宇宙の話って、なんとなーく面白そう。
だけど普通に暮らしていて、くわしい人に
話を聞ける機会って、そんなにない気がしませんか。
今回、ほぼ日にたまたまメールをくださった
新井達也さんが、宇宙服の生命維持装置の
エンジニアだったので、
「宇宙服」を切り口に、いまの宇宙開発のお話を
いろいろと聞かせていただくことにしました。
「宇宙に興味はあるけど、まだよく知らない」
そんな、超初心者の方向けの宇宙入門です。
宇宙がちょっと身近になる全11回。
どうぞじっくり、おたのしみください。
新井達也(あらい・たつや)
1980年生まれ。
東京大学工学部航空宇宙工学科 (学士、修士)、
米国マサチューセッツ工科大学
航空宇宙工学科 (博士)を卒業後、
医療機器メーカー勤務を経て、
現在テキサス州にて
オーシャニアリング社の宇宙システム部門に勤務。
専門は生命維持装置。
ほぼ日とは、糸井重里とほぼ日乗組員が
2010年にボストンを訪れたときに、
お昼をご一緒したとき以来の縁。
『MOTHER』シリーズの大ファンでもあり、
プレイするときの
主人公の名前はテントウムシ、
好きなものはあぶらむし。
- 新井
- 月や火星って、行くこと自体も
もちろん大変なんですが、見逃せないのが
「着いたときに誰も助けてくれないこと」
なんです。
- ほぼ日
- つまり、降り立った人以外は誰もいないから。
- 新井
- しかも人間って、
「宇宙と地上で体の状態が変わる」
んですね。 - たとえば地上だと、立ったり座ったりするので
足のほうに血がたまります。
だけど宇宙だと比較的、体の上側に血がたまって、
顔もパンパンになるんです。 - そのとき、人間の心臓には
血の量をはかるセンサーがついているんですけど、
宇宙に行って血が上にたまると、
心臓が「血の量が多い!」と判断して
尿でけっこう出しちゃうんです。
- ほぼ日
- あ、へえぇー。
- 新井
- 宇宙ではそれで健康なんですけど、
その状態で地球に帰ってきて立とうとすると、
問題が起こるんです。 - 立とうとした瞬間、減っている血が
今度はサッと足側に集中して、
「超貧血状態」のようなことになるんです。
場合によってはそれで
宇宙飛行士が失神することもあります。 - それが火星で起きたら大変ですよね。
誰も支える人がいないですから。
下手したら、火星に降りたとたん、
全員が超貧血状態。
- ほぼ日
- せっかく行ったのに、悪夢のような(笑)。
- 新井
- だからいま、そうならないように、
「火星に行くまでの3~6カ月間、
宇宙飛行士はどんなトレーニングを
すればいいか」
といったことも研究されています。 - 立ってクラクラするのは、
難しい言葉で「起立耐性の低下」と言うんですが、
なぜか女性に多いんです。
ホルモンのせいだとか、いろいろ言われています。 - そのせいで宇宙に行けないとかは
まったくないんですけど、
記者会見中に倒れてしまった
女性宇宙飛行士の方もいるぐらいで、
解決しなければならない問題のひとつです。
- ほぼ日
- 貧血ひとつでも、大問題ですもんね。
- 新井
- また宇宙では、ほかにもいろんな
体の変化が起こるんですが、
骨もけっこう重要なんですね。
- ほぼ日
- あ、骨も。
- 新井
- 宇宙に行くと、かかととか足とか、
普段は重力に逆らって人間の体を支えている
骨の仕事が急になくなるんです。 - 普段は骨って、
「骨を壊す細胞」と「骨を作る細胞」が
バランスをとりながら生活してるんです。 - だけど宇宙に行くと、
「骨を作る細胞」がサボりはじめて、
骨からカルシウムが
どんどん抜け出していきます。 - それによって骨の密度が下がりますし、
そのカルシウムが血の中に入るので、
結石や腎臓結石の率も上がります。
- ほぼ日
- またそれも怖い(笑)。
- 新井
- それに対抗するために、宇宙飛行士は
宇宙空間でもトレッドミルとかで走るんです。 - そうやって足の骨に衝撃を与えることで、
「骨を作る細胞(骨芽細胞)」が
また活性化されるので、
それで骨の密度を保つんです。 - やっぱり骨は、骨太にすることが
すごく重要です。
せっかくわざわざ火星へ行ったのに、
