いま話題の『鎌倉殿の13人』をはじめ、
NHKのドラマで演出を手がける保坂慶太さんが、
ひとつのプロジェクトを立ち上げました。
「脚本家をひろく募ってひとつのチームをつくり、
みんなで刺激を与えながら
ひとつの脚本=物語をつくりあげていく」
というものだとか。何それ、おもしろそう‥‥!
ということでさっそく話を聞きに行ってきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
保坂慶太(ほさかけいた)
1983年アルゼンチン生まれ。中学・高校をチリ、アメリカで過ごす。2007年NHK入局。新潟放送局にて主に情報番組を制作した後、2012年からドラマ制作に携わり、大河ドラマ『真田丸』、連続テレビ小説『まんぷく』、よるドラ『だから私は推しました』などを演出。2019年UCLA School of Theater, Film, and TVのプロフェッショナルプログラムで、シリーズドラマの脚本執筆コースを修了。現在は、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の演出を担当している。
- ──
- これまでお話に出てきた
アメリカのドラマ制作のメソッドって、
あちらに留学して学んだんですか。
- 保坂
- ええ、脚本の勉強で行ったんですけど、
びっくりしたのが、
アメリカでは「脚本のつくりかた」が、
めちゃくちゃ数学的だったんです。
- ──
- 数学的?
- 保坂
- つまり、最初はこういう要素が必要で、
次にこういう要素が必要で‥‥とか、
このセリフは、
対立構造を深めていくために
絶対ここで存在しなきゃいけないとか。 - まるで、パズルみたいだったんです。
- ──
- 論理的に脚本をつくっているんですね。
- 保坂
- そうなんです。
- だから「チームでつくれる」んですよ。
文学的な感性って、
たぶん共有しにくいと思うんですけど、
ある種「数学的、数式的」に、
この要素がこのタイミングで不可欠だ、
という法則みたいなものであれば、
複数人、チームでも共有できますよね。
- ──
- たしかに。できそう。
- 保坂
- その考えをベースとして共有したうえで、
みんなでアイデアを出し合って
「答え」を求めに行くことができれば、
チームの力が発揮できる気がするんです。
- ──
- 物語を生み出すというのは、
ひとりの突出した才能の賜物かのように
思ってしまいがちですが‥‥。
- 保坂
- たぶん、必ずしもそうではなくて、
チームで考え方のベースを共有できれば、
「新しい脚本のつくりかた」を
開発していけるのではと思ってるんです。
- ──
- なるほど。ちなみにですけど、
アメリカ留学は「脚本」だったんですね。 - つまり「演出の勉強」じゃなくて。
- 保坂
- そうなんです。2019年だったので、
本来は1年間の予定が、
コロナのせいで、
半年だけになってしまったんですけど。
- ──
- それは、大学みたいなところで?
- 保坂
- UCLAの大学院の脚本執筆コースです。
それこそ、
連ドラの第1話を書くプログラムでした。
- ──
- 脚本コースに行ったのは、なぜですか。
- 保坂
- やっぱり、演出家も
最終的には「書けないとダメだな」って、
個人的には思っているんです。 - もちろん書かない演出家や監督が
映画界にもたくさんいるとは思いますが、
ぼくがおもしろいなと思う
映画とか海外ドラマって、
だいたい、
脚本も書ける方が監督をされてるんです。
- ──
- なるほど。
- 保坂
- 個人的な意見ですが、
自分でも書けるのと書けないのとでは、
脚本の読み解き方も違うだろうな、と。
- ──
- そんな気はします。知らないながら。
- 保坂
- なので、
将来的に自分が「書くかどうか」は別にして、
書くことについて、
勉強しておきたいと思ったんです。
- ──
- その勉強のなかで、論理的に、ロジカルに、
脚本をつくっていることを知った、と。
- 保坂
- まったく「ちがうもの」だったんです。
- これまで、日本で脚本の打ち合わせに
参加していたときの会話と、
アメリカで、
みんなで脚本づくりしたときの会話が。
話す内容、見ているポイント、
何が必要かという認識など‥‥すべて。
- ──
- でも、それって、
いわゆるマニュアルみたいなものとは、
ちがうんですよね? - ここをこうこうこうしておけばいいよ、
みたいなものとは。
- 保坂
- あくまで大学院のプログラムの一環で、
プロの現場ではないので、
実際とはちがうかもしれませんが、
マニュアルに近いところはありました。 - ただ、すごいなと思ったのは、
それを徹底的にたたき込んでるんです。
- ──
- ああ、ただの「マニュアル」のように
「参照するもの」じゃなく、
血肉になるまで身に着けさせられてる。
- 保坂
- たぶんハリウッドでやってる人たちは、
そこがベースにあるんです、全員。 - 何というか「最低限のスキル」として。
- ──
- 物語をつくる人にとって、
基礎、土台になるような部分であると。
- 保坂
- そう。
- ──
- クリエイティブとか
オリジナリティのようなものは、
その土台の上に載っかっている‥‥と?
