特別展には、大勢の人が集まりますね。
さまざまな切り口で、
国内外から美術作品を集めてきては、
おもしろく見せてくれるから。
でも、常設展に並んだ所蔵作品にこそ、
その美術館の個性が出るもの。
日本の国宝が迎えてくれるし、
パリへ行かずとも、ピカソに会えるし。
そこで、各館の常設展示をめぐって
所蔵する作品を見せていただく、
何とも贅沢なシリーズを、はじめます。
まずは、日本のミュージアムの起源、
上野の東京国立博物館さん。
記念すべきシリーズ第1弾なので、
和田ラヂヲ先生とうかがってきました。
お話をしてくださったのは、
東博の竹之内勝典さん、
伊藤信二さん、河野正訓さんです。
ラヂヲ先生の手には、
万が一に備えて(?)スケッチブック。
準備は万端。
担当はほぼ日奥野です。お楽しみあれ!
- 竹之内
- ここからは、ぐっと時代を遡って
考古学的な作品をごらんください。 - 専門家の河野がご案内いたします。
- ──
- よろしくお願いします!
- 河野
- さっそくで恐縮ですが、
当館の本館2階では、
日本美術の流れを、順を追って、
縄文時代から江戸時代まで、
絵巻物のようにご紹介しています。 - その導入部が、こちら。
いわゆる埴輪でございます。
- ──
- ハイ、埴輪。ゆるい!
- 河野
- こちらは「踊る人々」と言いまして、
埼玉県熊谷の野原古墳から出土した、
6世紀くらいにつくられたものです。
- ──
- 6世紀‥‥。
- 河野
- 先生は、どういうふうに感じますか。
この作品を見て、たとえば。
- ラヂヲ
- これにもバカにされている気がする。
さっきの「三酸図」の3人以上に。
- ──
- 先生、考えすぎでは(笑)。
- 河野
- すごく、いい視点だと思います。
- ──
- え、「いい視点」ですか!
- ラヂヲ
- バカにされていても、いいんだ(笑)。
- 河野
- はい、いいんです。
- 埴輪って、適当につくっているんです。
世界史的に見ても、すごく。
- ラヂヲ
- ああ‥‥たしかに、そんな気がするな。
- 河野
- たとえば中国の「兵馬俑」というもの、
あれは、今にも動きだしそうな、
実にリアルにつくられているんですが。
- ラヂヲ
- なるほど、表情とかもちゃんとあって。
- 河野
- その点、この埴輪の目や口の表現って、
指でズボッとやったくらいで、
きちんとした人の顔をしていませんね。 - 実はこの方は服も着ているんですけど、
表現が省略されていて、
帯がかろうじて、わかるくらいですね。
- ──
- 本当だ。
- 河野
- ですから、かなり適当につくっている、
というのが埴輪の特長なんです。 - 中でも、この「踊る人々」は最も適当。
- ラヂヲ
- ベスト・オブ・適当?
- 河野
- ベスト・オブ・適当。
- だから「バカにされてる」というのは
非常にいい視点だと思います。
- ラヂヲ
- このポーズには、意味があるんですか。
いわゆる「シェー」じゃないですか。
- 河野
- はい、イヤミの「シェー」のポーズに
似ているんですけれども、
どうやら、そうではなさそうなんです。
- ラヂヲ
- そうか‥‥「シェー」より古いもんね。
時代的に言ったら。
- ──
- ですよね(笑)。1500年くらい。
- 河野
- 片手を上げているんですけれど、
これについては
「踊っているんじゃないか」という説が
有力なんです。 - で‥‥どうして踊っているのかというと、
お葬式のときに
踊ったりしていたらしいという
古い文献の記述があり、
その場面を表現しているのではないかと。
- ──
- だから「踊る人々」なんですか。
- 河野
- しかし、ここ20~30年くらいで
「いや、踊ってないんじゃないか」説が、
台頭してきたんですよ。
- ──
- なんと。
- 河野
- ええ、新しい説では、
ああして「片手を上げている」のは
「馬の手綱を引いているんじゃないか」
とされているんです。 - 全国各地で発掘調査が進んでいますが、
片手を上げている人と馬とが
セットで出土することが多いんですよ。
- ──
- そう言われてみれば、
見えない馬が、見えてくるような‥‥。
- ラヂヲ
- わかりました。ズバリ。
- ──
- 先生、どうぞ。
- ラヂヲ
- 彼にタスキをかけてみてくださいよ。
選挙で街頭演説をやっている人だよ。
- ──
- つまり、立候補したんですか、この人。
- ラヂヲ
- そうです。
- 河野
- いや‥‥街頭演説をしている‥‥説は、
まだ、ないんですけれども。
- ラヂヲ
- あ、ないですか(笑)。
- 河野
- はい、ないです。残念ながら。
- と言いますのも、古墳時代に
立候補をする可能性があったとすれば、
それは、えらい人だったと思うんです。
- ──
- この人は‥‥えらくない?
- 河野
- えらくない。
- ラヂヲ
- たしかに、えらい人には見えないなあ。
- 河野
- その証拠に「足」が表現されていない。
- 上半身しか表現されないのは、
比較的、身分が低い人の特長なんです。
- ──
- はぁ‥‥そうなんですか。
- 河野
- あと、サザエさんみたいな髪型ですね。
- ラヂヲ
- そうですね。こっちの人は。
- 河野
- これは「上げ美豆良(ミズラ)」と言って
古墳時代の男性の髪型。これも
比較的、身分の低い人の特徴なんです。 - 他方で、こちらの埴輪は
両足もちゃんと表現されておりますし、
身分の高い人でしょう。
- ラヂヲ
- シルクハットみたいな帽子も被ってる。
- 河野
- こちらは「盛装の男子」と呼ばれています。
- 先ほどの「踊る人々」というのは
有名な埴輪ではありますが、
学術的にはそんなに価値はないんです。
- ラヂヲ
- えっ、そうなんですか。
- 河野
- はい、少なくとも、
重要文化財や国宝には指定されてない。
- ──
- 有名なのに学術的な価値が低い、とは?
- 河野
- どういうかたちで出土しているのかが、
はっきりしてないんです、ひとつには。 - 昭和5年に発掘されているんですけど、
当時の詳細な記録が残っていない。
- ──
- なるほど‥‥由来が不明だから。
- 河野
- これらが出土した埼玉県熊谷というのは、
「中心」からは外れているんです。 - 当時は、群馬県の高崎あたりが、
地域として栄えていたみたいなんですが。
- ──
- 6世紀当時。へええ‥‥。
- 河野
- 熊谷は、そこからちょっと離れています。
- つまり、田舎だったから、
ある意味で「適当なもの」をつくっても、
許されたんじゃないかと。
- ──
- 地方のおみやげ品みたいな‥‥?
- 河野
- そうかもしれません。
- ラヂヲ
- そうなんだ(笑)。いやあ、そう聞くと、
いっそう愛着が湧いてくるなあ。
- 河野
- ただ、世界史的に見た場合には、
埴輪というのは、
造形を省略化するのがポイントなんです。 - その最たるものという意味で、
埴輪の代表と位置づけることはできます。
- ラヂヲ
- 何とも言えない味があるけど。
- ──
- あ、「みみずく土偶」だって。かわいい。
- ラヂヲ
- あ、ホントだね。かわいいぞ、これは。
(つづきます)
2021-02-01-MON