
日本各地のミュージアムの
常設展示やコレクションを拝見してきた
不定期連載も、第10弾。
節目の回の今回は、北陸新幹線に乗って、
彼方に立山連峰を望む
富山県美術館におじゃましてきました。
ピカソやベーコンをはじめとする
珠玉の20世紀美術から、
ポスターや椅子など
デザイン分野のゆたかなコレクション、
さらには、富山県にゆかりの深い
瀧口修造さんの特別展示室まで。
ご案内くださったのは、
麻生恵子さん、稲塚展子さん、
八木宏昌さんの学芸員のみなさんです。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- さっき屋上に上がったんですけど、
遠くに山々を一望できて、
何だかもう、すごいよかったです。
- 麻生
- オノマトペの屋上と呼んでいます。
- 建築家の内藤廣さんの設計なんですが、
立山連峰の見えるところが、
この場所のいちばんの魅力だろうって。
実際の建物を建てるにあたっては、
富山でつくられたアルミ、
県産材の杉材を多く使っているんです。
- ──
- あかるい雰囲気で、すごく開放的です。
- こういう場所で、
20世紀美術の傑作が楽しめるなんて、
何かもう、すごいぜいたくですね。
- 麻生
- ありがとうございます。
では、さっそくご案内していきますね。 - いま、おっしゃっていただいたように、
当館では
20世紀の美術を主な柱としています。
1万6500点ほどの作品を収蔵していますが、
絵画と彫刻で、2600点ほど。
あとはポスターのコレクションです。
- ──
- 国際的なポスターのトリエンナーレで
有名ですものね、富山県美術館って。
- 麻生
- ご存知でしたか!
重ねがさねありがとうございます。 - これ、当館の
中学生のためのガイドブックなんですけれど、
前身の富山県立近代美術館の時代から、
地元の北陸銀行さん
(公益財団法人 北陸銀行奨学助成財団)の助成で、
中学1年生に向けてつくっていただいています。
1993年から毎年、
富山県全域の中学1年生に配っているんです。
- ──
- それはうらやましい。富山の中学生。
- 内容的には、こちらの美術館の紹介と、
20世紀美術の案内‥‥ですか?
- 麻生
- はい。現在は、次の企画展を
「まるごとTADこども美術館」と銘打って、
美術館全体を
子どもたちが主役となる展示にしようと
準備を進めているんですが、
(※終了しました。5月28日〜7月5日まで開催)
ここからの常設展示もその一環で、
このガイドブックを手に持って鑑賞しよう、
という趣旨なんです。
- ──
- こんなに立派で
わかりやすいガイドブックが手元にあれば、
美術に親しみが湧きそうですね。
- 麻生
- とくに当館では、子どもたちとの
対話型の鑑賞に力を入れてきたんですね。 - 知識とか情報というより‥‥たとえば
「何々時代、
〇〇イズムのナントカさんが描いた絵で」
ということではなくて、
「この人、何をしてるところだと思う?」
とか
「この絵のどういうところが気になる?」
とかって聞いていくんです。
- ──
- まさしく「対話」ですね。
- 麻生
- すると、美術の知識のない子どもたちも
「ヒゲのおじさんだ」とか
「下のほうに動物みたいなのが見えるよ」
とか、作品を真剣に見てくれる。 - 隣の友だちの言ったことが、
自分の考えたこととはちがったりすると、
「なんで、そんなふうに思うんだろう」
って、もう一回よく見てくれるんですね。
- ──
- やり取りの中で、興味を掘り起こされる。
- 麻生
- 美術を見るということは、
美術作品だけで成立するのではなくて、
自分は何を考え、どう感じるのか、
何が気になったのかを知る、
ということに深く関わっていて、
それは自分を見つめることでもあると思うんです。
- ──
- なるほど。自分を見つめる。
- 麻生
- 直接的な対話型鑑賞の機会は、
コロナ禍ということもあり、
現在はほとんどが中止となっているのですが、
今回の展示を通して、
美術館のこうした取り組みを知っていただきたいと思い、
紹介することにしました。
- ──
- ちなみに今は、どういう作品が出ているんですか。
- 麻生
- 当館でもハイライトとなる作品ばかりですね。
まずは、こちら。ジャコメッティ。
アルベルト・ジャコメッティ《裸婦立像》1950年頃 富山県美術館蔵
- ──
- 《裸婦立像》。
- 麻生
- この作品はジャコメッティと懇意だった
矢内原伊作さんという、
哲学者でフランス語翻訳者でもあった方が
お持ちだった作品です。 - もともとジャコメッティは、
シュルレアリスムの影響を受けた
オブジェのような作品をつくっていたんですが、
最終的には、みなさんご存知のように、
細く長い彫刻で知られるようになるんですね。
- ──
- ええ。まさにジャコメッティ、という感じの。
- 麻生
- こんなに細長いのに、
本人は「見たまんまの姿を彫刻にしたい」と
思っていたそうです。おもしろいですよね。 - 実制作のときは
モデルに「およそ1.4メートル先」に座ってもらい、
デッサンや粘土いじりをしていたそうで。
- ──
- 決まってたんですか。メートル数が。へええ。
- 麻生
- 矢内原さんもモデルを務めていたのですが、
そのときは
2年間の留学期間では終わらず、
滞在を延長してもらってつくったそうです。 - 何でも、全体をとらえようとすると
細部がうまくいかなくなり、
細部を詰めていこうとすると全体が見えなくなると、
とにかく必死に見て、
ずっと延々と見て削って見て削って‥‥を
繰り返した人なんだそうです。
- ──
- そうやって、このかたちに行き着く。
はあーー‥‥!
