第３回　世界が認めたレフリー。 | 強く、美しく。 | 桑井亜乃

ラグビーの歴史上初、選手とレフリーの両方で
オリンピックに出場する桑井亜乃さん。
この夏、パリ五輪で笛を吹くことになる
彼女の挑戦をニュースで知り、しびれました。
どれだけの努力をしてきた人なんだろう、と。
目の前の夢を次々に叶えてきた桑井さんが
大切にしてきた言葉は「強く、美しく」。
ひたむきに突き進む彼女の秘密にせまります。
担当は、ほぼ日の下尾（しもー）です。
ほぼ日の「にわかラグビーファン」な私たちにも
桑井さんのお話はとってもわかりやすく、
パリ五輪の見どころまで、教えていただきました。

＞桑井亜乃さんのプロフィール

桑井亜乃（くわいあの）

1989年10月20日生まれ。北海道幕別町出身。
日本ラグビー協会公認レフリー。
パリ五輪2024マッチオフィシャル。
7人制ラグビー元日本代表。
選手とレフリーの両方で五輪出場は
ラグビー界では世界初。

桑井さんのX
https://x.com/ano1020

桑井さんのInstagram
https://www.instagram.com/ano.1020/

──: 選手を引退したからといって、
急にレフリーに転向するのって
むずかしいですよね。
桑井さんがレフリーを意識したのは、いつ頃なんですか。

桑井: 2020年の３月に日本ラグビーフットボール協会の方から
お話を頂きました。
東京オリンピックの延期になる前で、
引退するんじゃないかっていう噂があったようで（笑）。
結局オリンピックが１年延びたので、
そのまま１年は五輪を目指して、
選手としては引退せず、そのまま続けました。; 2021年の５月か６月ぐらいに、もう一度お話を頂いて。
そこから「引退と同時にレフリーを始めます」
というのを公言しました。
私は逃げ道を作りたくない性格なので、
引退と同時に「レフリーでも五輪を目指します」
っていうのを皆さんにオープンにしました。

──: 選手として五輪に出場して、
レフリーとしても五輪に出るというのは、
世界で初めての快挙なんですよね。
それは、狙いに行ったんですか。

桑井: 狙いました！

──: かっこいい～！！！　
引退を決めてから、そこまで何年だったんですか。

桑井: ３年です。

──: ３年でパリ五輪のレフリーに
いけると踏んで、挑戦したんですか。

桑井: 実現できるかどうかは正直わからなかったです。
３年でそこまでいけたという前例がなかったので。
どうやったら辿り着けるのかの道筋はなかったです。
だけど、やるからにはそこを目指してやりたくて。; 薦めてくれたレフリーコーチに、
「３年でオリンピックに行けますか？」と聞いたら
「可能性はなくはない、不可能ではないと思う」
と言っていただいたんで。; またラグビーに関わって、
別の形でも世界を目指せるんだとしたら、
私はレフリーをやりたいなって強く思ったんです。

──: 試合を観ていても、
レフリーに注目する機会があまりなかったのですが、
どういうお仕事なんですか。

桑井: レフリーとしての役割は、
選手がノンストレスの状態でプレイできるように、
ゲームをマネジメントをするっていう感じですかね。

──: 選手時代と比べると、運動量は減りましたか？

桑井: いや、じつは走る距離だけでいうと、
レフリーの方が多いと思います。
タックルして、倒れて起きてっていう動作が、
レフリーにはないので、疲れは少ないかもしれません。
ただ、ボールが動けば動くほど、レフリーも動きます。
レフリーもアスリートなんだと
知っていただきたいですね。

──: 海外選手同士の試合でも笛を吹いていると思うんですが、
言葉でのやりとりは、何語ですか？

桑井: 英語です。
現役を引退してから英会話に通って、
ほぼ話せない状態からスタートしました。
今でもそんなにペラペラじゃないです。
言ってることは、なんとなくわかっても、
グラウンドの上で伝えるというのは、
すごく大変です。
そしてじつは、ラグビーの試合中よりも、
レフリーミーティングのディスカッションの方が、
もっとむずかしいです。

──: レフリーになるために、
試験みたいなものはあるんですか。

桑井: 日本で言うと、C級B級A級というのがあって、
C級を取れば試合でも吹けるんです。
B級になると、またカテゴリーが変わります。
A級になると、リーグワン
（日本国内の最高峰リーグ）で吹けます。
ただ、世界に出るときに日本の級は全く関係ないです。

