日本各地のミュージアムの
常設展示やコレクションを拝見してきた
不定期連載も、第10弾。
節目の回の今回は、北陸新幹線に乗って、
彼方に立山連峰を望む
富山県美術館におじゃましてきました。
ピカソやベーコンをはじめとする
珠玉の20世紀美術から、
ポスターや椅子など
デザイン分野のゆたかなコレクション、
さらには、富山県にゆかりの深い
瀧口修造さんの特別展示室まで。
ご案内くださったのは、
麻生恵子さん、稲塚展子さん、
八木宏昌さんの学芸員のみなさんです。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第3回 膨大なポスター・コレクション。

──
ここからは、富山県美術館といえばの
ポスターの展示ルームですね。
外の風景も見えて、
絵画作品の展示室にはない明るさです。
稲塚
はい、大きな窓を設えておりますから、
展示室としては、
明るくて風通しのいい印象を受ける空間です。
とはいえ作品を展示する場所ですから、
紫外線防止対策がとられたガラス建材ですし、
陽が差す時間帯は
ロールスクリーンをおろしています。
──
なるほど。
稲塚
ポスターも
壁に貼られているように展示するだけでなく、
ごらんのように宙吊りで展示しています。
当初「ポスター」なので
この空間に「壁を立てて展示する」ことも
想定していたんです。
──
世のポスターというものは、
たいがい「壁」に貼ってありますもんね。
稲塚
でも、当館建築中、まだ内装も何もない
空っぽの状態で見に来たときに、
デザインの部屋でもあるし、
この、開放的で奥まで風通しのいい
雰囲気のある空間を
最大限に活かしたいと思って、
パネルを宙吊りにする方法にしたんです。
──
何だか、本当にそよ風を感じそう。
稲塚
おっしゃるようにポスターって、
街の中では「壁」に貼ってあるわけですが、
美術館という、
日常生活の延長にありながら、
そこから一瞬、切り離されて、
思考や気持ちをスイッチできる場所なので、
ポスターも、
日常のお役目から少し離してあげようって。
──
新鮮です、こんなふうにポスターを観るの。
稲塚
ありがとうございます。
あちらには「椅子」を展示しておりますが、
逆に壁に並べました。
椅子も、日常のなかでリアルに使っている
道具であるゆえに、
ふだんの生活の中での役割の延長上で、
つまり「座る目線」で見てもらうのでなく、
美術館のなかで、
造形としてのおもしろさ、
それこそ「彫刻」に近いようなものとして、
みなさんに鑑賞していただきたいな、と。

──
何かもう、すごい。名作椅子がズラーッと。
稲塚
椅子という日常にある造形物を、
あらためて「デザイン」として、
上から下まで見ていただきたい。
先行して椅子のコレクションを行っていて
評価も高い、武蔵野美術大学さんや、
海外のデザインミュージアムでの展示方法も
参考にしました。
──
いや、壮観です。
稲塚
ひとつひとつ造形におもしろさがあり、
作品として見ても十分鑑賞に耐えうるものなので、
こうして絵画のように壁に並べてみたんです。
大まかすぎですが、向かって右から左へと
時代の流れに沿う順にしています。
──
展示の方法ひとつにしても、
明確なねらいや意図があるってことですね。
ではまず、ポスターからでいいですか?
自分は「ポスター」というものについては、
何の知識もないんですけど、
どういった基準で展示されているんですか。
稲塚
まず当館のポスターのコレクションですが、
前身の富山県立近代美術館が開館した
1981年ごろから
国内外の現代のポスターを収集しはじめて、
現在約1万4000点が収蔵されています。
──
すごい数ですね。
稲塚
そして、富山県立近代美術館時代の1985年から、
3年に一度、
「世界ポスター・トリエンナーレトヤマ」といって、
世界公募のポスター展を開催してきました。
愛称は「IPT」で、
「インターナショナル・ポスター・トリエンナーレ・トヤマ」
の頭文字です。