転んで骨を折ったら、手術してくれる人はいないので。
- ほぼ日
- トレッドミルで走るのは筋肉だけじゃなく、
骨のためでもあるんですね。
- 新井
- あと体の話を続けると、
放射線のこともありますね。 - いまの宇宙ステーションは、地球の周りを低軌道、
高さ400kmぐらいで回っています。
だからまだ地球の磁気圏に守られているんですが、
火星とかに行くと、その磁場がないので、
太陽からの放射線をもろに浴びることになるんです。
DNAのダメージも大きいので、それも問題です。
- ほぼ日
- おおー。
- 新井
- だからそういった
「どうすればDNAのダメージを修復できるか」
「コロニーや住まいにどんな材料を使えば
放射線を防げるか」とか、
いますでにわかっている課題もたくさんあります。
- ほぼ日
- ということは、そういう研究もまた
いろいろと進んでいるんですか。
- 新井
- はい。それもあって宇宙飛行士の方は、
宇宙から帰ってくるとすぐに
「どれだけ健康かを調べる障害物競争」
みたいなものをさせられるんです。 - 「ファンクショナル・トレーニング・テスト
(FTT/機能トレーニングテスト)」
と呼ばれるものなんですけど。
- ほぼ日
- 障害物競争‥‥?
- 新井
- 地上に帰ってくるとすぐに、
ジグザクに歩かされたり、バーの上を通ったり、
くぐったりをやらされるんです。 - 話によると、宇宙飛行士の方にとっては、
そのテストが非常に厳しいそうですね。 - 地球に戻ってきたと思ったら、
いきなりそんなことをやらされて、
宇宙飛行士のみなさんは、
ちょっと歩いては、ゲーっと吐いて、
またちょっと歩いては
ゲーって吐いて‥‥みたいな。
- ほぼ日
- 聞いてるだけでつらそう(笑)。
- 新井
- そのときの三半規管の研究をされている方も
いらっしゃいますね。 - 人間の体には、
「三半規管」や「耳石(じせき)」など、
重力とかのバランスを司る器官があるわけです。 - 耳の中には「耳石」といって、
歯ブラシの上に石が乗っている感じのものが
左右に2個ずつついています。 - 人が下を向くと、
この石がシュッとうしろに動きます。
走ったときも、石が加速度で
ギュッと影響を受けて移動します。
- 新井
- この石が歯ブラシの毛をふらふら動かすことで、
いま自分が
「上を向いている」「下を向いている」
「走り出した」「急に止まった」
とかを脳に伝えているんですけど。
- ほぼ日
- なんとなく聞いたことがあります。
- 新井
- けれど宇宙に行くと重力がないので、
その石が動かないんですね。
だから、その歯ブラシの毛が動くときって、
「自分が加速したとき」と
「減速したとき」だけ。
- ほぼ日
- つまり、動き出すときと、止まるとき。
- 新井
- だから無重力状態に長くいて慣れてしまうと、
地球に帰ってきたとき、
たとえば目をつぶって下に向くだけでも、
重力で耳石が下に引っ張られますよね。 - そのとき宇宙飛行士は
「自分が後ろに吹っ飛んでいる」
と錯覚して、
「うわっ!」て混乱するんです。 - 逆に、目を閉じて上を向くと、耳石が後ろに行くので
「前に吹っ飛んでいる」感覚になる。 - 戻ってきたばかりの宇宙飛行士は、
「前に壁があると、上を向いたときに
思わず壁にサッと手をついてしまう」
という面白いエピソードもあります。
- ほぼ日
- はあぁー。
- 新井
- そんなふうに、目から入ってくる情報と、
三半規管の情報が食い違うので、
地上に戻ってきたばかりの宇宙飛行士は
すごくそーっと歩くんです。 - 廊下の角なら、大きく弧を描いて曲がる。
横に進むときも、ゆっくり、ゆっくり、
頭をできるだけ動かさないように
カニのように平行移動するという。
- ほぼ日
- つらい(笑)。
- 新井
- もうひとつ、ぼくが好きなエピソードがあります。
- 「ドイツの宇宙飛行士の
アレクサンダー・ガーストさんという方が
地球に帰ってきて、宇宙船から出ようとしたら、
手首が引っかかって出られない。
‥‥と思ったら、実は重力だった」
という話なんですけど。
- ほぼ日
- え、どういうことですか?
