日本各地のミュージアムの
常設展示やコレクションを拝見してきた
不定期連載も、第10弾。
節目の回の今回は、北陸新幹線に乗って、
彼方に立山連峰を望む
富山県美術館におじゃましてきました。
ピカソやベーコンをはじめとする
珠玉の20世紀美術から、
ポスターや椅子など
デザイン分野のゆたかなコレクション、
さらには、富山県にゆかりの深い
瀧口修造さんの特別展示室まで。
ご案内くださったのは、
麻生恵子さん、稲塚展子さん、
八木宏昌さんの学芸員のみなさんです。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- あ、舟越桂さん。この方の作品も好きです。
ちょっと前の
松濤美術館の展覧会で、たくさん見ました。
- 麻生
- 当館では、
初期の代表作《澄みわたる距離》を所蔵しています。
来館者からたいへん人気のある作品です。
- ──
- やっぱり! いいですものね‥‥いつ見ても。
というか、会っても。
- 麻生
- 舟越さんは、
お父さまも彫刻家(舟越保武氏)でいらして、
幼いころから木彫にふれ、
仏像など見て感動されたりしたそうですね。 - 長じて彫刻家となり、舟越さんならではの、
彩色の人物をモチーフにした彫刻を
つくるようになります。
それも、こんなふうに、
身近にある作業台を使ってつくっていたり。
- ──
- あ、これは「台」も含めて作品なんですね。
- 麻生
- そうなんです。
- 1988年のヴェネチア・ビエンナーレに
出品されたとき、
捨ててあったような分厚い木の板を見つけ、
急遽その板を使って
展示台にされたことがあったんです。
- ──
- おお。
- 麻生
- 偶然の出会いから生まれた展示でしたが、
もともとそうであったかのように、
空間がぴたりと決まった。 - この作品を制作したあとも、
作業台を実際に彫刻台として使ってみたところ、
これで作品が完成したと感じたそうです。
- ──
- 作業台、だったんですか。もともと。
- 麻生
- 彫刻というものは、
単体で存在するわけでなく、
その場所や空間とともにあるものだということを
あらためて感じさせるエピソードですよね。 - この作業台まで含めて眺めると、
木彫の人間像が、より空間の中で生きている、
より日常の世界にいる人みたいな気がする。
- ──
- たしかに。ふしぎと。そうですね。
- 麻生
- 勇壮な騎馬像や肖像彫刻などのイメージの「彫刻」と
比べてみてください。
舟越さんの作品は、そうではない。 - 白いシャツを着た細身の眼鏡の男性とかが、
スーッと、静かに立っているだけ。
- ──
- 自分は、舟越さんの作品は「目」を見てしまいます。
- 麻生
- この目は、大理石なんですよ。
表情が豊かですよね、とても。 - 大理石に色をつけているんですけれど、
本物の目みたいですよね。
- ──
- はい、ついつい近寄ってみたくなっちゃう。
- あと背中や後頭部はどうなってるのかなと、
ぐるっとまわりをひとまわりしちゃいます。
- 麻生
- わかります(笑)。
- 舟越さんの作品って、
一見するとシンプルな構成で、
立体を単純な「面」で表現しているような
雰囲気があるじゃないですか。
- ──
- 自分は「水面」という言葉が浮かびます。
理由はわからないのですが。
- 麻生
- なるほど。静けさの中にある、
繊細さ、力強さといったイメージですかね。 - よく見ると、
本当に繊細な表現をなさっているんです。
そのギャップが魅力的なんだと思います。
- ──
- ああー、なるほど。
- 麻生
- 実際に作品を見る体験ならではですね。
- ぜひ、当館にお越しいただいて、
直にごらんになっていただきたいです。
- ──
- こちらの作品は、
横浜美術館の「トライアローグ」展で
見た憶えがあります。
- 麻生
- あ、出品されていました。マックス・エルンスト。
《森と太陽》という作品です。
- ──
- グラッタージュ‥‥でしたっけ?
- 麻生
- はい、そうです。よくご存知ですね。
- ──
- 横浜美術館の学芸員のかたに、
取材のときに教えていただいたんです。
- 麻生
- はい、グラッタージュという手法は、
木など何らかの凹凸のある物質を
キャンバスの下に置き、
絵の具をパレットナイフでこすり出して
質感を浮かび上がらせる手法。
- ──
- すごく、ふしぎな感じですよね。
- 麻生
- ええ、この作品に限らず、
当館でもシュルレアリスムは人気ですね。 - ちょっと騙し絵的な要素もありますし、
一見ふつうなんだけど、
よくよく見ると、ありえない世界、
じつにおもしろい世界が広がっているので、
子どもたちにもとっても人気です。
- ──
- あ、子どもたちも好きですか?