- 麻生
- ジャコメッティより前に「彫刻」と言ったら、
理想の人体像‥‥つまり、
たくましくて、大きくて、美しいみたいな、
そういう作品を目指していて、
人々も、そうイメージしていたと思うんです。
- ──
- ギリシャ、ローマ的な。ザ・彫刻、的な。
- 麻生
- ですので、当時は
ごく少数の人にしか理解してもらえずに、
奥さんと弟を頼りに、
ずっと作品の制作を続けていたそうです。 - 彼は、こう言ってるんです。
「偉大な冒険とは、同じ顔の中に、
日ごと見知らぬものが現れるのを見ることだ。
それは世界をまわる
どんな旅行よりも偉大なことだ」
- ──
- コーネルもそんな感じの人だったと
聞いたことありますが、そういう人だったんだ。 - 心のなかで旅してたんですね。
- 麻生
- モデルも奥さんと弟と、矢内原伊作さんと、
限られた親しい人ばっかりでした。
それでも、
延々と見て延々とつくっても飽きないって。
- ──
- こういう細長い作品しか知らないのですが、
「見たまんまをつくろうとした」って、
つまり、こういうふうに見えていたのかな。
- 麻生
- そうなんでしょうね。
- 見つめれば見つめるほど、
つくり込もうとすると、
どうしても、どんどん細長くなっていく。
マリリン・モンローが好きだったんだけど、
自分がつくると
どうしても細長くなってしまうって(笑)。
- ──
- 不思議だなあ。人間の創造性の神秘。
- 麻生
- わたしなんかも
ジャコメッティの作品を見るたびに、
「人間とは何か」
みたいなことを思ったりするんです。 - 人間というものから
いろんなものを削ぎ落としていくと、
最後に残るのは、
こういうイメージかもしれないって。
- ──
- なるほど。本質、というのか。
- 麻生
- といったような作品からスタートしまして、
シャガール、ルオー、ポロック‥‥。
- ──
- クリストさんもいますね。
- 麻生
- はい。そして、ピカソ。
- 当館は、公立美術館のなかでも、
ピカソの作品を数多く所蔵しているんです。
全部で8点、うち絵画は4点。
- ──
- この作品は‥‥版画ですか。
- 麻生
- はい、これは《貧しき食事》という銅版画作品で、
スペインからパリへ出てきて、
貧しい暮らしのなか制作を続け、
ようやく作品が認められてきた時代‥‥
「青の時代」から「バラ色の時代」へ
移行するころの版画ですね。
- ──
- どういう場面を描いているんですか。
- 麻生
- 友人とその恋人を描いたと言われています。
- スペインからパリへ出てきたときに
一緒だった親友です。
しかし彼は
パリで恋愛の苦悩の果てに自殺してしまう。
哀愁を帯びた青い絵を描いたことから
「青の時代」と呼ばれていますが、
「青の時代」って、生きるか死ぬかみたいな、
青春のような切実さがあって、
ピカソのなかでも人気がある時代ですよね。
- ──
- ぼくも「青の時代」がいちばん好きかも。
- 他にもピカソといえばのキュビスムとか、
新古典主義時代の作品もありますね。
- 麻生
- ええ、ピカソは「創造と破壊の画家」と
言われていますから、
本当にいろんな作品を残しているんです。 - こちらの《肘かけ椅子の女》は、
古典に回帰していた時期の作品で、
灰色を基調とした落ち着いた色彩で描かれています。
女性が穏やかな表情で少しふっくらしてますね。
- ──
- ピカソをたくさん所蔵されているのには、
何か理由があるんですか?