- 新井
- 宇宙で無重力に慣れてしまい、
地球での「自分の腕の重さ」を
すっかり忘れてしまったと。 - だから、なにか腕が引っかかると思ったら、
単純に自分の腕の重さだったという。
- ほぼ日
- おおー、そんなに適応してしまう。
- 新井
- 人間、そこまで適応する点がすごいですよね。
もともと無重力で生活するようには
作られていないのに。 - 昔、人間が初めて宇宙に行ったときは
「人間は本当に宇宙で生きていられるのか」
すらわからなくて、
イヌやサルを先に打ち上げたりしていたんです。 - それを思うと、いま人が普通に
宇宙で仕事をしてるって、すごいですよね。
- ほぼ日
- すごいですね。
- ふと思ったのですが、人間以外の生き物のための
宇宙服ってあるのでしょうか?
- 新井
- あ‥‥ペット用とかですか?(笑)
- ほぼ日
- はい(笑)。
- 新井
- いまはないですけど、
将来ありえるんじゃないでしょうか。 - サルとイヌは宇宙に、あとほかの動物も
宇宙ステーションには行っていますけど、
船外活動はしていないので、まだですね。 - だけどそういえば、サルは
船内用の宇宙服は着ていましたね。
あと、心拍数とか測るための装置は
つけていたと思います。 - うーん‥‥なるほど。
動物という視点で考えたことは
あまりありませんでした。
動物も「宇宙酔い」をするのかな。
- ほぼ日
- たしかに、そうですね。
- 新井
- 三半規管があるので、たぶん
「宇宙酔い」をするとは思います。
だから初日はけっこう
もどしちゃうんじゃないでしょうか。 - 人間は宇宙に行くと、
だいたい初日に嘔吐するらしいんですけど。
- ほぼ日
- そもそも「宇宙酔い」って、
どういう状態なのでしょうか。
- 新井
- 一つの説明としては、無重力で、
目に入ってくるものと、感じるものが全然違うと
酔ってしまうんですね。 - たとえばほかの人がさかさまになって
浮いているのを見て、
思わず吐いちゃったりとか。
何日かすると慣れるんですけど。
- ほぼ日
- はぁー、そんなことが起こる。
- 新井
- だから宇宙に行って
いきなり船外活動をすることはないですね。
宇宙服の中でもどしたら、ほんと大変ですから。
換気扇も詰まるでしょうし。 - もし宇宙服の中で吐いたら、
いったん船内に戻るしかないですね。
- ほぼ日
- どうして吐くんですかね。
- 新井
- ある宇宙飛行士の人から聞いて
「なるほどな」と思ったのが、
なにかおかしいことがあったとき、
脳が最初に考えるのが
「変なものを食べた可能性がある」
ということらしいんです。 - 「なにかおかしい」
→「なにか異常があるはずだ」
→「じゃあ念のため吐いておこう」
という。
だからとりあえず吐くと。
- ほぼ日
- つまり、脳がとりあえず吐かせる?
- 新井
- そう聞いたことがあります。
とりあえず、変なものを食べてしまった
可能性について対策をしておくと。
- ほぼ日
- うわー、面白い。
(つづきます)
2021-01-30-SAT
-
2024年の「アルテミス計画」で使われる
船外活動用の宇宙服を、
身長34cmのLEGOにしたものです。
本物の約1/7の、
遊んだり飾ったりしやすいサイズ。
LEGO社が新製品のアイデアを募集する
「LEGO IDEAS」に参加しています。宇宙服を愛し、実際に関わられている
新井さんならではの細やかさで、
それぞれの部位や生命維持装置の中身も
かなりリアルに作られています。関節はほぼ全て動き、
さまざまなポーズが可能。
足首、ひざ、腰、股関節、肩ひじ、
手首、指、すべて動きます。
実物と同じく、中も空洞になっています。投票には無料でレゴアカウントを
作る必要がありますが、
もしよければ、新井さんの
NASA Artemis Space Suitを
「SUPPORT」してみてくださいね。
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