宇宙の話って、なんとなーく面白そう。
だけど普通に暮らしていて、くわしい人に
話を聞ける機会って、そんなにない気がしませんか。
今回、ほぼ日にたまたまメールをくださった
新井達也さんが、宇宙服の生命維持装置の
エンジニアだったので、
「宇宙服」を切り口に、いまの宇宙開発のお話を
いろいろと聞かせていただくことにしました。
「宇宙に興味はあるけど、まだよく知らない」
そんな、超初心者の方向けの宇宙入門です。
宇宙がちょっと身近になる全11回。
どうぞじっくり、おたのしみください。

>新井達也さんプロフィール

新井達也 プロフィール画像

新井達也(あらい・たつや)

1980年生まれ。
東京大学工学部航空宇宙工学科 (学士、修士)、
米国マサチューセッツ工科大学
航空宇宙工学科 (博士)を卒業後、
医療機器メーカー勤務を経て、
現在テキサス州にて
オーシャニアリング社の宇宙システム部門に勤務。
専門は生命維持装置。

ほぼ日とは、糸井重里とほぼ日乗組員が
2010年にボストンを訪れたときに、
お昼をご一緒したとき以来の縁。

『MOTHER』シリーズの大ファンでもあり、
プレイするときの
主人公の名前はテントウムシ、
好きなものはあぶらむし。

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(9) バージョンアップの長い道のり。

新井
宇宙服自体の作られ方の話も面白いんです。
現在使われている宇宙服は、
1970年代にスペースシャトルのために
作られたものを、
ずーっと引き継いで使っているんですね。
40年以上前の技術を改良しながら。

ほぼ日
そんなに昔のものなんですか。
新井
さらに当時は
「宇宙服なんかいらないだろう」
と思われていました。
「宇宙飛行士はずっとスペースシャトルの中で
実験しているだけだから」
という理由ですね。
でも、だんだん「やっぱり宇宙服を作ろう」と
結局作るようになりました。
ほぼ日
それはなぜですか?
船外活動をしなければうまくいかない場面がある?
新井
これはぼくの考えもありますが、まず
「人間がやりたいことは、
人間が作業するのを
想像するのがいちばん簡単」
という面があると思います。
もちろん人間が外へ行くリスクを冒さなくても、
ロボットやロボットアームで
何でも作れるとは思うんです。
でも、やりたいことに対して毎回ロボットを作るのって、
やっぱり時間がかかりますから。
ほぼ日
つまり、人間がやるほうが早い。

新井
そうですね。
あとは予期しないことが起きたとき、
「人間が中に入っていると頼りになる」
というのもあります。
やっぱり宇宙では、予期しないことが
起こりますから。
実際にいまは宇宙服がなければ、
宇宙ステーションが完成していないですし。
そういった面からも、いまでもやっぱり宇宙服は、
宇宙開発に欠かせない
一つのピースになっていると思います。
ほぼ日
はぁー。
新井
あと、宇宙服を着て外に行くって
きっと楽しいし、ワクワクしますよね。
そういう気持ちの部分も、
ぼくは作用している気がします。
もちろんいまは
「宇宙飛行士もロボットもどちらも必要」
という考え方が主流で、
「ロボットにしかできないこと」
「宇宙飛行士にしかできないこと」
を補完しあいながら宇宙開発をするのが、
モデルなんですけど。
ほぼ日
いま、宇宙服を作っている会社って、
けっこうあるんですか?
新井
少なくて、競合他社がいない感じです。
たぶん宇宙服が高くつくのは、
そのせいもあると思いますね。
ぼくが知る限りでは、
生命維持装置を作れるのも数社。
上半身、下半身、腕のパーツを
作れるのも数社。
最近少しずつ、うちの会社のような
新しい企業が参加していますけど、
まだまだ数社のみです。
ほぼ日
たしかに需要も限られそうですし。
新井
ただ、人間の体がこの数十年、数百年で
大きく進化しているわけでもないので、
アポロ計画だろうがいまだろうが、
宇宙服がやるべきこと自体は変わってないんです。
それを少しずつ、この40年ぐらいで生まれた
「もっと安全な方法」
「もっとエネルギーを使わない方法」
を取り入れつつ、更新している状況ですね。

ほぼ日
宇宙服について、宇宙飛行士の方からの
「もっとこうしてほしい」みたいな
リクエストはあるのでしょうか。
新井
いろんな人から、いろんなリクエストがあります。
昔多かったのは肩まわりですね。
「もっと肩を動かしやすくしてほしい」とか。
あと「小さい人も船外活動できるように」
というのもありますね。
宇宙服って背の高い、手足の長い人に
有利な設計なんです。
とはいえいまは
「女性が月を歩く」目標もありますし、
最新のものは前より使いやすくなっています。
あとは、温度や生命維持装置などの情報を表示する
ディスプレイの位置が
「ここにあった方がいい」とか。
ほぼ日
そのディスプレイって、最新式のものだと
どこにあるんでしょう?
新井
それについてはどうも
公表されていないみたいですね。
まだ決まってないかもしれないです。
ヘルメットの中にあるのか、外にあるのか‥‥。

ほぼ日
ああー。
新井
ディスプレイとはまた別の話ですが、
宇宙服の腕には1枚1枚めくっていく感じの
チェックリストみたいなのもあります。
ほぼ日
めくっていく‥‥?
新井
バインダー式の、でっかい手帳みたいなものが
腕の周りに巻くバンドにくっついているんです。
「Cuff List」と呼ばれるものですけど、
1枚1枚に作業のリストなどが書かれています。
ほぼ日
そんなものまであるんですか。
‥‥あ、このLEGOでいうと、
腕のところについている、これですか?

