これからの自分の道のりを思うとき、
直面して困ることが、おそらくあるだろう。
いま話を聞いておきたい人は誰?
伊藤まさこさんの頭に浮かんだのは糸井重里でした。
大切な人を亡くしたとき、どうする?
からだが弱ってきたら、どうする?
なにをだいじにして仕事していく?
この連載では、伊藤さんが糸井に、
訊きたいことを好きなだけ訊いていきます。
読み手である私たちは、ここで話されたことが、
自分ごとになってスッと伝わってくるときに、
取り入れればいい。
そんな意味を入れたタイトルにしました。
長い連載になりそうです。
どうぞゆっくりおたのしみください。
おしゃべりの場所
ヨシカミ(浅草)
写真
平野太呂
伊藤まさこ(いとうまさこ)
スタイリスト。
おもな著作に
『おいしいってなんだろ?』(幻冬舎)、
『本日晴天 お片づけ』(筑摩書房)
『フルーツパトロール』(マガジンハウス)など。
「ほぼ日」でネットのお店
weeksdaysを開店中。
エッセイ、買物、対談など、
毎日おどろくような更新でたのしさ満載。
糸井重里(いといしげさと)
コピーライター。
WEBサイトほぼ日刊イトイ新聞主宰。
株式会社ほぼ日の社長。
おもなコピー作品に
「おいしい生活。」(西武百貨店)
「くうねるあそぶ。」(日産)など。
ゲーム作品「MOTHER」の生みの親。
- 糸井
- どうしてぼくらはここで
ゴハンを食べているのかというと。
- 伊藤
- きっかけは気仙沼の斉吉のおかみさんである、
和枝さんだったんです。
糸井さんと和枝さんと私、
それぞれ約10歳ずつ年が離れています。
和枝さんはいつもニコニコしておられるんですが、
そのとき、よりニコニコしておっしゃったんです。
「伊藤さん、私は最近、文字も見えないし、
からだも動きづらいし、いろいろたいへんなのよ。
でもね、糸井さんにそう言ったら、
だいじょうぶ、っておっしゃったの。
10年後はもっとすごいことになるから
和枝さんはまだぜんぜんだいじょうぶだよ、って。
それにすごく勇気づけられたんですよ」
糸井さんに勇気づけられてキラキラしてる
和枝さんに、私は勇気づけられたんです。
- 糸井
- ほほぅ、そうですか。
- 伊藤
- 年下でも尊敬できる人はいるけれども、
年を重ねていった人たちならではの、
すごい話があるんじゃないだろうか、と思いました。
それをいろいろ聞きたくなって。
- 糸井
- それはつまり、年のとり方のようなこと?
- 伊藤
- というよりも、
私はまだあまり経験してないんですが、
すごく好きな人が死んじゃったときどうしようとか、
なにに気をつけてお仕事してるんだろうとか、
そんなことをまず糸井さんに訊いてみたい。
- 糸井
- なるほど。
まさこさんは、なにに気をつけてるの?
- 伊藤
- そうですね、たとえば仕事で文を書くときは、
「それ以上にもそれ以下にもならないように」
気をつけたりしてます。
- 糸井
- うん。
- 伊藤
- カッコいいフレーズを見ると、
つい真似したくなっちゃうけど。
- 糸井
- うん、うん。
- 伊藤
- 真似すればいい感じの文が
できあがるかもしれないけど、
それは書いた人の言葉と言い回しだから、
自分が使うと嘘になっちゃう。
だから、自分の言葉で書くことが
だいじなんじゃないかなあ、みたいに思ってます。
- 糸井
- そういうふうに書けてますよ。
- 伊藤
- そうですか?
- 糸井
- うん。
- 伊藤
- ちょっと気取ったりしはじめると、
イカンイカンと思って、
書き直したりしています。
- 糸井
- よくわかる、よくわかる。
- 伊藤
- あとは、仕事に関して言えば、
飽きないようにしています。
自分に宿題を課すようにして、
いろんなことに慣れないようにしている。
糸井さんは、どういうことに心がけて、
これまでお仕事をしてきましたか?
