「設定が相撲の世界だし、人気のイケメンが
主役でもないし、やや暴力的だったりもするし」
(でも)「『すばらしい娯楽』が、
まだまだあるぞ、という気持ち」
「日本制作の『サンクチュアリ -聖域-』の
おもしろさは、すっごい大穴を当てたような
気分にさせてくれた」
〈2023年7月8日の「今日のダーリン」より〉
糸井重里も夢中になった、日本のNetflix発の
大ヒットドラマシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」。
その江口カン監督が「ほぼ日の學校」に来て、
作品づくりの話をたっぷりしてくださいました。
地元福岡のことや、転換点となった
「めんたいぴりり」の話なども交えつつ。
全11回、どうぞおたのしみください。
江口カン(えぐち・かん)
福岡県生まれ。
福岡高校卒業。九州芸術工科大学
(現・九州大学芸術工学部)卒業。
1997年、映像制作会社KOO-KI(くうき)設立。
2007~2009年、カンヌ国際広告祭で三年連続受賞。
2018年、映画「ガチ星」を企画、初監督。
2019年、映画「めんたいぴりり」を企画・監督。
2019年、映画「ザ・ファブル」を監督。
2021年、映画「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」を監督。
2023年5月世界同時配信 Netflixドラマ
「サンクチュアリ –聖域–」を監督。
日本国内で1位、グローバルで6位を記録。
2023年6月公開映画
「めんたいぴりり〜パンジーの花」の企画・監督を務める。
映像以外では、
2020年、辛さの単位を統一するアプリ
「辛メーター」を発案、プロデュース。
現在登録ユーザー数6万人越え。
- 糸井
- ぼくは記憶ができない人間なんで、最近
「おまえとどっかで食ったあれ、
めちゃくちゃうまかったよな。
なに食べたかも忘れたけど」っていう、
とんでもないセリフを言ったことがあって(笑)。
- 江口
- 「うまかった」という記憶だけはあるという。
- 糸井
- そうなんです。
おそらく自分にとっていちばん大事なのは、
名詞の部分とか、いつ・どことかじゃなくて、
「うまかったよ」という感情の爆発で。 - あるいは「サンクチュアリ」でも、
すっごく面白かったという感覚はあるんだけど、
みんなで記憶力をたしかめ合うみたいに
「ここがよかった」とかを言い合うようなゲームって、
ぼくは参加できないんです。 - そう思うと、自分にとっては
映画を観るという体験も、
「面白かったなぁ」って感動記憶みたいなのが、
いちばんうれしいんじゃないかと思うんです。
- 江口
- ああ、ぼくもほかの映画を観たときに
「あれ面白かったよ」と言いつつ、
うまく説明できないですもんね。
ぼくもあんまり覚えてないし。 - もっと言うと、説明をはじめた時点で、
自分のなかの感動とかが、
別のものになってしまってる気がするんです。
- 糸井
- わかります。説明しちゃうと、
もう別のモードになるんですよね。
- 糸井
- その意味では、的確な説明よりも、
非的確な説明の方が、面白いですね。 - だからさっきぼくは
『イニシェリン島の精霊』という映画の説明で、
「ロバが出るんですよ」と言いましたけど。
- 江口
- はいはいはい。
- 糸井
- いいでしょ。
- 江口
- いいですね。
そしてたぶん、ぼく観たら、
「ええっ! 糸井さん言ってたのと違う!」って。
- 一同
- (笑)
- 江口
- その可能性があるなと思ってるんですけど。
- 糸井
- ぼくは自分としては満足してます。
- つまり、「ロバなんですよ」って言ったほうが、
観る人の邪魔にもならないし。
- 江口
- ちなみに、本当にロバ出てきてました?
- 一同
- (笑)
- 江口
- ‥‥ってぐらいな話ですよね。
- 糸井
- いや、いいと思います。
ロバはとても出てきます。
尺は短いです。
- 江口
- でも、糸井さんのなかでは
そこが残ってる(笑)。
- 糸井
- 何とかその「おいしかったよ」
っていうのを渡すときに、
ロバっていう包み紙でいま包んだだけのことなんで。 - そしてぼくはたぶん、自分が味わった
おいしさの根本について、
説明したくない気持ちもあるんです。
- 江口
- はい。そうだと思います。
- 糸井
- 「サンクチュアリ」も、どんな話かといえば
「ものすごい偶然のように、
ふたりのライバルが桜の木の下にいる話」
みたいな(笑)。
- 江口
- ああ、そうですね。
あれはもう偶然ですね。
- 糸井
- そういうのが大好きなんですよ。
- つまり誰かが
「この人がここにいる意味って何だろう?」
「このシーンにこめられたものは?」
とか言い出すと、
「うるさいなぁ」って言いたくなる。 - だけどそういう説明は
「うるさいなぁ」って思うくせに、
「またいで入ってくるんだよ」は、うれしくて。
- 江口
- あれはその場で決めましたけど(笑)。
- 糸井
- 大好きです、あれ。
- 江口
- ありがとうございます。
- 糸井
- どこかに通路があったら、
あそこで急に会えないですよね。
- 江口
- そうですね。あれ、なんでしょうね。
- 糸井
- なにかわからないけど、いいですよね。
だけど理由を説明しろって言われたら、
困るでしょう?