新井
申し訳なさげにありますが、これですね。
現状のものは‥‥ネットで検索すると、
この写真の左腕のものがそうです。
(参考写真を見る/外部サイト)
こちらの動画は水中でのテストの様子ですが、
4:46や8:28あたりで、蛇腹状のものが
ふわふわっとめくれているのが分かると思います。
(参考動画を見る/外部サイト)
そして、アポロ時代に
使われていた「Cuff List」がこれですね。
(参考写真を見る/外部サイト)
ほぼ日
おおー、かっこいい。
ほんとに手帳状ですね。
新井
そうですね、けっこうアナログです。
ほぼ日
あと、さきほど話の中で
「二酸化炭素のセンサーはよく不調が起こる」
と言われてましたが、
宇宙服って、そういうものですか?
ひとつも問題が起こらないように
ガッチガチに作り込んでいるものではない?

新井
二酸化炭素のセンサーは特殊だと思いますが、
全体的に宇宙服って、
ものすごく完全に作り込んでいるかというと、
そういうものでもないんです。
たとえばアポロ時代は
アメリカとソ連のスピード競争ですから、
時間も予算も限られたなかで
急いで作らなければいけなかったわけですし。
そのときも、ものすごく突き詰めて
一つの装置を最適化するより、
「これはうまくいった。次行こう!」
みたいに、
パパパッて決めていく感じだったと思います。
すべてがすべて完璧に最適化というか、
きれいにデザインされているわけでは
ないですね。
ほぼ日
なるほど、ちょっとイメージと違いました。
新井
あと、なにより安全優先なので、
そもそも最初に
「うまくいっているのに、
本当にこれを変える必要あるかな?」
がありますね。
もちろん時間と予算に余裕があるなら、
少し良くしようかとかも考えるけれども、
まずは「安全だと証明されている
技術だからいいよね」という感じ。
想像されているよりも、
ものすごく新しい技術が
採用される世界ではないんです。

ほぼ日
たしかに新しいものって、リスクを伴いますね。
新井
むしろ新しい技術の採用って、なかなか難しいです。
宇宙で本当にしっかり動くことを
証明するまでの道のりって、かなり長いので。
ほぼ日
いろんなテストなどがある?
新井
まず実験室で小さい規模でスタートして、
そこそこうまくいきそうなめどが立ったら、
次に本当に使う大きさのものを作り、
もっとリアルな環境で試験をします。
それもうまくいったら耐久試験。
「8時間の宇宙遊泳に耐えられるか」
「100回以上できるか」とか、
段階を踏みながらやっていきます。
だから宇宙までの道のりは、
とにかく安全第一。
少しずつ少しずつ作っていく感じです。
学生やベンチャーが作る小型衛星とかは、
ものすごいスピードでガーッと作るんで、
まったく違いますけど。
ほぼ日
安全が証明されているからとはいえ、
基本は1970年ぐらいの
宇宙服の再利用や改良というのも面白いですね。
新井
でも最近は、当時作られた宇宙服の数も
ずいぶん減っていて、
けっこう備品が少なくなっているんです。
ロケットの打ち上げに失敗すると、
その宇宙服はなくなっちゃいますから。
そういうこともあっていま、
新しい宇宙服を作っているんだと思います。
ほぼ日
毎回作り直すわけではないんですね。
新井
作り直す部分もあると思いますが、
使えるものはちゃんと再利用しています。
帰ってきたものを点検して、きれいにして。
でも、昔からある技術は安全ですけど、
作っていた会社自体がもうないとか、
工場が閉鎖されているとかもあるので、
気をつけないといけないですね。
そのときは
「いまある新しい材料を代わりとして使えるか」
とかの試験も必要になるので。
ほぼ日
新しい材料だと、また一から
検査が必要になるから。
新井
そういうことなんです。

(つづきます)

2021-01-31-SUN

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  • 2024年の「アルテミス計画」で使われる
    船外活動用の宇宙服を、
    身長34cmのLEGOにしたものです。
    本物の約1/7の、
    遊んだり飾ったりしやすいサイズ。
    LEGO社が新製品のアイデアを募集する
    「LEGO IDEAS」に参加しています。

    宇宙服を愛し、実際に関わられている
    新井さんならではの細やかさで、
    それぞれの部位や生命維持装置の中身も
    かなりリアルに作られています。

    関節はほぼ全て動き、
    さまざまなポーズが可能。
    足首、ひざ、腰、股関節、肩ひじ、
    手首、指、すべて動きます。
    実物と同じく、中も空洞になっています。

    投票には無料でレゴアカウントを
    作る必要がありますが、
    もしよければ、新井さんの
    NASA Artemis Space Suitを
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