写真評論家の飯沢耕太郎さんに、
森山大道さんの「写真」がどいうものか、
いろいろうかがいました。
一貫して路上を撮ってきた森山さんの
特異性、魅力、その功績。
さらには、あの有名な「三沢の犬」が、
「どうして有名なのか」という、
なんとも素朴な(?)ギモンについても
丁寧にお答えくださいました。
最後には「撮れちゃった写真」の大切さ。
これには、なるほど~とうなりました。
「撮った写真」じゃなく
「撮れちゃった写真」が、なぜ凄いのか。
「撮れちゃった写真」を撮れるのが、
素晴らしい写真家なんです‥‥と。
全6回の連載、担当はほぼ日の奥野です。
飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)
写真評論家。1954年、宮城県生まれ。1977年、
- ──
- スナップ写真を撮る人って、
たくさんいらっしゃると思うんですが、
森山大道さんの写真は、
その他の人たちと、
どういうところがちがうと思いますか。
- 飯沢
- いろいろな要素はあると思うんですが、
ひとつには、森山さんって、
元グラフィックデザイナーなんですね。
- ──
- ええ、そうですよね。
高校を中退して、はたらきはじめたと。
- 飯沢
- そう、デザインを学ぶ高校だったけど、
お父さんが亡くなって、高校を辞めて。 - すぐにグラフィックデザイナーとして
仕事をはじめるわけですけど、
机の上でああだこうだするんじゃなく、
もっと外へ出て行きたい‥‥
じゃあ写真はどうだろうということで、
岩宮フォトスって
大阪の写真スタジオに入ったんですね。
- ──
- ええ。
- 飯沢
- その時期に描いた絵を見たことあって、
風景画とか人物画とか‥‥
たしか、ヌードもあったかと思う。 - とにかく、それがすごく上手なんです。
- ──
- アートやパリへのあこがれをつづった
文章もありますよね。 - 『それいゆ』の中原淳一さんのことも
お好きだったと知って、
少し意外な感じもしました。
- 飯沢
- そうやってアートへの造詣も深いから、
かたちをつくる力、デザイン力がある。 - 目の前にある「犬のいる空間」を
どう切り取れば、
造形的に、デザイン的にカッコいいか。
そこを瞬時に判断する
感受性や表現力が、
最初から、抜群だったんだと思います。
- ──
- なるほど‥‥。
- 飯沢
- ようするに、森山さんの場合、
グラフィックデザイン的能力の高さが、
他の人より秀でているんです。 - ただし、グラフィックデザイン的と
言った場合は、リアルな現実を
見た目きれいに整えてカッコつけて、
みたいに感じるかもしれませんが。
- ──
- ちがうと。
- 飯沢
- グラフィックデザイン的な意識って、
写真を撮るにあたって、
とても大事じゃないかなと思います。 - だって「切り取る」わけだから。
- ──
- フレームで。目の前の現実を。
- 飯沢
- どこをどういうふうに切り取るのか、
つねに、センスが問われるわけです。
- ──
- Tシャツや襟付きのシャツやスニーカー、
みたいなアパレルだけでなく、
カトラリーやレトルトカレーなどなど、
さまざまなグッズに
写真作品が転化していくところも、
とってもグラフィックデザイン的ですね。
- 飯沢
- そうだね。森山さんのデザイン感覚には
生命力を感じると言うか‥‥
ほかの人とは、
一味ちがうような気が、ずっとしてる。 - 以前、森山さんが言ってたことですけど、
「撮影50%、暗室50%」だって。
- ──
- へええ‥‥。
- 飯沢
- 撮影で現実からある部分を切り取ったら、
残りの50%は、
暗室作業でつくり上げていくという意味。 - 頭の中のイメージと
実際に浮かび上がってくる画像とを、
すり合わせながら合致させていくんです。
そこが、抜群に巧みなんです。
- ──
- なるほど。
- 飯沢
- 頭の中のイメージのあやふやな人が、
たとえ同じネガからプリントしたとしても、
森山さんの写真の強さとかクオリティって、
絶対、出てこないと思う。 - 自分の理想とかたどりつきたいイメージを、
写真として、画像として、
構築していく能力がとても高いんですね。
それも、世界的に見て高い。
そこは特筆すべきことじゃないかと思うな。
- ──
- 世界的に!
