2005年以来、約20年ぶりに、
リリー・フランキーさんが、ほぼ日に遊びにきました。

「久しぶりに、ふたりきりで話すつもりで」。
それだけを約束事に始まった糸井との対談は、
ふたりの心の赴くまま、どんどん転がっていきます。
「エロ」の話。「ふたりが面白いと思うこと」の話。
「役者としての引き際」や、「今の時代の書く難しさ」、
「棺桶に入れたいもの」の話まで。
笑いと頷きの絶えない時間が終わったあと、
「こんな話を聞いてくれる先輩、なかなかいないから」と、
少し名残惜しそうにリリーさんはつぶやきました。
そんな、愉快で、ちょっぴり哀愁漂う、2時間半。
「溢れんばかりの下ネタを、泣く泣くカットしたがゆえ」
の、全7回です。どうぞ。

>リリー・フランキーさんのプロフィール

リリー・フランキー

1963年生まれ。俳優。

武蔵野美術大学卒業後、イラストやエッセイ、小説、音楽など、幅広い分野で才能を発揮。2005年には、初の長編小説『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(扶桑社)が200万部を超えるベストセラーになる。
役者としての代表作に、『ぐるりのこと。』(2008年)、『そして父になる』(2013年)、『万引き家族』(2018年)など。2023年、主演を務めた日英合作映画『コットンテール』が第18回ローマ国際映画祭で最優秀初長編作品賞を受賞した

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第5回 解けかけの魔法と、 今の時代の「書くむずかしさ」。

糸井
僕とよく遊んでくれてたときのリリーさんは
30代くらいだったと思うけど、
その歳で「この人は面白いな」って
思わせる人は、やっぱり今も生き残ってますね。
リリーさんとも
「僕、だめになりませんかね」「いや、全然なんないよ」
って会話をした気がするけど、
やっぱりリリーさん、当時から全部おかしかったもん。

リリー
あ、そうですか(笑)。
まあちょっとね、
文章書いたり絵を描いたり役者やったり、
いろいろと業態を変えるうちに
どんどん実態が見えない存在になっちゃいましたけど。
糸井
でもリリーさんは、
役者をやることで「フィクション」の世界に
入っていけたのが大きかったんじゃないですか。
若いときって、
いきなり「フィクション」からデビューするのは難しくて、
誰しもまずは「自分ドキュメンタリー」で
戦うことになるじゃないですか。
リリー
そうですね。
それこそ僕が書いてたコラムなんかは、
「自分ドキュメンタリー」の最たるものですからね。
糸井
そして「自分ドキュメンタリー」は、
やがてはネタがなくなるわけで。
そのときにどうやって次の仕事を作るかというと、
やっぱり「フィクション」の世界に
入っていかなきゃいけないんですけど、
役者は「台本のなかの人」を表現するわけだから、
「自分」を表現しなくて済みますよね。
それがすごくよかったんじゃないかなあ。
リリー
うーん、そうですね。
でもやっぱり最近はちょっと‥‥
「そろそろ」という気持ちもありますよ。
僕、自分が出てる映画とかドラマを観てるときって、
プロの役者の人みたいに
お芝居のチェックするとかでもなく、
ただ作品として観てるんですけど。
たまに、撮影やってるときに現場で
「あれ、僕、なんでここにいるんだろう」って感じると、
作品を観てるときにもその感覚が
フラッシュバックしてくるときがあるんです。
その「正気に戻る回数」が増えてきてるっていうのは、
そろそろ僕も潮時なのかなっていう。
「魔法が解け始めてる」っていうんですか。

糸井
馬車になってたカボチャが、ふと元に戻っちゃうんだ。
リリー
そうなんですよ。
その回数がこれ以上増えていくなら、
やっぱりもっかい「書く世界」に
戻んなきゃいけないなっていう気持ちはありますね。
糸井
リリーさんはもともと書く仕事から始まったけど、
絵と文章だとどっちが先なんですか?
リリー
イラストレーターでデビューしたのが先で、19歳でした。
でも同じぐらいのときに、
当時大学生でしたけど文章を書く仕事ももらってましたね。
糸井
それは、もうすでに「食えるな」と思えてたんですか。
リリー
全く思ってなかったです。
逆に「食えなくてあたりまえのことをしている」って
思ってたから、貧乏もさほど辛くなかった。
最初の頃はイラストなんかも
「1点描いて3000円」の仕事が月に1個あってっていう。
コラムも似たようなものでしたね。
糸井
リリーさんといえば『マガジンハウス』で
書かれてたイメージが強いですけど、
僕は、マガジンハウスという
「名づけようのないもの」を取り入れる器があって
本当によかったなあと長いこと思ってるんですよね。
リリーさんはマガジンハウスで漫画も描いてたけど、
ああいうものを文芸誌でやりましょうっていうのは、
当時はあり得なかった気がするんですよね。
リリー
あの頃の文芸誌って、もう少し敷居が高かったですからね。
当時の編集者たちはやっぱり、
「エロ本」で物書きを見つけるんですよ。
エロ本とか音楽誌を見た編集者が
「こいつに連載を頼もう」となって、
ギャラの高い雑誌に書けるようになっていく時代でした。
僕もマガジンハウスにたどり着くまでが長くて、
それまではだいたい専門誌か、エロ本。
糸井
でもそういうエロ本も、今はあんまりないでしょう。
リリー
今はもう、編集者が書き手をすくい上げる場所って
全部ネットになってるんじゃないですかね。
「note」で個人が勝手に書いてるものから
拾っていくとか。
ただ、SNSってもう無尽蔵な海なんで、
そこから拾い上げていくほうが
なかなかの無理ゲーだと思うんですけどね。
糸井
「太平洋全体で潮干狩り」みたいなとこあるよね。
リリー
そうそう。
もちろん、今の方が自由に、
しかも世界中にリリースできるし、
それはそれでいい側面もあると思いますけど、
そのぶん見つけるほうは大変になってるんですよ、昔より。

