
それなら見ました!(笑) - われながら、いいかげんだなあ‥‥。
写実主義のクールベの「問題作」である
《世界の起源》を参照しているという。
- 工藤
- 斜めに傾いた壁面に、楕円。
あの部屋ごと、ひとつの作品なんです。
個人的にも、好きな展示です。 - さて、次の展示室は、2点のみですね。
まずは先ほど話に出た、
リヒターのフォト・ペインティングです。
- ──
- あー‥‥本物の、古い写真みたいですね。
でも、これも「絵画」なんですね。
- 工藤
- 写真をもとにしてはいるんですけど、
わざとぼかして描いています。 - 実際の写真はちゃんと写っているんですが、
ぼかすことによって、
作品の「層」の存在を明らかにしたかった、
と本人は言っているようです。
- ──
- なるほど、ここでも「層」なんだ。
その問題意識を、ずっと持ってたんですね。
- 工藤
- こういう絵を描いていた人が、
今では、ああいう絵を描いているんですね。 - ぜんぜん違うんだけれども、
いまの「層」のエピソードを知っていると、
どちらのリヒターにも
共通する何かを見いだせるかもしれません。
そういうおもしろさがありますね。
- ──
- もうひとりが、ハマスホイさん。
- リニューアルした国立西洋美術館でも、
ぼくが訪問したタイミングでは、
こんな風に小さく区切られた展示室の一角に、
数点の作品とともに飾られていました。
- 工藤
- 北欧のフェルメールと言われている人です。
- 室内で過ごしている女性の、
しかも後ろ姿を描いたりしている作家です。
誰もいない部屋を描いたりもしているし、
とにかく、
ものさびしげな作品をたくさん残しました。
- ──
- ただ単にドアが開けっ放しになってる部屋、
みたいな絵とか描いてますよね。
はじめて見たときは、不思議な感じでした。
- 工藤
- 歴史に埋もれていた作家だったんですけど、
日本では、14年前に
その国立西洋美術館で展覧会がありました。 - さらに、一昨年の2020年に
東京都美術館で展覧会が開催されたことで、
少しずつ知られてきている作家です。
- ──
- 無性にドキドキします。見ていると。
- 古い写真に感じる、
時間と空間に取り残される感覚というか。
- 工藤
- ああ、竣介がお好きでしたら、
この「寂寥(せきりょう)感」は、お好きだと思いますよ。 - ハマスホイの作品は、日本国内では
上野の国立西洋美術館に1点あっただけで、
今回の当館の新収蔵で、国内2点目。
展覧会でもない限りは、
上野か箱根でしか見られない作家なんです。
- ──
- いつごろ活躍された方なんですか。
- 工藤
- 印象派のちょっとあとくらい、でしょうか。
デンマークの画家なんですが。 - たとえば印象派については、
みなさんよくご存知ですけど、
じゃあ、そのとき
デンマークで何が起こっていたか‥‥とか、
なかなか、ご存じないと思うんです。
- ──
- いや、そうだと思います。
- 19世紀の後半とかフランスの話ばっかり、
といっても過言じゃないですよね。
それだけ印象派がすごかったんでしょうが。
- 工藤
- ええ。でも、その時代にも
デンマークではデンマークの画家が描き、
ハンガリーではハンガリーの、
日本では日本の画家が描いていたわけです。 - どんどん歴史に埋もれてしまう作家たちを
収蔵や展示という方法で、
ご紹介していく‥‥ということも、
わたしたち美術館の役割のひとつなのかな、
と思っています。
(つづきます)
2022-07-28-THU
-
いま「開館以来、最大規模」の展覧会が、
ポーラ美術館で開催されています。
モネとゲルハルト・リヒターの競演、
すべて新収蔵作品で構成された
藤田嗣治の展示室。
さらには、ルノワールやマティスなど、
ポーラ美術館ではおなじみの印象派、
20世紀美術の有名作から、
戦後の日本美術、
杉本博司さんなどの現代アートまで、
新旧の名画ががズラリと並びます。
見ごたえ、満足感が本当に、すごいです。
9月6日(火)までの開催。
この夏休みは、ぜひ、箱根へ。必見です。