写真評論家の飯沢耕太郎さんに、
森山大道さんの「写真」がどいうものか、
いろいろうかがいました。
一貫して路上を撮ってきた森山さんの
特異性、魅力、その功績。
さらには、あの有名な「三沢の犬」が、
「どうして有名なのか」という、
なんとも素朴な(?)ギモンについても
丁寧にお答えくださいました。
最後には「撮れちゃった写真」の大切さ。
これには、なるほど~とうなりました。
「撮った写真」じゃなく
「撮れちゃった写真」が、なぜ凄いのか。
「撮れちゃった写真」を撮れるのが、
素晴らしい写真家なんです‥‥と。
全6回の連載、担当はほぼ日の奥野です。
飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)
写真評論家。1954年、宮城県生まれ。1977年、
- ──
- お話をうかがっていると、
森山さんの大スランプ時代のことが、
すごく気になってきます。
- 飯沢
- でも、ぼくらに言わせると、
「え、スランプ?」って感じですよ。
- ──
- その時代の作品を見ると?
- 飯沢
- そう。
- 『北海道』という写真集が出ていて、
ちょっと見てよ‥‥これ。
どこがスランプなんだと思いません?
- ──
- ‥‥本当ですね。
- 飯沢
- もうねえ、ものすごくいいんですよ!
- でも、実際はこのとき森山さん、
東京にいるのもイヤになっちゃって、
北海道にアパートを借りて、
そこに住んで撮り続けてたんだって。
これだけの量を、3ヶ月くらいで。
- ──
- わあ。
- 飯沢
- 撮っても撮っても手応えがないって、
当時は思っていたらしいんだけど。
- ──
- どうやって乗り越えたんだろう‥‥。
- 飯沢
- もちろんプロだから、
似たような写真を撮ってたりすれば、
森山さんなりに、
疑問はあったのかもしれないです。 - でも、あるときにこれでいいんだと、
葛藤を乗り越えられた。
だって、その場で自分が見たものは、
「つねに、おもしろい」んだから。
- ──
- 路上で出くわすものは、おもしろい。
つねに。
- 飯沢
- 今日見たものを明日見てもちがうし。
昨日見たものを今日見ても、ちがう。 - そうやって、路上を撮り続けた結果、
80年代にスランプを脱して、
『光と影』という傑作写真集を出す。
- ──
- はい。
- 飯沢
- これが、まあ、カッコいいんだよな。
もう、圧倒的にね。 - この写真集に影響を受けたと言う人、
たくさんいますから、世界中に。
- ──
- 世界中に!
- 飯沢
- あの写真集をつくれたから、
森山さん、
「ああ、自分は、これでいいんだ」
と思えたんじゃないかなあ。 - だって、次から次へとカッコいい。
輝きを帯びてる‥‥
だって、ただの「便器」なんだよ。
- ──
- 泉‥‥。
- 飯沢
- たぶん頭には確実にあったと思う。
デュシャンとか、アートのことは。 - 個人的に、森山さんの写真集でも
いちばん好きな写真集です。
- ──
- これが、おいくつくらいの‥‥。
- 飯沢
- 40代のはじめくらいですかね。
- ──
- じゃあ、その直前にスランプがきて。
- 飯沢
- それも、かなりデッカいやつがね。
体重もそうとう落ちたみたい。
- ──
- すべての原因は「写真」ですよね。
- 飯沢
- 撮れなくなってしまったっていう。
- ──
- すごい写真が、撮れているのに。
- 飯沢
- でも、この『光と影』以降、
揺るぎない森山さんになっていく。 - 周囲への説得力も持ちはじめるし、
出すものすべてが、みんな傑作。
これ以降の写真集はどれも、いい。
- ──
- 大スランプを脱したということは、
そんなにすごいことなんですね。
- 飯沢
- あの経験は大きかったでしょうね。
- ──
- 何かを掴んだってことでしょうか。
- 飯沢
- 自分は「これだ」っていうのかな。
そういう何かを掴んだのかも。
- ──
- 森山大道さんと聞いて、
パッと連想するお名前のひとりに、
中平卓馬さんがいます。
- 飯沢
- うん。
- ──
- 森山さんとは、
盟友のような関係だったのかなと
漠然と思っていましたが、