- 麻生
- 大好きですね。
- みんな「この絵、不思議」って言うから、
「どうして不思議?」と聞くと、
「月みたいな太陽みたいなのが出てるし」
とか
「木なのかな、UFOみたいにも見える」
とか、
もう、いろんな意見が出て楽しいんです。
- ──
- 何が描かれてるのかはわからないけれど、
おもしろいという気持ちは抱くんだ。
- 麻生
- そうなんです。偶然につくられた絵柄が、
不思議な世界をかたちづくっている。
子どもたちには、もう大発見なんですね。 - このマグリットの作品も、
遠くから見ると、穴が空いているように。
- ──
- あ、見えますね!
- ズボンの暗色が鍵穴みたいに見えました。
作品名も《真実の井戸》なんですね。
- 麻生
- 近くで見るとパンツと革靴とわかります。
ごく日常的なものを描いて、
絶対ありえない風景を生み出しています。 - 当館では、いまは展示してないんですが、
この絵の「彫刻」も所蔵してまして、
絵と彫刻を
一緒に並べて展示することもあるんです。
- ──
- この足の彫刻があるんですか。へえ‥‥。
- 麻生
- そして、メレット・オッペンハイム。
ベルリンに生まれ、スイスを中心に活躍した女性作家です。 - これも「トライアローグ」に出品されていたかも。
- ──
- はい、リスさん。横浜でお会いしました。
ビールジョッキと
人口の毛皮でつくられているんですよね。 - そのとき教えてもらったんですが
ぜんぶで「100個」つくられたうちの、
こちらのリスさんと、
横浜美術館さんが所蔵してるリスさんが、
並んで展示されていました。
- 麻生
- 大量生産品から新たなイメージを想像させる作品で、
まったく無関係の毛皮とジョッキ、
ふたつをあわせてリス‥‥って、
可笑しいし、かわいいですよね。
- ──
- はい。こうして一匹でもかわいいですが、
ああして二匹ならぶと、かわいさも倍に。 - ちなみにそのとき、
横浜さんに「見分けかた」を聞きまして。
- 麻生
- えっ、本当ですか?
しっぽが少しフワフワしてるのが、うち?
- ──
- ええっとですね、
もちろん毛並みでも判断できるんだけど、
どちらかのビールジョッキに、
ちっちゃい虫さんのご遺骸が入って‥‥。
- 麻生
- ええ~! ちょっと、やめてください!
- ──
- ご安心ください‥‥と言うべきなのか、
それは横浜さんのほうのリスさんでした。
- 麻生
- ああー、そうなんですか(笑)。
富山は、ちょっとフワフワしてるんです。 - ちなみに、このオッペンハイムさんって、
20世紀美術における貴重な女性作家。
当館では
20世紀美術を軸に集めてきましたけど、
これまで、
女性作家はそれほど多くなかったんです。
- ──
- その問題意識は、
今どの美術館さんでも共有されていますね。 - 女性作家に、
もっと積極的に注目していきたい‥‥と。
- 麻生
- そうなんです。
当館でも、そこはこれからの課題ですね。
- ──
- そして、ウォーホルの《マリリン》。
- この作品はもう、
20世紀美術ではあまりに有名というか。
- 麻生
- はい。こちらは版画の作品ですけれども、
つい最近、同じマリリンを描いた
ウォーホルの肖像画が、
20世紀の美術作品としては
ピカソの《アルジェの女たち》を抜いて、
史上最高額で落札されていましたね。
- ──
- え、それはいったいおいくらで‥‥。
- 麻生
- 253億円、とかだったと思います。
- 落札されたのは版画じゃなく、
キャンバスにシルクスクリーンを施したペインティングで、
さらに「いわくつき」で、
ウォーホルのアトリエにアーティストが押し入って、
積み重ねられていた作品にピストルを撃った事件があり、
それらの作品《ショット・マリリン》のうちの1点でした。
- ──
- おお‥‥!
- 麻生
- そういった「物語」があるので、
とりわけ高い値段がついています。 - そして、ジョージ・シーガルです。
ウォーホルより少し年上、アメリカの作家です。
ポップアートは
日常を題材にすることが多いんですけれど、
このシーガルの作品が表現するのも、
夜の街角に立ってる、少し疲れた感じの女の人。
作品名は《戸口によりかかる娘》です。
- ──
- どこか、さみしげな‥‥。
- 麻生
- これ、「石膏」でできているんです。
- ──
- え、ギプスとかの?
