連載第11弾は、箱根のポーラ美術館へ。
まさにいま、
開館以来、最大規模のコレクション展が
開催されています。
モネから、ルノワール、ベルト・モリゾ、
藤田嗣治、日本の具体、そしてリヒター。
ポーラ美術館といえばの名作から、
新収蔵作品もたーっぷりと楽しめます。
チャンスがあったら是非、
訪問することをお勧めしたい展覧会です。
ご案内くださったのは、工藤弘二さん。
担当は「ほぼ日」奥野です。
個人的には、
新収蔵作品だけの藤田嗣治さんの展示室、
あれがすごかった‥‥!

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第4回 モネとリヒター、その対比。

ゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》
1987年 油彩/カンヴァス 200.7×200.8cm
© Gerhard Richter 2022 (21072022) ゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》
1987年 油彩/カンヴァス 200.7×200.8cm
© Gerhard Richter 2022 (21072022)

──
いよいよ、やってまいりました。
工藤
はい、リヒターです。
──
今回の20周年記念企画のタイトルにも
モネと並んで入っている、
ゲルハルト・リヒターの目の前に、いま。
工藤
お時間は大丈夫ですか。
──
はい、もちろん大丈夫です。
ここで帰りますとは‥‥さすがに(笑)。
工藤
そうですよね(笑)。
直前までは田中敦子さんや白髪一雄さん、
中西夏之さん、李禹煥さんなど、
日本の戦後の美術を観ていただきましたが、
ここからは、
ヨーロッパからアメリカの抽象美術へと
入っていきます。
──
その「とば口」に、モネとリヒター。
このふたりを並べた意図‥‥というのは。
工藤
はい、そこですよね。
まず、モネをはじめ印象派の画家たちは、
西洋の伝統的な古典絵画な描き方、
すなわち筆の跡を一切残さず、
ツルツルに描きましょうというルールに
まったく縛られなかったわけです。
──
なるほど。今のご説明からは、
モネでいうと、
フランス国旗で一杯のパリの街を描いた、
あの絵を思い出しました。
工藤
そうした印象派の方法論が、
さまざまな「描き方」の誕生につながり、
広い意味ではリヒターのような
抽象表現につながりもするという流れがあって。
そのような歴史的な経緯をふまえて、
ここでは、このように、
モネとリヒターを対比的に置いています。

©Ken KATO ©Ken KATO

──
モネの《睡蓮》にも、
かなり抽象的なバージョンがありますね。
工藤
そうですね。この《睡蓮》は
太鼓橋がしっかりと描かれていますけど、
モネも、晩年へ向かうにつれて、
どんどん、その形態を崩していきますから。
このリヒターの作品は、
何か具体的なイメージを描いたわけでは
ないんですけど、
最下層のブルーの絵の具が、
どこか「海」や「湖」を思わせませんか。
──
ホントだ。いろんな色が塗られてるけど、
柳の枝の間からのぞく水面、
みたいな感じを、なんとなく受けました。
工藤
そうでしょう。
モネにも柳を描いた連作があるんですよ。
リヒターが、そのモネの柳の作品を
念頭に置いて描いたわけではないですが、
こうして並べると、
時代もタイプもちがうふたりですけれど、
ちょっと、おもしろいですよね。
──
あらためて、リヒターさんという作家は、
どういった立ち位置の方なんですか。
ちょうどいま、10月2日まで
東京国立近代美術館の大規模個展をやってますし、
六本木の
ワコウ・ワークス・オブ・アートでも、
7月30日まで
リヒターの展覧会が行われていますけど。
工藤
ドイツの作家で、現代アートの世界では
生きるレジェンド的な存在ですね。
何か描くか、というより、
どういうふうに描くかに問題意識があり、
たとえば、カンバスの幅と
同じくらいの広さのヘラで描いたりとか。
──
へええ‥‥。
工藤
画面に、たくさんの絵の具を層をつくり、
その層と層の間で何が起こるか‥‥
というような、
抽象絵画の実験をずっとしてきた人です。
だから「これは何ですか」と聞かれても
「抽象絵画です」と答えるしかない。
作品名も「アブストラクト」ですからね。