──: え？　そうなんですか？　
じゃあ、海外の試合ではまた
ゼロから世界用の試験を受けるんですか？

桑井: いや、世界用の試験というのはなくて、
世界が認めた人しか行けないんです。

──: ええーー。それもかっこいいーっ！　
にわか中のにわかな反応ですみません（笑）。
ということは、桑井さんは今、
世界に認められてるっていうことですよね。

桑井: そうなりますね（笑）。

──: どのように世界に認められたんですか？

桑井: 私で言うと、ワールドシリーズの
ひとつ下のランクに位置しているコア昇格大会で、
ファイナルが吹けたからです。
そこで実績を積めたおかげで
ワールドシリーズのコアなレフリーに選ばれて、
コアなレフリーに選ばれたから、
五輪の道ができたっていう順番があるんです。; チャレンジャーシリーズにいたメンバーは、
女子で６人いました。
でも、そもそもそこに選ばれないレフリーはいっぱいいて。
その中でもファイナルが吹けたのは、
私を含めた２人だけなんです。
２大会だけだったんで。

──: レフリーの中でも勝ち抜かなきゃいけないんですね。
そのレフリーの優劣は、何で決まるんですか。

桑井: これがむずかしいんです。
決まりがないんですよ。
優劣は見える化がされていないので。; それでも、判断には基準があります。
間違った判定が少ないこと、
いい判定をすることは、もちろんプラスになります。
あとは語学。しっかりレフリーチームとして
コミュニケーションを取っていけるか。
ほかには、スピードだったり、フィットネスだったり。
あ、レフリーにも、フィットネステストがあるんですよ。

──: わあ。選手時代の課題だったフィットネスが！！

桑井: そう、選手じゃなくても、
走ることは必要不可欠な要素なんです。; そして、よく「日本人からひとり？」とか、
「アジアからひとり？」とか言われるんですけど、
国や地域の代表として選ばれるわけではなくて、
「世界」から選ばれます。
誰かがプッシュしてくれたから世界に行ける、
というわけでもなく、
その場その場でパフォーマンスを見せて、
このレフリーはいいなって思ってもらわない限りは、
世界大会で吹けないので、とてもシビアです。; こうしてパリ五輪に
レフリーとして参加できることが決まるまで、
私は自分に常にプレッシャーをかけて、生きてきました。
まず３年前に五輪に行きますって宣言をしたときに、
１年目にはまず
「存在を知ってもらうことが大切だ」と思ったので、
協会に留学する提案をしました。

──: 桑井さんの目標達成のために、
また計画を立てられたんですね？

桑井: そうなんです。
計画を立てるのは好きなんで。; 最初に協会から、短期留学みたいな形で、
フィジーに行かせてもらったんです。
語学学校に通いながら３週間ステイして、
フィジーの大会で毎週、笛を吹きました。
でも、このままじゃダメだなと感じたので、
海外にいる友だちに連絡をして、
海外でラグビーの大会がないか
教えてほしいって頼んだんです。
すると、イギリスの友だちが
近いうちに４大会あるよって教えてくれて。; さっそくフィジーから日本のレフリーコーチに連絡をして、
イギリスに行きたいと伝えました。
コーチとしては自分の下に置いて
指導したいという思いがあったでしょうし、
国内の女子のシリーズとかぶっていたので、
日本で吹いた方がいいんじゃないかと提案されました。; 「いや、そうじゃないんです。
へったくそな日本人レフリーが来たけど、
２カ月でうまくなって帰っていったと
思ってもらえればいいんです。
まずは私の存在を知ってもらいたいんです」
という説得を何度かして、企画書も書いて。
自分の貯金がなくなってもいいんで、
行かせてほしいと訴えたんです。
そんなに言うならと、
２ヶ月のイギリス留学が叶いました。

──: イギリスに行ってみて、
もうぜんぜん違いました？

桑井: ぜんっぜん違いました。
英語がほぼわからない状態だったので、
最初「うーん？」みたいな感じだったんですけど、
私がしゃべれないということを
相手も理解してくれて、
お互いに、がんばってくみ取ろうという思いがあって、
どんどん、通じ合っていって、その２カ月で、
イギリスでお世話になったみなさんとは、
とても仲良くなれました。
周りの人たちが、どんどん変わっていったのが、
すごくおもしろかったです。
しかも４大会、プラス、イギリスに行ってから
２大会決まって、６大会で吹けたんです。

──: はあー、すごいです。
イギリスに行ったことで、桑井さんの存在を
広く知ってもらえたんですね。

桑井: ほぼ毎週レフリーさせてもらえる環境があったので。
行ってよかったなあって思います。

（つづきます）

2024-07-26-FRI