これからの自分の道のりを思うとき、
直面して困ることが、おそらくあるだろう。
いま話を聞いておきたい人は誰?
伊藤まさこさんの頭に浮かんだのは糸井重里でした。
大切な人を亡くしたとき、どうする?
からだが弱ってきたら、どうする?
なにをだいじにして仕事していく?
この連載では、伊藤さんが糸井に、
訊きたいことを好きなだけ訊いていきます。
読み手である私たちは、ここで話されたことが、
自分ごとになってスッと伝わってくるときに、
取り入れればいい。
そんな意味を入れたタイトルにしました。
長い連載になりそうです。
どうぞゆっくりおたのしみください。
おしゃべりの場所
秩父宮ラグビー場
写真
平野太呂
伊藤まさこ(いとうまさこ)
スタイリスト。
おもな著作に
『おいしいってなんだろ?』(幻冬舎)、
『本日晴天 お片づけ』(筑摩書房)
『フルーツパトロール』(マガジンハウス)など。
「ほぼ日」でネットのお店
weeksdaysを開店中。
エッセイ、買物、対談など、
毎日おどろくような更新でたのしさ満載。
糸井重里(いといしげさと)
コピーライター。
WEBサイトほぼ日刊イトイ新聞主宰。
株式会社ほぼ日の社長。
おもなコピー作品に
「おいしい生活。」(西武百貨店)
「くうねるあそぶ。」(日産)など。
ゲーム作品「MOTHER」の生みの親。
- 伊藤
- 糸井さんは20年前に、
いまのほぼ日の形を思い描いてましたか?
- 糸井
- うん。
- 伊藤
- へぇえ!
- 糸井
- 「なにで食ってくか」ということについては
まったく描けていませんでした。
でもきっと人がほぼ日を
知っていくだろうと思ったし、
「ほぼ日に出たいんです」という人に対して
どう断ろうかとか、
最初から考えてたからね(笑)。
- 伊藤
- うわぁ、そうなんですか。
- 糸井
- 相手の望むことに合わせていたら、
結局、それまでやっていた仕事と
同じになっちゃう。
- 伊藤
- あ、そうか。
- 糸井
- 「お弁当箱の仕事」を
大切にしたかったんですよ。
- 伊藤
- では現在、ほぼ日のコンテンツは全部、
ほぼ日がやりたいと思ってるものに‥‥そうか、
なってますね。
- 糸井
- そうなんです。
そこを守らないと、
バットをブルンブルン振りまわせないと
思っていました。
- 伊藤
- だとしたら、糸井さんが作る
お弁当箱のなかに入るものって?
- 糸井
- むしろ、なんでもありでしたよ。
- 伊藤
- なんでもありですか。
- 糸井
- 「ハズレも混じってていいや」と
ほぼ日ではじめて思えました。
それまでの仕事は
自分の名前で引き受けたものだったから、
期待されているものが何かしらあったし、
支払われる金額を考えても、
その効果がなかったときに
二度と縁がなくなってもしょうがない、
そういう種類のものだったと思います。
だからいつも
「絶対にこれで当たるんだ」ということを
やんなきゃいけなかったです。
でも、ほぼ日というお弁当箱は、
なんなら「白飯+ごま」でもいい。
お弁当箱からはみ出しちゃう
カニの甲羅をどうにかおいしくできないか、
なんて発想もあるわけで。
- 伊藤
- そうですね、
責任は自分がとれますから。
- 糸井
- そう。だから、なんでもいい。
ただひとつ、決めたのは、
「毎日ないといけない」ってことだけ。
今日は書くことないよ、という日があれば、
書くことないよと書こう、と思っていました。
ほぼ日は今日に至るまで
更新のない日はありませんが、
とにかく毎日やると決めたのは重要でした。
- 伊藤
- 自分の仕事が変わったかも、と感じた瞬間は、
私にもありました。
細かいことは忘れちゃったんですけど、
あれはたしか‥‥マカロンだったかな、
マカロンをいろんなお菓子屋さんから
10種類取り寄せて試食する、というような
雑誌の企画があったんです。
でも私は結局8個しか食べられませんでした。
そこでふつうなら編集部は
「じゃあ伊藤さんが
あとふたつ食べるまで待ちます」
とか言うでしょう?
でもその編集さんは、
「ならば、食べられない理由を書いてください。
その経緯を含んだ記事にしましょう」
とおっしゃいました。
そのとき、スタイリストとしての役割以外の
何かが求められているのかな、と
ちょっと思ったんです
- 糸井
- それ、いつのことなの?
- 伊藤
- 20年くらい前でしょうか。
- 糸井
- それまでは、
人が求めてるものをきちんと出す、という
スタイリストだったわけだね。
- 伊藤
- そうなんです。
- 糸井
- でも「これでいいんだ」と
自分で判断するようになった時期があって、
真っ裸の自分を出すことになった。
それを相手が望んでくれるんだったら成立するし、
望んでくれなかったら成立しない。
それだけのことですね。
- 伊藤
- そうです。
- 糸井
- 伊藤さんはそれを20年前に分けたんだね。
- 伊藤
- そのときなんでマカロンを食べられなかったか、
たしか理由をこう書いたんです。
「もう夕方だし、飲みにいかなきゃいけないし、
私は早めに眠くなっちゃうから、
そのあと帰って食べることもできないんです」と。
- 糸井
- 正直にね。
どう思われようと私なんだから、と。
- 伊藤
- はい。すると編集部は
「ということは、伊藤さんは早寝早起きなんですね」
なんて言い出して、
またそこから仕事が広がったりしました。
- 糸井
- なるほど。
その正直さは情報でもあるから。
- 伊藤
- これまでいろんなものの都合に
無理に合わせてたけど、
そんなことしなくていいんだな、と
思うようになりました。
- 糸井
- でも、そのとき裸の自分が持っていたものは
「自分しかない」わけですよね。
自分が自分に飽きることもあるだろうし、
先に世の中から捨てられちゃうこともあります。
- 伊藤
- うん、そうですね。
- 糸井
- だから、そこから先は
自分に「栄養をつけていくこと」が
仕事に入ってきますよね。
それって会社員には気づきにくい。
会社にいると役割への要求がいつもあるから、
おんなじようなことをしていれば
いいってことになっちゃう。
会社を経営する者としての大きな危機は
そこにあります。
- 伊藤
- うんうん、なるほど。
- 糸井
- 「こんなことをしてほしいな」というところに
「こんなことをしますよ」という答えがあれば
それでよくなっちゃうもんね。
こればっかりやってると、会社まるごとが
世の中の流れからずれてしまう。
でも、フリーには危機感があります。
裸になったはいいものの、
ほんの2~3日しかおもしろくなかったな、
なんてことになりかねないから。
- 伊藤
- ははは。
それが個人商店の厳しさですね。
1度失敗したら、もうダメで。
- 糸井
- 実力不足を営業力でカバーするのが
上手になる人もいるけど、
それはいやだよね。
だからなにしろ、自分に栄養をつけて
裸でやっていくしかない。
フリーでやってきた人は、
「ひと根性」あると思います。
- 伊藤
- そうですね。働かなかったら、
お金ないですし。
(明日につづきます)
2020-01-15-WED