──
あの‥‥抽象絵画の人たちって、
いきなり最初から、
こんな作風だったわけじゃないだろうと
想像するんですが、
リヒターさんの場合も、はじめは‥‥。
工藤
このあとの展示室で観ていただきますが、
リヒターも初期には、
フォト・ペインティングをやってました。
写真をもとに絵を描く方法なんですが、
でも、当時から、
現在へつながる問題意識が垣間見れます。
手法は違えど、
画面の「層」に対する意識があるんです。
──
柳に見える‥‥のは、まったくの偶然で、
決して柳を描いたわけではない。
でも、今回、ポーラ美術館のみなさんは
そこからモネを連想して、
こうして、20周年の記念の展覧会で
「モネからリヒターへ」として並べたと。
工藤
大きな意味で「抽象絵画のはじまり」と、
「抽象絵画の、生きるレジェンド」とを、
並べてご紹介しているという感じですね。

©Ken KATO ©Ken KATO

──
なるほどー、おもしろいです。
この部屋には、
他にも現代美術っぽい作品がありますね。
ああー、この方はホラ、あの方ですよね。
東京国立近代美術館にある、
壁にいくつもトレイをくっつけたような。
工藤
ええ(笑)。ドナルド・ジャッドですね。
よくミニマリズムと言われるんですけど、
この作品も非常に彼らしい。
削ぎ落として削ぎ落として、
残されたものだけで構成しているんです。

──
文字でつまんなく説明すると
単なる「ピンクの箱」になりますけれど、
もちろん、
ぜんぜん別の魅力があります。
工藤
ピンクの素材はドイツ製アクリルである
「プレキシグラス」です。
構造としては、柱などの支持体でなくて、
ワイヤーで内部を突っ張っている。
で、この作品は、バラバラになるんです。
──
つまり、最小の要素に還元できると。
内部のワイヤーが見えていることで、
全体的に静かな緊張感がみなぎってます。
ポップだけど、張りつめた感じというか。
工藤
ああ、そうですね。
そのあたりも見せようとしてるんですね。
わざわざ透明にしているわけですから。
──
で、となりにある丸い作品が‥‥。
工藤
ええ。アニッシュ・カプーアさん。
インド出身の有名なアーティストですね。
──
不勉強で申し訳ございません、
お名前、存じ上げなかったんですけども。
工藤
おもしろいですよ。覗いてみてください。

──
はい。うーわ。
工藤
自分の像がグニャってなりませんでした?(笑)
──
はい、あの、なりました。
自分は乗り物酔いが激しくて
エレベーターとかでもよく酔うんですが、
これはダメなやつです(笑)。
工藤
あ、本当ですか。大丈夫ですか?(笑)
──
でも何だろう、このでっかい盃みたいな
凹んだ球面って、
どこに焦点を合わせていいかわからない。
それに、どこを見てるのかもわからなくなる。
自分の視覚を、信じられなくなるような。
工藤
球面にうっすら写っているご自身の像が、
前後左右、逆になってるんです。
声も、変なふうに聞こえません?
──
聞こえる!
工藤
こういう作品をずっとつくってる人です。
この作品は、世界各地にありますよ。
金沢21世紀美術館には、
カプーアの恒久展示室があるんですけど、
ごらんになってるんじゃないですか?
黒い楕円の作品が展示されているんです。
──
あっ、あのブラックホールみたいなやつ。
それなら見ました!(笑)
われながら、いいかげんだなあ‥‥。
写実主義のクールベの「問題作」である
《世界の起源》を参照しているという。
工藤
斜めに傾いた壁面に、楕円。
あの部屋ごと、ひとつの作品なんです。
個人的にも、好きな展示です。
さて、次の展示室は、2点のみですね。
まずは先ほど話に出た、
リヒターのフォト・ペインティングです。

ゲルハルト・リヒター《グレイ・ハウス》
1966年 油彩/カンヴァス 55.1×45.2cm
(c) Gerhard Richter 2022 (21072022) ゲルハルト・リヒター《グレイ・ハウス》
1966年 油彩/カンヴァス 55.1×45.2cm
(c) Gerhard Richter 2022 (21072022)

