- ──
- 撚糸屋さん、
どんなところで悲鳴を上げられてたんですか(笑)。
- 亜希子
- あのですね、たとえば糸なんですけど、
東和さんで太い糸を2本引き揃えて、
さらに太い糸を作りたかったんです、
でも2本の糸をただ引き揃えるだけだと、
撚りが入ってるので、生地にしたときに
膨らみが出づらいかもっていう思いがあったので、
撚糸屋さんと相談して、
可能な限りこう一回撚りを解いてから、
もう一回締め上げようって。
- 吉川
- ‥‥それは、たいへんだ。
- ──
- よく見ると、太い糸が
細い糸で巻かれています。
- 亜希子
- そうです。この細い糸はナイロンで、
通常、自分たちは使いません。
けれども今回この意匠を出すためには必要だったので、
細いナイロンで締めて、
よりポコポコなるようにさせてもらいました。
- ──
- へえ~っ、すごい。
- 亜希子
- これが、撚糸工場さんへの指示書なんですけど、
何が書いてあるかというと、
「太い糸を2本引き揃えてください。
東和さんにそれが何回撚られているかを聞いて、
その分戻したいです。
戻してから、次は70デニールのナイロンで
カバーリングをしてください。
S方向にカバーリングを強くすれば、
よりうねるけれども、糸が硬くなり、
かといって弱くしてもいけないので、
この辺がいいのではないでしょうか」
‥‥みたいなことを指示しているんです。
いつもだったら、これでザーッと上がってくるんですけど、
今回は撚糸屋のおじさんと、ああだこうだ、
「これじゃだめ」「これもだめ」「これでもだめ」
‥‥「これ!」と、やっていたんです。
- ──
- へえ~っ!
- 亜希子
- 最終確認は、それをお湯に濡らして膨らむか確認し、
「これで行こう」。
- 田中
- 解撚自体は東和さんとはまた違う
撚糸屋さんに依頼するんですね。
- 亜希子
- そうなんです。
東和さんは紡績屋さんなので。
- 田中
- 尾州は、本当に分業なんですね。
この生地だけで、紡績屋さん、撚糸屋さん、
糸染屋さん‥‥。
- 亜希子
- 機屋さん、あと、細かく言うと、補修屋さん、
切れた所やキズを直す所ですね、
そして、水を通して、風合いを作る
整理工場ということで、6つは経由しています。
- ──
- そこまでやって、やっと、
この風合いになるっていうことですね。
- 亜希子
- はい。洗うときにも技術がいるんです。
洗い方とか、何度で何分とか。
その辺はあまり詳しくは教えてもらえないんですけど、
完成形をこうしてほしいっていうことを伝えます。
- 田中
- ウールでも、どんな生地でも、
1回は水を通すんですよね、
世の中の生地っていうのは。
- 亜希子
- 通ってます。
どうしても織るときにオイルとか汚れたりとかするので、
そういう意味で、必ずソーピングみたいな、
汚れを落とすっていう工程を入れるんです。
そこから、縮めたいとか、もっと押さえたいとか、
そういういろんなことをする。
尾州という産地は、
すごくいろんな工程ができるのが特徴なんですよ。
いろんな工程を組み合わせて
1つのものを組み上げていく。
他の大きな産地になると、
1つの機械に入れたら、全部その工程が終わって、
そのまま上がってきたりします。
それはそれで、きれいなものができるけれど、
「kijinokanosei」みたいに、
なんかちょっといろいろな工夫をしてみたい、
ということはできません。
その違いを私はとてもおもしろいと感じているので、
これをウールだけじゃなく、リネンであるとか、
リネンとウールの混紡とかに生かせないかなと、
いろいろ考えながらやってます。
- ──
- いろんな個性を出しやすい環境なんですね。
- 亜希子
- そうですね。同じ生機でも
いろんな風合いに仕上げられる産地っていうのは、
たぶんここが日本の中でも一番だと思いますよ。
- 広康
- 今回は、生機と仕上がりの差が、
けっして大きくないほうなんですよ。
- 亜希子
- ふわっと、手が込んでるようなものは、
洗いすぎると事故につながりやすいので。
- ──
- 変わるものは、変わるんですね。
- 広康
- 無地なんか、すごく変わりますよ。
でもこんなふうに生機で表情が出ているものは、
そんなにしない方がいい。
- 田中
- 糸自体、柔らかいものを使っていますからね。
- 亜希子
- ごまかしが利かないから、
糸をきちっと作らないといけませんでした。
だから撚糸屋さんは相当ドキドキしたと思います。
- ──
- 全体を通して、「kijinokanosei」は、
けっこうな難題でしたか?
- 広康
- 今回は‥‥そうですね(笑)。
- 亜希子
- 喜子さんからの「やりたい熱」を受けて、
私たちも、やっぱりすごくパワーが必要でした。
- 田中
- ありがとうございます。
こんなに素晴らしい生地を
つくってくださって。
本当にこれは、尾州の人たちの結晶です。
本当にすごいなあと思います。
たとえば、「十五夜」という布は
組織だけ見ると、
かなりシンプルな組織なんですよ。
でも技術はすごいんです。
- 亜希子
- 「ストップモーション」というんですが、
太い糸と、その3分の1くらいの細さの糸を、
同じ密度で織っていくと間延びしてしまうので、
「ここまではザックリ織って、ここからは密に織る」
っていうような技術があるんです。
それを機屋さんにお願いしてやってもらいました。
「詰まってザックリ、詰まってザックリ」。
- 吉川
- えっ、そういう機械があるっていうことですか‥‥?