- 保坂
- そうです、そうなんです。
- だから、脚本をつくるにあたっては、
さっきの「文学的な感性」も、
絶対に必要なものだと思うんですね。
脚本、物語づくりって、
突出した作家性によるものじゃないか、
とおっしゃってたじゃないですか。
- ──
- そう思ってました。
- 保坂
- で、それは間違いなく必要なんですけど、
そのベースには、
「脚本の論理」みたいなものが、
そこにいる全員に共有されていたんです。 - 連続ドラマの制作現場には、少なくとも。
- ──
- 今回の試みでは、保坂さんが学んできた、
そういうメソッド的なものも、
参加者に紹介していくご予定なんですか。
- 保坂
- そうですね。
- ──
- 日本では「脚本家になりたい新しい才能」が、
どこかに絶対いるだろうから、
「出会いたい」と、
保坂さんはずっと思っていたわけですけれど、
アメリカでは、どうだったんですか。
- 保坂
- 脚本家を志す人たち、すごく多かったですね。
- ──
- ああ、そのようすが「見える」んですね。
アメリカでは。そこからして、ちがった。
- 保坂
- 脚本家を生み出すシステムが、
きちんと機能している感じがしました。 - そしてこれはわかっていたことですが、
残念ながら、日本のドラマは観られていない。
VODの普及で、
海外ドラマはどんどん日本に入ってくるのに、
その逆の流れがつくれていないんです。
- ──
- 外に出てみて、そのことを痛感した。
- 保坂
- よく言われることですが、
日本には1億2000万の人口がいて、
これまでは、海外を意識しなくても、
国内だけで十分に「回って」いた。 - その点、韓国は5000万とかだから、
海外へ出ていく力学がはたらく。
- ──
- ええ。
- 保坂
- 海外へ出ていく動機のなかった日本に、
海外ドラマがどんどん入ってきて、
比較対象が「世界」になってしまった。 - だから、このままではマズいと思うんです。
ぼくらの世代で意識を変えなければ、
日本のドラマが、日本人にさえ
観てもらえなくなるかもしれないな‥‥と。
- ──
- その危機感があるんだ‥‥。
- たしかにテレビのとなりのパソコンで、
Netflixが観れてしまうわけだし。
- 保坂
- すでに「どっちがおもしろい?」の勝負に
なってますよね。 - もちろん、海外と勝負できるドラマだって
日本にはあると思います。
でも、全体的には、
そもそもかけてる予算と時間がちがうから。
- ──
- なるほど。
- 保坂
- そのとき、個人の作家性とか、
日本人の心や感性にだけ響くような文学性、
社会的な意義だけでは
勝負さえできなくなるだろうと思うんです。 - だから、向こうでベースにしているメソッドを
うまくとり入れながら、
そこへ、
日本的な物語性とかメッセージを乗っけていく。
そういうドラマをつくっていかなければ。
- ──
- ようするに保坂さんは、
「海外でも通用する日本の連続ドラマ」を、
つくりたいと思っている、んですか。
- 保坂
- 理想は、そうですね。そのとおりです。
- プロジェクトの1年目から
そんな作品がすぐにできるかって言ったら、
それはわかりませんけど、
理想はやっぱり、
海外市場へ持っていったときに、
「おもしろいじゃん!」と思ってもらえるもの。
- ──
- なるほど。
- 保坂
- そういう物語をつくりたいんです。
- ──
- 連続ドラマで。
- 保坂
- はい。
- ──
- そのためには何が必要なんでしょうね。
- 保坂
- そうなんですよね。何なんだろうな‥‥。
まだ具体的にはわからないんですけど、
変革がマストなのは明らかです。
ぼくたち現場が、変わる勇気を持つこと。 - 新しいものとか、次の時代を担うものを
生み出していくことが、
ぼくらの世代の存在意義だとも思うので。
- ──
- 最初の生命って、深い海の底の、
数百度の熱水が噴出しているところで
生まれたって言われてますけど、
その話を聞いたとき、
現存する生命が生きていけないほどの
高い熱と
エネルギーとを噴出する場所でしか、
新しいものって生まれなかったのかと。
- 保坂
- なるほど。
- ──
- 連続ドラマを熱を持って観てる人の数って、
なんだかんだ言っても
いまもたくさんいるわけですから、
保坂さんのプロジェクトが、
海底の熱水噴出孔みたいな場所になったら、
愉快だなあと思います。
- 保坂
- ありがとうございます。
- もちろん、これまでの日本らしいドラマも
大事にしていかなきゃならない。
そっちを楽しみにしている視聴者のほうが、
まだ圧倒的に多いわけだし。
- ──
- なるほど。
- 保坂
- NHKに朝ドラとか大河ドラマがあるから、
ぼくらの挑戦にも意味が出てくる。 - たがいに刺激しあって、
たがいに活性化できるような連続ドラマを、
つくれたらと思っています。
(続きます)
2022-07-06-WED
-
いま、保坂さんは、
脚本開発チームを公募して結成する、という
プロジェクトを立ち上げ、
その参加メンバーを募集しています。
今回のインタビュー全編にわたり、
プロジェクトの意図や将来的な展望について
たっぷり語ってくださっていますが、
応募の詳細は公式サイトをごらんください。
応募に際しては
「最長15ページのオリジナル脚本」の提出が
条件になっているようです。
締切は7月31日(日)いっぱい。
新しい時代の連続ドラマの誕生を、
ぼくら視聴者も、今から楽しみにしています。