- 江口
- そうですね。
まあでも、あそこで偶然会わなければ、
あの話は永遠にすれちがったままですから。
- 糸井
- あのシーンの感じが、ものすごく
あの人の性格を表わすじゃないですか。
「ちょっと自分の立場が
上みたいなつもりでいる主人公」っていう。 - 「サンクチュアリ」を見ながら伝わってくる
そういういろんなところが、
ぼくはもう、いちいち好きなんですよ。
- 江口
- でも先ほど「めんたいぴりり」は
朝ドラのパロディって言われたんですけど、
よく考えたら、「サンクチュアリ」もきっと
ぜんぶが何かのパロディなんですよね。 - やっぱり自分が見てきたものでしかなくて、
それをブレンドしてるだけですから。
- 糸井
- ああ、それはぼくも昔、
『MOTHER』というゲームを作ってるときに
本当にそう思いました。 - だけど、そういうときでも、
「俺はそれをもっと何かできないかな」
とは思うんですよ。 - 「桃太郎さんがきび団子を
犬、猿、きじにあげました」という話であっても、
そこでなんとか自分なりにアイデアをこねて、
「きび団子を別のものにしようか」とか
「何かあげるかわりに、転んでたのを
起こしてあげたことにしようか」とか
「あえて『きび団子的なご親切を
ありがとうございます』と言わせよう」とか、
あるいは「やっぱりやめちゃおう」とか。
たぶん、そういうことをしてるんだと思うんです。
- 江口
- そこでなにか出ちゃうんですよね。
自分のなかのものが。
- 糸井
- それはあるんですよ。
だからやっぱり、そのままじゃないんですね。 - 最近知ったんだけど、脳の中に
ハードディスクってないんですってね。
「記憶の引き出しから」とかよく言うけど、
情報をかたまって取っておく
貯蔵庫のような場所はないんだと。
- 江口
- おおー、そうなんですか。
- 糸井
- だから脳は、その都度、かつてと同じような
繋がり方をしてるだけらしいんです。
その意味では、あらゆる記憶は
正確には毎回ぜんぶ違うものなんだと。 - そう考えると
「ぜんぶ見てきたもののブレンド」というのも、
いいんじゃないですかね。
とっておいたものを
そのまま出してるわけじゃないんで。
- 江口
- はぁー。
- 江口
- 最近は「胃も考えてる」とかも言いますよね。
「血肉になる」みたいな比喩も、
ぜんぶほんとの話だったという。
- 糸井
- ぼくはもうずっとその理屈で生きてますね。
「胃腸の調子がいちばん感情を支配する」
ってくらいで(笑)。 - 臓器同士もやりあったりしてるし、
脳ってただの交差点みたいなもので。 - ‥‥シナプスが繋がり合う映像って
見たことあります?
- 江口
- 本物のですか? CGとかじゃなくて。
- 糸井
- ぼくが実験室で「見ますか?」と言われたのは、
はたしてライブなのか、
ただの映像だったのかわからないんですけど。 - だけどとにかく、無闇にお互いを探して、
手を伸ばし合っているんですよ。
むこうとこっちで無闇同士が繋がって、道ができる。
- 江口
- 「たまたま手伸ばしたらそこにいた」みたいな。
- 糸井
- はい。ものすごいレベルの数で
それをやってて、そこでつながって、
信号が行き来してるらしいんです。 - 「ぜんぶあれなんだな」と思うと、
もう、感動して。
なんか、あんまり前もっていろいろ考えてても
しょうがないなと。
- 江口
- ま、そうですよねぇ。
- 糸井
- だから、またげばいいんですよ、
桜の木の前で。
- 江口
- (笑)そうですね。
(つづきます)
2023-09-01-FRI
-
Netflixシリーズ
「サンクチュアリ -聖域-」独占配信中「サンクチュアリ –聖域–」
体は屈強だが、投げやりな性格の青年が
相撲部屋に入門。力士になった彼は
とがった振る舞いでファンを魅了しながら、
伝統と格式を重んじる角界を揺るがしていく。
全8エピソード。6~7時間で一気に見られます。