でも、当然、
ライバルでもあったんでしょうね。
- 飯沢
- 森山さんが
『にっぽん劇場写真帖』を出したら
中平さんが
『来るべき言葉のために』を出し、
さらに森山さんが
『写真よさようなら』を出して‥‥。 - たがいがたがいを強く意識しながら、
その繰り返しで、
ともに高め合っていったんでしょう。
- ──
- 大きな才能にとって、
大きなライバルがいるということは、
とても大きなことですね。
- 飯沢
- それも、とても近くにいた存在だし、
同じ時代を共有していたわけでね。 - 中平さんも、
森山さんとほぼ同じくらいの時期に
大スランプに陥ってしまうんです。
酔いつぶれて昏睡状態になり、
言語障害、記憶障害を負ってしまう。
- ──
- はい。
- 飯沢
- 批評家、翻訳者として
言葉にまつわる才能もあったけれど、
それらを手放し、
でも、写真家として復活してきます。 - そういった経緯もあるし、
リスペクトも、ライバル心もあって、
だから、
一言では言えない関係じゃないかな。
- ──
- 飯沢さんは、
おふたりの写真を並べて見たことも
あるかと思うんですけど、
たとえばどんなことを思われますか。
- 飯沢
- 森山さんの方が、ウェットかな。
- ──
- ウェット。
- 飯沢
- うん、写真のあり方がね。
- 写真の「湿り気」って大事な要素で、
森山さんの写真からは
「にじみ出てくる湿気」というか、
水気、濡れている感じ‥‥があって。
- ──
- なんとなく、わかります。
- 飯沢
- 中平さんの写真にはドライを感じる。
- 70年代以降、
ふたりのクリエイションの方向性は
微妙にちがって行きます。
中平さんは、どちらかっていうと、
頭で考えて
コンセプチュアルに写真を撮る方向。
- ──
- はい。
- 飯沢
- 対する森山さんは、
自分の生理とか触覚をたのみにして
路上を撮っていく。 - たぶん、そこで両者はわかれるんだけど、
でも、森山さんもときどき、
非常にコンセプチュアルな仕事をしてる。
- ──
- たとえば‥‥どのような?
- 飯沢
- 森山さんのコンセプチュアルな仕事では、
1997年の
「ポラロイド・ポラロイド」
という、おもしろいシリーズがあります。 - 自分の部屋をポラロイドで撮って、
その3000枚以上のポラ写真を
モザイク状に並べることで、
自分の部屋を
写真によって再構築してるんです。
- ──
- へえ‥‥。
- 飯沢
- これ。
- ──
- おおー!(笑) カッコいい。
- 飯沢
- カッコいいでしょ。
- ──
- はい、カッコよくて笑ってしまいました。
カッコいいし、おもしろいし。 - グラフィックデザイン的な感じもします。
- 飯沢
- こういうこともやっちゃうんだよなあ。
森山さんって。おもしろいよねえ。
- ──
- 知りませんでした。はあ‥‥。
- 飯沢
- 路上で出くわすものを撮ってきた人で、
生理的、感覚的なアーティストだと
思われるかもしれないけど、
これくらいコンセプチュアルで
ロジカルな表現もできる人なんですよ。 - だから、写真家としての幅は広いです。
- ──
- その幅広さで、路上を取り続けてきた。
それは、いつまでもすごいわけですね。
- 飯沢
- でもやっぱり、中平さんの写真に、
森山さんの要素がないわけじゃないのと
同じように、
森山さんの写真にも、
どこかに、中平さんの要素があると思う。
- ──
- 盟友どうし、ライバルどうしって、
往々にしてそんな感じでなんしょうね。
- 飯沢
- 盟友であり、ライバルであり、
時代の感覚を共有した者どうしでもある。 - 絶対に影響関係にあったわけで、
やっぱり一言では言えないと思います。
- ──
- はい。
- 飯沢
- 中平さんが考えてやろうとしたことを、
のちに、森山さんが
どこかでやってることもあるだろうし、
その逆も、しかり。 - 相互の影響関係の中で、
ものごとって、できあがってくるから。
- ──
- ええ。
- 飯沢
- 森山さんにとって、その相互影響関係の
もっとも強烈だった人が、
中平卓馬さんという人なんだと思います。
2021-04-13-TUE