- 麻生
- 当館の軸となる20世紀の美術では、
ピカソはなんといってもスーパースターです。 - 当館はコレクションの方針を
「20世紀美術」としていますが、
この考え方の出発点として、まずピカソを置き、
「アフター・ピカソ(ピカソ以後)」を
コレクションの中軸とすることにしました。
- ──
- 出発点としての、ピカソ。
- 麻生
- この《肘かけ椅子の女》は、
この美術館の前身の
富山県立近代美術館の準備室時代に購入しています。 - 他にピカソ晩年の作品である
ジャクリーヌを描いた作品《座る女》も
展示していますが、
ともに世界のピカソ展に貸し出している、
とても貴重な作品なんです。
- ──
- 横浜美術館、愛知県美術館と
富山県美術館のコレクションを集めた
2020年の「トライアローグ」展でも、
いきなり冒頭から
それぞれ所蔵するピカソが競演していて、
まさに圧巻でした。 - そして、あちらにはベーコンが。
- 麻生
- ああ、ご存じでございますね。
- ──
- 2019年のポンピドゥー・センターで
展覧会を見ました。
- 麻生
- 素晴らしい。
- この作品は79年に購入したものですが、
77年の作品なんです。
描かれてから比較的早いタイミングで、
購入しています。
フランシス・ベーコン《横たわる人物》1977年 富山県美術館蔵
Lying Figure, 1977 [CR 77-07]© The Estate of Francis Bacon. All rights reserved. DACS & JASPAR 2022 G2915
- ──
- 当時は、ベーコンって、日本では‥‥。
- 麻生
- まだ、それほど知られていませんでした。
もちろん世界では有名でしたが、
ただ、今のような値段じゃなかったので、
当時購入できたのは幸運ですよね。
- ──
- ここに描かれている、このお方は?
- 麻生
- ミシェル・レリスという評論家で、
ベーコンが敬愛した友人を描いています。
- ──
- ご友人。こういう感じの作品が多いのは、
どういう理由なんですかね。
- 麻生
- どう思われますか。
- ──
- 気持ち悪い‥‥って‥‥言っていいのか。
心がかき乱されるような感じがします。
- 麻生
- いや、本当ですよね。
- 購入当時に展示していたときにも
おっしゃるように「気持ちが悪い」とか、
心がザワザワするとおっしゃる人が、
けっこうおられたそうです。
この何かケモノみたいな足もそうですし、
男性のおしりが、
ちょっと生々しいっていうか、肉っぽい。
- ──
- はい‥‥そう思います。
- 麻生
- あまり他人に見せられないような現場を
のぞき見ているような‥‥気持ちの悪さ。
- ──
- ちょっと忘れられない感じがしますよね。
- 麻生
- でも、じつは誰しも持ってるんですよね、
そういう「人に見せられない部分」って。 - ふだんは着飾って見せないようにしてる、
ただそれだけで。
自分ひとりだけで部屋にこもっていたら、
こういう側面が、
人間には誰しも必ずあるはずなんですね。
- ──
- あるかも‥‥自分にも‥‥。
- 麻生
- だからこそ、見る人の心に迫ってくるし、
いちど見たら忘れられない。 - それどころか、
強烈に好きで「買いたい!」という人が
たくさんいるからこそ、
価値が上がっていくわけじゃないですか。
- ──
- うわーと言いつつ、惹かれてしまう。
両手で顔を覆ってるんだけど、
指の隙間からまじまじ見ちゃうみたいな。
- 麻生
- この絵を見て「救われた」と感じる人もいます。
- ──
- ベーコンさんの絵をはじめて知ったのは、
例の教皇の絵でした。
- 麻生
- 叫んでいるような。
あのシリーズも衝撃的ですよね。
- ──
- それで「何だ、この人の絵は」と思って。
- 麻生
- やっぱり、
見てはいけないものを見てしまった‥‥
そんな気にさせる作品は、
たぶん、人間の内面の本質的なところを
描いてるんじゃないでしょうか。 - 20世紀美術の作家のなかでも、
フランシス・ベーコンは、
ピカソと並ぶほどの存在です。
(つづきます)
2022-07-11-MON
-
東京、愛知と巡回し大盛況だった
「ミロ展ー日本を夢みて」が
7月16日(土)より、
いよいよ富山県美術館へやってきます。
世界ではじめて、
本国スペインよりも早く
ミロの本を書いた
瀧口修造さんゆかりの地・富山で、
大人気だった展覧会をしめくくります。
親日家だったミロと日本の関係に
注目した展覧会には、
スペインやニューヨークなど世界から
ミロ作品が集結します。
詳しいことは展覧会の公式ページで。