- 飯沢
- 世界各国の人が森山大道の写真に反応する。
- それはきっと、視覚言語としての普遍性、
強さ、クオリティを
森山大道の写真に感じているからだと思う。
- ──
- 飯沢さんご自身は森山さんの写真の
どういうところが素晴らしいと思いますか。
- 飯沢
- だから、その「写真としての強さ」かな。
- ──
- なるほど。生命力とか。
- 飯沢
- そう。たとえば「三沢の犬」にしたって、
ただ「犬の写真」という言葉では、
絶対に片付けられないところがあるから。
- ──
- 本当ですね。
- 飯沢
- 単なる「犬の写真」というだけではなく、
生命力、飢え、野良犬であること、
野良犬を取り巻く社会、現実、時代‥‥。 - 決してひとつの概念に収まらない。
意味が枝わかれしながら、
どんどん拡張していくような感じ。
- ──
- 犬を出発点に。
- 飯沢
- 一枚の写真から見えてくる世界が、広い。
じつに多義的です。 - 冒頭で「三沢の犬」がなぜ有名なのかと
質問されてましたけど、
「そういう写真だから」ということも、
ひとつの答えなのかなあとは思いますね。
- ──
- たしかに、いろいろなものを感じますね。
あの「三沢の犬」からは。
- 飯沢
- 同時に、すごく謎が多い写真だとも思う。
- ──
- 謎。
- 飯沢
- いまも「三沢の犬」がなぜ有名なのかに
答えようとすると、
その謎が、また別の謎を生むというかな。 - どんどん知りたくなるんです。
そういう写真は、ぼくにとっていい写真。
森山さんの写真には、
そういうところが確実にあると思います。
- ──
- 森山さんは、すごく「たくさん撮る」と、
よく言われていると思うんですが。
- 飯沢
- 写真集を一冊つくると、
カメラが一台、壊れる。
- ──
- なんと(笑)。
- 飯沢
- 実際、フィルム500本くらい撮ったら、
壊れることもあるでしょう。
- ──
- そんなに撮った中から、選ぶわけですか。
- 飯沢
- 森山さんと一緒に学生さんの写真を見る
講評会の機会もあるんだけど、
そのとき森山さんが必ず言うことがある。 - 「撮ってる数が少ない」「もっと撮れ」。
- ──
- おお。
- 飯沢
- 量が質に変わる‥‥とも言っていますね。
- たしかに、その通りだと思う。
なにせ森山さんが誰より撮ってるわけで。
- ──
- 証拠が、そこにある。
量を撮っている人の質の高さの証拠、が。
- 飯沢
- 森山さんの講評で感動したことがあって、
どういう言い方だったか‥‥
ようするにね、
俺は
電柱と電柱の間で写真集を1冊つくれる
‥‥って(笑)。
- ──
- おおお。
- 飯沢
- すごいよ。同時に誇張じゃないとわかる。
- 電柱と電柱の間は「無限」なんです。
森山さんにとっては。
実際、写真集1冊くらいつくれると思う。
- ──
- テーマとしても、すごく見たいですよね。
「ある電柱と電柱の間」って。
- 飯沢
- さらに言えば、森山さんの写真って、
どれも
電柱と電柱の間で撮ったようなものだよ。 - サンパウロで撮った写真集、
ブエノスアイレスで撮った写真集‥‥
いろいろあるけど、
森山さんが歩きまわってるテリトリーは、
めちゃくちゃ広いわけじゃない。
基本的には、徒歩で撮ってるわけだから。
- ──
- 限界ありますよね、おのずから。
- 飯沢
- あらゆる場所を歩きつくして撮る‥‥
というより、
好みの場所に執着して撮っている。 - ほっつきまわっている犬も
エサを見つけている場所は決まっている
というかな、
電柱と電柱の間みたいな世界であっても、
そこに無限の豊かさを見出している。
- ──
- あれほどの‥‥森山さんが
何百冊もの写真集を出されている理由が、
いま、わかった気がします。
- 飯沢
- 同時に、「撮る」という行為そのものに
よころびを見出していることも、大きい。
- ──
- ああ、撮るのが大好き!
- 飯沢
- そう、森山さんの写真集を見ていると、
ああー、この人は
本当に撮るのが好きなんだろうなぁと、
しみじみ感じるよね。
同じようなものを
飽きずに、何度も何度も撮っているし。
- ──
- ああ、それはいいですね、なんか。
同じようなものを何度も何度も‥‥って。
- 飯沢
- 同じものを、何度も何度も撮れるのって、
すでにひとつの才能だと思うよ。
- ──
- 飽きちゃいますもんね、ふつう。
- 飯沢
- そう。でも、森山さんは飽きない。
飽きない才能がある。 - だから、マンネリもないんだよね。
逆説的なようだけど。
- ──
- いや、わかります。
飽きてない時点でマンネリではないです。
- 飯沢
- とにかく‥‥森山大道っていう写真家は、
どこの国のどんな街に行っても、
電柱と電柱の間、
みたいなことのできる人だし、
その自信を持っているんだと思いますね。
2021-04-12-MON