- 広康
- いや、改造です。
- 亜希子
- 機械は改造するものなんです。
- 吉川
- あ、改造? おおーっ。
- 広康
- ストップモーションっていう技術を
知ってる人が今は少なくなっちゃいました。
- 田中
- わたし、初めて聞きました。
- 広康
- 常に生地を送っていくわけなんですけど、
細い糸になったら歯車を送らずに止めておくんです。
それでまた太い糸に行ったときに、
また歯を戻して送っていく。
- ──
- そのパーツとかも作ったりするんですか。
- 広康
- そうです。
- 吉川
- ええーっ?
- 亜希子
- 始めの方は、改造がうまくいかなくて、
歯車がうまくそこで止まらず、
じゃんじゃん進んじゃったりとか、
次には戻らなくなって密になったりして、
もう「ギャーッ!」って言いながら、
「おじさーん! がんばれーっ」と
みんなで言いながらやってもらってたんです(笑)。
- 田中
- 同じ番手だと、またかわいくなかったりとか、
ちょっとしたことがあるんですよね。
その差があるからおもしろいんです。
そのためにそんな苦労を‥‥。
- ──
- 田中さんの方ではどこまでお伝えしたんですか、
最初のイメージは?
- 田中
- ここをとにかく光らせたいっていう話はしていました。
ただ、シルクだと意外と光らない可能性がある。
- 亜希子
- 今回、このツルツル、キラキラして見えたりするものは
思い切ってレーヨンを使っているんです。
その中でウール100%の糸が
仕上げで縮める役割になっている。
今回はこれが一番むずかしかったかな。
- 田中
- あとは、ただの丸ではなく、
いびつさのある、
味のある印象にしたいっていうのがあって。
そういうのって、糸の形状がストレートじゃなくて、
ちょっとボコボコしてるのでやらないと、出ないんです。
そういったことで、最終的には
理想通りのボコボコさが出ましたね。
- ──
- 近藤さんは、最初、指示をお聞きになって、
けっこうピンと来たんですか。
- 亜希子
- お話をお聞きして、まずは番手をどうするか、
絞り込みをしてから、糸を探しました。
そこに迷いはないですけど、
それに適した糸をいかに探せるかっていうところで、
喜子さんにも情報を頂きながら、
「この糸、いいんじゃない?」
「こちらがいいかな」と。
- 田中
- 一緒に相談しながら進めましたね。
本当にそこが近藤さんのすごいところです。
一緒につくり込んで、
おもしろい生地の顔を作ることに、
アイデアが長けている。
- 亜希子
- ありがとうございます(笑)。
- ──
- ずっと謎だったんですよ。
一体どうコミュニケーションしたら、
この生地が生まれるんだろうと。
- 吉川
- これはSTAMPSだけでは
どうやったって出ないアイデアです。
絶対無理ですよ。
こういうチームがあるから
「kijinokanosei」が生まれたんだと、
あらためて現場を知り、思いました。
- 田中
- 言葉では説明できないデザイン性とか、
あたたかみみたいなものが生まれたのは、
みなさんの技術のおかげだと思います。
- 亜希子
- 今、なんでもそうですけど、
機械がどんどん新しくなっていっているので、
モノをきれいにつくるのが得意になっていますよね。
でも、こういう、なんか手仕事感みたいなものは。
- 広康
- 味があるものってね。
- 亜希子
- やっぱり本当にむずかしいっていうのを、
本当に体感してきたんです。
ヴィンテージを復刻する仕事もしてたんですよ。
撚糸屋さんとも組んで、
昔の糸を復刻するために
いろいろやってきた時代があって。
でも、昔は糸種も限られている中で、
時間をかけていろいろ考えてつくったから
味が出たものが多いんです。
それを今の進んだ機械で省略化してつくると、
似ているんだけれど、やっぱり全然違う、
なんだか気持ち悪いみたいなものになるんです。
そんな思いがあったので、
できるだけやっぱり今回は、
それをいかに感じさせないようにするのか、
しかも現代の技術で、
ある程度量産できるっていうことを大事にしながら、
考えていきました。
私、手織りの世界も大好きなんですよ。
自分で毛刈りから始めて、紡いで、染めて、
織っている方をすごく尊敬するんです。
でもどうしても自分たちは工業っていうか、
こういった産地にいるので、
それを通して、いろいろな方が
ちゃんと生活できるように仕事を回したりするのも
とても大事だと思っているんです。
それがないと、やっぱりみんな楽しんでやれない。
工業生産でもおもしろいよ! っていうことを、
わかってもらえたらうれしいなと思いながら、
今、やっています。
- 田中
- もちろん手織りの味に勝るものはないし、
それを超えることはなかなかむずかしいんですけど、
でも、そういうことをわかってくださる
近藤さんが携わってくれると、
工業製品がこんなにも素敵になるんだ、
っていうことなんですよね。
(つづきます)
2022-12-12-MON