電車でたまに席を立って、
神田のまちなみを眺めたり、
新幹線の窓際に座れたら、
窓にくっついたりしてきた。
日本橋川や神田川を巡る、
クルーズ船にも乗ってみた。
許可がないので写真は撮っていないけれど、
高いビルからまちなみを見る機会もあった。
自分が生きていて出会う日常の中で、
いつの間にか通り過ぎてしまっている景色はないかと、
毎日ではないけれど、考えた。

ある日、神田が集合場所で、
普段お世話になっている先輩と会う予定があった。
お話をしたり、
時間があれば散歩したりしましょうという
流れだったのだが、
ふと前日、変なことを閃いてしまって、
ぼくは先輩に連絡をした。

「先輩、車の免許持ってませんか‥‥？」

一切の前触れがなかったので、
突拍子のなさもいいところだった。
けれど、優しい先輩なら許してもらえるのではないか、
という下心があったことを、
ぼくは否定できない。
先輩は驚いた。
お前、急に何を言い出すんだ、
でも、お前なら急なことを言い兼ねない‥‥
という気配が返信から伺えた。
それからがむしゃらにドライブの意図を説明して、
先輩は
「わかった、わかったよ」
と笑ってくださった。

いろいろな場所から神田を見たい、
撮りたいと思っていた。
しかし、ひとりではどうしても叶わない場所があった。
それが首都高である。
神田周辺にはおよそ２本の高速道路が走っている。
ひとつは日本橋川の真上を走る道路。
片方が皇居や大手町側で、
その反対側が神田である。
もうひとつは、
日本橋から上野方面へまっすぐつながる道路。
神田や岩本町、秋葉原が近い。
いずれの道路も、
地上からは何度も見てきた存在だった。
ただ、このエリアの首都高を、
直接走ったことが一度もなかったのだ。

「目白、目白、首都高‥‥」

首都高に近い飯田橋の車道で、
標識を読み上げる声が、
先輩とぴったり揃った。
レンタカーに乗ったわたしたち。
ただ、とても申し訳ないのは、
ぼくが助手席で、
先輩が運転手だということ。
ありがたいことにそれも込みで、
先輩は話を受けてくださったのだ。
関西出身の先輩は、
首都高を運転したことはほとんどないと仰った。
シートからは背中がこぶしの大きさほど浮いていた。
やはり申し訳ないと思いつつ、
それでも今回は先輩に甘えさせていただき、
首都高からの景色を確かめられることに、
わくわくした。

飯田橋から首都高に乗ったわたしたちは、
早速、神田方面へ向かいたいところ、
反対方向の車線に乗った。
初手で間違えたのだ。
上で選択できると思ったら甘かった。
首都高は人間に厳しく、
速度を出した車内で、
一瞬の選択を迫られる。
スピードを緩めると、
すぐに後ろの車が接近してくる。
逃げる魚のように、
右か、左か、反射と勘で選択する。
そして、間違えた。

逆方向の護国寺まで進んだが、
反対車線から乗れる入口を確認したので、
いざ乗りなおした。
今度は正しくゲートを抜け、
加速していく。
いよいよ束の間の、
首都高ドライブがはじまった。
まったく初めての新鮮な景色に見えた。
ビルの中階層ぐらいの空中を、
ゲームのように自由に駆け抜けていく。

しかし、ここからの記憶は実に一瞬であった。
東京ドームを抜けると、
すぐに日本橋川の真上であり、
すなわち左手には神田があるのだが、
まるでわからなかった。
そして、神保町の靖国通りが見えるはずだと
予測していたので、
その瞬間を待っていたが、
一瞬すぎて認識できなかった。
もう、どこを走っているのかさっぱりで、
混乱しているうちに、
神田橋の出口がやってきた。
降りた先でようやく見慣れた景色にスンと戻った。

靖国通り、あった？
と思ったが、
反射的に撮っていた。
奥に見える交差点は、
神保町の専大前交差点である。
後日、首都高をこの交差点から眺めた。
今まで地上から見ていると、
余裕を持って地上の景色を楽しみながら、
ここを通り抜けているのだろうと思っていた。
しかし、よく見たら違う。
「ほぼ１秒なんだな‥‥」
東海道新幹線から眺める富士山や、
伊吹山とは違って、
首都高から見える靖国通りは、
ほぼ１秒だということを、
今回知った。