──
ええ。
稲塚
IPT開催ごとの受賞・入選作品と
審査員の出品作品を大きな軸として、
審査や運営で当館とご縁を結んでいただいた
デザイナーの方々やデザイン団体から
ご寄贈いただいたもの‥‥などが、
当館のポスター・コレクションになっていったんです。
──
国際公募展の活動で集まってきた作品が、
そのままコレクションにつながっていると。
だから、そんなにたくさんあるんですね。
稲塚
3年にいちどの国際コンペティションの、
受賞作や入選作など出品作品が
コレクションに加わっていくわけです。
毎回「直近3年間ぶん」の新しいポスターが、
世界各国から
富山に集まってくるということになりますね。
ポスターというのは「時代を映す鏡」とも
言われますけど、
いま、自分たちの生きている時代が、
1枚の紙であるポスターに乗って、
さまざまなビジュアルメッセージとして映し出されて、
富山に集まってくるんです。
──
そのポスター・コレクションの中から、
今回は、どのようなポスターを選んでいるんですか。
稲塚
はい、テーマは「ポスターと動物」です。
ポスター・コレクションの中から、
動物が出てくるポスターを30点くらい選びました。
たとえばこちらは、2018年のIPT入選作、
スイスのデザイナー、
クロード・クーンさんのポスターなんですけれど。

クロード・クーン 《ベルン動物園―シルクモンキーがやって来ました》 2017年 富山県美術館蔵 クロード・クーン 《ベルン動物園―シルクモンキーがやって来ました》 2017年 富山県美術館蔵

──
かわいい‥‥。
稲塚
ベルン動物園に「シルクモンキー」という、
ピグミーマーモセットの頬のところが
白くフワフワしたようなおサルさんがいて。
その子の新しい展示のゲージができました、
というお知らせのポスターです。
──
ええー‥‥っと、その「お知らせ」を、
こんな大きくて素敵なポスターにしている?
稲塚
そうなんです。いいでしょう?
ただのインフォメーションでは終わらせず、
デザイナーに依頼して、
人の気持ちを動かすようなポスターをつくってしまう。
──
書かれた言葉がわからなくても、
何かを感じられるのが、動物のよさですね。
稲塚
メッセージをビジュアルに託したときって、
言語を超えて伝わりますよね。
英語を話す人、フランス語を話す人、
アラビア語を話す人‥‥いろいろだけれど、
みんな動物の姿はわかるでしょう。
もちろん、日本語を話すわたしたちも、
「あ、おサルのポスターだ!」って、
動物園のポスター以前に
「かわいいね!」と思ってしまいます。
でも、それだけじゃなくて、
ちがう角度で、気持ちが動くものも‥‥。
──
と言いますと?
稲塚
たとえばこちらに鳥のポスターがあります。
鳩なんかはまさにそうですが、
鳥って「平和の象徴」だとされていますね。
いかに「平和」が大切かということや、
平和を保ち続けることは、
人間が努力しないと難しいっていうことを、
いまこそ、
この鳥のポスターを取り上げることで、
伝えられたら‥‥とも思っているんですね。
──
そこはキュレーションというか、
時代時代の現実と向き合ってらっしゃる
美術館さんのお仕事ですよね。
LOVE PEACE‥‥って書いてあります。
けっこう古いものですね。84年。
稲塚
ええ、日本グラフィックデザイン協会さんなどの
呼びかけで、毎年ひとりのデザイナーが制作する、
「ヒロシマ・アピールズ」という平和ポスターのシリーズが
1983年から続いているんです。
この84年は、粟津潔さんの作品ですね。