- 糸井
- そのときによって違うよね。
たとえば28歳と38歳では、同じではない。
あ、ビーフカツレツが来た。
- 伊藤
- んんー!
- 糸井
- 俺のだよ(笑)。
- 伊藤
- いいですねぇ。
- 糸井
- 俺のカレーだよ。あ、カレーじゃないや、
俺のとんかつだよ。あ、とんかつじゃないや、
ビーフカツだよ。
- 伊藤
- すごい間違え方(笑)。
- 糸井
- 間違いっぱなしだよ、
あがっちゃって。
- 伊藤
- 私のミートボールスパゲティもやってきた。
- 糸井
- 湯気たってるじゃない。
♪食ってくれ、アーハ♪
- 伊藤
- いただきます。
話に集中できないですね(笑)。
- 糸井
- はい、いただきます。
- 伊藤
- ああ、おいしい。
それで、話のつづきを‥‥。
嘘はつかないとか、そういうことは?
- 糸井
- 嘘をついているという状態には
きっとふたつあって、
ついていることを知ってる場合と
気づいてない場合がありますね。
まさこさんが「自分は嘘をつかない」と
決めたとしたら、それは、
「そうしないとダメだな」という
経験をしたからです。
けれども、嘘をついてる最中の人はたいてい、
嘘をついてるとは思ってない。
- 伊藤
- ああ、そうですよね。
- 糸井
- 嘘というのはつまり、こういうことですよ。
──ヨシカミさんという、
なじみのお店のご主人が
「いらっしゃい」と
満面の笑みで出迎えてくれた──
ほんとうに満面の笑顔だったかもしれないけど、
だいがいはそうじゃない。
なのについつい「満面の笑み」と書いちゃう。
それが嘘。
- 伊藤
- うん、うん。
- 糸井
- その笑顔を言いあらわす、
ちょうどいい表現がもしあって、
自分がそのことを書きたくなれば、書くのです。
「満面の笑顔というわけじゃないんだけど、
親しみをこめて微笑んでいる、
しかしいま、フライパンの上で
できあがりつつあるエビフライに
一定の緊張感をもって、
注意を向けなくてはいけない。
だから、いらっしゃいと言いつつ
目はまたエビフライに行くかもしれない、
それでもいらっしゃいと言うご主人、
そのあたりの笑顔であった」
ここまで書くと「満面」とは遠く離れます。
- 伊藤
- そうですねぇ。
- 糸井
- 仮にそういうことがあったらね、
それがどう書けるかというのは、
自分にとってたのしみなことでもあるんだ。
そのシーンまるごとを伝えたいと思えば、
パッと「満面の笑顔」ではすまさないでしょう。
- 伊藤
- そうか。
じゃあ「嘘をつかないようにする」という心がけは、
ちょっと乱暴だったのかな。
- 糸井
- 気づかないで嘘をつく癖のある人に対して、
「ダメだよ、そういうことは」と
教育的に告げるときにはいいと思うよ。
まさこさんもごく自然に自分で
「ダメだな」と振り返ってるんでしょう。
もっと若いときには、
「表現で負けたくないな」みたいなことだって、
あっただろうし。
- 伊藤
- 糸井さんは、そういうこと、ありましたか?
- 糸井
- ぼくは、若いときはいつも、
「いいもの」を見ると寂しい気持ちになった。
それは嫉妬だと思う。
- 伊藤
- わかります。私もシュンとしちゃう。
- 糸井
- 「いいもの」を見るたびに、
ほんとに寂しい気持ちになった。
お前がそんなふうに感じたって
しょうがないじゃないかと思うんだけどね(笑)。
- 伊藤
- いまもなりませんか?
- 糸井
- なりますよ。
- 伊藤
- なりますよね。
(明日につづきます)
2019-08-10-SAT