──
あー‥‥本物の、古い写真みたいですね。
でも、これも「絵画」なんですね。
工藤
写真をもとにしてはいるんですけど、
わざとぼかして描いています。
実際の写真はちゃんと写っているんですが、
ぼかすことによって、
作品の「層」の存在を明らかにしたかった、
と本人は言っているようです。
──
なるほど、ここでも「層」なんだ。
その問題意識を、ずっと持ってたんですね。
工藤
こういう絵を描いていた人が、
今では、ああいう絵を描いているんですね。
ぜんぜん違うんだけれども、
いまの「層」のエピソードを知っていると、
どちらのリヒターにも
共通する何かを見いだせるかもしれません。
そういうおもしろさがありますね。
──
もうひとりが、ハマスホイさん。
リニューアルした国立西洋美術館でも、
ぼくが訪問したタイミングでは、
こんな風に小さく区切られた展示室の一角に、
数点の作品とともに飾られていました。

©Ken KATO ©Ken KATO

工藤
北欧のフェルメールと言われている人です。
室内で過ごしている女性の、
しかも後ろ姿を描いたりしている作家です。
誰もいない部屋を描いたりもしているし、
とにかく、
ものさびしげな作品をたくさん残しました。
──
ただ単にドアが開けっ放しになってる部屋、
みたいな絵とか描いてますよね。
はじめて見たときは、不思議な感じでした。
工藤
歴史に埋もれていた作家だったんですけど、
日本では、14年前に
その国立西洋美術館で展覧会がありました。
さらに、一昨年の2020年に
東京都美術館で展覧会が開催されたことで、
少しずつ知られてきている作家です。

ヴェルヘルム・ハマスホイ《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》
1899年 油彩/カンヴァス 46.2×51.0cm ヴェルヘルム・ハマスホイ《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》
1899年 油彩/カンヴァス 46.2×51.0cm

──
無性にドキドキします。見ていると。
古い写真に感じる、
時間と空間に取り残される感覚というか。
工藤
ああ、竣介がお好きでしたら、
この「寂寥(せきりょう)感」は、お好きだと思いますよ。
ハマスホイの作品は、日本国内では
上野の国立西洋美術館に1点あっただけで、
今回の当館の新収蔵で、国内2点目。
展覧会でもない限りは、
上野か箱根でしか見られない作家なんです。
──
いつごろ活躍された方なんですか。
工藤
印象派のちょっとあとくらい、でしょうか。
デンマークの画家なんですが。
たとえば印象派については、
みなさんよくご存知ですけど、
じゃあ、そのとき
デンマークで何が起こっていたか‥‥とか、
なかなか、ご存じないと思うんです。
──
いや、そうだと思います。
19世紀の後半とかフランスの話ばっかり、
といっても過言じゃないですよね。
それだけ印象派がすごかったんでしょうが。
工藤
ええ。でも、その時代にも
デンマークではデンマークの画家が描き、
ハンガリーではハンガリーの、
日本では日本の画家が描いていたわけです。
どんどん歴史に埋もれてしまう作家たちを
収蔵や展示という方法で、
ご紹介していく‥‥ということも、
わたしたち美術館の役割のひとつなのかな、
と思っています。

(つづきます)

2022-07-28-THU

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  • ポーラ美術館開館20周年記念展 モネからリヒターへ 新収蔵作品を中心に

    いま「開館以来、最大規模」の展覧会が、
    ポーラ美術館で開催されています。
    モネとゲルハルト・リヒターの競演、
    すべて新収蔵作品で構成された
    藤田嗣治の展示室。
    さらには、ルノワールやマティスなど、
    ポーラ美術館ではおなじみの印象派、
    20世紀美術の有名作から、
    戦後の日本美術、
    杉本博司さんなどの現代アートまで、
    新旧の名画ががズラリと並びます。
    見ごたえ、満足感が本当に、すごいです。
    9月6日(火)までの開催。
    この夏休みは、ぜひ、箱根へ。必見です。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館篇

    007 大原美術館篇

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