リリー
それに書き手にとっても、
こうして発表の場が広がっていることが
イコール「書き手にとっての成長を助けられる環境」
になっているかと言えば、
今のほうが成長することが難しくなってるなと思います。
昔は雑誌という枠があったから
編集者と勉強していくことができたけど、
今は発表するだけなら
自分だけでできちゃうから。
しかも、「何文字でも書けちゃう」。
糸井
そうですね。
リリー
僕らはもう、
何文字って決まってるものを雑誌で書かされてたから。
やっぱり、「1本の映画を400文字で表現する」って
めちゃむずいんですよ。
これはもう、訓練でしかなくて。
本当は3000字ぐらい書きたいところを
断腸の思いで削っていく力というか、
やっぱり、僕らがやってきたのって
「短くする訓練」なんですよね。
糸井
「面積の少なさ」みたいなのが、練習になったよね。
リリー
糸井さんはだってもう、
「1行」っていう一番面積の少ないやつやってますもんね。
糸井さんもそうだし、
僕みたいな「端っこの囲みコラム書け」って
言われてた人間もそう。
文字数が決まってるから、蛇足が無くなる。
稀代の名文家と言われたナンシー関さんも、
あんなコラム書ける人他にいないわけですけど、
あの人も1500文字のコラムをいったん4500文字書いて、
そこから3分の2を捨てて載せてるんですよ。
ナンシーさんが捨てた部分なんて、
「A4ランクの肉」じゃないですか。
糸井
お店で出せる味ですよね。
リリー
それでもバサッバサッと捨てていくことで、
最後に残る1500文字を「A5ランク」にする技術が
磨かれていくわけで。
今、「書きたいだけ書ける」のはうらやましいけど、
文章力を上げるうえではなかなか大変な時代だろうなと
と思いますね。

糸井
それは何かものを考えるときもそうだよね。
紙に書いたりするとき、
最初からいいのができることもあるけど、
たいていはそうとは限らなくて。
なんかあるんですよね、余計なものが。
あの、余計なものを「余計なもの」と気づく力が、
最終的にいいものを呼び出してくれるんですよね。
あと、例えば「エロ本」からキャリアを始めると、
きっとリリーさんがエッセイ1つ書くときにも、
「そもそもはエロがメインなんだから、
俺の文章なんか‥‥」っていう
ある種の「腰の低さ」もありますよね。
リリー
それはそうですね。
言ってみればもう、
「弁当の中のパセリ」にすらなってない。
自分の文章は大前提、「人のオナニーの邪魔」だったんで。
「お邪魔でしょうけど、失礼いたします」っていう
スタンスでしたね。
糸井
ストリップ劇場のコントみたいなね。
「ほんとお邪魔でしょうけど‥‥」。
リリー
「その、幕間でちょっと、やらせてもらいます‥‥」
っていう。
糸井
それに比べて、今ネットでものを書いてる人たちは常に
「自分の座」で書いてるわけですよね。
「自分の文章を見に来てください」っていう。
リリー
そう。
今は、いきなりボーンとでっかい舞台渡されて、
「はい、あなたの仕事を見せてください」
って言われてる時代だと思う。
糸井
裸で体当たりして、みたいなとこあるよね。
リリー
そうなんです。今の方がむき身なんですよね。
よく言えば「ここが自分のステージだ」って
思いの丈を思い切り書けちゃう時代なんですけど、
「思いの丈を書く」ってものすごく技術がいるんですよ。
「ちょっと、あの、失礼いたします‥‥」っていう
「文体の謙虚さ」があるかないかで、
文章が人に与える印象って全く変わりますから。

糸井
ほんとにそうですよね。
しかも、最後に自分で
「チャンネル登録よろしくね」的な
宣伝までやらなきゃいけない時代。
そうなるとどうしても
下手なマーケティングとかもやろうとしちゃうし、
「やりたいこと」や「面白いこと」より
「喜ばれるためのもの」だけをやろうって発想に
なってしまうんですよね。

(つづきます)

2024-05-26-SUN

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  • 遡ること数ヶ月前、2023年10月。
    ワールドプレミア・第18回ローマ国際映画祭の会場には、
    会場中の鳴り止まぬ「リリー・コール」を浴びながら
    レッドカーペットに登場するリリーさんのお姿が‥‥!

    リリー・フランキーさんをはじめとする日本の俳優たちと、
    イギリスの新鋭監督パトリック・ディキンソンさんが
    タッグを組んでつくりあげた
    日英合作映画『コットンテール』が、
    同国際映画祭の最優秀初長編作品賞に輝いたのです。

    リリーさんにとっては『万引き家族』以来となる
    国際映画祭のレッドカーペット参加となった本作が、
    3月1日(金)からついに日本でも上映開始。

    俳優リリー・フランキーが演じる、
    「亡き妻〈母〉の願いを叶える家族の旅の物語」。
    ぜひ劇場でどうぞ。