「サンクチュアリ -聖域-」より

糸井

江口さんは
「いつか自分がやったとわかるものを作りたい」
という気持ちを貯めてた助走期間が、
むちゃくちゃ長くて。

江口

映画が50歳からですからね。

まぁぼく、自分でも年齢のことを
そんなに言いたくはないし、
そこばかり注目されてしまうのも
どうかなって思っちゃうんですけど。

世の中的には意外みたいですけど、
たとえば伊丹十三監督も、
デビュー作（「お葬式」）が51歳なんですよ。

糸井

あぁー、そうですね。

江口

だけどわりと
「今からだと、監督もそんなにたくさん
撮れないから」みたいな、
変なプレッシャーをかけてくる人がいて。

糸井

余計なお世話ですよね（笑）。

江口

そのたびに「ええー！」って思うんですけど、
「いやいや伊丹さんがいるし」っていう。
その存在が、ぼくのなかで励みになってて。

糸井

実際、探せばいっぱいいると思いますし。

でも「受け手としてものすごく訓練してた」とか、
「いつかこういうのができるなと考えていた」
みたいな時間を
「構想30年」のように考えれば、
なにも不思議はないと思うんです。

糸井

しかも江口さんの場合、
社長としてやってきた期間がありますから。
さんざん人に手伝ってもらう練習を
してきたわけだから、
そこはデカいんじゃないですか。

江口

「練習してきた」という意味では、
たしかにそうなんです。

面白いものを作るって、どんなものでも
やっぱり大変で、難しいじゃないですか。
映画も本当にいろんなトラブルがあって、
関わる人が増えれば増えるほど、
そのトラブルの量もかけ算的に増えていくわけで。

でもぼくはCMってたぶん500本ぐらいやってるんで、
そういうときの対処について、
「少なくとも500通りの引き出しが
自分に身についてたんだな」
というのは、映画をやりはじめてわかりました。

糸井

それが活きてきたわけだ。

江口

そうそうそう。
だから若くして映画を撮りはじめる監督って、
逆に「よくできるな」って思うんです。

糸井

それは思いますね。若いときの自分のアホさは
自分がいちばん知ってますから。

江口

そうなんですよ。

糸井

若いときって、どこか自分の値段が安いから、
他の人の値踏みもどこか安く見てるんですよ。
それで他の人に対して
「どうしてやってくれないんだろう？」と思ったり。

江口

ああー。

糸井

若いときって
「志が高いつもりでいても、実はチープ」
ということが、やまほどあって。
「俺は命がけだ」とか平気で言えるじゃないですか。
歳を重ねてくると、
「いやいや、おまえの命、そんな安いのかよ」
と思いますけど。

だけど「サンクチュアリ」は江口さんが
経験を重ねたあとで作ってるから、
そのあたりのバランス感覚が見事なんですよね。

それこそ登場するのは
「命がけだ」みたいな人だらけだけど、
彼らが本気になったときには
どのくらいのたうち回るかとか、描き方がすばらしくて。
「あんなやつ、明日死んでもおかしくないよ」
みたいなやつが、けっこうしがみついてますよね。

あれ、若いときにああいう物語をやるのは、
難しいんじゃないですか？

江口

そうかもしれないですね。
もうちょっと若い頃だったら、それこそもっと
ステレオタイプのヤクザ映画みたいに
なってたかもしれないです。

糸井

上手な啖呵（たんか）をワーッときって、
すっきりバサッとやられるとかね。
それはそれで様式美ですから。

江口

様式美ですよね。

糸井

だけど「サンクチュアリ」の登場人物って、
誰ひとりとして‥‥全員ぐずぐずしてますよね（笑）。

江口

そうですね。だからぼくはたぶん、
ぐずぐずしてる人間が
好きなんでしょうねぇ（笑）。

糸井

それはぼくも好きでしたよ？
「俺、嫌いなやついないな」と思いながら
観てましたから。

江口

ああ、うれしいですねぇ。

糸井

あえて言うなら、悪役は
松尾スズキ（犬嶋親方）くらいで。
あとはもう全員良かったですよね。

「サンクチュアリ -聖域-」より

江口

まあ、それもちっちゃな悪役ですけどね。

あとは笹野高史さん（伊東）ですよね。
やっぱすごいなぁと。

「サンクチュアリ -聖域-」より

糸井

笹野さんも、いいですよねぇ。
脚本のときからキャスティングを
想像してたんですか？

江口

ほかの俳優さんもいろいろ提案されたんですけど、
わりと最初からずっと
「うーん、だけど笹野さんかなぁ」
って言ってた気がします。

糸井

あれでスピンアウトが１本できますよね。

江口

そうなんです。そういうキャラばっかりで。

糸井

笹野さんの若いときの真面目な働きぶりとか
見てみたいですね。

江口

ああ、きっと何か大きな出来事があって、
ああなってますからね。

糸井

あと、笑いながら言うのもなんだけど、
江口さんが作る作品の中には、
だいたい無限にだらしない、
ちょっと胸をはだけた女の人が出てきて（笑）。

江口

はい（笑）。「サンクチュアリ」だと、
余貴美子さん（母・早苗）ですね。

糸井

「ガチ星」にもそういう人が出てきましたけど、
ああいう人も、博多ならではなんですか？

江口

あ、どうでしょう。
でもあれは脚本の金沢（知樹）くんの
テイストが大きいかもしれないです。
とにかく脚本に、やたら
「巨乳」という言葉が踊ってた記憶が
ありますから（笑）。