粟津潔 《ヒロシマ・アピールズ「鳥たち」》 1984年 富山県美術館蔵 粟津潔 《ヒロシマ・アピールズ「鳥たち」》 1984年 富山県美術館蔵

──
ふふふ、鳥たちの表情がいいなあ(笑)。
もう、40年近く前のポスターですけど、
まったく色褪せないですね。
稲塚
先日、団体鑑賞で来館していた高校生から
「何でラブ&ピースなんですか」
というような質問をいただいたときに‥‥。
──
ええ。
稲塚
粟津潔さんは亡くなられていますし、
このポスターをつくられた意図などを
いまはおうかがいできないので、
苦しまぎれに(笑)、
「ほら、いろんな色の鳥がいるでしょう?
いろんな姿かたちをしていても
みんな同じピースピースって鳴いているから、
願いは一緒ってことなんじゃない?」
と答えたんです(笑)。
──
ピースピース鳴いてる! ほんとだ。
苦しまぎれかもしれないけど、素敵な解釈。
稲塚
まあ、それはわたしの解釈にすぎないですし、
「どうしてラブ&ピースか」について、
ポスターの上に
説明が書かれているわけではないんです。
でも、こうやって1枚のポスターを前にして、
高校生たちと、
「こういうことかな、ああいうことかな」と
話し合うことができる。
──
世代を超えたコミュニケーションが生まれる。
稲塚
ポスターって、そういうところがあるんです。
こちらのポスターは
2018年のIPTで銅賞を獲った作品。
ポーランドの
グジェゴジ・ムィチカさんのポスターです。