- 麻生
- そうなんです。
シーガルさん、思いついちゃったらしくて。 - 立体表現とか、彫刻って言うけど、
人体のかたちから直接型を取る医療用包帯を使って、
石膏で取っちゃえばいいんだと。
- ──
- はああ‥‥手びねりで、とかじゃなくて。
- 麻生
- そう。それまでの「彫刻」は、
ひとつひとつ粘土でつくったり、
木や石を削ったりしたんですが、
直接、人の体を型取りしてつくろうと。 - そしたら、それはもう
リアルにつくれるに決まってるわけですが、
当時、その方法はタブー視されていたんですよ。
「そんなものは彫刻じゃない」って。
- ──
- 何となく、その意見もわかりますが。
- 麻生
- 舟越さんのときにも言いましたが、
彫刻って、ちょっと高い位置にありました。
だいたいが「理想の像」なので
勇ましい場面で、カッコよくて、
実物よりも大きめにつくられているんです。 - でも、この作品は、等身大の大きさで、
疲れた女性と夜の街、日常にある世界を表現しています。
こういう作品は、
当時、ものすごく話題となり、衝撃を与えました。
- ──
- えっと、洋服の上から型取りしたんですか。
この人、スカート穿いてますし。 - それが、なんだか違和感を感じた理由かも。
- 麻生
- そうなんです。
彼の石膏彫刻はだいたい洋服を着ています。
理想像を追求していたアートが、
日常の姿を表現するようになったんですね。 - ウォーホルは
デザインからアートへ接近していった人で、
誰でも知ってる
マリリン・モンローの写真をもとにして
シルクスクリーンで大量に複製し、
当時の「美術とは」という
人々の常識をアッと驚かせたわけですけど、
シーガルも、その系譜上にある作家です。
- ──
- この取材をしていると実感するんですけど、
とくに20世紀以降って、
作品をつくる際の工夫だとか手法ごと作品、
みたいな感じになっていきますよね。 - 石膏だったり、大量複製だったり、
シュルレアリスムなんかまさにそうですし、
具体の白髪さんは足で描いてみたり。
- 麻生
- そうですね。発見していく、というか。
- 今回は出ていませんが、
デュシャンの存在が大きかったと思います。
アイディアをアートにしたという意味では。
- ──
- 便器を倒して「《泉》です」と。
- 麻生
- そう、絵を描くだとか彫刻をつくるだとか、
ようするに、
時間をかけてかたちにするだけじゃなくて、
アイディアそのものがアートなんだ、と。
クリストのような作家も、まさにそうですよね。
- ──
- 何しろ「梱包」ですものね。
- 麻生
- クリストの「梱包」によって、
これまで見えていた、日常の世界が一変してしまう。 - 自分の好きなものや、
自分が見たいものを表現すればいいんだ‥‥って、
芸術そのものに対する
つくり手の意識が変わってきたんでしょう。
- ──
- なるほど。芸術とはこういうものである‥‥
という「基準」が
自分以外のところにあった時代から。
- 麻生
- こちらのフォンタナもおもしろいですね。
そういう意味では。
- ──
- 大原美術館さんで「赤」を見ました。
- 麻生
- フォンタナは建築、彫刻を学んだ人ですが、
絵画の概念を変えた人です。 - この絵画作品、
表面にナイフで切ったような跡がありますが、
ただ単に切っているだけじゃない。
作品の後ろ側に、
黒いテープを貼って手を入れてるんです。
つまり、「切り傷」が
こう見えるように加工してるんですよね。
- ──
- なるほど‥‥はじめて現物を見たときに、
傷が生々しいというか、
すごく痛そうな傷だなあと思ったんです。 - 本の図版や写真で見ていただけのときは、
そう思わなかったんですが。
そうやって
見え方をコントロールしていたんですね。
- 麻生
- そうなんです。
- だからこそ「切っただけ」の作品なのに、
そこに「何か」を感じるし、
当たり前のことなんですが、
絵画という平面も
まわりの空間があって、立体なんだと。
まるで、宇宙のようにも思えてくる。
だから、見ていて飽きないんだと思います。
(つづきます)
2022-07-12-TUE
-
東京、愛知と巡回し大盛況だった
「ミロ展ー日本を夢みて」が
7月16日(土)より、
いよいよ富山県美術館へやってきます。
世界ではじめて、
本国スペインよりも早く
ミロの本を書いた
瀧口修造さんゆかりの地・富山で、
大人気だった展覧会をしめくくります。
親日家だったミロと日本の関係に
注目した展覧会には、
スペインやニューヨークなど世界から
ミロ作品が集結します。
詳しいことは展覧会の公式ページで。