グジェゴジ・ムィチカ 《人種差別》 2017年 富山県美術館蔵 グジェゴジ・ムィチカ 《人種差別》 2017年 富山県美術館蔵

──
人種差別‥‥。
稲塚
ええ、白い犬が鏡に向かって吠えていますが、
鏡に映った自分の姿は、黒い犬。
つまり、誰かを差別する行為は、
翻って、自分を差別することなんじゃない? 
誰かに吠えたら、
それはいつか自分に返ってくるんじゃない?
‥‥というようなメッセージですね。
──
はい、よく伝わってきます。
稲塚
この作品の前でも、高校生たちが、
「わたしは、こんなふうに感じる」
「ぼくはこう思う」とかって、
みんなで「差別ってどういうことだろう?」
という話をはじめていました。
ポスターには「人種差別」と書いてあるだけですが、
イメージがシンプルで力強いゆえに、
「なんだろう?」と思わせるし、
その受け取り方が、いろいろ出てくるんです。
──
ポスターというのは、何かの目的を持って
制作されることが多いと思うんですが、
この「人種差別」は、
いわゆる政府広報みたいなものなんですか。
稲塚
クライアントのあるポスターが主ですが、
「自主制作の作品」として
応募されてくるものも、たくさんあります。
──
自主制作。
誰にも頼まれてないけど、自分でつくった。
稲塚
ウェブをはじめメディアが急速に多様化しているなか、
言うなれば、1枚の紙の上に
インクが載ってるだけの「ポスター」が
物体として残ることで、
40年前のポスターを目の前にしても、
話をしたり考えたりすることができますよね。
──
ああ、そうですよね。
稲塚
グラフィックデザインのアイコンとしては
もちろんだけど、
そんな「時代も場所も超えたメッセージ性」にも、
ポスターのおもしろさが
あるんじゃないかと思うんです。
──
ええ。しかも紙1枚で、それができちゃう。
稲塚
そういうものなので、展覧会のご案内です、
政府広報です‥‥というような、
クライアントの依頼でつくるものではなく、
自分の考えやメッセージを、
言葉を超えるビジュアルの力で伝えたり
共有したりするために、
つくられるポスターもあるんです。
──
つまり、この人種差別のポスターは、
そっちってことですね。
じゃあ、
ポスターと言えど1枚しかないようなのも。
稲塚
あると思います。
──
創作版画、みたいなものですか。
本来は複製できる手段で表現しているけど、
1点しかつくらない、という。
稲塚
ええ。
──
それを、わざわざ「ポスター」と呼ぶから、
出てくる意味もあるってことですね。
つまり「1枚の絵」でもいいわけですよね。
名前にこだわらなければ。
稲塚
そうですね。やっぱりポスターというのは
街角やお店の壁などに貼られて、
不特定多数の人の目に触れるものですよね。
極端なことを言えば、
街に貼られて人々の目に触れて、
視覚と気持ちをつかんで、
「伝える」役目を終えたあとは、
風に吹かれて飛んでいって、
次のポスターがやってくる‥‥というような。
──
つまり、
そういうものとしてつくっているんですね。
この作品も、あくまで「絵」ではなく、
ポスターとして「人種差別」を描いた、と。
稲塚
そうなんです。
──
ちなみになんですが、
ポスターの国際コンクールをやろう‥‥と
思ったのは、
そもそも、どういうきっかっけなんですか。
稲塚
当館は、コレクションや展覧会活動の中で、
「デザイン」に注目している‥‥
ということが、ひとつの特徴になっていて。
──
英語の表記にも「TAD」つまり
「Toyama Prefectural Museum of Art and Design」
と、「デザイン」が明記されてますもんね。
稲塚
前身の富山県立近代美術館の開館のころ、
東京五輪のポスターで有名な亀倉雄策さんや、
田中一光さん、福田繁雄さん、
それから、近代美術館時代の展覧会ポスターや
現在の当館のロゴマークを制作していただいた
永井一正さんなど、
当時の第一線のデザイナーのみなさんが、
海外のポスターコンペで
ぞくぞくと賞をとりはじめていたんです。
──
つまり、日本のグラフィックデザインが、
世界で評価されはじめていた、と。
稲塚
そういう流れの中で、その大御所のような方々が、
日本のクリエイションを評価してくれた世界に
お返しをしたい、日本から世界へ向けて
ポスターのおもしろさを共有していく場をつくって
メッセージを出したい‥‥と。
そのお気持ちと、当館の方針とが一致したんです。
当時、富山県立近代美術館は開館したばかりで、
新しいことにチャレンジできる環境でした。
そこへ、ここ富山で、
ポスターの世界コンペをやったらどうかと
みなさんが応援してくださったんです。
──
なるほど。
稲塚
2021年で13回を数え、
まさかこんなに続くとは思いませんでした。
──
でも、いきなり「国際」だったんですね。
まずは「国内」とかじゃなくて。
稲塚
そうなんです。
──
どんなふうに、世界へ呼びかけたんですか。
インターネットもない時代に。
稲塚
1985年のIPT立ち上げに携わった
先輩学芸員に聞いたのですが、
海外のデザイン団体へ向けて
「富山でポスターの国際コンペをはじめる、
つきましては、
あなたの国のデザイナーに知らせてほしい」
というお願いをしたりとか、
あとは、
亀倉先生をはじめとしたデザイナーの方々が、
親交のあった海外のデザイナーさんたちに
「富山でもやるから、応募して」って。
──
つまり、人から人へ。
稲塚
そんなふうにして、広がっていったと聞いています。

永井一正 《JAPAN》 1988年 富山県美術館蔵 永井一正 《JAPAN》 1988年 富山県美術館蔵

(つづきます)

2022-07-13-WED

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  • 開館5周年記念「ミロ展ー日本を夢みて」 7月16日(土)からスタート!

    「ミロ展ー日本を夢みて」

    東京、愛知と巡回し大盛況だった
    「ミロ展ー日本を夢みて」が
    7月16日(土)より、
    いよいよ富山県美術館へやってきます。
    世界ではじめて、
    本国スペインよりも早く
    ミロの本を書いた
    瀧口修造さんゆかりの地・富山で、
    大人気だった展覧会をしめくくります。
    親日家だったミロと日本の関係に
    注目した展覧会には、
    スペインやニューヨークなど世界から
    ミロ作品が集結します。
    詳しいことは展覧会の公式ページで。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館

    009 青森県立美術館

    010 富山県美術館